九条空
2025-06-18 00:00:00
7624文字
Public original
 

変身ヴィラン・面影①


大学に通うために上京してきたので、俺の家は大学の近くにある。
最初は寮に入っていたが、院生になるにあたって出たのだ。
俺はよく門限を破る問題児だったしな。金はかかるが自由の利く方が良い。
ああして仁を連れ込めたわけだし。

「珍しいな、ネズミだ」

歩道を歩いていると、足元をネズミが走り抜けた。
全然いるっちゃいるんだが、歩道のど真ん中を堂々と走り抜けていくのは珍しい。
それもなんと、俺の足元で止まった。

踏まないように足を止めるが、ネズミはその場に留まる。
前足を上げ、こちらを見上げた。うわ~かわい~。

「どうした、人懐っこいな。野生じゃなくて飼いネズミか? おっと、行っちまった」

屈んでネズミに手を差し出すと、すたこら逃げて行ってしまった。と思ったら戻ってきた。
再び俺に臀を向け、チチチッと鳴きながら先に進み、少し行って俺を振り返る。

「わかった、ついて来いってことな」

ジェスチャーゲームが苦手ですまない。
ネズミに関する知り合いがいるというのに、このリアクションは鈍すぎた。
しっかり忘れてた。ドーナツを食わせた仲だというのに。

駆け足でついて行くと、路地裏にまで連れて行かれる。
鉄のようなにおい。不本意ながら、俺はこのにおいをよく知っていた。

血だ。
ネズミを追いかけていくと、先に進めば進むほど地面に血痕が目立つようになっていく。
にじったような、引きずったような血のあとは、誰かが傷だらけのまま体を引きずって、奥へ奥へと逃げていく様を想像させる。

予想通り、そこにはネズミ男爵・ラットロードがいた。

「生きてるか?」

返事はない。返事ができないのだ。
ラットロードの胸元には、ナイフが突き刺さっていた。
どこかで下手をこいたのだろう。逃げ足が速いで評判だったはずなのに。

チチチッ、とさっきのネズミが鳴いた。

「わかった、なんとかしてやる」

俺は荷物から注射器を取り出した。
アイアンクラッドに投与したものと同じ薬だ。
改良する方法を考えているが、今のところうまくいっていない。
だが、少なくともアイアンクラッドに対しては効果があった。

「死んだら俺を恨んでいいぜ」

意識が既になく、治験に参加する意思を確認することはできない。
ラットロードの腕を取り、注射を打つ。
そして胸元のナイフを引き抜いた。出血はすぐに止まる。薬の効果は出ているようだ。
持っていたハンカチでナイフを包み、荷物にしまった。
俺の指紋がついた凶器を置いて行くわけにはいくまい。

「澪、こいつ運べる?」
「目立たないよう家に運んどくわね」

マンホールの蓋が外れ、フラックス姿の澪が出て来た。
当然いると思って声をかけたので、突然のことでも驚きはしない。

澪はラットロードの体を顔が出るように飲み込んで、ずるりとマンホールに引きずり込んだ。
絵面が随分ホラーだった。スピルバーグが書きそうなバケモンじゃん。
マンホールには「おすい」と書かれていたが、ラットロードはもともときたねえネズミ男だったから問題ないだろう。澪が気にしないのは意外だ。ま、清濁併せ呑んで生きてきたのかね。

このまま大学に行くという選択肢もあるが、これを放置してはさすがに気が気でない。
講義はなく、実験室にこもって研究をするつもりだった。
場所が変わるだけで、薬についての研究をやるってのは変わらないな。
ラットロードの経過を観察しなければ。

自宅のドアを開けると、玄関にラットロードが転がっていた。
家の中にまではあげなかったらしい。まあきたねえしな。
エプロンを着たすだまが、ひょこっと顔を出す。

「なんじゃ、忘れ物でも……ぎゃあーっ! 祈がまた男を拾って来おったーっ!!」
「叫ぶこたねえだろ」
「だめんずが好きなのか!?」

すだまは長生きながら、常に流行に追いつこうと努力している。
澪もそう分析していたが、それは正しい。若者言葉を積極的に使う。
だがだめんずは結構前の流行な気がする。ダメなメンズでだめんず。
まるでだめな男で、まだお、の方がまだ通じそうだな。

「見ただけでだめんずって決めつけんなよ、可哀想だろ」
「役者でもないのにそんなボロボロの服を着ておったら誰でも……いや、傷つけられてそうなったのか? であればすまぬ、迫害を受けておったのだな。同じく獣の血が流れるものとして同情しよう」
「こいつ普段からボロボロで汚ねえし風呂入んねえんだとよ」
「きったないのう!!」

手のひらを回転させるのがはやい。
すだまは「まったく世話が焼ける!」と言いながら、ラットロードを風呂場まで引きずって行った。
経過観察する前に洗浄が必要か。それは確かに。

すだまは俺が連れてきた男がマトモかどうかは気にするが、ミュータントであることはどうでもいいらしい。本人も狐だからだろうか。

ラットロードは多少小ぎれいになって帰って来た。
俺の部屋着を着せられている。
すだまにクローゼットを勝手に開けられているが、気にならない。
早速この家はすだまに管理され、洗濯はすべてすだまがやっているから、もう好きにしたってくれって感じだ。
俺はオーバーサイズの男物が好きだから、小柄なラットロードにはちょうどいいくらいだった。

「で、こやつはどうするんじゃ。保護するのか?」
「どうするか悩み中~。本人の意向もあるしな。そして家に収容できる人数が限界を突破している。すだま、茶釜にでも化けてスペースを節約してくれ」
「やじゃ!」

すだまがスーパーの安売りに行くというので、それを見送る。

どんどん家に人が増えちまうぜ。俺はどうしてこんなにヴィランを拾うんだ?
ヒーローも拾ってる? 雛の懐き具合を見ると、そうかもしれない。
幼馴染の狐耳のじゃロリも田舎から出てきてしまうし、もっとでかい家を借りればよかった。
ぼんやりしていると、ラットロードがヂヂヂッと低く鳴いた。

「お、起きた。元気か実験者二号」
「ここは……あの世?」
「バッカ誰が天使のような美女だ」
「ははあ。こりゃデルタが狙うわけだ。さしものあのデルタでも死にたくねえってことなんでしょう」

俺のジョークはスルーされた。
ラットロードは、再生が進んでいる自分の体を検分して感心した。
そんで、やんす口調を完全に忘れている。
あの薄汚れたボロい服を着ないと気分が出ないということだろうか。

「俺の治癒能力が目当てなんだとすれば、デルタが何回も殺しを指示してきてんのはおかしくねえか? 薬が欲しいなら生け捕りじゃねえと意味ねえだろ」
「ヒーロー側が治癒による支援を受けて強化される前にその芽を摘んでおく、という方針かもしれねえですな。致命傷でも助かるんだ、奇跡のようなもんでしょう。なんにせよその力を欲しがる者は大勢いる。あるいは誰かの手に落ちる前に消しておこうと思う者も」
「そうでやんすか」
……そうでやんす!」

ラットロードにやんすを思い出させてやる。
やっぱこいつ頭いいな。小賢しいというべきか。
気まずげに頭を掻きながら、ラットロードは姿勢を正した。それでも猫背だが。

「しかし、この御恩を一体どう返せばいいのやら……
「気にするな、情けは人の為ならずだ。ラットロード、お前が俺にデルタのことを教えたから、俺は治療薬を持ち歩くようになったんだぜ。お前の命を救ったのはお前自身だ」
「お嬢に薬は必要ないでしょう。自前のがある」

俺に再生能力があることくらいはさすがにもう知っているようだ。

「俺を殺すために巻き込まれた誰かのためだ。ラットロード、お前がそうでないことを祈るぜ」

険しい顔になったラットロードは、チチチと鳴く。
ネズミ語はわからんので、イエスなのかノーなのか不明だ。

「そういや俺をお前のところにまで連れてったネズミには礼を言ったか? 感謝しろよ、お前が助かったのはあいつのおかげでもあるんだから」
「ええ、当然感謝してるでやんすよ。あいつらがいなけりゃあ、あっしはもっと前に死んでるでやんす」

ネズミ男爵を名乗るくらいなのだから、ある程度ネズミを従える力があるのだろう。
ネズミ語を喋れるのか、もっと深い意思疎通ができるのかはわからないが、ネズミの話が聞けるのなら情報収集にはもってこいだ。情報屋は天職だろう。

玄関の扉が開く音がして、人が帰ってくる。すだまではない。

……おい、まだ増えるのか」

帰宅早々、不機嫌になったのは仁だ。
俺に拾われてからここで暮らしているが、四六時中家にいるというわけではない。

どうやら、筋トレとかランニングをするために外に行っているらしい。
たまに喧嘩もしている、というのはすだま談だが、すだまが言う喧嘩はヴィランとの戦闘のような気がする。
アイアンクラッドは俺が見てないところでダークヒーローやってるかもしんない。

傷の走るヤクザ顔を、フードを被ることで誤魔化しているようだが、それはそれでどうなんだ。
フードを被っていない状態の方が、ギリギリ不審者具合が上回っているかもしれない。

仁がフードを被っていると不審者っぽいが、服がスポーツウェアなのでギリギリ一般ランナーに見える。
マッチョなのが逆に説得力を出している。
これだけムキムキならそりゃ毎日走ってますよね、と誰もが思うのだ。
プロボクサーとでも思われてんのかもしれないな。都会は筋トレが趣味の男も多い。

「仁どうするー? ラットロード殺すー?」
「家が汚れる」

ラットロードを一瞥した仁はそう吐き捨てて、奥に引っ込んだ。シャワーでも浴びるのだろう。

アイアンクラッドは金属を操る。
攻撃方法は単純で、基本的には金属、あるいは金属のように硬い手で殴ったり蹴ったりだ。
ラットロードを殴ったら潰れてしまうので、この場ではやりたくないということだろう。

誰でもとりあえず殺そうとする仁が、殺意を引っ込めるのに納得できる理由だ。

「良かったなラットロード、お前に血が通ってて」
「あのお方には血も涙もないようでやんすがね」
「で、誰にやられたんだ?」

事情聴取を始める。助けてやったんだからちょっとくらい聞く権利はあるだろう。
ラットロードは胸元にナイフを刺して倒れていた。どう見ても他殺だ。未遂だけど。

「それが誰なんだか」
「おいおい、自分を殺したやつもわからねえんじゃ、死んでも死にきれねえだろ。ちゃんと見ておけよ」
「見ておかなかったから、死んでも死にきれなかったんじゃねえですかい?」
「ははあ。一理あるか」

しかし、ラットロードは情報屋だ。
自分を殺そうとしたやつがいれば、そいつが誰なのか気になるもんだと思ったが、平気そうにしている。
業務上仕方がないから情報収集しているだけで、もともと知りたがりだから仕事にした、ってわけじゃねえのか。
人間、好きを仕事にしているやつばっかじゃないからな。

「お前より足が速かったのか? 俺はお前の足が実際どんだけ速いのかは知らんが、評判は聞いてるぜ」
「時速でいえばそれほどでもありやせん。あっしが速いと言われるのは逃げ足。そりゃあ、あぶねえ状況を見極める判断力と、そもそも危険に近寄らず、誰も知らねえ道を通ることによるところが多いでやんす」

ラットロードは小柄だ。潜り込める隙間も多かろう。
都会だからこそ発揮される逃走術というところか。

「そういうもんか。残念だな、情報なしじゃ仇も討ってやれねえ」
「情報ならありやすよ」
「おい。出し渋るなよ」
「命の恩人から情報料をとろうだなんて考えとりやせん」

その辺の仁義はあるらしい。
どうやって恩を返すか、とか言ってたしな。

「誰があっしを刺したのか、そいつはわかりやせんが、ヴィラン名なら明らかだ。変身ヴィラン・面影おもかげ。誰にでもなれるおかげで、誰なのか一切不明。デルタに次ぐ、謎の多い輩でやんす」
「なるほど。誰かになって近づかれて、油断したところを刺されたってことか」

ラットロードは肩をすくめた。そういうことらしい。
情報屋だもんな。顧客に変身でもされたら距離を詰められるのは当然だ。

「いやあ、必要そうなところに情報を売るコウモリをやってたら、ヴィラン界隈から干されちまったでやんすねえ。しばらくは正義の方に寄りやしょうか」

ということは、面影はフラックスと同じパターンということだろう。
依頼を受けて人を殺す暗殺者。
デルタの指示なのかは不明だが、ヴィランというのはほとんどがデルタ配下と思った方が良い。
デルタの思惑から外れるようなことをするやつは、ラットロードのように消されてきたからだ。未遂だけど。

しかし己をコウモリと自称するとは。
ヒーローとヴィラン、どちらの陣営にもいい顔をする、という意味で使用したのだろうが、ネズミの耳としっぽが生えてるやつが言っていいセリフか?

「ネズミとしてのプライドはねえのか」
「チチチッ。なんでもやって生きていくのが、ネズミとしての誇りでやんすよ」
「かっけえじゃん」

俺が褒めると、ラットロードは再びチチチと鳴いた。
最初に出会った頃はほとんどネズミっぽく鳴かなかったのにな。
つうかネズミのヴィランなんだから、口調でキャラづけするならやんすじゃなくて、でちゅうだったのでは。
いや、ダメだな。なんとかでちゅって言う中年男性はキモすぎる。

「行くとこあんの? ないならここにいてもいいぜ。狭えし、殺意の高いヴィランも住んでるけど、家事は全部巫女がやってくれる」
「巫女……?」

ラットロードはすだまに丸洗いされたが、そのときは気を失っていたらしい。
ネズミにとって、狐って天敵か?
すだまはネズミを捕って食うようなことはしないだろうが、ラットロードがどう思うかはわからない。

「お気遣いはありがてえですが、ネズミってのはどこでも生きていけるもんでやんすよ。またいいこと知ったら教えにきやすから、そんときお会いしやしょう」
「そうか」

ラットロードは居候五号にはならなかった。実験体二号ではある。
必要かはわからないが、俺はラットロードに連絡先を書いた紙を渡した。
研究途中の薬を投与したのだ。本来なら傍で経過を見守りたいが、本人の希望とあらば仕方がない。
些細なことでも体調の変化があればすぐに教えろと言い含めて、ラットロードを見送る。

「面影に気をつけるでやんすよ。お嬢には長生きしてほしいでやんすからね」
「お前もなー」

そう言って、ラットロードは去って行った。
俺の部屋着が1着消えたが、セールから帰って来たすだまが上下ピンクのパジャマをくれた。
色が気に食わんが、家の中なら我慢するか。
まったく俺の好みくらい把握しろよな。洗濯してんだから服の好みわかるだろ。

「仲良さそうだったわね~」
「そうか?」

ラットロードがいなくなり、澪が顔を出す。

「ホント祈ってば、たらしなんだから。今までよく刺されなかったわね」
「あ……? 何、俺って刺されそうなほど恨みを買ってそうなのか?」
「今までインフェルナみたいなのに好かれなかったの?」
「あ~……? 言わんとしてることはわかった。ンなことはなかったと思うが……
「本当かしらねえ。すだま、どうだった?」

保護者に聞くなよ。
すだまは買ってきた食品を冷蔵庫にしまいながら答えた。

「幼い頃の祈か。そりゃあもうすごかったわい。気を抜くとすぐ魑魅魍魎を引き連れて帰って来おってな」
「誰の話してんの? え、俺に見えてないだけでそういうの憑いてた? 幽霊的な話か? やめろよ、得意じゃねえんだよ」

ホラーはそんなに得意じゃない。
少なくとも、自分から好き好んで観ることはない。
ジャンプスケアとか最悪だ。ドキッとすると不安になるだろうが、何が楽しいんだ。

「祈の地元って魑魅魍魎がいっぱいいるのね~。地獄?」
「人の故郷を地獄呼ばわりすな」

そりゃあ、すだまのようなザ・人外がいても目くじらを立てないのんびり屋ばかりの住む地域だったが――いや、そうなのか?
もしかして、あそこは人外でも受け入れてくれるらしいぜという噂が広がり、いろんなのが集まっていたのかもしれない。
実際ナナメさんはあの辺の水辺にいたわけだし。

「あやかしをたらしこむのがそれはそれはうまい。かくいうわしもメロメロじゃ」
「すだまは人間ならだれでも好きだろ」
「節操なしのように言うでないわ。誰の家にも転がり込んでおるわけではないぞ」
「え~? 地元のやつらなら誰でもいいんじゃねえのか? じゃあ俺のことどのくらい好きなんだよ」

洗濯物を畳みながら、すだまは少し考えた。

「おぬしのためなら、国を傾けてやっても良い」
「おおう……
「特別じゃぞお? おぬしが治めたほうがマシな国になりそうだからのう」
「あ、そういう感じ? 絶対やめろよ、国とか要らねえから。やるなら責任もって最後まで自分で治めろ。大体そんなことできんのか、総理大臣でも暗殺すんのか」
「やりようはいくらでもあろうな。これでも昔はぶいぶい言わせとったんじゃぞ~」
「マジ? 知らなかったわ」

神社の信仰が薄れてきたことによって力を失い、今は幼女になっておるだけじゃ~みたいなこと?
性癖おかしくなっちゃう。ロリコンじゃなくて助かった。

「わしだって人の世に馴染むまでいっぱい苦労したんじゃ。皆の気持ちはわかるつもりだよ」

声のトーンを落とすだけで、すだまからは凄みが出る。
生きてきた年月がそう感じさせるのだろうか。

「うふふ。私はどちらかというと、馴染まないと決断するまでに苦労したわ。器用に生まれちゃったもんだから、やろうと思えばいくらでも溶け込めたの」

澪の悩みは、雛とは正反対のところにありそうだ。
雛は頭の炎を無理矢理隠し、擬態して社会で生活することで苦しんでいた。
水と火だから性格も逆なんかね。
すだまは澪の言葉に何度も頷く。

「ああ、それもわかる。いくら人に化けようが、実際には人ではないが故、いつまでも虚しさが消えんのだ。わしもこの耳としっぽを出して暮らすと決断するまでに数百年はかかった」
「あらあ、話が通じるわね! 仲良くなればなるほど騙しているのが申し訳なくなるのよ。でも勇気を出して正体を晒したとき、化け物扱いされるのがいちばん心にクるの。だったら最初から化け物でいたほうがずっとずっとマシだわ」
「うむ、うむ……

澪の言葉にすだまは深くうなずいた。共感しているらしい。
数百年生きてる狐と同じ目線で語れる澪はすごいな。どんだけ濃い人生を生きてきたんだよ。


目次へ戻る