不破
2025-07-13 20:23:37
4298文字
Public 空戦
 

#24




「はあ? ブカレストから撤退? クルクスが?」

 メルゼブルク軍、参謀本部。ケーニヒスベルクの軍本部、大摩天楼の中層階に位置するテイルの執務室で、オルカはティーカップとソーサーを持ち上げたまま顔を顰めた。

「まあ、ブカレストにはシリウス隊もいるからね。シュタインベルク大将ならサイードとクルクスの連合軍ぐらいは凌ぎ切るだろうから。仮に攻撃を継続して突破出来たとしても、クルクスもサイードも被害は大きいだろうし」

 執務室の奥に置かれているデスクで、ティーカップにミルクを注ぎ入れながらテイルが返してくる。

「それはそうだけど、じゃあどうするっていうの?」

 いや、確かに彼の言う通り、クルクスからすればこのままブカレストを攻め続けるのは得策とは言えないだろう。となれば、南へ迂回するつもりか?しかし、迂回して南からこのケーニヒスベルクを目指すにしても、道中はメルゼブルクの領空だ。本来ならブカレスト、ワルシャワを攻略してケーニヒスベルクに迫るつもりだったのだろうが、迂回したのでは補給もままならないはずだ。ロンドンに帰還するにしても、バルセロナやマルセイユといったメルゼブルクの都市が最短距離を塞いでいる。

「極東へ向かうんだろうね」

「はあ?」

 と、続けて聞こえたテイルの言葉に思わず振り向いた。それを予想していたのか、彼は苦笑を浮かべながら、角砂糖を1つカップに落とした。

「極東オワリノ國は、リベルタリア黎明期からシンクレアと親交があるからね。それを頼るつもりなんじゃないかな」

 テイルの言う通り、シンクレアと極東オワリノ國はリベルタリアが世界として成立する頃から親交のある友好国だ。しかし、ウィンズレットと違い、オワリノ國は世界が地上にあった頃から戦争というものに関心がないらしく、地上を滅ぼす結果となった大戦すら無視を決め込んだと聞く。
そんな国が、大国同士のこの戦争に手を貸すようなことをするだろうか?

「オワリノ國が戦争に参戦なんてする?」

「どうだろうね。でも、オワリノ國がウィンズレットの戦線に加わるのなら脅威だ。出来るなら回避したいところだけれど」

 まるで興味がないかのように言うテイルに目を細めながら、具体的な対策を打たないことに胸中で疑問符を浮かべた。この男、軍の上層部に身を置きながら、この戦争の行く末をどう考えているのだろう。紛れもない国家の命運を懸けた戦争で、参謀総長などというポストに収まる人物がこう悠長に構えていられるとは。

「随分余裕だね、テイル君」

「戦争なんてそうそう思い通りには進まないからね。チェスだって同じでしょ?」

 少しだけ皮肉を込めて放った言葉に、テイルは戯けて返してきた。戦争がチェス感覚とは、リベルタリア黎明期から続いてきた平和が人類をこうも腑抜けに仕立て上げてしまったと思うと、虚しさも一入というものだ。

「戦争はゲームじゃないでしょ」

戦争それを扱ったものだよ」

 軽やかな口調で返してき、カップを口に運ぶテイル。
 そういう話をしているのではないと言いかけたが、テイルはそもそも掴みどころのない人物だ。突き詰めたところで意味はないだろう。

「はいはい。じゃあ、あたし達は優雅に待ってればいいってことだね」

「その通り。さすがリシャール伯爵家のご令嬢、飲み込みが速いね」

 カップをソーサーに置き、テイルがそう言って笑った。