eclipsis
6134文字
Public ミホペロ
 

assorted sweets

日常の短編詰め合わせ。※微量に事後の描写有り




【猫の話/ペローナ】

 
 広いシーツの上で腕を伸ばすと、衣擦れが静かにカーテンを開けた時のような音を囁き立てる。しかし実際は夜明けまでは猶予のある時刻で、カーテンも何も今は部屋全体が寝ている。ペローナ本人だって起きなかった。彼女を起こすきっかけになったのは伸ばした腕の先、ベッドの冷たいフレームに指が当たる感触だった。
 
 寝ぼけながらも自然に伸びをした身体は開放的で、まだ半分夢の中なペローナは気持ち良い感触に浸る。けれど未だしんと寝静まっている室温は剥き出しの腕にはちょっと肌寒かった。彼女が身に纏うのはゆったりした寝具のみだ。程よい温もりのそれをたぐり寄せるように寝返りをうつ。ぼんやりと目覚め始めたペローナの両目に、すぐ傍で眠るミホークが映った。

 ミホークは枕に頭を預け規則正しい寝息を立てている。ペローナからはその眠る横顔をつぶさに観察できた。彫刻のように綺麗で高い鼻。そこから繋がり余分なく結ばれる形の良い唇。そして髭の生えた逞しい顎と喉元。筋肉の輪郭が見事な胸板は寝具に隠れてしまっている。男の線をじっくり辿る行為はペローナの胸をときめかせて、眠気はすぐに消え去っていった。ミホークの見た目だけに恋をしてる訳じゃないが、こうして間近に居ると見惚れてしまう。

 彼女の視野いっぱいに居るミホークをかたどるものとして、あとひとつ必要なものがある。今は閉ざされている黄金の瞳、それが重要だ。ペローナは特にそれが好きかもしれない。ミホークを他の人間とはひと味違うと知らしめる強い色をしていて、夜でも薄ら光っているような輝きを放つ。きっと一種の魔力がある。そのせいでペローナはミホークに見つめられると、いつもどうしようもない心地になるのだ。

 静かに眠るミホークをただ見つめるだけで、ペローナは触れて起こしたくなる気持ちに包まれた。その気持ちを抑えるために、ほぅ。と満たされた溜息をひとつ吐く。そんな衝動に駆られるにはまた別の時間帯が良い。長い夜を迎えたい。今みたいな二人きりのベッドで。
 ときめく胸が緩やかになれば、ミホークの呼吸によって小さく動く身体が目にとまった。胸元がゆっくり上下する様はペローナにまた違う気持ちを芽生えさせる。

 ――何だか愛しい小動物を見ている気分だ、例えば猫とか。

 明らかに自分より大きく逞しい男を前にして正反対な想像が浮かんだ。その可笑しい想像はまるでペローナの身体の芯をグズグズに溶かすみたいで、思わず目の前のミホークの身体へ頬をすり寄せた。

 肩口に頬をくっつけられる際の小さな振動はミホークが起きるには十分だった。切れ長の瞳が薄く開くと、首を少しペローナの方へ動かし視線を投げた。

 ついさっき衝動を堪えたものの、結局ペローナは欲しいものを手に入れることが出来た。強くて力のある黄金色。いっそ冷たさすら帯びることもあるその瞳が、今は色味が変わっている。温い水気を含んでいるような、微睡まどろんだ生き物の光をペローナに向けていた。

 ――やっぱり猫みたいだ。

 そう思いつけばペローナの手は勝手に動いていた。未だに眠気を孕んでいるような男の頬を優しく撫でる。ミホークは女の手を容易に受けて大人しい。仰向けの体勢を寝返りうってペローナの方へ向いた。

「にゃお」

 少し悪戯心が出て、ペローナは鳴いてみた。鳴き声に吊られたりしないだろうか、撫でる手に満更でもないこの大きな猫は。寝癖がほんのちょっとついている髭も、おまけで撫でてみる。
 するとミホークは一旦身体を離してしまった。顔は如何にも「何なんだ」と言いたげな表情をして、顔を触るペローナの手を取ってくる。そして苦言の代わりかのように、彼女の指に甘く噛みついた。

 ペローナが指に伝わるくすぐったさに笑い肩を竦めると、男の口に含まれたそれが逃げていく。ミホークは透かさず身体を少し乗り出して彼女に覆いかぶさった。唇同士が掠めた一瞬の後に、ペローナの滑らかな頬にちょっと乱暴な頬ずりが与えられる。

 髭が当たるチクチクとした感触と、噛まれた指の優しい痛みに、ペローナは猫の舌にはトゲがあることを思い出して、また笑わずにはいられなかった。