呪里
2025-06-16 18:41:47
3156文字
Public Code_Abyss 本編
 

episode:3 第二幕 〈泡沫の夢〉



 時刻は深夜十時。

 〈泡沫の夢〉の店主、カカシは客と談笑しながらカクテルを作っていた。

 本日の依頼の受注件数はゼロ。

 現在店内にいるのは、以前Abyssに助けられ、現在まで良好な関係が築けている者達だけ。

 カカシがカウンターに置かれた卓上カレンダーに目をやると、今日の日付けのらんに予約が一件入っていた。

 胸元のポケットから手帳を取り出し、予約した人の名前と人数を確認する。

 そこには、カカシの敬愛する恩人の名前が書かれていた。

 もうすぐ予約の時間になる。

 カカシは今か今かとその瞬間を待っていた。

 今日の為に揃えた上質な食材を使って、すぐにでも美味しい料理を振る舞って差し上げたい。

 そんな気持ちが表面に出てしまい、客の前にいることを忘れ、小躍りをするかのように体が左右にゆらゆらとれた。

 「おいおい兄ちゃん。浮かれんのはいいが、俺らがいるってのを忘れないでくれよ?」

 「そうですよ店長さん」

 客の声でハッと我に返り、カカシは頬を赤く染めうつむいてしまった。

 「し……失礼しました……

 店内に客の笑い声が響き渡る。

 そんな中

 〈カラン カラン〉

 店の出入口に付いているドアベルが鳴った。

 カカシが顔を上け店の出入口の方を見ると、そこには一人の狐面を付けた少女が立っていた。

 西洋風の内装の店内には少々合ってはいないが、誰一人として指摘する事はなかった。

 カカシは小走りでドアの前まで行くと、右手を胸にあて、少女に会釈えしゃくをした。

 「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、ボス」

 ボスと呼ばれた少女は、ゆっくりと面を外す。

 少女……ゼロは顔を上げ、カカシと目が合うと小さく口角を上げた。

 「やぁ、久しぶりだね。カカシ」

 店内に入ってきた人物がゼロだとわかると、周囲にいた客の表情が心なしか明るくなったようにカカシは感じた。

 「こんばんは、ゼロさん」

 「おぉ、嬢ちゃんじゃねぇか!元気そうだなぁ!」

 皆ゼロと顔見知りだからか、気さくに話しかけている。

 ゼロはふっと微笑み、お久しぶりですと周囲に軽く会釈をした。

 「一応予約入れといたんだけど今日大丈夫?お客さん普段よりいる気がするけど」

 「全く問題ありません。ボスと、後程のちほどお越しになる方々の為にVIPルームをご用意していますので」

 「本当?ありがとう」

 ゼロの目尻が少しばかり上がったような気がした。

 「三名でのご予約とお伺いしておりますが、残りのお二方は普段通りのあの方々でお間違いないでしょうか」

 「うん。二人とも三ヶ月ぶりにこっちに帰ってくるんだって。せっかくなら、美味しい料理が食べられるお店がいいかなって」

 ゼロが小さく笑いながらそう答えると、カカシは満ち足りたような心地になった。

 恩人である彼女が自分の料理の技術を褒めてくれている。

 そして、今夜の食事を期待してくれている。

 カカシは先程以上にやる気にあふれ、すぐにでも調理に取り掛からねばと鼻息を荒くした。

 「お任せくださいボス。皆様にとって良い思い出の一つにできるように、全力を尽くしますので!」

 突然メラメラと目にやる気を燃やすカカシに、ゼロは驚き、一歩足を後ろに下げた。

 「う、うんなんかカカシ、すごい何かに満ち溢れてるね」

 「はい!今ならなんだって作れそうです!」

 「そっか。期待してるね」

 そう言うと、ゼロは店の奥にあるVIPルームに向かって歩いていった。

 黙ってやり取りを見ていた客達は、ゼロが完全に見えなくなると一人、また一人とクスクス笑い出した。

 「なっなんですか、皆様揃って笑って

 「だって店長さん俺達と話してる時との差が凄すぎて

 「えっそうですか?」

 「そうッスよ。自分達といる時はキリッとしたかっこいいお兄さんだったのに、今のあれはなんていうかえーーっと

 「犬みてぇだったよな」

 「い……?!」

 客の一人がそう呟くと、満場一致の意見と言わんばかりの大爆笑が起こった。

 「ふふん!犬でも結構です!今の私は、ボスにお喜びいただければそれで充分ですので!」

 目に見えてプリプリと怒りだしたカカシは、調理にとりかかるべく、先程までいたカウンターに向かって歩き出した。