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5572文字
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ローロビ
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ニゲラを集めて
短編二つ。一つは学パロ
1
2
「髪、長いな」
ロビンの隣に座るローが不意に言葉を発した。投げつけた、と表すほうが合っているようなそれは、ぶつけられたロビンの気を当然ひいた。
「そうね」
パチリと瞬きをしてロビンがローを見つめ答える。本を読んでいる最中に頬へかかる髪が少し煩わしくなり、リボンで結んでいるところだった。そこへ突然小石のような言葉を投げられたら、そう答える以外ない。ロビンの形の良い口元が薄く開いたままになったが、髪を持つ長い指はさして気を取られることはない。艷めく黒色の束は滑らかに結われていった。
「髪が長い」
ローが一纏めになったロビンの髪を見て喋った。次いで彼女の顔を見つめる。
先ほどと殆ど変わらない言葉はとても短い。ロビンに対する問いかけなのか、単なる独り言めいた感想なのか分からなくさせる。
ただ、視線を送る琥珀色の瞳に何かの糸口を見い出せそうで、ロビンはふわりとローの肩口へ手を咲かせた。現れた白い手は男の頭へ行き短く跳ねる髪を撫でつける。突然頭を撫でられたローは眉間に皺を寄せながら、首を傾けてロビンの手を振り払った。その仕草が不機嫌な猫のようで、ロビンはクスリと小さく笑った。
彼女が見た糸口とは構ってほしい猫がするような気配だ。でも、どうやら違うらしい。ふんわりと頭の中に浮かんだ可愛いそれと、ローは似つかない。しかしローの表情には機嫌を損ねたような暗い色めきはない。琥珀色がずっとロビンへ注がれている。
――
何故かまた猫がチラついて、彼女の口元は柔らかい笑みのままになった。
こういう事を考えて、こういう関係になれた事をロビンは嬉しく思う。同じ船には乗らないけれど、今こうして集い、同じ机を囲み傍に座って、意味深な言葉にくだらない想像をしても、許される関係。
温かい気持ちが心にじんわりと広がり、自然にロビンをほぐしていく。綻んだ心は微笑をのせる口元をも軽くさせようとした。
すると、その時。隙のできた心に少し、冷えた風が吹いた。
感傷にすらならないその風は、それでもロビンが言いかけた言葉を心の中に仕舞う。曖昧に開いた口はまた柔らかい笑みに戻ってローに贈られた。
「何だ」
優しい笑みを受け取ったにも関わらず、ローの目元は鋭くなっていた。言葉はやっぱり短い。しかし今度はハッキリと意志を伝えていた。ロビンが仕舞ったものを寄越せと、隠すなと。そう伝えている。
ロビンの眉は観念したように弱く下がった。特別な隠し立てではないのに、しっかり見つけて求めてくるローの態度。それが何だか不思議に温かくて、ロビンの心を再びほぐす。
『何だ』を『何でもない』で終わらすような距離にいる二人じゃないのだ。何よりそうすればローの不機嫌そうな顔は、もっと凶悪な顔へ確実に変わる。ロビンはそんな顔が見たい訳でもない。
「実は、髪をね。こんなに伸ばしたのは初めてなの
……
昔は、伸びる前に自分で切っていたのが
…
殆どだったから」
心に冷えた風をまた感じながらロビンは呟いた。
昔。ロビンが自分の髪に意識を向ける時は、その黒色が纏わりつくと感じた時だった。例えるなら、庭師が伸びた雑草を邪魔だなと思う感覚に近い。庭師ならば刈り取るその自然たちにも少なからず慈しむ気持ちを持っているだろう。だが、ロビンにそれは無かった。
鏡の前に立って、時には鏡すら見ずに、髪を切った。他人に切ってもらうという考えは無い。誰かに刃物を持たれて傍に寄られるのが嫌だった。髪を切るような小さいハサミでも嫌で、恐ろしかった。
余分だと思う長さの髪を持ち、バツ、と手早く切った。毛先は綺麗な直線に切り取られる。何もかもを拒絶し遮断するかのような。
鏡の前に立つロビンの顔はどんな時も微笑む事はなかった。
ロビンは在りし日のことを脳裏に流しながら、その詳細は語らなかった。『自分で切っていた』と留めるのみで、静かで落ち着いた口調は穏やかないつもの彼女らしさがある。
けれど、その調べの中に寂しさがほんの少し滲んでいた。ふつうならきっと気づかない微弱なそれは、ローの鼓膜においては十分に震える。
「そうか」
極わずかに感じ取った憂いを、ローは三文字の返事で済ませた。そして静かに腕を動かすと、ロビンの毛先をすくい取り優しく梳かし始める。ロビンは二、三度とゆっくり瞬きをしてその仕草を見つめた。
様々なタイミングで振り返った時に思うロビンの過去たちは、決して胸を張れるような代物ではない。かと言って過剰に重たく見るものでもなかった。少し複雑なパズルの欠片に似ていて、解こうにもちょっと手が引ける。ロビンがやんわりと携えているそれは、況してや誰かが勧んで紐解くものでもない。けれど、ローが差し出す気遣いはぴったりと当てはまった。
その気遣いに少しでも憐れみや共感を濃く差し出されたら、途端にパズルは嵌らなくなる。ローがロビンへ与えるものはいつでもシンプルで、過不足がない一対一だ。その一対一で接してくれることは、何よりも優しく感じるものだった。
ローは尚も黙ってロビンの髪を触る。時々撫で掬った髪を人差し指に巻き付けて、そのしなやかさを弄ぶようにする。気まぐれみたいに動く指をローの瞳は真っ直ぐに見ている。彼の琥珀色がほんの少しゆっくりと明滅を始めた。
――
やっぱり猫みたい。ロビンがぼんやりとそう思うと、心が柔らかく溶けていく気がした。優しく髪を撫で梳かし、時々遊ぶローの指の感触がほろりとしている心を擽ってくる。どんどん気持ちが軽やかになって、
俄
にわか
に弾んだ想いがロビンの口元を動かした。
「今はね、髪を伸ばす喜びを知ったの。髪を労るって楽しくって素敵だわ。
……
こうして、気にかけてくれる人が居るから尚更、ね?」
小首を傾げローを見つめて告げたロビンの語尾は、悪戯っぽく跳ねた。それを聞いたローはわずかに目を見開き、髪を弄っていた手を離した。そして遂には言葉すら挟まずに、そっぽを向いてしまった。
つれない態度にロビンの瞳がパチリと瞬きをすると、すぐに彼女の口から笑い声が溢れ出た。鈴を転がすような無邪気な響きに、やっぱりローは何も喋らない。少し鋭くなった瞳でロビンを一度横目に見ただけである。
ただ、ローの晒された横顔はハッキリと赤らんでいて、その鮮やかさは耳まで染まりそうになっていた。
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