保科
2025-07-06 19:20:56
3234文字
Public スタレ
 

牽制は必要でしょう

アグサフェ 転生記憶持ち現パロ 書きたいところだけ書いた

文化祭といえど、やけに外――フロアの方が騒がしい気がした。何が起きているのか確認したい気持ちはなくはなかったけれど、積まれた注文をさばく以外に気の回しようがない。バックヤードとして布切れで断絶された空間で、ぼんやりホットプレートを眺めていれば。
「ちょ、サフェル!」
布をめくって飛び込んできたクラスメートちゃんが、何故か酷く興奮した様子であたしの名前を呼んだ。あたしは皿に薄っぺらいホットケーキを盛りつける手を止めて、胡乱に彼女を見る。
「んー?何々、どしたのヘアピンちゃん。追加注文ならそこにメモ置いといて〜」
「違う違う、サフェル呼んでるお客さん来てるから、早くフロア出て!」
……ハァ〜?」
あたしを呼んでるお客さん。たまらず、なんじゃそりゃ、と肩を竦める。
親類縁者なんてものはいやしないあたしを訪ねる奇特な奴なんて、ましてやこんな高校の文化祭くんだりまでやってくる奴なんて――殆ど心当たりがない。唯一である心当たりのトリビー姉さんは、午前中既に来訪済みだ。
「いやそれ不審者じゃない?追い返していーって」
「ふ、不審者って……いやでも、呼んでくれって……
「あのさ。あたし別に学外に知り合い居ないし、マジで心当たりないんだけども……
……でも、さ、サフェル……あれヤバイよ、お願い……!」
じ、と、半ば泣きそうになりながら見つめられると、ちょっと抵抗しづらい。
というか何がそんなにあたしを呼ぶことを強いるんだ。なんか……とんでもないならず者とか来てる感じ?
……あーもう、分かった、見るだけだからね」
今世では、そういうヒトとの関わりは極力減らしているはずだけど――断言できない以上、仕方ない。
学校の人に迷惑をかけるわけのはよくないだろう。ため息混じりに頭に巻いてた三角巾を外して、雑に天井から垂れ下がる布切れを手で避ける。ぬるり、顔をのぞかせながら、誰ともなく小さく呟いた。
「はいはーい、このスーパーハイパーホットケーキ焼き焼きネコちゃんを呼び出す不埒者は、一体どこの誰で……
「私ですが」
――つんのめる。教室の入り口。何処までも朗々と――広いピュエロスにも、黎明の崖の議院にも――よく通る声には聞き覚えがあった。クラスメートや通行人やお客さんが見惚れた様子で囲う中央には、女神と見まがう美貌の女が一人、こちらを見据えている。見間違えようもない、
「は、え、――ライアぁ!?あんたなんでこんなところにいるの!?」
「なんでここにこんな人が」「サフェルかぁ……」「えー、撮影?」「え、ホントにこの人サフェルの知り合いなん!?」「いやヤバすぎんだろ、なんだあの美人」「すっご……
つい素っ頓狂な声で名前を呼ぶと、辺りからヒソヒソとささやき声が聞こえてくる。
注目を浴びて身を固くするあたしに対して、アグライアは何ひとつ気にせず、あたしをまっすぐ見つめると、柔らかに微笑んだ――余波で近くの人達が圧されたように後退している。どういう能力だ、実はまだ半神なんじゃないだろうか。
未だ硬直したままのあたしを見やりながら、アグライアはどこか得意げに、
「師匠が教えてくれまして。『きっとライアちゃんは知らせてもらってないでしょうから』と」
「なあっ、……トリビー姉さん裏切ったな!?」
午前中、ウチのクラスを見に来てくれた時、なんとなく含みのある物言いをしていた理由がようやく分かった。
きっと今頃、得意げな顔をしているだろう姉さんに向けてたまらず叫べば、かつん、とライアのヒールが学校のくすんだ床を打つ。
「ふふ。私への連絡を蔑ろにしていたこと、少々頭にきていましたが……貴女が頑なに今日のことを口にしなかった理由については、今、十分理解しました」
「ぐ……
「とても良く――『自然に思えるほどに』似合っていますよ」
そりゃそうだろう。
アグライアの生暖かな自然は、あたしの顔……というより、あたしの頭上に向けられている。そこにあるのは猫耳。
当然、自前のものではない――この世界に生まれ落ちたときにはとうに失っていたそれがあるのは何故か。ひとえにここが、……猫耳喫茶なるトンデモ施設だからだ。あたし以外のクラスメートも、男女問わず全体が頭に猫耳を乗せている。
「しかし、師匠に聞いていた話とは少々異なるようですが……非常に残念です」
「仕方ないでしょ予算不足だよ!」
そう。イカれたクラスメート達が当初通した案は「猫耳メイド喫茶」だったけれど、流石に予算が足りない――ということで、猫耳だけが残ったのだ。普通残すのって逆なんじゃないのこーゆーの、と思ったけど、口は挟まないでおいた。生憎、精神年齢は前世込みで10世紀超えだ。学生のトンチキ騒ぎに態々水を指すようなことはしないし――あたし個人としてはバレたくない人にバレなきゃ別になんだってよかったのだ。
よかった、のに。
「成る程。週末を期待しておいてください。次頼みたい衣装が決まりました」
このザマである。
「は!?今度は何を着せ――いやいい。聞きたくない……
まだ学生の身でありながらファッションデザイナーとして一財を築いているこの女は、至極真面目にバイトに明け暮れるあたしに何を思ったか、法外な額のブランドモデルのバイトをふっかけてきた。しぶしぶ了承したあたしに待ち受けていたのは週に一回の着せ替え人形タイムで――バイトという大義名分を当てたこの女の趣味でしかないことに気づいたときには、もう遅い。
たちが悪いのは、あたしが少しでも嫌がると、すっかり人間性を取り戻した裁縫女がそれはそれは悲しげな顔をするわけで。
本当勘弁してほしいんだけど。
……などと、誰にも話していない裏事情をつらつら思い浮かべて頭を振れば。
周囲からの視線にはっとする。先ほどからずっと、数多のクラスメートの視線が自分に突き刺さっていることを今更のように思い出す。
もともと性格も相まってクラスで浮き気味な女に降って湧いた謎のゴシップ――なんて、若者たちの良い餌だ。これ以上はまずい。
「と、兎に角!
今日のあたしは裏方なの。もう戻るから。
こんな粗末な所で食べるなら食べるでいいけど、さっさと帰ってよ――
あたしがつらつらと告げた別れの言葉に、アグライアは「そうですね」と頷くと。
「貴女の周囲を無駄に騒がせることは本意ではないですし、そろそろ失礼しましょうか。……ああ、そうです。伝えたいことが。
こちらへ」
「? はいはい……
帰るのかと思えばこちらを呼ぶので。ため息混じりに歩み寄ったあたしを見下ろして、アグライアは僅かに口元を歪めた。
その意図を測りかねて、なんだろう、と、疑問を呈する――余地もなく。
ちゅ。
額に落ちた柔らかな感覚に、思考が止まる。
辺りに沈黙が落ちる。ただ一人、我が物顔で目の前の女だけが微笑んでいる。
―――
「私のかわいいセファリア。
どうぞ、よく励むように」
な。
なん。
――裁縫女、あ、あん、あんた!何してくれてんの!?」
「何とは?」
「し、しらばっ……だあっ!」
しれっとした顔のアグライアは、辺りを見渡すと満足そうにする。なぁにが本意ではないだ、かき乱す気満々じゃん!?
そんな仕草に、沸騰した頭が全力で回りだす――直後の混乱は容易に予測できた。だから、脇目も振らずアグライアの横を抜け、身を翻して廊下に飛び出せば、数瞬遅れてキャーッ!と黄色い悲鳴が上がる――黄金裔の個性として、僅かでも残った己のすばしっこさを、これほどまでに愛おしいと思った日もなかなかない。
「ああ、もう、だから呼びたくなかったんだっての――!」
廊下を疾走しながら叫ぶあたしに明日以降貼られるレッテルがなんなのか想像するだけで、もう、不登校になりそうな心地だった――そんなあたしの抗議を、アグライアが気にしなさそうなことも含めて。これだから浪漫モネータの元半神は!