kanaco
2025-06-28 19:37:30
13604文字
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【十二信】Jazz Bar

《十二信》未成立十二信が成立するまで
P1 Jazz Bar①—十二 フラれて凹んでる信一くんと、臆病な十二くんのおはなし。(約5700文字)
P2 Jazz Bar②—信一 グイグイ行くぜな信一くんと、赤面な十二くんのおはなし。(約8000文字)


Jazz Bar②信一


廟街エリアでも端の方、街角にひっそりと佇んでいる隠れ家のようなそのJazz Bar。

信一と十二は3ヶ月に1度くらいの間隔でそのBarへ通っている。九龍城砦とは違う雰囲気の場所でお互いのプライベートを情報共有するというのが19才を超えた辺りからの定例になっていた。前回は信一が新しい恋人とあっという間に破局した散々たる経緯について、愚痴を交えながら喋った記憶がある。それから3ヶ月。信一の身辺は特に変化がなく面白い話題はなかった。

気にかかることは1つだけ。

それは信一の恋バナから触れるに至った、十二の片思い相手についてだ。

“十二の長年の片思い”は新しい情報ではない。相手の名前こそ教えてもらったことはないが、十二が特定の相手...恋人を作らない理由は全てそれで説明をされてきた。

長い時間をかけて入手してきた断片情報をかき集めれば、その相手は十二と子供の頃に出会い、年齢は近く、身近であり、しかし十二に振り向くことはないという人物だ。補足をすれば、美人で面倒見がよい、ぬけているところもあるが、引っ張ってくれることもある。十二は今だにその人物を想っている。信一が察するところではヤツの”初恋”であり、動く気はないくせに気持ちは貫き通したい、とのことらしい。つまり10年以上延々と1人を慕い続けているわけだ。動く気はないのに。「どういうこと?」と信一は思っていた。

正直なところ10代半ばから兄弟のようにずっと一緒にいて、この幼なじみの身辺をよく理解しているつもりの信一は思うわけである。

「いや、俺じゃん」と。

美人で面倒見がよく、度々ヤツを引っ張っる、あいつが子供の頃に出会った近しい年齢の人物なんて。……ぬけているところもある、というのは気にかかるが。

信一がそう考える根拠は十二少の態度にもあった。自分からはグイグイと寄ってくるくせに、信一が不意打ちに寄っていくことを苦手としている。洛軍や四仔であればそんな素振りを見せないのに、だ。十二から何かしらアクションがあるわけではない。だから信一の方は地道に自分の恋愛遍歴を歩んでいたが、それに対する十二の行動は基本、支離滅裂であった。つまり信一の行動について咎めず一歩下がったスタンスを取りながらも、時折にどうしても独占欲が滲み出て自覚有り無し問わずに牽制や威嚇を振りまく。

ただしある時点でそれは変わった。十二が九龍城砦を出て行った時点だ。その頃から信一に対する何らかの執着が驚くほどパタリと凪いだのである。

ついに吹っ切れたのかなぁと思っていれば、3ヶ月前のBarでのあの態度である。世間を震え上がらせる豪胆な青年として名を轟かせている子虎の、なんとも煮え切らない逃げた姿勢。

好きな相手に仕掛けないのかと聞けば、あまりにも嘘くさい笑顔を向けられたので信一は思わず鼻白んだ。「そういう顔を俺に向けるなんて、めちゃくちゃ不愉快なんですけど」なんて辛辣な言葉を飲み込んだ自分は偉い、と自画自賛したほどだ。「全然こっちの目を見ないじゃん」という状態で、十二本人が気持ちをカモフラージュできていると思っているらしいところが、信一からすると“ちゃんちゃらおかしい”という評価だった。

信一は十二に対して好意を持っていた。でもあくまで今の状態を十二が望むならばそれでもいいか、と意志を尊重してきたつもりだ。十二が慎重に自分を遠ざける理由が不明ながら、少なくとも信一との関係をまるで壊れモノのようにとても大切にしているらしいことは、なんとなく理解できたからだ。だから自分が次の恋愛ステージへ行けばこの謎の膠着状態も次へと流れていくかなと考え、他者との積極的なおつき合いを試みてきたが...。

(でもなぁ)
ここまでくると変わらないのではないか、という気さえしてきている。こちらに気がある匂わせだけしてきて、しかし本人は本気で何もする気がない。こっちがチョロっと突けば逃げる。信一としては宙ぶらりんに放置されているようで何とも気持ちが悪い状態だった。もどかしさを感じる。
(まぁ、全部俺の勘違いという可能性もあるけど


「あ」
そんなことを考えながら信一がJazz Barに向かっていると、前方から見知った男が歩いてくるのが見えた。

(うわぁ...めんどくせぇ)と信一は思った。

3ヵ月前、信一が別れたばかりの男だった。ホテル経営をしているという羽振の良い人物で柔和な物腰が気に入った。ところが恋人関係になったとたんに束縛が激しくなったのだ。その上自分の思い通りにならないと癇癪と暴力を起こす堪え性のない人だった。これには信一も苛立ちが押さえられなくて、年下の従順で可愛い恋人を演じていたにも関わらず、うっかり叩きのめしてしまったのだ。結果、出て行けと怒鳴られ素直に出て行ったっきりだった。

鉢合うのを避けるため、信一は相手に気づかれる前に横の道へと曲がった。路地から迂回して本道に戻ればいいと考えたのだ。だが知らない道に入ったことをすぐに後悔する。進むにつれて道が細くなっていた。周りに人もいなくなり、後ろから誰かの足音だけがついてくることが分かったからだ。

「なにアンタ、ストーカーなの?」
仕方なしに信一はくるりと振り向いた。予想通り元恋人が信一の後ろをつけていた。挑発するように言って小首を傾げて笑み、ついでに蔑むような目つきで睨みつける。元交際相手は狼狽したような素振りをみせた。猫を被っていた信一はつきあっていた頃に横柄な態度を取ったことがなかったので、初めて見る姿に面を食らったのだろう。相手はそれでも対話を試みたいようだった。
「信一、話を」
「うせろよ、もうアンタに興味ない」
そう嗜める。しかし相手が怯まずにまっすぐ信一の方に歩いてきたので、しばしその動向を見つめた。

(んー、なんだろう)
この前殴ったお返しに、殴り返しに来るのだろうか。
それとも復縁を迫ろうと、体に触ってこようとしているのだろうか。
(どちらにしろキメェな)


よし殴ろう!


意気揚々とそう思った時、自分の背後から凄まじい殺気を感じた。


その波動は自分を通り越して、信一の目の前にいる相手をこれでもかという程に威圧する。(うわぁ)と心中で十字を切りながら肩を竦め、信一は先ほど 嬉々として握った右手の拳をやんわりとほどいた。

場が空気が凍り付くような怒気孕む視線に、誰が背後にやってきたか振り向かなくても分かってしまう。状況次第では今にも相手の喉元に飛びかかり、その柔らかい急所を激しく嚙みちぎらんとするばかりの激情を、その目に溢れる程に押し込んで鋭利に放つような人間を信一は1人しか知らない。

十二が信一の横をゆっくりと通り過ぎる。その顔をチラリと覗き見て信一は少しだけ汗をかいた。
(いや、怖すぎねぇか
相手は黒社会じゃねぇんだぞ。
これから20人くらい殺すのか、とでも聞きたくなるような不機嫌さだ。

子虎が元彼と自分の間に立つ。異様に緊迫した刺々しい雰囲気が漂う。十二との既成事実はないのに「なにこれ俺、修羅場?」というような気分を味わって、信一は何だか落ち着かず気をそぞろわせた。現地集合であるからJazz Barに向かっていたのは十二も同じ。だから使う道は近かろうが、それでもよくもまぁこんな路地裏に居合わせたものだ、と感心さえする。

そうして自分を庇うように立つ幼馴染の背中を見た。子供の頃はあんなに華奢で小さかった背中なのに。信一の後ろにずっとひっついていたというのに。大人の男に成長して広くなった背中に、言葉に出さず問いかける。

(なぁ、やっぱお前さ、俺のこと好きだよな?)
おそらくそれは、間違いではないと思うのだ。


信一はトン、と一歩踏み出し、軽い足取りで駆けだした。

その肌に触れる者があれば一瞬でその相手の息の根を止める。そんな凄まじい殺気を纏う男の様子を全く意に介さず、信一は幼なじみの逞しくなった腕に手を伸ばして、彼の右手にスルリと自分の指を絡ませた。

指と指が触れ合って十二がビクリと体を揺らした。勢いよく信一の方へ顔を振り返る。そのタイミングに合わせて、信一は自分の顔をお互いの息が触れる程の近さへ寄せた。至近距離で目と目が合う。先ほどまで誰でも射殺さんとしていた目が、驚きによって大きく見開かれ、それから戸惑ったようにグラグラと揺れる。

さらに目の中にハッキリとした”怯え”を宿した。信一がそのことが意外でキョトンとすると、十二が表情筋をいっきに崩す。獰猛な獣のような顔をしていた男が、まるで迷子になった子供のような幼い顔つきをして心許なそうに信一を見る。

十二の体が後ろに逃げようとしている。信一はそれを許さずにギュっと手のひらを力強く握った。

シンプルな腕力勝負で言えば、拮抗はしても今じゃ十二の方が強い。しかし動きを止める方法は1つではない。力づくよりももっと簡単だ。意表をつけばいい。

信一はフンワリと薄く、とても優しく笑った。
それだけでも固まる十二へ、触れるだけのキスを贈る。

十二は身動きを一切取らず、ただただ成すがままに信一を見つめている。唖然としたその顔がなんだかマヌケにも可愛くも見えて、信一はもう少し勇気がでた。

「怖がんなよ」

言えば、十二が息を飲んだ。


「それとも俺のこと、これで好きじゃなくなる?」
お前が大切に守ってきた関係をぶち壊すような俺なんざ、嫌いになった?


目は一度も逸らさなかった。怯えと戸惑いばかりが映っていた十二の目に、最初だけ徐々に、それから一気に強い光と真剣な力が宿り始める。信一はそれをスローモーション映像を見るかのようにじっくりと観察した。輝きが増して満ちていくその瞳に夢中になっているうちに、ふいに力強く腕を引っ張られて信一は態勢を崩す。

しかし転ぶことはなかった。気がつけば信一は十二の腕の中にいて、その腕は信一の腰へとしっかりと回っていた。逃がさないと言わんばかりに強く抱きしめられていることに抵抗せず、信一はひたすらに相手の瞳を覗き続ける。

パッチリとした猫科の肉食獣の瞳。
そのギラギラとした鋭い眼差しの中に、自分への果てしない執着が見える。


(ほら)と信一は思った。

(なんだよ、やっぱり好きじゃん。)
凪いだフリして、そんな恋しさをずっとひた隠してたの。


今度は十二の方から唇が近づいてきた。

まるで炎を宿すような、熱っぽい激しさを纏う瞳に反して、近づいた唇は相手を気遣うような優しさをもってフンワリと触れてきた。

柔らかい唇が信一の下唇を食んで、様子を窺うようにフニフニと感触を堪能する。十二とキスをしているという現実にホワホワとした気持ちになっていると、そのうち十二の舌が滑り込んできた。少しだけ驚いて逃げてしまった信一の舌を追って、掬い上げ、絡ませ、優しく吸い上げる。淫らな音を立てる水音が聴覚を煽り、濡れている口内の感触が触覚を煽る。そういう生々しく扇情的な行為をしているのに、どちらかといえば安心感や心地好ささえ感じるから不思議だった。気持ちがいい、昂ぶりを感じる、でもすごく大事にされているかも。がっつきたいような感情と、あくまで優しくしたい感情が同時に雪崩れ込んでくるようなキスだった。

………今まで積もりに積もった俺の想いの重さ、なめてんじゃねぇぞ」

一度離れた口から零れた十二の声音は、まるで感情を押し殺したようなものだった。ずっと抑制していたものを無理やりに引きずりだされて混乱し、それでも理性を必死に戦わせているのが伝わる。ガルガルと喉元は鳴きそうなのに、きちんと牙は剝いてこない。

どこまでも“らしい”十二に、信一は嬉しそうにふふふと笑った。そして

そうは言っても物騒な表情をしている健気な幼馴染の顔面を、右手のひらで潰すかのようにおもむろにグワつと掴んだ。

「ふぎゃ!」
思いがけないアイアンクローをくらって、十二が情けない悲鳴を上げる。

「そ?よかった。俺もお前が好き」

そう微笑んで信一が十二の顔からパッと手を離すと、十二がまた目を丸く、そしてシロクロさせた。それから再び幼い顔に戻って「うう~」と唸った。そのままズルズルとしゃがみ込む。信一は小さく縮こまった十二の後頭部をのんびりと見下ろした。

「お……俺がずっと怖くて隠していた繊細な感情が
「お前、ガラスのハートだもんなぁ。慎重だし。言いたい事は黙りがちだし。色々考えすぎて怖がるし。そのくせ甘えただから態度に出ちまうし。ガラスってかもはやプレパラートのハート...。薄っ!パリン!って」
「プレパ...?ガラス甘えた……怖がり。酷い言われよう
「いやいや、世間でどう言われていようが、俺とか兄貴たちの前じゃ昔とそう変わらねぇもん」
十二がええ~!?と言いながら信一の顔を見上げる。ニンマリと笑って煙草を取り出し一服すれば、ハァという切ない溜息が聞こえた。

「俺、カッコ悪い」
そう、拗ねたように呟く。

「カッコ悪くはねぇだろ、俺のことを好きすぎるってだけで」
そう自信満々に信一が諭してやれば、小さく「ひぃ」と悲鳴を上げて十二が両手で自分の顔を覆う。

信一は煙を細く吐いて、そういえば...と視線を別の方にやった。そこには一部始終を所在なさげに見ていた元彼がいる。正直「まだいたのかよ」と言いたいところだが、十二に睨みつけれられて硬直しているうちに場を抜けるタイミングを逃したのだろう。そう考えると可哀想でさえある。信一は羞恥心に悶えている十二を放って、元彼に向かってニッコリと笑いかけると近づいた。

「いやぁ、あんたのおかげでが状況が動いたわ。サンキュー」
まるで労うように肩をポンポンと叩く。
「だから今回は見逃してあげるから、サッサと俺の前から姿を消し……あ?」
突然に下半身に重み。目線を下に向ければ、自分の腹に巻き付いている見慣れた腕。腰辺りにヤツの額を感じる。

上半身だけ後ろに捻って自分の下に張り付いている男に「何やってんの?お前」と思わずそう問いかければ、犯人が体勢そのままにしがみついて「あんたたちが、ち、近いとオモイマシタ」とどんどん小さくなる声で答える。

わぁ。

信一と元彼が顔を見合わせた。信一は半笑いになると、元恋人に「早よ行ってくれ」と手のひらをパタパタさせた。このひっついてるの、今はまるで子猫のようですが、これ子猫じゃなくて子虎だし、よもや猛虎なんですよ、と目で訴えれば、先ほど獰猛な虎モードに散々に脅された男は、素直にその場から逃げ出していった。

残されたのは信一と、その腹へ虎というよりコアラのように巻き付いている十二だけだ。信一が十二の腕を「放しなさいな」という意味合いを込めてスリスリと撫でると逆に締まって、挙句の果てには甘えるように背中にグリグリと額が擦りつけられる。

「十二なんかもうお前、歯止め効かなくなってない?」
「ダメな気がするもうなんか色々ダメな気が
「情緒不安定かよ」
「死ぬ恥ずかしさで死ぬ」
「ここまできて死なれましても
俺も困ってしまうなぁ、それは。

信一が愉快そうに言うと、やっと十二が立ち上がった。後ろから抱きしめている体制は崩さず、そのまま腕の中に囲い込むように離さない。先ほどは腰にあった息の熱さを、今度はうなじに感じた。腕も首の方に改めて巻き付いてくる。

……つまり、とっくの昔に俺のキモチはバレてたってこと?」
そうだな、と無言で肯定すれば呻き声が聞こえた。
キャパシティーオーバー過ぎて、脳内処理が追いつかねぇ」
だんだんと涙声になってきている気がする。信一は首に回っている手をよいしょとどけた。

「この前にBarで言ったじゃん。アタックしてみねぇの?って」
…………………
「もしかしたら、振り向いてくれるかもしれねぇじゃんって」
クルリと態勢を変えて向かい合えば、目を潤ませながらも拗ねたように唇を尖らせる年下の男がいた。さっきからまるで100面相。こんな姿、世間にゃ見せられないなぁと思うと特別な優越感がムクムクと湧いてくる。

「ま、振り向くどころか最初からお前を見てたんですけどねぇ、こっちは」
信一は綺麗に朗らかに笑った。十二がその微笑みを真正面から受けて、みるみるうちに顔を真っ赤にする。

「だってお前、俺と正反対の男ばっかりと付き合ってたじゃん
「十二の代わりを探していたわけじゃねぇもん。お前に似たヤツなんて俺はいらねぇよ」
あと普通に年上は好きだし、と言えば十二が「ぐぐっ」と口ごもる。

「お前の身代わり探すくらいなら、俺はお前が良かったんだよ」

「マジか……
そう呟いて十二が口元を覆った。逸れて下を向いた瞳が恥ずかしそうに、しかし嬉しさを隠し切れないようにユラユラと揺れていた。もし十二に虎の尻尾がはえていたら、嬉しそうに左右にフラフラと揺れていたことだろう。その幻覚が信一には見えるようだった。

「なぁ、もう1回キスしていいか?」
おずおずと、上目遣いで十二が聞く。
「黙ってしたって怒らねぇよ。それくらい、ずっと待ってるんだから」

信一がそう答えれば、十二の喉元がゴクリとなった。真っ赤な顔がゆっくりと近づく。耳まで赤く染まり上がった相手を見ていたら、だんだんと信一の顔も火照ってきた。

潤む瞳が瞬きもせず見つめてきて、相手が緊張しているのが分かる。先ほどキスしてきた時はずいぶんと手慣れた様子だったのに。十二の緊張が信一にまで伝染して、信一まで一緒に表情筋がカチコチになる。結果、口と口だけが無機質にトンっと重なった。触れ合っただけ。さっきは舌だって入れたのに。

まるで10代のファーストキスだった。それなのに十二が「今キスしてるの、信じられない!」とでも言いたげに目をキラッキラさせて喜ぶので、信一は笑ってしまった。それに惚けた顔をした十二が、もっと嬉しそうにヘヘッとはにかむ。

初体験でもないくせに大の大人が2人してまるでウブな仕草をしていた。龍城第一刀と架勢堂の若頭が揃っているというのに。仲間たちがここにいれば見て呆れるかもしれない。

でも気恥ずかしさと、戸惑いと、うるさいくらいの心臓の音と、心の浮き立ち、もだもだする気持ちがこんなにも愛しいのだ。


あぁそうか初恋か、と信一は思う。
十二の10年来の初恋が実ろうとしているのだ。


「ずっと好きだった」
十二が言った。もう怖くはないだろう。今度は覚悟を決めたような顔だった。スッキリとして迷いがなくなった凛々しい表情をしている。また彼の中で心境は変わっていくはずだ。そうして強くなろうとする十二が信一はいっとう好ましかった。


信一は頷いた。
そして改めてもう一度近づいてきた体温に嬉しそうに身を委ねた。