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4852文字
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ミホペロ
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ドランク・タンク・ピンク
両片思いみたいなミホペロ。糖度高め
1
2
あれは誰が喋っていたっけ。たしか、海に流される罠の詰まった樽を何となく見届けていた時。
波に揉まれてひと味違うのが狙いだとか、縁起物というのに惹かれるだろう、とか。
喋ったのがモリア様じゃないのは分かる。私がモリア様の言うことを忘れる訳ないし、私は全然興味もなくて、ココアじゃないからどうでもいいと思ったけれど。
まぁ、それはともかく。単なる思い出話をした訳じゃない。何事にも理由というのがある、という事だ。特にお酒には、それが色々と当てはまる。流し樽には罠だけじゃなくて、色んな大人の期待や欲望も詰まっていた。
今になって、思い出したりなんかして理解できる。
人がお酒を求めて、呑む理由。
――
今夜は酔っ払うにはなんて良い夜なんだろう。
空には頼りない三日月が居て、持っているシルクハットの中へ
攫
さら
っていけそうだ。そう思ったまま月へと腕を振ると、つられた身体が大げさに揺れて楽しい。その揺れに任せて視界の少し下をチラっと見た。
……
鷹の目が居る。夜の闇に溶けそうな黒いコートと黒い帽子に、今夜の月よりも、うんと強く光る金色の瞳。それが私の事を見てくれている。つまらなさそうなその男の顔を見ると、私の心は益々楽しい気分になった。
今夜じゃなくても、鷹の目が居れば私にとっては全部良い夜になる。
始まりは、あのワインを呑んだ時だ。
酔って目覚めた私は寝椅子で寝ていて、ブランケットをちゃんと掛けられていた。最初は誰が掛けてくれたか分からなかったけれど、畑仕事を終えてブランケットを片付けていた時。ほんのり男のコロンが香ったのが決め手だった。
そうと分かればブランケットを返しに行って一言礼を伝えた。すると鷹の目は『
……
酒は程々に』と、いつもの仏頂面で答えた。
ただ、その時に。鷹の目の吊り上がった眉が、薄く冷たそうな口元が、ほんの少し丸くなって見えた。丁度ブランケットを手渡して、鷹の目に近づいた瞬間だったからだろうか。
でも、その一瞬がひどくゆっくりで。手から離れてゆくブランケットのわずかな動き、そこから
細
ささ
やかに消え去ったコロンの残り香すら、私を撫でていくようだった。
本当に一瞬だ。けれど私はその小さな優しい一コマが忘れられなくて、欲しくなった。お酒を理由にして、優しくなる鷹の目と一緒に居たいと思ったのだ。
そうして。お酒という理由の夜を何度か繰り返して、今夜が出来上がっている。
どんな夜でも鷹の目の仏頂面は相変わらずだけど、私の傍からは離れないでいてくれる。
初めて丸く見えた眉や口元は、時折その瞳や歩く仕草にも現れた。それを感じると、私は顔がニヤけるのを止められなくなる。
なにもお酒だけでこんなに酔って楽しい訳じゃない。寧ろお酒はほんのきっかけで、言ってしまえば願い事をもう一押しする魔法みたいなものだ。
静かな二人だけの夜と帰り道。普段と違う優しい鷹の目。それを独り占めできる、許されている空気がある。その事が何よりも私を楽しくて幸せな心地にさせる。
気持ちが溢れそうと思った途端、私から出てきたのはホロウたちだった。白くて可愛いヤツらは私の分身で、感情も私のままだ。赤い頬っぺをして鷹の目に纏わりつく。あぁ、そんなに近づいて。キスまでしそうな勢いで!
照れくさくなって思わず笑っていたら、鷹の目はホロウたちを手で追い払ってしまった。そして私のことを見上げると、じっと見つめてきた。
金色の瞳が咎めるような、チクリとした光を放っている。
その光は鷹の目で一杯になっている私の頭を小突くみたいで、叱られた子どもの気分がぽつりと湧いてきた。あぁ、マズイ。このままじゃどんどん湧いてきそうだ。
鷹の目の視線を断ち切るために、ゆっくり瞬きをして空の方を見た。まだ終わらせたくない。この幸せな時間を台無しにしたくない。
二人だけの夜道を全身で感じたくなって、風に揺られるまま肩の力を抜いてみた。吸い込まれそうに大きい空へ身体を預けてしまいたい。
すると、その時。確かな力で手を引っ張られた。
鷹の目が私の手を取っている。強そうな瞳は咎めるままで、見下ろしたその金色にわずかな月の光が反射すると不思議な色合いに変わった。甘くて舌が蕩けるキャンディみたいな色。そう見えた瞬間に、取られた手が指を絡ませる繋ぎ方になった。
鷹の目はいとも簡単に私を引き寄せる。思わず夜空へ逃避行しようとした気持ちすら、全て絡め取ってしまった。
私の頭がまた鷹の目で一杯になる。目の前に見えるものが鷹の目しか居ない。感じるものは繋いでいる大きな手の、ゴツゴツした指の感触だけ。
一瞬。ひどくゆっくりした一瞬。一コマだ。
「
……
ふふ。誰かに
…
見られてたらどうする?」
『こんなに近づいて。私はどこまで、許されてる?』
「誤解、されるかもしれねェぞ」
『されたい。恋人に見られてみたい』
頭にポッポッと浮かんだ言葉が口から零れ出た。もっと訊いてみたい言葉は抑えて、あくまで悪戯に。お酒を理由に誤魔化せる程度に。
「
……
酔っ払いが。何を見られようとも、その千鳥足がぶち壊しだ。誤解する空気すら生まれん」
鷹の目はゆっくり間を置いて、とても冷静に返事をした。そして、素っ気なく身を
翻
ひるがえ
すと大きな歩幅で歩き出した。
止まりかけていた時間も足早に戻ると、私の心臓は今さらドキドキと高鳴り始めた。
鷹の目が近かった。吊った眉毛も、綺麗な金色の瞳も、薄い口元も、何もかも。
悪戯を叱るような表情の顔は、いつもの丸い優しさを過ぎて切なく募っていた。
男の眉間に出来ていた皺の理由や、歩みの強さ。そして何よりも、外れる気配の無いお互いの手の感触が堪らなく嬉しくて。私は鼻で息をするようにして昂揚を逃がして、鳴りっぱなしの心臓を落ち着かせた。
鼻歌を歌うのは流石にわざとらしいかな。でも今夜は特別に耽っていたい。あわよくば、もっと一緒に歩いていたい。
――
鷹の目の歩みがゆっくりになった。私の調子外れな鼻歌を聴いて、どう思ったのだろう。繋いだ手がずっと外れそうにない。
とっくに酒気が抜けた頭は、また鷹の目のことで一杯になる。それでも私は、酔っ払ったみたいになって鼻歌を歌い続けた。
二人だけの夜道、鷹の目だけに歌うように。
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