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kanaco
2025-06-28 19:37:30
13604文字
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【十二信】Jazz Bar
《十二信》未成立十二信が成立するまで
P1 Jazz Bar①—十二 フラれて凹んでる信一くんと、臆病な十二くんのおはなし。(約5700文字)
P2 Jazz Bar②—信一 グイグイ行くぜな信一くんと、赤面な十二くんのおはなし。(約8000文字)
1
2
Jazz Bar①
—
十二
廟街エリアでも端の方、街角にひっそりと佇んでいる隠れ家のようなそのJazz Barを十二は昔から気に入っていた。
店前には柔らかい光を出して揺らぐ小さなネオン看板一つだけだ。気をつけなければ素通りしてしまいそうな重い扉を十二はゆっくりと押した。曲名も知らない、軽やかな指使いのピアノジャズが聞こえてくる。
店内は広くはない。それでも流れるBGMと相まって他者の会話が辛うじて聞こえない程度にはゆとりがあった。照明はやや暗い。その代わり、テーブルごとに設置されているランプが天井から垂れ下がる。その黄色い明かりがじんわりと辺りを照らし、プライベートな空間を演出していた。まるで秘めごとを口にするのを促すように。
常連、とまでは言わないが馴染みの店であった。例えば飲んで騒ぐつもりがない信一と待ち合わせる場合、よく選択される店だ。バーテンダーが寡黙なのもいい。それに時間帯によっては客が少なくて穴場だ。今日に限っては客はまだ自分たちだけだった。
十二が店内で視線を巡らすと、信一は既にカウンターの端に座っていた。いつもより肩が下がって背中が丸まっている気がする。そんな後ろ姿に「ありゃ、なんかあったかな」と十二は思考を巡らせた。例えば龍兄貴に𠮟られたとか、四仔とケンカしただとか、洛軍と
…
は揉めることもないか。思いの外頑固なヤツだから、言うことを聞いてくれないだとか?
そんな風に予想立てしつつ、十二は挨拶もせずに隣の席に座った。バーテンダーに注文のために声をかける。信一は先に酒を注文したらしい。グラスがテーブルに置かれていた。しかし彼は飲むわけでもなく、グラスの縁を指で撫でながら静かに俯いていた。
そして、十二が隣に落ち着いたところで開口一番。
「フられた
…
」
そう言った。
「フられた?この前の言ってた男のことか?まだ半年も経ってなくね?」
「つき合って3ヶ月目の記念日を迎えたばかり
…
」
「おお
……
」
そうか、前回この店に来たのは3カ月前だったか、と十二は思い出した。その時に「ある年上の男とつき合いを始めた」という報告を、今日と同じ席で同じように本人から聞いたのだった。
信一が男とも寝る、ということを知ったのがいつのことか覚えていない。バイセクシャルであるというカミングアウトは、恋人やセフレをつくる度に十二にわざわざ報告してくるタイミングにて、いつの間にか知っている体でシレっと行われた。十二は言葉の通り“目を剥きそう”になった。それでも平静を装えていたと思う。いや分からない、堪えられず変な顔をしていたかもしれない。
なんせ十二は長年この幼馴染に恋をしていたからだ。
歴代の彼女を知っていた十二はそれまで信一が異性愛者だと疑わず、ところがいつのまにやら男も恋愛対象入りしていたと知り、希望を抱くのではなく胸を痛めた。悲喜こもごもに自分の恋愛遍歴と近況を十二に語る信一が、これぽっちも十二に対してそういう興味を持っていないことが身に染みたからだ。
その上、好みの女のタイプはバラツキがあるが、好みの男のタイプは決まっていた。総じて、一見穏やかな風貌で、経済力があり、世話を焼くことが好きな年上の男だ。甘やかされるのが好きな信一の趣向から考えると納得であり、ここ数年はもっぱらそういう彼氏ばかりを作っていた。
「今度のヤツは今までと違うって言ってなかったか?」
「そうなんだけどさ、なんか束縛が激しくって」
すかを食ったかのように信一がボヤいた。
またか、と十二は思う。信一の“おつき合い”はいつも長続きしない。それが卑屈にも十二の溜飲をこっそり下げさせているのが現状だった。男運が悪いのか、信一がそういう男になびきがちなのか、円満が半年以上続くことはなかった。
「この前、お前と買い物行ったじゃん。それを見かけたみたいで十二との関係を詰められてさぁ」
信一はその時の押し問答を思い出したのか“うんざり”とした顔をした。
「めちゃくちゃキレてて、説明も聞く耳もたなくて口論になって、ビッチだのアバズレだの言葉も酷くてよ、挙句の果てに襟掴まれてベッドに叩きつけられて、あまつさえ殴られそうになってさ」
「DV野郎かよ。殴られたのか?」
「いや、殴られる前に条件反射で3倍の力と速度で殴り返して床に沈めてた
……
」
「わぁ」
そんで、フられた~。
がっくり、といった風に信一は嘆いて、それから両腕を机に重ねて組むとそこに向かって顔を突っ伏した。
まさか俺が起因かよ、と十二は思いつつ「ふぅん」とすかす。
「まぁ、良かったじゃねぇか。早いうちに別れられて。疑い深い上にすぐ手が出る男なんて願い下げだろ。いっそ殺っちまえば良かったのに」
(お前に暴力を振るう男なんて)
そう言葉を続けるのは重たいか、と思って心の中に押し込む。
知っていたのだ。この前の買い物中、やけに素人臭い、それでも執念と殺気の篭った視線を感じて元を辿り、目についたスーツ姿の男の存在を。信一の恋人に会ったことはなかったが、そうなのかもな、とその時に思ったのだ。そしてそれは当たっていたのだ、と十二は納得した。
やましいことはしていない。ただちょっと牽制しただけだった。信一が一緒にいて、いかなる種類の視線でも当てられているならば、十二はどんな場合でも牽制する。信一が知っていようがいまいが関係はない。ごく当たり前のことだった。
それでも今度ばかりは割を食って、そのうえ本当に何も知らないのだろうノンキな十二の幼馴染は、机に顔を突っ伏したままくぐもった声を上げた。
「物騒なこと言うなよ。あの人、仕事関係はグレーとは言え一般人だったんだぞ
…
一応。あぁ~黒社会顔を封印してたはずだったのに~」
「そんなに好きだったのか?」
「エッチ上手だった」
「シモかよ」
「あっちも俺のカラダがヨかったのにって怒鳴り散らかしてた」
「クソかよ」
信一はハハハと渇いた笑い声を出す。それでも顔は上がらない。
「最近、その手の話題がかったるいんだよな。先週の日曜にXXX組のXXXで開かれたパーティーの接待でもちょっとあってさぁ。あそこの組って懇意じゃん、うちと。それに完全に表向けのパーティーだったから顔見せだけ要員で俺だけ参加したんだけど
…
」
喋り辛かったのか、突っ伏した状態のまま手前に重ねた手の甲に首を乗せるようにして信一は僅かに顔を上げた。しかし前方を向いたので十二からは信一がどんな顔をしているかは見えなかった。
「案の定、ヒマしてさ。でも優しい老紳士がいてさ、話し相手になってくれたわけ。とりとめのない会話だけで時間潰してさ。そしたら駅まで車で送ってあげようって言うから」
「アホか、お持ち帰りされてんじゃねーか」
「俺はそんなつもりなかったんだよ。でもなんか成り行きで
…
。相手、黒社会じゃなかったし。でも途中でこれちょっと違うな、怪しいなって思って言ったわけ。俺“そういうつもり”ないんですけど合ってます?って。そしたらさぁ」
再び、信一は “うんざり”と言いたげな声を出した。
「じゃぁ今すぐに車から降りろて言われて。で、そこがよ。XX道の自動車国道で
…
」
「は?だってあそこ自動車専用道路じゃん。ってか都心から相当離れてる
…
」
「そう。でも“降りなさい”ってやんわり容赦なく降ろされてさ。
……
だから歩いて帰った」
「え、あの距離を!?」
「だってそれしか方法ないだろ。最寄りのバス停まで2時間かかった」
「
……
呼べよ俺を。車で迎えに行ってやったのに」
「俺、通信機器系持ってねぇもん。それになんかもぅ、あまりに悔しすぎて意地でも歩いて帰ってやろうと思って。俺は安い男じゃねぇんだぞバーカって」
不貞腐れたような声を出して、信一は再び下に顔を隠してしまった。
「みんな俺のカラダにしか興味ねぇんだ
……
」
ポツリ、その言葉がやけに響いた気がした。
十二は神妙な顔をして横に伏せたままの男をしげしげと眺めた。行動の甘さは咎められるべきかもしれないが、それにしても不憫だと思ってしまうのは、惚れて絆されているからなのだろうか。十二としては好いている相手にそんなネガティブに引きずられて欲しくはない。自然と慰めようという気持ちが湧いたのか、無意識のうちに十二の右手が相手の柔らかい髪に向かって伸びようとした。
その瞬間、ずっと突っ伏していた信一が突然ガバリと勢いよく起き上がった。急で大袈裟なリアクションに十二がビクっと体を跳ね上げ思わず手を引っ込める。
信一はそのまま両手の拳でダンッと一度机を叩き、グラスに入った酒を揺らして、叫んだ。
「ああもうホント、俺の顔がこんなにもイケメンなばっかりにっ!!」
吠えた信一に十二は数秒の間ポカンとした。それからゲラゲラと笑いだした。他に客がいないのが幸いだ。ムーディなジャズソングに不釣り合いな、快闊な笑い声が響く。寡黙なバーテンダーも咎めることもなく聞き流してくれている。
「お前って、ほんとサイコー」
バシバシと信一の肩を叩くと、信一が完全に不貞腐れた顔をして三度目机に突っ伏した。ただし今度は顔を十二の方面に向けたので、不満そうな表情がアリアリと見える。十二は笑い声だけは抑えると、それでもニンマリと笑い続けてその鼻をつまんでやった。信一がふぐっと息を詰まらせて、ぷはっと口から息を吐く。
(かわいい)
信一は自己肯定感の高い男だ。自分に自信があるところを素直に認めるから、落ち込む沼に足を取られても、その奥底まで引きずれやしない。自分と他人を比較してその優劣で気を大きくするのではなく、自分自身が好きだからという理由において自信過剰になれる男だった。だからどこまでも他人に寛容であり、魅力的なのだ。
かつて十二がヤクで苦しんでいた頃の献身も、今ですら人知れず繊細な十二を実にシンプルな理由で背中を押すのも、その自信と寛容さが功を奏す。それにずっと救われている。そしてそれは十二だけではないはずだった。
今度こそ十二は信一の頭に手を伸ばした。柔らかい髪を撫でてやると、信一が少しだけ気恥ずかしそうに、しかし気持ちよさそうにする。自分の手のひらによって顔つきが穏やかになっていくのがたまらなく愛しい、と十二は思った。
「お前の魅力に気がつかない雑魚どもなんざ、放っておけよ」
そんなやつら、お前の目に映す価値すらねぇんだからさ。
そう言って笑う十二を信一は少しだけ驚いたように見つめた。やがて目を細めてからそっと口を開く。
「お前って
……
モテそうなのに、どうしてこんなに女っ気がないのかねぇ」
「そりゃぁ、お前」
お前に長年片思いしてるからじゃねーか。
そう、言葉がうっかり出かかって、十二は辛うじて飲み込んだ。十二はこれまで特定の相手を作ったことはない。廟街の仕事絡みで誰彼を抱くことは何度もあった。色街じゃそれなりに名前も響かせている。それでも“恋人”という関係性を誰かと持ったことはない。
「おれは一途な男なんだよ。ずっと片思いしてんの」
「本当にずっとそれじゃん」
信一がジッと十二を見つめる。その瞳の真っすぐさに気まずくなって、十二は視線をそらすために前を向きグラスを傾けた。
「
……
アタックしてみねぇの?」
十二の明らかに誤魔化したような仕草を気にした風はなく、信一が言葉を続ける。
「もしかしたら、振り向いてくれるかもしれねぇじゃん」
怖ろしいことを言う、と十二は心の中でつぶやいた。
そんな勇気は到底なかった。この距離感が壊れるようなギャンブル染みた行動に踏み込むような勇気は。信一との関係性は何だっていいのだ。ただ一緒にいられれば。信一がその気になってくれれば一緒に旗を上げたい。それが唯一の願いだった。
周囲の人間は自分のこの臆病さに驚くだろう、と十二は思う。廟街、架勢堂の若頭は豪胆かつ慎重さもあり忠実で、虎視眈々と獲物を狙って逃がさない、粗削りながらも将来有望な若者。その年齢にも関わらず冷徹さと冷酷さを兼ね備えている、そう評価を受けている自負がある。何よりそうでありたいと努力をしている。強くならねばならないから。ヤクという地獄を脱し、九龍城砦を出て虎兄貴の下へ行ってから、十二はとにかく強くなりたかったのだ。
そして十二は強くなるために龍捲風と信一の下を離れた時、本来自分が持っていた柔らかい全ての部分を、この大切な恋相手に“想い”として全て残していったのだ。
十二が強くあるために、彼が持ち合わせる繊細な部分を全て、唯一、”信一”が担うのだ。
だから十二にとって信一という人間は特別だった。そしてこんなに脈がいっさい感じられない状況での中、恋慕という感情に振り回されて博打をうつことは到底できやしなかった。幼馴染、親友、悪友、相棒、弟...リスクを冒してまでこれ以上何を望むというのか。そう自分に言い聞かせる。
信一の恋愛遍歴をわざわざ把握し、知って相手を威嚇し、自分の手に懐柔される信一をみて想いを深めている矛盾について、自分で気がついていても目を閉ざして。
「どうかな」
その自嘲気味な声音は、相も変わらず店内を優しく包むジャズに溶け込むように消えていった。
「俺なんて歯牙にもかけていないし、それに俺はそいつの好みのタイプと違いすぎる」
お決まりのニンマリした笑顔を貼りつけて想い人に向けると、まだ机に体を預けたままの信一は静かに十二を見ていた。綺麗に整った顔は、表情を失くしていることで一層美しく際立つ。
「ふぅん」
つまらさそうな声と、つまらなそうな顔で。
「もったいねぇの」
そう、信一が呟く。
信一の瞳がたっぷりと潤んだ気がした。
ランプから届く柔らかい光で、水分を豊富に含んだ目がキラキラと輝きながら美しく揺らぐ。
“もったいない”
さっきから沈黙すら優しく包んでいた店内のジャズBGMは、まるで十二を責めるかのように、その言葉だけかき消してはくれなかった。
だが。
言葉が胸を締めつけるのを、やはり気がつかない振りをして。
吸い込まれ、見惚れてしまうほどの潤んだ瞳に耐えられなくなって、この話はもうおしまいだ、というように十二はグラスを一気に煽った。
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