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文月
2025-06-30 01:16:37
13843文字
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あの日の
果欄のお仕事についてのお話2本。
大ボスと王九の昔話とかも。
※映画ベースの妄想です。
※著しく倫理に欠ける表現があります。
※女性に対する差別的用語、展開が含まれます。
※死体損壊についての表現が含まれます。
※この話にCP要素は含まれませんが生産ラインの脳みそは王大です。
1
2
3
あの日の夜
パキパキ、人間の肋骨が砕ける音がする。生きている人間も、死んでいる人間も、骨が砕ける音は同じなのだと王九は知った。
薄暗い倉庫の天井で古びた蛍光灯が黄色の光をチカチカとまき散らしている。
王九の目の前では大哥(本人がそう呼べと言った)が忙しなく準備を進めていた。王九は最近この男に拾われたばかりだ。黒社会の連中に追われていたところを偶然助けられ拾われた。大哥はバカみたいに強い訳が分からない相手だった。
それでも食べ物と寝る所と着るものを与えられる生活はまあ悪くない。あの反則めいた強さももう一度見たかったし、なんなら挑んで勝ちたかった。まあ一度挑みはしたが、軽くあしらわれ地面に叩きつけられ敗北している。今まで大人相手にも負けらしい負けを知らなかっただけに、それはショックで悔しくて、だから王九はこうして目の前の男について行くことを決めたのだ。
その日、夜分にかかってきた電話の所為で大哥はだいぶ機嫌が悪かった。眉間の皺は普段より深く、空気をピリつかせている。そして大きなため息と共に、手元にあったボストンバッグになにやら色々な道具を仕舞っていた。ハンマー、剪定ばさみ、包丁、鋸、大鉈、ロープ、ビニールシート、その他王九の知らない様々なものたち。
大哥は道具を仕舞い終えるとそれを担ぎ一人部屋を出ようとする。上の人間から何かしらの仕事を言いつけられたのなら、大抵は他の舎弟にも声をかけるはずだがそうする様子はない。ということは何かしらのイレギュラーが発生したのだろう。
しかし王九にはそんなことは関係ないので、しれっとその後に続こうとした。ぴたりと目の前の大きな背中が止まる。振り返り自分を見下ろす黒い目が細められた。なにやら思案しているようだったが、一瞬の後、彼は何も言わずにまた歩き出した。何も言われなかったということは構わないのだろうと判断し王九は再びその背中を追う。
大哥はそのまま油麻地の港の方へ歩きだした。普段なら車を使う距離を何故か徒歩で移動し、ある倉庫の前へと辿り着く。
彼は前もって知っていたかのように、倉庫前のドラム缶下に置かれていた鍵を手に取ると、扉にかけられていた南京錠を外し中に入った。当然のように王九も後に続き、扉を閉められる前にするりと中へ滑り込む。大哥は再び扉を閉め、内側からかんぬきをかけた。
埃っぽい倉庫内はどうやら今は使われていないらしく、市場で使うパレットや棚、ドラム缶、木箱などが雑多に積まれている。そうしてそんな廃材たちに囲まれるように、防水シートにくるまれた細長い物体が床に転がっていた。
死体だ。と王九は瞬時に悟る。なるほどこの死体の処理を命じられて大哥はあんなに不機嫌だったのか。しかし納得と共に王九は少しばかりつまらない気持ちになった。こんな大層な隠しかたをしておいて、たかが死体の処理ひとつだなんて。
不満げな王九を知ってか知らずか、大哥は持ってきたボストンを床へ下ろし防水シートを解いていく。そこにはやはり予想していた通り男の死体があった。
「今からこいつの処理だ。夜明けまでにやっちまわないとでな。面白いものでもない、先に帰れ」
大哥の声にしかし王九は首を振る。期待とは違っていたが、このでたらめに強い男が死体処理なんて下っ端の仕事をするのは少しばかり面白く、その手際を見てやろうと思ったからだ。
「
……
勝手にしろ」
見ている分には良いらしく、それ以上何も言われなかったのをいいことに王九は手近な木箱に上り、ぶらぶらと足を揺らす。
そうしている間にも大哥は手際よく準備を進め、パレットを積み上げたものをふたつ用意して、その間に板を渡し、簡易の吊り棚を準備していた。そうして死体の膝を曲げた状態で太股ごと縛り、渡した板へとかけて逆さに釣り上げ、ブルーシートを下へ広げて頭の下へとバケツを置く。
そこまで準備を済ませてから大哥はボストンバッグまで戻ると、中からゴム製のエプロンと腕サック、ゴム手袋を取り出し身につける。市場でよく見かける格好だ。しかし今から捌くのは魚でも果物でもない。そうして包丁を手に持ち、死体の髪をひっつかむと何のためらいもなく吊された男の喉へ刃を走らせた。横一文字に引かれた傷。じわりと滲む赤。
「クソッ!」
しかし毒づく声が上がる。
「時間が経ち過ぎだ。血液がゼリー状になって血抜きもできやしねぇ・・・・・・死後硬直が始まってないのかと思えば、解けた後ってことか・・・・・・話が違いすぎる」
大きなため息がひとつ。しかもげんなりした色が濃い。しかしそれでも作業を進めなければならないのか、大哥は止まっていた腕を再び動かし始める。
血抜きがすすまないならと鉈を一振りし首を落とす。吊したまま衣類にハサミを入れ全てを脱がし、手近なドラム缶へ投げ入れる。何の感慨もなく落とされた首が濁った目玉で床から王九を見上げていた。
「そいつの処理にも何段階かある」
王九に言っているのか、それとも独り言なのか大哥はもくもくと腕を動かし解体作業を進めながら口を開く。
「ただのチンピラなら大したことはしなくていい。大体はぐれものか、他所から来た奴らだ。持ち物を処分して顔でも潰してその辺に放り出しておけばいい」
吊された死体の性器と排泄口をナイフでくり抜き、汚物が漏れないようにくくる。股下から気をつけて腹を裂き、白い腹膜に包まれた臓物をそのままバケツの中へ落とす。
「気をつける必要があるのは地元の人間、いわゆる地盤があるやつらだ。それでもまあ一般人なら基本は変わらない。顔を潰し指紋を焼き身ぐるみ剥いだ状態で埋めるなり沈めるなりしておけばほぼ問題ない」
パキパキと音が鳴る。肋骨を両手で割り胸を開く。肋骨が折れる音は生きている人間も死んでいる人間もそう変わらないな。そんなことを王九は考えた。そうしている間にも大哥は心臓や横隔膜をそのまま掴み、癒着を剥がしてはこちらもバケツへと落としていく。刃物を握るその額に汗が浮いていた。一人でこなすにはなかなかの重労働なのだろう。
「一番厄介なのは、警察、政府関係者、外国要人、その身内だ。万が一にも発覚するわけにはいかない。完全に「消す」ことが重要だ。完全に痕跡を消すならバラしてでかい粉砕機にでもかけて魚の餌にしちまうのが一番手っ取り早い。だがそんなものはここにはない。そうなるとこうして一手間かけて全てを消していかなきゃならん」
内臓を抜かれ軽くなった死体がぶらりぶらりと揺れている。その手首を掴み肩口から切り落とす。そしてもう片方。大哥は一等大きな鉈に握り替えると、一刀の元、縦二つに背割りした。
ぎ、と瞬間掛かった重圧で死体を吊していた板が軋む。技量がなければできない腕前に王九は釘付けになる。
「くそ、刃が欠けた。ろくな道具もなしじゃあな」
背割りされ吊された死体はまるで肉屋の店先に並ぶ塊肉のようだった。ついさっきまでこれが人間の形だったとは到底思えない。そうしている間に大哥は床においていた頭へ手を伸ばす。
「これが一番厄介だ。頭蓋、歯形、目どれも個人特定に繋がる」
次は小ぶりなナイフで耳を落とし、唇をくりぬき、後頭部に切れ込みを入れ、そのまま表皮を裏返すように剥いでいく。ゼリー状になった血が滑り大哥はやりにくそうだった。しかしなんとか剥き終わると、頭髪がついたままのそれをまた無造作にバケツへと放る。残された頭蓋にはどす黒くへばりついた肉と目、舌が残っていた。
「おい、外で水を汲んでこい」
大哥はここへきてようやっと王九に声をかけ命じる。このまま居残るつもりならついでに使ってやろうということなのだろう。不満げにむい、と唇を尖らせながらも王九は渡された鉄バケツを手に倉庫をでた目の前にあった水道からなみなみと水を汲むと、それを手に倉庫内へと戻る。
「ん」
大哥にそれを手渡すと、彼はそこへまだ肉のへばりつく頭蓋骨を入れ、木材を渡し棒としてまるで鍋のようにドラム缶へとかけた。ドラム缶の中には死体が着ていた服と渡し台にしていた木材が割られ、焚き付けとしてくべられている。
振り返って見てみると、先ほどまで二つに割られた状態で吊されていたは胴体は防水シートが置かれた床へと下ろされてロープを解かれていた。
「煮こぼれないように見てろ」
素っ気なく言いながら大哥はボストンバックから取り出したオイルライターをドラム缶の中へ振りかけ、擦ったマッチを落とす。ボッと音を立てオイルに火が回るとドラム缶から火柱が上がった。
炎に見入っていると、横から王九に火ばさみが差し出される。これで火の番もしていろ、ということなのだろう。無言で受け取りドラム缶をのぞき込もうとしたが、少しばかり背が足りない。意地になってつま先立ちでなんとか中を見ようともがいていれば、後ろから大哥に転がっていた木箱を投げられる。
「少しは頭をつかえ」
ふてくされながらもそれを丁度いい場所にまで引きずり、王九はドラム缶をのぞき込んだ。
ごうごうと燃える火が顔面を炙る。鍋代わりにされていた鉄バケツの中ではもうすっかり茹だった頭蓋がぐらぐらと揺れていた。灰汁がひどく吹きこぼれそうになる度、王九は火ばさみで灰汁を散らす。何度か繰り返しているとバケツの中で茹だった頭蓋がくるりと周り、その眼窩から縮んだ眼球がぽろりとこぼれおちた。王九が鉄バケツをのぞき込みながら窪んだ眼窩をつついていると、こんなものでも煮込んだ肉の臭いが漂っていて思わずぐぅと腹が鳴る。
「喰うなよ」
「くわない」
すかさず大哥から声が飛び、ムッとしたまま言い返す。
「衛生管理のされてない肉なんざ、滅多なことでもなきゃ喰うもんじゃあねぇ。病気になる」
王九が視線を上げると、防水シートの上で塊をバラしている大哥の背中が見えた。じゃあアンタは滅多なときとやらに喰ったことがあるのか。聞いてみようかとも思ったが、多分答えてくれないだろうなと王九は口をつぐむ。大哥は自分のことをほとんど話さないし、話しても嘘であることが多い。
「これが終わったら、飯を喰いに連れて行ってやる」
「車仔麺がいい、大什で」
「ハッ、ちゃっかりしてやがる」
少し機嫌が良くなったのか、大哥の声に笑いが混じっている。ぐうと鳴る腹を抱えながら王九はこの後のご褒美を思い、喉を鳴らした。
妙なガキを拾った。
明らかに普通ではない。その証拠にこうして人間の生首を茹でながら平気な顔をしてそれをつつき、飯の話をしている。壊れているというより、人間なら誰しも持つであろう一線を持たない、そういった生き物なのだろう。同族殺しに対する忌避を持たないのは獣の有様だ。
大体の人間はその一線を越えさせるのに、恐怖や欲、情の後押しと訓練が必要であるというのに、まれにこういった一線を持たないものが現れる。明らかな異分子であるし、だからこそ集団からは弾かれともすれば目の敵にされ叩き殺される。一線を持たない生き物は危険だからだ。
そういえば拾った時も黒社会の連中に追いかけられていた。丁度よくそれがこちらと敵対していたやつらだったので、これ幸いと追っ手を始末し、そのまま攻め入る理由にした。
後から生き残りの連中に聞けば、身内をやばい方法で打ち殺したからかたきとして追っていただけだと言う。「まだガキじゃねぇか何かのはずみだったんだろう」と言ったら「ガキはあんな笑い方はしねぇ」と心底ブルった様子だったからまあ筋金入りということだ。
以来、妙な懐き方をされて後を着いてくるようになった。かといって最初は拾ってどうする算段もなかった。何せこいつははぐれものだ。一線がない生き物をどうやって飼い慣らすのか。いつか手を噛まれるに違いない。
しかしまた一線を持たないが故にその天賦の才も本物で、元々は寺に居たと言っておりそこで覚えたのだろう気功はまだ不完全ながらも様になっている。普通の大人で敵うものは居ないぐらいには暴力に長けていた。
今はひょろひょろのガキだが、あと五年もすれば身体もできあがって一端の使い手になるだろう。どうせ放っておけばどこかで野垂れ死ぬガキなのだから、自分が使って何が悪い。そんな投げやりな気分で拾い上げたガキは意外にも逃げ出すこともなく居着き、自分の後ろを着いてくる。訳が分からないなと思いながらも、これがこいつなりの生存戦略なのだろう。
ぼんやり考えごとをしながら進めていた解体作業も気がつけば大詰めになっていた。手元には細かく骨ごと刻まれた肉片がいくつか。残りはドラム缶の中で骨まで焼かれている。あとは煮えた頭蓋を取り出し、歯を抜き、ハンマーで砕いて、焼き上がった骨とバケツにたまった内臓ごと魚の餌に混ぜるだけだ。ここまでの総時間で四時間ほど。日付が変わるころに事務所を出たはずなので、そろそろ外は明るくなり始めているだろう。
ドラム缶をのぞき込むのに飽たガキが木箱に座ってうつらうつらと船をこいでいる。
あと少しこのままにしておいてやるか、と刃の欠けた大鉈を再び振るう。ちらりと見えた寝顔は年相応のガキのもので妙な気分になった。
あれはお前の死に神だぞ。そういえば口を割らせるため一人だけ残したあの男が、最期にそう言っていたのを何故か思い出した。
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