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5572文字
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ローロビ
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ニゲラを集めて
短編二つ。一つは学パロ
1
2
クラスメイトの中でも大人びていて、周りから一歩ひいて静かに佇んでいる少女。
ローから見るロビンの印象はそうだ。
けれど彼の先を歩くその少女の背中を見ていると、揺らぎそうになる。白いセーラー服に夕暮れのオレンジ色が差すのを、ただじっと見つめた。今、この帰り道には二人しかいない。
ロビンは皆の輪から遠く外れた時、ふらりとそのまま一人で行ってしまう。まるですぐ迷子になる子どもみたいに、その足取りは軽やかで興味や好奇心によって突き動かされている。後ろに控えるローのことはお構い無しだ。彼がロビンのこうした独り歩きを気にかけていることは、きっと知らない。
――
あ。
気ままに歩くロビンが小さく声を出した。彼女の視線は古い歩道橋へ向いている。帰り道からは少し外れる場所に、ぼやけた黄色のような白色のような鉄の橋が
聳
そび
えている。
「ちょっとワクワクしない?」
不意にロビンが振り返り、ローに話しかけた。夕日を背にしたせいでその瞳は彼女の髪と同じ黒色を湛えて、対面するローを捉える。
――
そこに自分は本当に映っているのだろうか。ローがそう思ったのも束の間、ロビンは身をひるがえすと歩道橋へ進んで行った。話しかけたことに対する返事すら待たない。ジャングルジムを登る子どもさながら、ロビンはコンクリートの階段へ足を踏み出している。それを少しポカンとした顔でローは見つめると、すぐに後を追った。
何だか色々と癪な気持ちでローは階段を踏みしめた。すぐ前のロビンの足取りもしっかりしている。けれど今の彼女を動かすものは晴れ晴れしいようだ。セーラー服の襟がそんなロビンに呼応するように、軽やかに揺れる。その下の赤いリボンが見えた。白と黒と赤の配色。燕みたいだと、ローは思った。
今も空にちらほらと飛んでいる小さな渡り鳥、その鼓動は速い。ロビンが階段を登りきって橋を渡っていく。少し近くなったオレンジ色の空を背景にするのは、飛ぶ燕と少女だ。いつも歩いてる地面からわずかに離れただけで、取り巻いている日常の見え方が変わった気がする。
――
ロビンの鼓動はどうだろう。漠然と考えたローの心臓は、燕の鼓動の速さを移したようなざわめきが生まれた。
ロビンは橋の真ん中まで行くと欄干に向かって立ち止まり、辺りを眺め始めた。
彼女の顎くらいまで欄干の高さがあるので、少しつま先立ちになり指はサビだらけの手摺りに添えられている。ローの足はわずかに引き寄せられるようなぎこちない歩き方をして、ロビンの隣へ立った。
「あ、あそこの公園の裏手。大きい犬がいる。シロクマくらい大きいわ」
じっと遠くを見渡していたロビンが
徐
おもむろ
に手を動かし、とある一方を指して喋った。大きく印象的な目も細めて視線を注いでいる。それを受けてローは自然にロビンの示す方向を見つめた。
公園の裏手、誰かの家の広い庭に白くて丸いものが見えた。その丸いものが豆粒みたいなボールとじゃれている。緑の芝生と相まってタンポポの綿毛そっくりだった。ふわふわ、ぽんぽんと揺れ動く。
「あの子、前まで居なかったわ。貰われてきたのかしら」
「
……
犬にしてはまぁ大きいけど、シロクマは絶対言い過ぎだろ」
ロビンがぽつりと呟いた言葉に、ローも似た声色を滲ませて返事をしていた。彼の両目は細められて、視線は揺るがない。一連のこれらもつい先程のロビンの仕草に似ている。ロビンは一足先に視線をそらすと、隣のローの横顔へじっと注いだ。
ローがあまり間を置かずに彼女のその気配に気づく。ちっとも逸れる気がしないそれに吸い込まれたのか、ローの顔はいつの間にか動いてすぐそばのロビンを見ていた。二人の視線がかち合うと、ロビンは澄んだ目元を柔らかく綻ばせる。聡明で
閑
しず
やかな瞳がローへの親しみを込めた光で輝いていて、それを間近で浴びたローは思わず顔を逸らした。
「中々楽しい発見よね?シロクマ犬よ。ここまで冒険しに来て良かったわ」
ローにはロビンの方は一切見れないが、楽しそうに喋る声が響いた。ローがそっぽを向き返事が無いのも全く意に介していないようで、手摺り越しにまた辺りを眺め始めたのが雰囲気で分かる。
自分の頬が赤くなっていることを耳の裏が熱を持つ感覚で知り、ローは恥ずかしくなり俯いた。先ほどまでの抜けていきそうな風景とは打って変わり、足元の味気ないコンクリートが目に映った。つま先のすぐ前には欄干があり、隙間から下の道路が見える。帰宅時のせいか車がよく通っていた。
真上から見る車は何だか不思議な印象で、様々な色やデザインの割に天辺は皆一様にのっぺりして四角い。少し間抜けに映るフォルムがローの羞恥を解かして消してくれて、何となく車たちを眺めた。
おもちゃにも似た車が橋下を通過すると、その振動で橋が微弱に揺れる。走行音や風を切る音は橋のコンクリートにぶつかって、地上で聞くものとは違う音色に変わっていく。
それは単なる反響の違いに過ぎない。けれど車の音が遠ざかっているようにも聞こえだすと、ローが立っている橋の上から全てが遠ざかっていくような錯覚がした。ローは既に足元を見るのはやめ、目の前の風景を見つめていた。ありのままに近いと感じたオレンジ色の空さえも、妙なよそよそしさを帯びて遠くになる。
今ローのそばに残っているのは、鉄骨の無機質な橋と、ロビンだけだった。世界に二人だけ、取り残されてしまった。
ローはゆっくりと隣にいるロビンを見た。ロビンは変わらず下界を眺めている。
風が艶々した黒髪を
靡
なび
かせているのがスローモーションに映り、それに合わせてローの頭には走馬灯に似た想いが巡った。
目の前のロビンを追って釈然としない焦がれる感情で、階段を登ったのが大げさなほど遥かな昔に感じている。ロビンはクラスメイトでローの知人のような、友だちのような、赤の他人でもあって。意味のない肩書きなら何でも付けられそうだが、彼女との距離だけが埋まらなかった。様々な囲いの中においても、端と端にいるような感覚。その事がローを焦らせたり、時に恥ずかしくさせたりする。
今は、どうだろう。置き去りになった世界の中で、二人ぼっちだ。
ずっとロビンを見つめているのに、ローの耳の裏は全く熱くならなかった。こんなに見ていたらきっとおかしいと思うはずの彼の頭は、穏やかに凪いでいる。今は、二人だけなのだ。恥や照れを隠す見栄も術も消えている。そして何より、ここまで冒険して来た謂わば誇らしい道連れであるロビンから、視線を逸らす気持ちは起きない。起きる訳がない。
首筋が綺麗にのびた彫刻のようなロビンの横顔が、やっと動き出した。ローの方を向いて、二人の視線がまたかち合う。今は極近く、瞬きをしたロビンから長いまつ毛の音が聴こえてきそうな程で。
「
……
あなたの瞳ってそんな色なのね」
綺麗な琥珀色。と、ロビンが囁いた。その琥珀色の中には彼女の姿が収まっている。
対して同じようにローの姿を収めたロビンの瞳は、夢見心地なソーダライトの色だった。
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