?話 遺械




「──僕らを、よろしくお願いいたします!」

白浪の演説の締めくくりと共に、場内は歓声に包まれた。

その様子を、ヒストリアはビデオカメラで後方から撮影していた。録画を止め、そっとカメラを保護ケースにしまいながら、ひと息つく。

「よし……

帰宅後に撮影データを確認しよう。そう思った矢先、ポケットのスマホが震えた。

このような祝祭の場とはいえ、何が起こるか分からない以上、電源を切るわけにはいかない。慌てて着信に応じる。

……お父さん?)

『─例のカラクリが、作動したぞ。』

「っ! 今すぐ向かう!」

それは、残りの一人──“彼女”が目覚めたという報せだった。

車を走らせ、整備された道路をひたすら進む。八械たちは、他の研究員に託して研究所へと送り届けるよう頼んでおいた。

“彼女”が目覚めたということは──初代の願いが、いよいよ叶うということだ。

心が高鳴る。



核心。それは二種類、存在する。

一つ目は「遺物」としての核心。

例えば、ギロチンの刃の欠片や、電気椅子の配線など──。構成する分子に、過去に周囲で起きた化学変化の痕跡が刻まれている。それが現在の研究結果だ。

人の感情もまた、化学変化の産物であるならば、強い怒りや悲しみ、憎しみといった“想い”が遺物に染み込んでいても不思議ではない。

二つ目は、八械の核心。

原理は一つ目と同じだが、記録している“記憶”が異なる。
グラディエーターの石片、樊凌の刃の破片、ラートの木片、ルフレの鈍った刃、白浪の金属片、シアノのガラス片──これら六つが該当する。

これらは、元となった「初代のカラクリ」の記憶を持つ核心であり、そこから再構築されたのが現在の八人である。



……一つ目の核心を元に生み出された、カラクリ……

それが、“彼女”だった。

ドイツでの調査中に発見された、奇妙な金属の針。
ルフレの覚醒以降、私たちはその針から新たなカラクリを生み出す研究を続けていた。

もしこれが成功すれば、多くのカラクリを創造することが可能になる。八人の負担は軽減され、人類の生活はさらに豊かになるだろう。

そんな未来を想像しながら車を走らせ、森を抜け、研究所へと到着した。



建物に入るとすぐに扉を開け、二階へ駆け上がる。
どこからか、女性の声が聞こえた。

(──聞き慣れない声……

階段を登りきると、父と数人の研究員に囲まれた、長身の女性の姿が目に入った。

「っ……おはよう、ナーデル……!」

彼女の赤い瞳と視線が合う。

それは、私たち──バートリー家と同じ色。だが、その瞳には、私たちにはない鋭さがあった。

彼女の外見は、私たちをベースに設計された。
オリジナルが存在しない以上、見た目も性格も設計に依存する。

赤い瞳、緩やかに巻かれた髪──ただ、髪色までは合わせなかった。

……けれど。

(こんな鋭い視線を向けられるとは……思わなかった……

戸惑いを隠しながらも、彼女は優雅に一礼した。

「おはようございます、ヒストリア様」

──私の名を知っているということは、父からある程度の話を聞いているのだろう。

「では、後はヒストリアに任せるぞ」

「はい」

研究員たちが一歩退き、私と彼女だけが残る。

「改めて、よろしくお願いします」

ナーデルは穏やかに目を細めて、応じた。



「まず……君を起こした理由だけど」

私は少し言い淀みながらも、口を開いた。

「──君には、“過去に戻って八械を蘇らせてほしい”。」

その言葉に、ナーデルは小さく首を傾げた。

……八械……?」

「ああ、彼らのことだよ。ほら、ちょうど帰ってきた」

窓の外を指差すと、2台の車から降りて裏庭ではしゃぐ八人の姿が見える。

「彼らは600年前にこの世界に錬成された存在だった。でも、彼らは一度すべて“消えて”しまったんだ。
──今いる彼らは、記憶を宿した核心を元に再び造り直された存在なんだ」

そう説明しながら、彼女に一冊の本を手渡す。

「これは初代が残した記録だ。君に託すよ。─この本には、すべてが書かれている」

ナーデルは本を受け取り、静かにページをめくる。最後のページで指先が止まった。

……この、破れている部分は?」

「あぁ、気にしなくていいよ。初代の別の記録によれば、最後のカラクリ──ルフレが倒されたって書かれてるだけのページらしい。
本人も“そうだった”って言ってたし」

……なるほど」

彼女の瞳に、わずかな冷気が走ったように感じた。

本を静かに閉じたナーデルに、もう一つの道具を手渡す。

「これは──時辰儀。過去に戻るための道具だよ」

「これは君のようなカラクリでなければ使えない。人間が使えば、重圧で命を落とすことになる。
それに──」

隣室の扉を開きながら、続けた。

「発動には、膨大なエネルギー……つまり、“何かしらの強い思い”が必要なんだ」



そこには、大きな容器いっぱいの赤い液体があった。

「正直、心が痛んだよ……でも、実験のためにはどうしても必要だった。」

「無理を言って、数人の遺体から血液を頂いたんだ。その血に込められた“思い”……つまり故人の感情エネルギーを、君が過去に戻るための糧にする。」

「やることはただ一つ──強く念じるだけ。それだけで過去へ行ける」

「君にはすでに必要な情報はインプットしてある。今は思い出せなくても、いずれ思い出すだろう」

……他に質問はあるかい?」

「蘇らせる方法は……?」

「ああ、それか。それについては──これだ」

近くの棚から大きな箱を取り出し、彼女に渡す。

ナーデルが蓋を開けると、中には八つの仕切りがあった。そこに納められた物体は、八械の核心によく似た、何か。

「これは?」

「“核心”になるものだ。各国から私たちが集めた品々──械のベースとなる素材だよ」

つまり今、この世界には、八械の核心が物によっては「二つずつ」存在していることになる。

この手元にある核心もまた、過去へ持ち込み、やがて八人のカラクリの“起点”となるべきものだ。

「これを使って、君には過去でカラクリを作ってほしい。作り方も君の脳にインプットしてあるから、きっとできるはずだ」

「ただ……

「ただ?」

……初代の記録を読む限り、君は私の想定する“カラクリ”ではないものを作っていたようなんだ」

その言葉に、ナーデルの動きがぴたりと止まる。

……どうやったんだい?」

……ふふっ、私には不可能ですよ。私にはそのような情報は、インプットされていませんでしょう?──ただの作り物に、そんな芸当は無理です」

優雅に、けれどどこか挑発的に微笑む。

……はは、確かに。私の思い過ごしだったようだ」

私は彼女を作った第一人者。彼女が“私の知らない記憶”を持っているはずがない。

「それじゃあ、早速──」

「えぇ。お任せください」

ナーデルはそう言って、静かにコンクリートの部屋へと入っていった。

彼女の背に手を振って見送る。

数分後。念のため部屋を覗くと、彼女の姿はすでに消えていた。

……よし、あとは彼女に託そう」

そう呟いて、ヒストリアは何も知らない八械を出迎えに向かった。