eclipsis
6134文字
Public ミホペロ
 

assorted sweets

日常の短編詰め合わせ。※微量に事後の描写有り




【絆創膏の話】

 
……なぁ、それ閉じろよ」

 ペローナは指摘したそれを少し見ただけで、すぐにそっぽを向いてそう言い放った。ベッドに腰かける彼女は恥ずかしそうに頬を赤く染めている。それを隣で見るミホークはいつもと変わらない。指摘された当人だが、涼しい顔立ちでゆったりしたフリルのブラウスを着ていた。胸元が開いていて続く首筋も露わになっている。すっきりしているそこには、鬱血痕がいくつか散らばっていた。

「別に恥ずべき事ではない」

 ミホークは己の首筋に手を当てて平然と答えた。加えてその赤黒い跡をゆっくりとさする仕草をする。ペローナはそんなミホークを見た途端、赤い顔を更に赤くさせた。まるで名誉の傷だとでも言いたげにされて、その傷をつけた張本人としては居た堪れなかった。

 だって名誉だとか傷だとか、そんな胸を張れるものじゃない。戦いと言えば少し似ているかもしれないが、その戦場はベッドだ。しかも夜に二人きり。そこでちょっと勢いが乗った末の衝動というか、好きが余ってやってしまったというか。
 
 そもそも夜での出来事をこうして平穏な朝を迎えながら話題に出しているのがペローナには余計恥ずかしかった。度々迎えるミホークと一緒の朝。ひとつのベッドから起きて、挨拶を交わしてお互い服を着ていって。これが仮にハネムーンだとしたらきっと照れはしない。けれど今の暮らしは共同生活だ。シッケアールには三人が住んでいる。もう一人の同居人、ゾロに合わせる顔が……合わせるミホークの首がない。
 
 ペローナはひとりで睨めっこを始めたような顔で悶々とした。ミホークはその様子をただ手持ち無沙汰で眺めるしかなくて、気紛れに隣の彼女の髪を手で梳いてやったりした。すると突然ペローナが弾かれたように顔を上げて、ベッド脇の小棚に飛びついた。ミホークの指から桃色の髪が呆気なくすり抜けて、その先の華奢な背中が何やら棚の中を物色している。そしてくるりと勢い良く振り向くと、棚から探し出した絆創膏をミホークへ突きつけた。

「目に毒だから付けろ!」

 顔の真ん前にペローナの手と薄茶の絆創膏が掲げられている。ミホークはその奥にいるペローナの顔を目を細めながら見た。少し困っているような、呆れているような男の表情に対して、ペローナはずっと顔が赤いままだ。

……却って目立つと思うが」

 付けろと差し出された彼女の手を、己の手でやんわりと引き下げてミホークは言った。絆創膏なんて代物は、ここ何十年間をざっと思い返しても付けた試しがない。

「いいから!私が恥ずかしいの!」

 ミホークのさり気ない否定にペローナは全く気づかない。寧ろ迫る勢いを強くして能力で浮き上がると、ミホークの膝の上に乗っかった。唇を尖らせながら真剣な表情になって、男の首筋に絆創膏を貼り付けようとする。
 こうなってしまうとミホークはお手上げだ。己の膝の上で神妙に隠蔽工作をするペローナの腰に手を添えてやった。せめて座りやすいように、という気持ちと、ただ単純に好物へ手が伸びる本能だった。


 ※

……珍しい。絆創膏付けてやがる」

 朝食を終えて皆が食後の一杯を飲む最中、ゾロが言い放った。
 その声はたった今気づいたという驚きを強く響かせて食卓に渡る。そこに座るペローナは一瞬ぎくりと身体を固まらせた。ゾロがミホークには目もくれず朝食をかっ食らうのを見て、鈍感で良かったと安堵していたのはついさっきのことだ。

虫に刺されただけだ」
「鷹の目が?」

 不意の指摘にもミホークはしれっとした顔で答えた。それを聞いたゾロは間髪入れずに驚きの声をまた出した。コーヒーを飲もうとカップを持ち上げた手が途中で止まる程である。

「おれとて普通の人間だ。そこまで珍しい事でもなかろう。……まぁ、それはさておき。少々、厄介な虫ではある」

 ミホークは変わらず淡々と受け答えた。気品すら漂わせてコーヒーを飲む余裕な男の傍らで、ペローナは顔を赤くして徐々に俯いていった。一方、ゾロはその様子に全く気づかない。止まっていた手を動かし師匠に倣ってゴクリとコーヒーを飲んだ。

……へぇ、虫だてらに鷹の目へ一矢報いたのか。面白ぇ。見つけてくるか」
「探さなくていい!!」

 ゾロの言葉尻にほぼ重なる勢いでペローナが叫んだ。彼にとっては本当に何気なくの発言だった。まさかの制止の声はつんざくような凄味で、ゾロの口は勝手にぽかんと開いた。怒っているのか焦っているのか、顔を真っ赤にするペローナをただ見ることしかできない。ミホークも少し目を丸くしている。ペローナは落ち着きなく立ち上がった。

「た、たた鷹の目を刺した虫だぞ?!お前なら致命傷になるだろ!誰がその傷を手当てすると思ってんだ!!余計な仕事を増やすな!ていうかいつまでまったりお茶してんだよ?!飯食ったらさっさと修行だろ!!ほら立て立て!修行だシュギョー!!」

 席を立ったペローナは一直線にゾロの席へ向かうと怒涛の勢いでまくし立てた。言葉を浴びせる最中に拳でゾロを叩き続けて、まるで嵐のように迫り来る。ゾロは目を白黒させながら痛ってぇ?!と叫ぶだけだ。まさにこれは青天の霹靂だった。

 ペローナの雨あられから身を庇うようにしてゾロは席から飛び退いた。ペローナは透かさずその後を追う。二人はギャーギャー騒ぐ声を木霊させると、あっという間に去って行った。

 食卓では飲みかけのカップたちが残されて静かに湯気を失っていく。ミホークは一拍置くと、喉をクツクツと鳴らして笑った。そして首筋の絆創膏を、やけにゆっくり摩る仕草をした。