sidori
2025-07-12 00:00:00
8818文字
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人妻定食7月号『逆3Z』

モブ視点で高銀の坂田に失恋するNTRマガジン七月号です。

jilの『期間限定保健室の天使と微笑みさよならランチセット~ハートがギュッと締まる特製ソース添え~』



教師になりたかったわけではなかった。
ただ、就職に有利になるかもしれないと思って、それだけの理由で教職課程を履修した。
はじめての教育実習は、自分の母校にした。これにも思い入れがあるわけではない。ただの無難な選択だ。
担当するのは一年生。二週間の実習だ。
門をくぐった初日は、どうにも座りの悪い感じがした。
たった三年前に卒業したばかりの場所は、知っている風景なのに、知らない空気があった。
少しだけ緊張して、職員室に入る。ぐるりと見渡せば、見知った顔もはじめて見る顔もあった。
事務的な手続きと説明を受けて、担当教師に挨拶する。知らない先生だった。俺の担当だった先生は去年、定年退職されたらしい。
案内された教室で、生徒たちに向かって自己紹介という名のオリエンテーション。
お調子ものの生徒がギャグを披露して、俺がなじめるような空気をつくる。予定調和のような受け入れの儀式を、俺はどこか空々しく思ながら愛想笑いをした。
視線を教室中に走らせて、一番後ろの窓際に、一つだけ空いている席を見つける。
「坂田銀時。保健室登校をしている生徒だ」
こっそりと、担当教師が耳打ちしてきた。
「クラスになじめないとかではないんだが……少し体が弱くてな。体調が悪いときは、保健室に行ってるんだ」
「はあ……
「あとで保健室を案内するから、そのときの紹介するよ」
「よろしくお願いします」
好奇心まじりの生徒たちからの質疑応答を終えて、一限目、二限目……と、カリキュラムを無事に終える。
お昼前に手の空いている職員に図書室、体育館の場所を教えてもらいながら、構内を見て回る。
保健室の前通りかかったとき、ふと背後から声がかかった。
「あ、教育実習のせんせー?」
振り返る。銀色の髪が、視界をかすめた。
「俺、坂田銀時。せんせーのクラスの1番後ろの窓際の席。あんまり教室にいられないかもしれないけど、よろしくな?」
そう言って、銀髪をかき上げる仕草がやけにさまになった少年だった。
白い肌に赤い目、少しだけやつれたように細い体がーー強い日差しのなかに儚げに浮かんでいた。
「じゃ……またあとで」
そう言ってその生徒ーー坂田銀時は軽く手を振ってから、保健室のなかに戻っていった。
次に坂田を見たのは、帰りのホームルームのときだった。担当教師の言っていた通り、坂田はクラスになじめていないというわけではないようだった。まわりの席の同級生と軽口をたたいたり、ふざけあっているような姿は、どこにでもいる普通の男子学生だ。
さっき見かけた儚げな姿が、まるで白昼夢かと思うかのようだった。
「せんせー、さっきぶり」
坂田が俺に手を振る。はっとして、俺も手を振り返した。
次の日、坂田は朝のホームルームには教室にいたが、一限目にはもういなかった。
二限目、三限目もそのままで、四限目になって、ようやく教室には戻ってきた。
「今日は気圧のせいか、ずっと頭が痛くてさ」
坂田の顔は、確かに青白かった。
「具合が悪いなら、無理に教室にいなくてもいいんだぞ?」
「んー、でも保健室にいても寝てるだけだし。みんなとも一生にいたいし」
担当教師のセリフに、坂田は少し困ったように答える。予定調和だとずにわかった。
本心ではなく、求められているセリフを言っているのだと。
坂田は不思議な生徒だった。
柔らかながらも溌剌とした雰囲気で、みんなから確かに好かれているのに、そこにいなくても誰も気にしない。
坂田自身もそれをわかっていて、受け入れていた。
ふわふわと、風に吹かれるままに流されていく。
そんなーー雲のような彼をーー気がつけば目で追っていた。
今はいる。さっきはいなかった。次の時間は休むかもしれない。
坂田は、顔色に体調が出やすい性質だった。
ちょっと熱っぽい。少し青ざめている。今は具合が良さそうだ。
そんなふうに見ていると、ふいに坂田と目が合う。すると、坂田は決まって猫のように目を細めて笑った。
「せんせ」
少し尖った八重歯見える。驚くほど無邪気な顔に、俺はなぜかーー感動したのだ。

昼休みには、生徒たちと雑談するのが、日課となっていた。
ゲームの話、YouTubeの話、アイドルの話、ときどき勉強の話……どれとこれもつまらない話だけれど、俺は愛想よくそれに答える。
坂田はいなかった。坂田はいつも、遠くから俺を見つけて微笑むだけで、ちゃんと話したことはまだ一度もなかった。
教育実習も明日で終わる。
このままで終わるのは、なんだか無性に惜しく感じた。
俺はまだ話し足りなさそうな生徒ちにトイレに行くと言ってその場を離れた。
向かう先は保健室だ。
なぜか、俺は酷く緊張していた。
足取りが重いのか軽いのか、よく分からない。
それに対して、保健室の扉はガラリと呆気ないほどに軽く開いた。
中に入ると、ベッド周りのカーテンが閉まっていた。
そっとカーテンを開けると、坂田がベッドで眠っていた。
顔色は悪くない。気持ちよさそうに寝息を立てている。わずかに上下する胸が、彼の鼓動を感じさせてーー俺はひどく動揺していた。
思わず彼に手を伸ばす。なぜ伸ばしたのかは分からない。ただ、無意識のうちに体が動いていた。
いっそ、死んだように眠っていたならばーー俺はきっと……
「触るなよ」
その声に、はっと振り返る。
白衣を着た黒髪の男が、そこにいた。
「右目」は眼帯で覆われており、「左目」はやけに鋭い。
「俺だって我慢してるんだ」
男は薄ら笑いながら、俺の横に立つ。そして、何も知らずに眠り続けている坂田に、そっと優しい眼差しを注いだ。
「難儀なもんだろ?かつて泣き顔を閉じ込めたはずの目で、今はこうしてこいつのアホ面を拝んでるんだ」
「えっと」
「逆の目は、もうこいつのアホ面は十分だとでもいうように今世では閉じちまったがな……
そこで俺は、ようやくこの男が学校の保険医だと思い出した。

翌日、俺の実習最後の日。珍しく、坂田が帰りのホームルームにいた。
他の生徒たちが口々に寂しいといいながら俺を取り囲むのを、一番後ろの窓側の席から見つめている。
「ばいばい、せんせ」
そう言って、坂田は笑いながら手を振った。
その手首に赤い痣があるのが見えて、なんだか急にーー坂田が生きている人間のように思えた。