usagipai
2025-06-10 15:10:54
3319文字
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まとめ




セリネロ
ずるい人

パラリ、と柔らかな音が頬を打った。
ネロははっとして空を見上げる。青空の端にあった白い雲が、いつの間にか灰色に染まり、空を覆い尽くそうとしていた。予報など確認してこなかった。セリウスさんと一緒に散歩できる――それだけで、胸がいっぱいだったから。

ぽつ、ぽつ、とまた肌に落ちる冷たいしずく。次の瞬間には、ざぁっと音を立てて空から水が注がれ始めた。
「わ……っ」
咄嗟に駆け出す。木々の間を抜けて、小道の先――そこに見覚えのある小さな東屋があったはず。屋根があるなら、きっと雨を凌げる。
息を弾ませて走る足音の後ろ、傘の代わりのように並んで駆けてくるもう一つの影があった。

「ネロさん。こちらへ――
声が、優しく追いかけてくる。深く落ち着いたトーン。聞き慣れているはずなのに、胸の奥を鳴らすその声に、ネロは一瞬足を止めそうになった。
だけど、すぐに雨脚が強くなり、思わず二人で東屋の下に駆け込む。
木造の小さな東屋は、古びていて狭かった。並んで立つには少し窮屈で、身体の幅の分だけのスペースしかない。ネロは無意識に身体を縮め、壁に背を預けた。雨が落ちてこないだけで、じゅうぶんだった。
……なのに。心臓の音は、なぜか雨よりも大きく聞こえた。

……す、すみません……せまくて……

言いながら、視線を上げられない。セリウスがどれほど近くにいるのか、怖くて確かめられなかった。

けれど彼は、そんなネロを責めるどころか、いつも通りの穏やかな声で微笑んだ。

「いえ。むしろ、貴女がここに入れて良かった。……この屋根は、おそらくひとりぶん。二人で入れるのは、幸運と言っていいでしょうね」

涼やかな笑みを浮かべるその声に、ネロの心拍がまた跳ね上がる。
風が吹いて、しずくが吹き込んできた。ネロの髪の先が濡れて張りつく。頬を伝う一筋の滴に、彼が静かに手を伸ばした。

……髪が濡れてしまいましたね。少し、失礼を」
セリウスの指が、ネロの額の髪をそっとかき上げる。雨に濡れた髪の間から、彼女のまっすぐな瞳がのぞく。
まるで、心まで覗かれたようで――
……よく、お似合いですよ。濡れた髪も、光に濡れた瞳も……より一層、綺麗ですね」

さらりと、でも確かに伝えられる言葉。
ネロの脳内に、何かがショートした。

顔が、熱い。言葉が出ない。心の準備も、何もしていなかった。
「~~~っっ……!」
とにかく、下を向いて誤魔化すしかなかった。
けれどそれすらも、セリウスにはすっかり見透かされていたようで。
……照れていらっしゃいますか?
くすりと、小さく笑う声。からかうようで、けれどどこか嬉しそうな響きを含んでいて。
ネロはそっと呟くように言った。

……ずるい、です……

「おやふふズルくなるのも悪くないと思ってたのですが」

「よよくないです」
雨はまだ止まない。けれど、東屋の下の空気は、どこか静かにあたたかくて。
肩が触れそうな距離、でも触れない。だけどそれが、むしろ心地良かった。
それでも、ほんの少しだけ。セリウスの肩が、寄り添うように近づいたのは、偶然ではなかったかもしれない。