みそ
2025-06-11 00:29:45
4428文字
Public 本編ロナドラ
 

Pieces of Memories(ロナドラ)

7月13日新刊サンプル(全文公開)です。
Pieces of Memories:幸せの在処/ルビーレッドとマリッジブルー(ロナドラ)


幸せの在処

 キッチンの主であるドラルクの気まぐれによって時々現れる『おやつボックス』に、整った字で添えられた個数制限の注意書きを、主な利用者であるロナルドは律儀に守っている。違反者にはおやつ抜きの刑を科されるが、とんだ幼児扱いだと笑うなかれ。彼に胃袋丸ごとを掴まれている者にとってそれは重く厳しい罰なのである。
 ドラルクという男は、そこだけ見れば実に古い吸血鬼らしく数に滅法強い。製菓用チョコレートの粒をボウルにあけがてら数え終えてしまう力で、ロナルドがジョンと共謀の上『味見』をしたクッキーの二枚、袋一杯のブルーベリーの五粒、ミックスナッツの中のアーモンド一粒さえ、瞬時に見抜く。たとえ『鬼の居ぬ間』の犯行であろうともだ。そしていずれの追及も、メタ推理によるものや当てずっぽうではないことを、検証生配信とやらに巻き込まれて様々なものを数えさせられたことのあるロナルドは十二分に思い知っている。
 そんな数にうるさい男が一日一個で三日分と決めたなら、それは過不足なく三日分なのである。初日に食べ尽くしても補充は四日目だ。泣いても喚いても、ゴリラと化しても。増量のリクエストがまともに通ったのは同居を始めて間もない、ドラルクがロナルドの胃の容量を把握していなかった頃だけ。ドラルクがその日たまたま焼き菓子5種作成RTAに挑戦したい気分だった、みたいな気まぐれに当たらない限り、割り当てが増えることはない。二人の関係に恋人という肩書きが加わった今でも。
 故にロナルドが明日の自分のためにしてやれることといえば、メモの内容を守ることだけだ。たとえ今日のおやつが好物の、とびきり美味しいバナナケーキでも。

 こうして日々自制心との戦いにはなるが、おやつボックスの存在そのものはロナルドにとって歓迎すべきものである。
 過ごしやすい季節にはキッチンカウンターの隅に、夏場は冷蔵庫内に、甘いものからしょっぱいものまでバリエーション豊かなおやつが詰まった魔法の箱は現れる。その中身を敢えて確かめず取り出してみる事も、ロナルドの密かな楽しみだ。目を瞑り、崩れやすい物だった場合に備えて慎重に指先で探る。そうして取り出して初めて、今日カップケーキじゃん、と小躍りするである。
 勿論ドラルクのやることなので、触感からクッキーであることを確信しウキウキと取り出してみれば、ロナルドが宇宙一恐れるあの野菜を模したもので……ということもゼロではないが、大半は美味しく楽しい。ナッツとチーズのたっぷり入ったパン、まるで市販品そっくりの細いチョコがけプレッツェル、何味なのか食べてみるまで分からない真っ赤なポップコーン。おやつがあるという嬉しさは、ロナルドの心の柔い部分をも容易に掴む。
 あれは小学生の頃、兄の思いつきだった。スナック菓子や駄菓子を詰めた段ボール箱の横っ腹に穴を開け、おやつのくじ引きだと言ったのだ。箱の中は丸見えだったから目を瞑って引くことと、何が取れても一人一日一回まで、食べたら宿題をする、というルールが設けられた。
 ロナルドは素直な子供だったので、先を譲った妹が引き終わると同時に毎度しっかり目を瞑り、大きな袋や箱ばかりを狙って引いた。目論見通りポテトチップスを引き当てられた時は嬉しかったが、食玩の箱だった時は少しばかりしゅんとしたものだ。おもちゃが付いてくるのは嬉しいが、あれのおやつ成分は良くてラムネ数粒である。その横で妹はちゃっかりと、食べ応えのあるウエハースが二枚も入った袋を引き当てていたりする。そういう日は、妹が持ちかけてくれる『はんぶんこ』の誘いがいつも以上に嬉しかったことを覚えている。
 おやつを食べ、出てきたおもちゃで遊び、宿題に取り組む妹の様子を見ながら本を読んでいると兄が帰ってくる。そして、三人揃って夕飯の買い物にゆく道すがら、自分の宿題が済んでいないことを思い出す。

 ロナルドがドラルクに、自ら進んでそういう子供時代の話をすることは、今も殆どない。
「君って風船ガム飲み込んじゃって泣いたことありそう」
 ベッドでされるにはあまりに色気のないこんな揶揄いを起点に、色々と白状させられることはあっても。
 格好つけたいのだ、単に。ただでさえ丸裸にされるのが当たり前の街で暮らしている。逆立ちしたって年の差の埋まらない恋人に、今よりさらにアホだった子供時代の話なんてわざわざ聞かせたくもないというのが『若造』の本音だ。ただそれと同時に、今やすっかり馴染んだ兄たちがドラルクに、ロナルドの思い出話をしているのも知っている。それをむず痒い気持ちのまま、見て見ぬ振りもし続けている。
「そうそう、聞いて驚けロナルドくん。明日からのおやつはなんとドラドラスペシャルくじ! ハズレなしだと保証してやろう」
 ロナルドの密かな楽しみを、思い出を、知ってか知らずか。得意げに笑うこの男のことをロナルドは、心の底から好きだと思う。