2025-06-19 20:40:17
5355文字
Public 小説(pixiv公開済)
 

半月の夜/十六夜の鏡

Re:vale記念日2022「Period color」&2024「Binary Vampire」のクロスオーバーで遊んでみました。
2022&2024記念日ワンドロワンライ企画への参加作品を若干加筆修正しています。

1. 『半月の夜 ~ Yuki & John Doe』 お題「運命の出会い」「共闘・サポート」
ゲーム中、見慣れぬフィールドに迷い込んだ社長が、相棒のコンビニくんにそっくりの彼と出逢うお話。

2. 『十六夜の鏡 ~ Momo & Vampire』 お題「喪わせない」「画面越しの繋がり」
こちらはコンビニくん視点。画面越しならぬ鏡面越しに繋がった世界で、人外の存在と出逢うお話。

ピリカラのふたりは付き合っていません。自覚もまだのユキモモ(シャチョコン)未満です。
BVのふたりも付き合ってはいませんが、一緒に生きていけたら、と願っています。

2. 十六夜の鏡 ~ Momo & Vampire


……あれ?」
 ふと、あたりの景色を見まわして、百瀬は――正確には、ゲームアバターのMomoは、首を傾げた。
 深夜シフトを終えて、帰宅後のログイン。さすがにこんな時間ではYukiも、他のフレンドも居なかった。素直にログアウトしても良かったのだが、今夜はなんとなく人恋しいというか、ゲーム恋しい気分だった。
 それで、ソロでフィールドをぶらりと散策しながら、スクリーンショット映えのするスポット探しなどをしていたところ、マップの最奥の描画限界あたりに蔦の這う壁の建物を見つけて、これは、と入ってみたのだが。
「このテクスチャパターン、初めて見た気がする。破壊可能オブジェクト……ではないよなあ」
 幻想文学の城のように壮麗な、石造りの回廊。重厚でありつつ精緻な装飾は、カテドラルめいていながら暗闇に沈み、心をざわつかせる。
 雰囲気は素晴らしいが、光量の足りなさもあって、スクリーンショットを撮るにはあまりに視界が悪い。描画設定をいじって少し明るくするか、とマウスに手を伸ばしかけたとき。
 カツン、と背後で音がした。足音ではない。撃鉄を起こす音でもない。そもそも、ここは非戦闘フィールドだ。

 ――パスワード制限のかかった、プライベートフィールド。

 なんとはなし、息を詰めて振り返る。
……こんな夜に、客人とはね」
 闇夜にあってなお昏い、人のかたちをした影が、ゆらり歩み出て声を落とした。息は詰めたままに、じっと目を凝らす。
「って、なんだ、Yukiさんじゃん。……じゃない。なにこれ。フレンドのアバターデータを読み込んでる……?」
 佇んでいたのは、艶やかな銀の髪、蒼氷の瞳。見慣れたYukiのアバターだった。
 いや、正確には、見慣れた姿ではない。いつもの近未来風のレイヤリングコスチュームではなく、たっぷりとしたレースとフリルに薔薇をあしらった、中世の貴族のような衣装。ライフルのかわりにステッキを握り、凍れる刃のように瞳を眇めて、百瀬をじっと見つめている。
 ふ、と表情が和らいで、幽かに微笑んだ。
「なるほど。鏡の向こう側の君か」
 そう言って、ステッキを床に突く。石突から、カツン、と先ほどと同じ音がした。
「鏡の……向こう側? っていうかこれなに、隠しイベント? 隠しギミック?」
 Momoの声には応えず、ゆっくりと顔を横に向ける。端正な横顔が視線を注ぐ先には、硝子張りの大きな窓があった。外の景色――夜空と、満月からごく僅かに欠いた月――が、透かし見える。
 だが、窓格子に区切られた中に、一枚だけ、夜空の藍ではなく闇の黒色を湛えている硝子があった。
 違う。硝子ではない。
 回廊の暗い隅を映した、それは鏡だった。

 カツン、カツン、と少しずつ石突の音が近づく。銀の髪がさらりと触れそうなほどに近くまで寄って、やっと彼は立ち止まった。
 腰が引けかけたMomoを視線でその場に縫い止め、肩に触れるか触れざるかに手を添えて、窓ならぬ鏡の方へと身体を向けさせる。
 そこに映っていたのは、見慣れた自分のアバター。明るい色のコスチュームと、メッシュの白い縁取りが、闇の中にぼんやりと浮き上がっていた。背後には、昏い回廊の荘厳な装飾が仄かに見えている。
 そう、ひとりだけ。
 肩を掴む彼の指も、姿も、映っていなかった。
「なんで……?」
「もうすぐだ。きっと、あの子は目覚める。――決して喪わせはしない」
 耳もとに囁く。氷を口に含んでいるかのように冷たい息が、首筋に吹きかけられた。……ような気がした。
 思わず後退りし、彼の手から逃れると、低く震えるような笑いが回廊に響いた。
「大丈夫だよ。僕は、あの子のところに戻るから」
「えっと、その、あの子、って」
 誰のこと? 聞こうとした言葉は、喉から出ることなく、闇に圧され溶けた。
「君は、行ってくれ。鏡のなかへ。光のなかへ」
 彼の声が、遠く耳に響く。悲しげなのに優しくて、儚げなのに明るくて。何処か、すべて諦めたような声だった。
「鏡の向こう側の君たちのように、僕たちも、ふたりの旅に出よう。ああ……世界でふたりだけ、永遠の旅に――


――Momoくん、いる? モモくん?』
……あれ」
 手が、氷のように冷えている。コントローラを握った指は冷たく固まっていた。ヘッドセットからは、彼の――違う、Yukiの声が、繰り返し呼んでいる。
『Momoくん、大丈夫? フィールドからずっと出てこないから、共有パスワード使って入っちゃった』
「あ、はい、大丈夫です。ちょっと、眠気で意識が飛んでたみたい」
 荘厳な回廊は朝の光に包まれて、古めかしくも美しかった。その中で、YukiのアバターがMomoのまわりをぐるぐると走り回っている。イケメンなアバターに似合わないコミカルな動きがかわいくて、つい笑ってしまう。含んだ笑い声が聞こえたのか、Yukiが立ち止まり、ほっとしたように言った。
『無理しないで、ちゃんと寝て。僕も、出勤前にちょっとログインしただけだから、もう落ちるね』
「はーい。ところで、ここ、けっこういいスクショスポットじゃないですか? よかったら今度、ツーショットのスクショ撮りに来ません?」
『そうだね。今週末はわりと早く帰れそうだから、あとで予定をすり合わせよう』
「やった! じゃあ、今朝のところは解散ですね」
 おつかれさま、おやすみ、いってらっしゃい。ひとときの別れを交わしながら、メニューを出し、ログアウトを選択する。
 ゲームクライアントがブラックアウトする刹那、エフェクトの残像だろうか。
 目の端にひらり、ふわり。薔薇の花びらがよぎり、消えていった。

  §   §   §

 鏡の向こう側。画面の向こう側。誰かの声が聞こえた気がした。
 君たちも、僕たちも。
 ふたりきりの旅に出よう。喪わない旅に。