九条空
2025-06-19 00:00:00
6321文字
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変身ヴィラン・面影②


「おーい、祈~!」

俺の名前を呼びながら駆け寄ってきたのはライデンだ。

珍しい。ヒーローは遅れてやってくるという常套句が適応される男だ。
つまりライデンが来る頃には大体俺は既にヴィランにやられている。

まだ俺は元気だ。
だからそんな俺にライデンが声をかけてくるのは――もしかすると初めてかもしれない。

「どうした?」

返事は刺突で返って来た。

ライデンは持ち前のスピードを披露したらしい。
俺が視認できないほどの素早さで動き、いつの間にか俺の胸にはナイフが突き刺さっていた。

「うわ……思ってたよりキツいな、胸糞悪ゥ……

なぜか刺したやつが俺より引いている。

ライデンの姿をしたなにかは、俺の返り血がついた手をヒーロースーツで拭いた。
ライデンのスーツは白を基調とし、稲妻を思わせる黄色のアクセントが入っている。
だから俺の血は鮮やかに目立った。

まあこれ、ライデンではねえわ。
ラットロードから聞いていたので、思っていたより驚かなかった。

変身ヴィラン・面影。
ラットロードもこんな感じで刺されたのだろう。
俺の場合はライデンだったが、ラットロードに近づいた面影は誰に化けたんだろうな。

ともかく、刺された俺を見てドン引きしていることから、こいつが殺人を楽しむタイプではないということはわかった。
であれば同情くらいさせられるだろう。
俺はとびきり可哀想に見えるよう、絶望の表情をつくった。

「なんで……どうして……こんなこと……するの……?」
「ウッ……

とぎれとぎれに言って、口から血をこぼす。
ライデンの見た目のなにかはひるんだ。

「わたしが悪いんだね? なんでもするから、嫌いにならないで……
「ウウ……!」

相手はさらにひるむ。
瞬きを封印して目を乾かし、俺はぽろりと涙を流した。
すぐに泣けるのは俺の特技だ。全然使ったことねえけど。なにもねえのに泣く意味ねえし。

「ねえライデン」

泣いたことで鼻声になった俺の声は、より悲痛そうに響いた。
一歩近づいて、ライデンのマスクを撫でる。向こうは逃げなかった。

本物にもこんなことをしたことはない。意外につるつるしている。
布みたいな素材かと思っていたがプラスチックか金属系統なのか――いやそんなことは今どうでもいい。

「わたしのこと、すきだっていってよ」

俺が抱き着くと、ライデンみたいななにかは固まった。
密着したことで胸から生えていたナイフの柄が押され、体内へさらに押し込まれるが、そんなんどうでもいいんだ。

「今だ、やれーっ! 捕らえろーっ!」
「え!?」

抱きつきを拘束に変更。と言っても俺の非力さではなんの拘束力にもならないだろう。
迅速に面影を捕らえたのは、当然澪――フラックスだ。

そもそも澪が本気を出していれば、俺は刺されていない。
しかし今回の目的は面影の捕獲だ。であれば最大限まで引き付けるために刺されるくらいはしよう。
事前に相談した際、澪は渋りに渋ったが、面影を放置する方が危険だと判断したのだろう。
最終的には同意して、こうして奇襲攻撃を成功させている。

素早く近づいてきたフラックスは、あっという間に面影を水球の中に閉じ込めた。
俺は離れ、胸元のナイフを引き抜きながら中指を立てる。

「よっしゃボケェ! 舐めんなカス! この俺がナイフ1本で死ぬわけねえだろ!」
「さっきまでの殊勝な祈は幻覚だったのかしら」

刺し傷なんざもう一瞬で治せるんだよ俺は!
何回ヴィランにズタボロにされたと思ってんだ!

「あら、やるわねえ。体質まで真似られるの?」

澪が感心した声を出す。水球の中のライデンは姿を消していた。
そして、フラックスが増えた。澪に化けなおしたのだ。
液体の中に液体がいるようだが、俺にはどこからどこまでが、どっちのフラックスなのかまったくわからない。

「でも同じ能力なら、使い方が上手い方が勝っちゃうわよ♡」

フラックスはその能力が強力だが、強みは応用力にある。

「ほら、もっとうまく、急いで操作しなきゃ。操作権がどんどんアタシにとられて、体積が少なくなってるわよ」

見た目は同じ液体なので、何がどうなっているか見ただけでは判断できない。
しかし澪の言うことには、澪の方が優勢らしい。
大丈夫だよな? これ、澪に化けた面影側が言ってるわけじゃねえよな。

「ものまねが上手なのね。でも液体っていうのはどんな形にでもなれるの。決められた形をなぞるしかできないアナタより、ずっと自由なアタシが勝つのは自然よね?」
「ぐ……っ!」
「うふふ。このままだとアナタ、アタシに液体ぜ~んぶ乗っ取られて、自我が無くなっちゃうわよお~」

怖いことを言っている。
同化する液体がないと、フラックスは自我を失うらしい。
存在ごと消えてしまうとかそういうことだろうか。人間には戻らないのか。

フラックスの技術には、一朝一夕でたどり着けない。
諦めた面影は俺に化けた。

「ナイス。これで殺せるな」
「友達を殺すのは罪悪感があるわね~」
「もうやったことあんだろ」
「そうだったわ、うふふ!」

ブラックジョークで笑い合っていると、俺の姿をしたなにかは、フラックスの水球の中で溺死した。
体質まで俺になっているのなら、この程度で死ぬわけがない。
しばらく眺めていると、再生、溺死、再生を繰り返している。
俺の見た目なのでちょっと可哀想だ、俺が。

「耳だけ出せるか?」
「仰せのままに」

言葉が良く聞こえるように、耳だけ水の檻から出してやる。
よ~し、めちゃくちゃ虎の威を借ってやろう。
すべてフラックスの功績だが、ノリノリに便乗してやるぜ。

「俺に化けたのは悪手だったな。これでお前は死ねなくなった。そこから出るために別の何かに変身しても、溺れて死ぬだけだ。死なないためには再生能力のある俺であり続けるしかなく、そして俺は非力でそこから出られない。俺たちはお前を何度でも殺して甚振れる。可哀想に、俺の体は全部復元するからな。痛覚はずうっとあるぜ。痛みが麻痺することはない。それも治るからだ」

淡々と説明してやった。
見ただけで体質までコピーできるのならすべて知っているかもしれないが、念のためだ。
拷問官ってのは常に冷静じゃねえとな。知らんけど。

「今日は時間があるからな、長く付き合ってやれるよ――お前が死の恐怖を克服して、俺の変身を解いて楽になろうとするまで繰り返そう」

面影が溺死から復活するのを見届けてから、澪に面影の口まで水面から出すよう頼む。
打ち上げられた魚のように必死に口をぱくぱくさせ息をしているのを見ながら、俺は素敵な提案をした。

「もっと紳士的に話をするってんなら離してやってもいいぞ」
「全部言うこと聞くので殺さないでください!」
「俺の姿で命乞いしないでくれるか? みっともない」

かくいう俺もD.E.T.O.N.A.T.E.のときは全力で命乞いをしたが、まだ多少かっこつける余力はあった。
デトネイト構文で喋ると勝手にかっこよくなっちまうってのもある。

さて、これで拷問し続けなくてもスムーズに話を聞けそうだ。
やったなと言おうとして振り返ると、澪は険しい顔をしていた。

「え、なんかあったか?」
……いいえ、なんでもないわ」
「絶対なんでもなくないだろ、それは。そっとしておいた方が嬉しいやつか?」
「ええ。今は」

何だろう、俺が目の前で面影を拷問してしまったことで、かつて拷問されてしんどかったときのトラウマでもフラッシュバックしてしまったのだろうか。だとしたら申し訳ねえな。
しかし今の俺にできることは、それこそそっとしておくくらいだろう。

「じゃ、俺の家集合」
「また仁に眉間のシワが増えるでしょうね」

澪はマンホールの蓋を開け、面影を引きずり込んでいった。
何回見てもクリーチャーの仕草だ。元ヴィランだしこんなもんか。

最近大学にまでたどり着けねえな。ヴィランが多すぎる。
俺の研究が滞るので困ってしまう。
月島教授も心配するだろう。あと普通に研究室の人手が減って困るだろうし。
やはり大本、デルタを倒すしかないのだろうか。

のんびり歩いて家に帰ると、玄関前でフラックスが待機していた。
面影も縛られたままそこにいる。こんなん通行人に見られたらやべえわ。
俺の家、大通りからちょっと死角にあって良かった。
そこまで考えて家を借りたわけではないが、今こうして役立っている。

「家の中にラットロードがいるんだけど、どうする?」
「お、ちょうどいいじゃねえか。面影に刺されて死にかけたんだし、何発か殴らせてやろう」

家の中で待っていなかったのは、俺の判断を待つためだったらしい。
澪は本当に優秀である。こういう部下が欲しいよな。
でも仕事ができすぎて、俺が澪の上司だったら自信を無くしそうだ。

俺と澪はすたすたとリビングに向かった。そこが一番広いからだ。
たどり着くと、澪はすぐに言った。

「仁、代わりに縛ってくれるかしら?」

仁の返事を聞く前に、澪は面影の拘束をといた。
そうなれば、仁は能力を使って面影を捕獲せざるを得ない。

突然連れてこられた、俺と同じ顔をしたなにか。
フラックスの力を使って捕獲していないと危険と判断されている。
それを突然家の中で突然放されたのだ。
協力したいと思っていなくとも、己の安全のためにそれを捕獲するしかない。

澪は俺より仁を動かす方法を理解していそうだ。感心する。

「いだだだだ!」

面影を縛るものが、フラックスの液体から、アイアンクラッドの金属に代わる。
痛いらしい。そりゃそうだ。

仁は骨格が金属でできているため体重が重い。
しかし俺が家の床が抜けないか心配しているのは、それだけが原因ではない。
仁はどこかから、ざまざまな金属片を収集してくるのである。

金属を操作できるから、武装として集めているのか。
近くにたくさん金属がないと落ち着かないのか。
理由はわからないが、俺の家には何にも使えない鉄屑が山ほどおかれている。
なんかこう、巣作りする動物みてえ。

それを操作して、仁は俺の姿をした面影をギチギチに拘束した。
まあ、多少金属片で皮膚が切れたり、骨が押しつぶされたりしたところで、俺の体質を真似ているのなら治る。問題なかろう。

問題なのは仁の方だ。
こめかみに血管を浮き上がらせている。どう見ても怒っていた。
いつだって不機嫌そうな顔をしているが、それにも増して、だ。
それですら通常運転ではあるのだが。

口喧嘩が始まる前に、澪は能力を解除した。
つまり、フラックスの姿から、人間の男性の姿になった。
その姿はあまり好きではないと言っていたのに、どういう風の吹き回しだろうか。

俺が質問する前に、ラットロードは驚愕の表情を浮かべた。

「せ……先輩!?」

俺はきょろきょろあたりを見渡す。誰に言ってんだ。

「ハァイ、お久しぶりね。今はラットロードでしょう、男爵なんて出世したわねえ」
「お前か、先輩は」

ラットロードにあいさつした澪は、にこにこと人好きしそうな笑顔を浮かべた。
そういえば、ラットロードが俺の家に来たあの日、澪はラットロードに姿を見せなかった。
警戒して水道管に潜んでいるのだろうと思って特に気にしていなかったが、まさか知り合いだったとは。

「生きとりましたか。そうですか、そうか……

ラットロードは感慨深く呟いた。
これだけで、彼らの間に筆舌に尽くしがたい関係があることが見て取れる。

しかし、澪が先輩で、ラットロードが後輩なのか。逆っぽいけど。
この場合澪が若く見えるのか、ラットロードが老けて見えるのか、どっちだ? どっちもか?

「今は楽しくやってるわよ~。何にも気にしないで頂戴な」
「ええ、アンタがそう言うのなら。生きていてくれるだけで充分だ」

ネズミ男爵は情報屋だ。
世間でもかなり有名なヴィランであるフラックスを知らなかったというわけはないだろう。
先輩と呼んだのは、人間の体をしている澪に対してだ。
つまり、澪が液体に同化するミュータントだとは知らないままに、先輩と呼び慕っていたということである。

しかし澪は人間の体でも指名手配されているはずだ。
まだニュースや、警察署の前に貼ってあるのとかは見たことがないが、情報屋を名乗るくらいならすでに知っていてもおかしくはない。知らない方が変だ。
……どういうこと? どうなったらそうなんの?

「すんごい気になる~って顔してるわね」
「そりゃそうだ。でも聞かない方が良いだろ?」
「うふふ、どうかしらね~。アタシは祈になら教えてあげてもいいけど、ラットロードが困るかしら~?」
「お嬢は命の恩人だ。信頼もできる。俺も構わねえですよ」

やんすを忘れている。
まあ、わざわざやんすと言わなくとも、なんとなく江戸っ子口調だ。それほど違和感はない。
これが彼のいつもの口調なのだろう。
わざわざキャラづけしなくともいいんだが、どうしてもやんすが面白いのでつい言ってほしくなってしまうのだった。

ラットロードはいつもとは違う表情を見せた。
表情というか、全体の雰囲気がすでに違う。
背筋を伸ばし、普段浮かべているへらへらした笑みをひっこめ、落ち着いてじっと俺の目を見た。

「俺は公安です」
「ど……っ」

変な声を出してしまった。
あまりに予想外のことを言われると、人間変な音が出るらしい。

公安とは、国内の治安維持や国家の安全保障に関する業務を担う機関だ。

警察の一部署と思ってもいいのかもしれない。テロ対策やスパイ活動の防止、危険な組織の監視や対策を主な業務としている。
カッコよく言うなら、日本版ジェームズ・ボンド的な――それだと言い過ぎか?

公安。公安かあ。

……やっぱ国家公務員は給料少ないのか? 歯列矯正もできねえなんて……

ラットロードの歯並びに関してそう言うと、澪はぷるぷると震えて爆笑している。
ラットロードは不満げに頭を掻いた。
こないだ風呂に入れてやったのに、すでにフケがぽろぽろと落ちている。
風呂が嫌いだと言っていたが、あれは真実だったのだろうか。

「素人にゃ何言ってもわかんねえでしょうが、お上品に見えたら暗部にはひそめねえんですよ」
「悪いフリすんのも大変だな。いや、お前あんま上手くなかったと思うよ? 性根の良さがにじみ出てたわ、だから俺もお前に良くしてやったんだし。もうちょいヴィランってもんを研究しとけ」
「うふふふふ!」

ついに耐え切れず、澪が声を出して笑い始めた。

「ちょっと待て? 公安の男が先輩って呼ぶということは、澪も?」
「元ね、元。ストリッパーの前よ」
「人生すげえな!」

公安勤務からストリッパーに?
異色の経歴過ぎる。そうはならんやろ。なっとるやろがい。

「アタシ器用なの。吹っ切れる前は我慢が得意だったのよ。たくさん暗殺したのは公安だった時。政府にとって都合の悪いミュータントを排除してたの。そんなのフラックスの能力がなくたってできたもの」
「え、特殊能力なしで暗殺者やってたってこと? 才能の塊じゃねえか」
「人を殺すのに、特別な力なんていらないのよ」

暗殺者が言うと考えさせられる。
人ってのは簡単に死ぬからな。殺そうと思えば、大抵どんな人間でも死んでしまう程度には。



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