不破
2025-07-13 20:23:37
4298文字
Public 空戦
 

#24


「なるほど。極東を巻き込もうってか。我等が女王陛下は」

 王都ロンドン。自らが隊長を務める第6艦隊ジュリアスの談話室に併設されている執務室のデスクで頬杖をつき、ノーヴェは開いた通信の向こう側のラザフォードに向けて言った。

……ノブサヤ・サイトウが手を貸すとも思えないがな』

 溜め息混じりに言うラザフォードはやや疲れた風で、ノーヴェは彼があまり休んでいないのではないかと疑ったが、それを言うのも野暮だと考えて話を続ける。

「そうなのか? ウィンズレットほどではないにしろ、シンクレアと極東オワリノ國はリベルタリア黎明期から友好的だったはずだろ?」

『ハーティアにも言ったが、オワリノ國と友好関係を結んだのは曽祖父の代の話だ。それに俺はノブサヤ・サイトウに会ったこともない』

 ラザフォードの返答は少しばかり意外なものだった。少しだけ眉を上げ、更に問いを投げる。

「そうなのか? 確かにノブサヤ・サイトウは貴族会なんかにも基本的に顔を出さないけどな」

 開戦以前までは定期的に行われていたリベルタリアの貴族会。有する爵位に関わらず、多くの貴族達が参加し、親睦を深めていた場であるが、ノブサヤ・サイトウが姿を現すことはまずない。ノーヴェ自身も、考えてみれば話したこともなければ、その姿を目にしたこともなかった。

『とにかく、女王陛下の命だ。会ってくるさ』

 と、言い残しながら、ラザフォードが通信を切った。展開していた光学モニターが閉じられ、執務室に静寂が訪れた。ノーヴェは短く息を吐き、腰掛けている肘掛け椅子の背もたれに深く背を預けた。
 しかし、極東オワリノ國とは。リベルタリア和平協定に名を連ねてはいるものの、あの国は他の国々と率先して協力関係を築こうというような国ではなかったはずだ。ウィンズレットも国交がないわけではないが、オワリノ國の義肢の輸入などの貿易が行われているくらいなものだ。

「まあ、健闘を祈るしかないか」

 言いながら、デスクの向こう側に置かれている応接用のソファーに腰掛けている人物の方へと目をやった。

「な?」

 と、同意を求めて語りかけた人物は、黒い髪に黒い目の若い女だった。リリー・ドラッヘンロア。平民の出身だが若くして少佐に上り詰め、第9艦隊を任されている。話だけ聞けば俗に言う女傑というやつだが、実際はまだうら若き少女といったところだ。持って生まれたセンスが良く、軍学校でも上位の成績を収めた。間違いなく実力はあるが、いまだ経験が少ない。

「へっ、極東の力なんて借りなくても、メルゼブルクなんか楽勝だろ」

 強気な口調で言うリリーに、ノーヴェは短く溜め息をついた。

「おいおい、リリー? そうやって油断するのは悪いとこだって教えたろ?」

 髪をぐしゃぐしゃとやりながらやや咎めるような口調で言い、ノーヴェは嘆息した。
 リリーは第9艦隊を任させる以前までは自分が仕切る第6艦隊ジュリアスの分隊長だった。入隊直後から実力はあったが、その自信に足元を掬われることが何度かあった。その度に注意はしていたが、習慣とは恐ろしいもので未だその片鱗は残っている。

「へーい。わかったよ、大佐に言われちゃ仕方ないね」

 言いながら肩を竦めたリリーがやや不貞腐れた様子で返してくる。こうして――素直にではないにせよ――言うことを聞くようになっただけでも成長したと捉えるべきなのだろうが、如何せん、世界は平和ではなくなってしまった。この自信が命取りにならなければよいのだが。
 ノーヴェはそう考えて、また溜め息をついた。