syanpon
2025-07-08 18:42:59
5318文字
Public
 

私の唯一

オトスバ
何でも許せる人向け。
年齢操作、家庭環境の捏造、性暴力の示唆、同一カップリングとみえる描写があります

 「なんであなたが生きているんでしょう」
 
 少年オットーの目の前に突如として現れた黒ずくめの男はオットーを見下ろすと不思議そうに小首を傾げた。誰もいないはずのすえた匂いのする、黒ずんだ部屋の中にオットー以外の男が一人。そして、その男はオットーになぜ生きているのかを問うているらしい。
 普通の危機管理能力のある人間であるのならば突然目の前に現れた不審者に対し怯えるなり虚勢を張って怒ったりするのかもしれない。
 もしくは自分の正気を疑うか。
 
 しかし、目の前の黒い男に対し、オットーはパチパチとまばたきをするのみであった。
 目の前の黒ずくめの男が息を吐く。長い足を折りたたんで少年の前にしゃがみ込み、視線を合わせる。オットーの胸を針金のように細い指がトン、とついた。
 灰の髪、黒い服、白い肌、青い瞳。
 開いた口腔内の赤の鮮やかさだけが異質でそれが少年の目に焼き付いた。赤い口が開いてほんの少し笑みの形を作る。
「あなたの魂、前世は僕のものだったんですよ」
 カリ、と細い指先がオットーの胸を引っ掻いた。反対の手で頬杖をついて心底不思議そうな声色で男は話す。
「僕の人生は散々なものでしてね……。まぁ全部自己責任と言わればそうなんですが。間違えて、尊厳を奪われ、言いなりのままに相手の尊厳を奪う……そんなゴミみたいな生き方をしてたんです。だから来世なんてものは来ず、僕の魂は地獄に堕ちてそれで終わり。……と思っていたんですが」
 もう一度、青くてビー玉見たいな、空洞を映した瞳がオットーを見つめる。

「何であなた、生まれてきちゃったんでしょうねえ」

 それからその黒ずくめの男は少年オットーの友人となった。黒い男がどう思っているのかは知らないが生まれて15年と少し、オットーには友と呼べる人物が一人もいなかったため、この自分にしか見えない男は神様がオットーに与えたプレゼントなのだとオットーは結論づけた。
 
「ああ、あの母親が持ってきたようなものを食べたらきっとお腹を壊しますよ。まだこっちの方がましです」
「ほらカーテンを開けて。ちょっとでも日に当たってあの父親が帰る前に服を洗濯しちゃいましょう」
「お腹を殴られる時はそっと足の親指に力を込めるんですよ。あそこにクッションを置いときましょうか」
「僕とおんなじ魂何だからある程度アルコールには強いはずですが頭からかけられるのは……うわあ、べったべただ」
 殴られている時、食事を抜かれた時、酒を頭から浴びせられた時、一人でいる時。男はオットーの周囲をくるくると歩き回りながら話しかけてくる。そうして温度のない指先でオットーの頬を撫でて囁くのだ。
「僕の人生の贖罪をあなたがおこなっているのならばそれはとてもかわいそうだ」
 そう言って眉をほんの少しだけ下げて微笑むその姿に、オットーは心臓のどこか知らないところがくすぐられてドキドキしたりしている。

 薄汚れた空間に真っ白で真っ黒な男とふたり。男は困るだろうがオットーはそれなりに幸せだった。この男がオットーのことをどう思っているのかなんてもの、人間関係が希薄なオットーにはとんとわからなかったが、この美しい男がオットーのそばにいてくれるというのならば理由なんて何でもよかったのだ。