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ねぶくろ
2025-06-08 10:13:06
11524文字
Public
Skeb
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その瑞光に手を伸ばせ
Skebにて納品した作品です。
1
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一度も染めたことのない、艶やかで傷みのない黒のストレートヘア。ぱっちりとした二重瞼に、形の整った唇。低すぎず高すぎない身長に、可愛い洋服が似合う女性らしい体つき。少し幼い顔立ちは、若く見える上に愛嬌があると考えれば長所の一つだ。
『スポーティでアクティブなアイドルを多く輩出している』というプロダクションの毛色とは異なるが、朝野由貴の『華奢で守りたくなるような愛らしい容姿』は、アイドル向きの素質だった。
もちろん、アイドルは顔だけでやっていけるほど甘いものではない。歌やダンス、ファンサービスに、人の目を惹く個性の強さ。さまざまな能力でしのぎを削り、たゆまぬ努力で高みを目指さなければすぐに埋もれてしまう。アイドル業界は過酷な世界だ。
朝野由貴が顔だけの少女だったら、たとえ練習生の身分としてでも、老舗の『ユキドリーム』に所属することは叶わなかっただろう。しかし、彼女は確かにアイドルの才能を秘めていた。
中学時代に吹奏楽部で培ったという肺活量と譜読みの速さ、音感の確かさ。由貴の歌声は、はっきりとして力強く、けれど女性らしい可愛らしさも兼ね備えている。
見た目は一流、歌声も申し分なし。決して内気な性格でもなく、スカウトを受けた時点で意欲も上々。関係者たちはみな、彼女ならばすぐにでもデビューができるだろうと考えていた。
その期待が打ち砕かれて意気消沈しているのは、何も本人だけではない。
老舗アイドルプロダクション『ユキドリーム』の専属トレーナーである片桐優月は、基礎トレーニングの途中で息を切らしている由貴を眺めて、内心でため息を吐いた。
『ユキドリーム』に所属する練習生のレッスンは、年齢で時間帯が区切られている。二十時を過ぎると十代の練習生はみなレッスン棟から捌け、唯一の二十代である朝野由貴の時間がやってくる。
ひとりきりでのびのびと使える練習室は殺風景で、放課後の活気からは程遠い。よそよそしく冷たい空気の立ち込めた室内で、優月は腕を組んで由貴と相対していた。彼女は膝に手をつき、汗だくで荒い呼吸を繰り返している。
見るに見かねて、優月は「水分補給しなさい。脱水で倒れるわよ」と声をかけた。由貴が苦しそうに肩で息をしながら小さく頷き、水筒に手を伸ばす。滑らかに上下する喉元の白さに目を眇めて、優月は眉根を寄せた。
朝野由貴が練習生としてレッスンを受けるようになって、約四年が経過した。高校三年生でスカウトされた彼女は、今年で二十一歳。
――
練習生はおろか、所属アイドルの中でも最年長にあたる。
こんなにも芽が出ない子は珍しい、とタオルで汗を拭いて、水筒のキャップを閉めた由貴を見る。優月が手を叩いて、「ダンスレッスンするわよ」と声をかければ、ぱっちりと丸い二つの瞳がこちらを向いた。
由貴は可憐な顔をわずかに曇らせつつも、よろけながら姿勢を正す。疲弊した顔を窺うまでもなく、今の彼女にダンスをする体力が残っていないのは明白だった。あまり無理をさせると怪我をするが、
――
しかし今は、無理をさせるのがこの子の為だろう。
今年を逃したら、由貴はおそらくデビューできない。
優月は唇を引き結んで、「ふらつかない。背筋を伸ばして」と厳しい声で指示を飛ばした。練習曲を流して、手で拍子をとりながら由貴のダンスを監督する。教えた振り付けは完璧に頭に入っているようで、ミスはない。優月はカウントを続けながら、「笑顔!」と発破をかけた。くたびれた表情が一瞬で光を灯したように笑みを繕う。
――
けれど二小節後にはまた疲弊が滲み、同じ言葉を繰り返す。
二曲続けてダンスをして、優月が音楽を止めると同時に、由貴はその場に膝をついた。肩で息をして、真っ赤に染まった頬に向けて手で風を送る。優月は「勝手に休まない」ときつい声で指摘して、座り込んだ彼女と視線を合わせた。
「由貴、もしこれが本番のライブだったらどうするの? お客さんの前でそうやって座り込むの?」
立ちなさい、と告げた言葉に、由貴の顔が泣きだしそうに歪んだ。それでも彼女は上体を起こしてその場に立ち上がる。優月はそのまま、ダンスの講評を始めた。
「全体的に、キレがない。指先に意識が向いていないから、ターンの後のポーズが決まってなかった。もっと一つひとつの振りに集中しなさい」
「
……
はい」
容赦のない指摘に、彼女が俯きがちに頷く。優月は、彼女を見つめながら静かに言葉を重ねた。
「厳しいことを言うけど、今の意識のままじゃいつまで経ってもデビュー出来ないよ。他の子はもっと真剣に取り組んでる。本番を意識してお客さんからの見え方を研究したり、少しでも成果が出るように工夫したりしてるの」
返事はない。由貴は黙り込んで、静かに呼吸を整えていた。優月は、合わない視線の先を彼女に固定したまま、ゆっくりと言葉を続けた。
「本気でデビューを目指すなら、今が正念場だよ。由貴も、自分の強みを活かせるように考えてみて」
「
……
はい」
暗い声が応じて、彼女が会釈する。由貴は、最後まで顔を上げないまま練習室を後にした。その背中を見送って、一人残された室内で前面の鏡を眺めながらため息を吐く。
朝野由貴は、とにかく努力が苦手な子だ。決して怠惰なわけではないのだが、何故だかとても諦めが早い。
息が切れると力を抜いてしまう。少し躓くと挑戦しなくなる。
あと十分でもいい、残ってダンスレッスンを続ければ。あと一セットでいい、自主的にトレーニングをすれば。それだけでデビューがぐっと近づくはずなのに、そのほんの少しの努力に手が伸びない。
才能はある。素質もある。
――
けれど、能力を伸ばすための努力ができない。
朝野由貴の弱点は、圧倒的に努力量が少ないことだ。
せっかく素材は良いのに、と鏡の中の自分と顔を見合わせて、目を細めた。
レッスンが終わるとすぐにロッカールームに引っ込んで、そそくさと帰宅してしまう彼女のことを、他の練習生は「やる気がない」と思っている。優月も、決して彼女がやる気に満ち溢れているとは思っていない。
しかし、優月が知る限り、由貴は一度たりともレッスンを休んだことがない。他の少女たちから恐れられるほどのスパルタトレーニングを一人で受けても、自分より年少の少女たちが練習生から卒業しても、「辞めたい」という一言だけは口に出さなかった。
だからきっと、由貴が努力に踏み出せないことには何かの理由があるのだろう。その理由がどんなものであれ、彼女が『ユキドリーム』の一員である限り、優月のやるべきことは変わらない。
彼女がアイドルになれるよう、全力で支え、全力で指導する。
やるべきことは明確だ。
――
トレーナーである自分が、立ち止まってはいられない。
鏡面を見つめる。堂々たる振る舞いの美女が、鏡の中からこちらへと微笑みを返した。
* * *
全身が痛み、限界まで消耗した体を引きずるようにして帰路につく。月も傾く二十二時過ぎ。繁華街である渋谷の街にはネオンが輝き、人が行き交っていた。条例によって禁止されているはずの客引きや呼び込みの声が鼓膜に引っかかるが無視をして、由貴は駅を目指してのろのろと歩いていた。
トレーナーの優月は、すべての少女に対して等しく厳しい。指導中に手を抜くことはなく、指摘はいつも容赦がない。見た目も柔和とは程遠く、目鼻立ちのはっきりした顔立ちは、女の由貴でさえも見惚れるほど
艶
あで
やかだ。鮮やかな色合いのアイメイクがよく似合っていて、スリムな体のラインを惜しげなく晒すトレーニングウェアが、派手な容姿を一層引き立てている。
よく通るはきはきとした声は、レッスン中は怒鳴られているようで恐ろしいが、快活で心地よい。雑談に応じてくれるノリの良さも彼女の長所で、相談事にも親身になってくれると評判だ。由貴は、優月のことを恐れながらも慕っていた。
それにしても、一人しかいないんだからちょっとくらい手加減してくれればいいのに。
疲れ切った思考は散漫で、駅を目指しながら取り留めもなく様々なことを考える。
晩御飯どうしよう。就職活動のことって誰に相談したらいいのかな。明日までの課題やってないや。優月さんに言われたから、自分の強みを真剣に考えないと。そんなことよりシャワー浴びたい。
まとまりのない思考を切り裂くように、「君、ちょっといい?」と男性に声をかけられた。普段であれば無視をして振り切るのだが、いかんせんレッスン終わりの体に成人男性を振り切るほどの速度は出せない。
せめてもの抵抗として素通りするが、相手の歩幅の方が大きい。並走して歩きながら、男はめげずに話しかけて来た。「ねぇ、無視しないでよ」という声が三回重なって、由貴は苛立ちに眉根を寄せた。
コイツを振り切るのは無理だ。諦めて、険のある表情で男を見上げる。
「あ、やっとこっち見てくれたね。君、モデルの仕事とか興味ない?」
「
……
」
ないです、さようなら。
――
そう返せなかったのは、頭の半分を占める将来への不安のせいだ。
険しい表情のまま、思わず足を止める。男はにたりと笑みを浮かべて名刺を差し出してきた。聞いたことのないプロダクション名と、男の名前が書いてある。肩書きはディレクター。彼は粘っこい笑顔で由貴を見下ろした。
「君、可愛いからさ。すぐにデビューできるよ。どうかな? 興味ない? 会社が近くにあるから、興味があればすぐに登録できるけど」
明らかに詐欺だとわかる物言いに、名刺を突き返す。男はそれを無視して、べたついた無遠慮な眼差しで由貴を眺めながら、言葉を続けた。
「君、大学生? その顔なら高校生でも通るから、長く働けるよ。成人してるなら高校生にはできない仕事も出来るし。ね、どうかな」
「結構です、興味ありません」
ぴしゃりと叩きつけるように言い切って、歩き出す。背後から舌打ちの音が聞こえてきて、「調子に乗ってんじゃねぇよ。顔だけ女のくせに」と吐き捨てる声が背中を突き刺した。唇を引き結んで、足早に立ち去る。逃げ込むように駅舎に飛び込んで、改札を抜けた。
ようやくアパートに帰り着き、由貴は膝が折れそうなのを懸命に堪えて鍵を回した。心臓が忙しく肋骨に打ち付けて、胸が痛い。拙速に酸素を肺に取り込んで、肩を上下させる。由貴は沓脱に崩れ落ちて、両の手で顔を覆った。
頭の中にこびりついた声が離れない。「顔だけ女のくせに」と吐き捨てられた言葉を思い返して、硬く瞼を閉ざした。男の罵倒を真に受けている自分が情けなく、けれどその言葉を否定する根拠を持っていない事実に打ちのめされる。嗚咽を噛み殺しながら、由貴は目元に袖を押し当てた。
私には、何の取り柄もない。
頭がいいわけでもなく、資格を有しているわけでもない。取り立てて真面目でもないし、特出した技術は何も持っていない。何かに打ち込んで頑張ってきた経験もないし、人の目を惹く強烈な個性もない。
中身が空っぽな自分には、整った外見以外に武器になるような要素が何もない。
誇れることがひとつもない自分が戦えるとしたら、アイドル業界しかないと思った。
スカウトを受けた時、ようやく自分の居場所が見つかったと思った。自分はアイドルとして生きていけば良いのだと、道しるべをもらったように安堵した。この顔は武器なのだと、自分に自信を持つことができた。
けれど、アイドルは顔だけでやっていけるような甘いものじゃない。強烈な個性や圧倒的な才能。他の追随を許さないほどの努力に、アイドルになりたいという情熱。デビューを果たした少女たちは、由貴にはないものを持っていた。彼女たちとの違いを目の当たりにする度に、失望で体が重くなる。
私には何もない。私は何も積み重ねてこなかった。だから私は何者にもなれない。
空っぽなはずの胸が押しつぶされて呼吸が苦しい。由貴は声を押し殺して涙を流し、沈むように意識を手放した。
3
寒さと体の痛みで目を覚ました。沓脱で座り込んだまま寝落ちしていたらしい。由貴は身を震わせて部屋に上がると、シャワーを浴びるために浴室に駆け込んだ。お湯で体を温め、メイクを落とす。乾いた汗が張り付いてぱりぱりと嫌な感覚のする肌を石鹸でよくこすって、念入りに体のメンテナンスをした。
風呂から上がって髪を乾かし、時計を見ると時刻は既に正午を過ぎていた。授業をすっぽかしたことに気が付いて、一瞬頭が真っ白に染まる。けれど、それ以上に問題なのは今日の十六時までに提出しなければいけないレポートがあることだった。まだ一文字も書いていないそれをどうにかしなければ、とスウェット姿で机に向かってノートパソコンを開く。
十五時五十二分に何とかレポートを書き終えて、メールで提出する。由貴はホッと胸を撫で下ろして、それから静かにキーボードを叩いた。検索バーに『芸能事務所 退所手続き』と文字を入れる。適当なサイトをクリックして中身に目を通し、いくつかの記事を見比べてから、パソコンを閉じる。
バッグに練習着を詰めて、昨日使った水筒を洗う。中に新しい麦茶を注いで、由貴は服を着替えた。髪の毛をお気に入りの二つ結びにして、メイクポーチに手を伸ばす。戦化粧のようにはっきりとアイラインを引いて、紅をさした口元を引き上げた。鏡の中の若い女は、諦めたような笑みを浮かべてこちらを見返している。彼女を安心させるように「大丈夫」と呟いて、由貴は家を出た。
普段のレッスンよりも早い時間に到着した『ユキドリーム』本社は、放課後の時間帯だからか、どことなく活気にあふれていた。普段の素っ気ない静けさとは異なる雰囲気に気圧されそうになりながら、受付を抜けてレッスン棟への連絡通路を渡る。まずは優月さんと話をしよう、と三階を目指すためにエレベーターホールに向かえば、「あれ、」と声をかけられた。
振り返ると、そこには見惚れるほどに美しい筋肉があった。その屈強さに思わず言葉を失うが、はたと気づいてその上腕の持ち主を探す。視線を上げた先で、サイドテールを揺らしてこちらを見ている可愛らしい顔と視線が交わる。鍛え上げられた肉体と愛らしくあどけない顔立ち。そこにいたのは、『SEA BREEZE』のリーダーで筋肉アイドルの上坂瑞季だった。
瑞季は小首をかしげて、「由貴さん、だよね? レッスン時間が変更になったの?」と階段に向かっていた足を止めてこちらに近づいてきた。三階まで階段で行くつもりだったらしいと気が付いて、そのフィジカルに苦笑する。彼女は十八時からレッスンだそうで、今から練習室に向かうらしい。
「由貴さんだけ夜遅いの、前から気になってたんだ」
帰りとか暗くて危ないよね、と一人で納得している彼女に、慌てて「違うの」と言葉を返す。
「レッスン前にトレーナーと話がしたくて、早めに来ただけ」
「あ、そうなんだ。ごめんね、早とちりしちゃった」
瑞季は「トレーナーに話なら、一緒に三階まで行こうよ」と階段を指さした。誘いを断るのも憚られて、曖昧に頷く。由貴はエレベーターホールに背を向けて、彼女と並んで一段目に足をかけた。
ボディビルダーのように太い足がぐんぐんと段を踏んで進んでいく。それを視界の端に捉えながら、由貴は俯きがちに階段を上った。
息が切れる。胸が苦しい。変な姿勢で眠ったせいで体のあちこちが痛むし、疲れも抜けきっていない。やっぱり断ってエレベーターを使えばよかった。
早くも後悔しながら、肩で息をして足を踏み出す。由貴が遅れていることに気付いてか、瑞季は気兼ねしたようにペースを落とした。その気遣いに唇を噛んで、目を伏せる。惨めだ。それでも、足は止めずに上へと踏み出す。
全く乱れることのない肉体美を前に、由貴は思わず「すごいね」と呟いた。
「そこまで鍛えるの、大変だったでしょ。
……
つらくなかったの?」
基礎トレーニングとして行う腹筋やプランクを思い出して、つい尋ねかける。
運動の苦手な由貴には、瑞季のように体を鍛え上げることなど出来はしない。どれだけの苦痛を乗り越えてきたのだろうか、と気が遠くなるような心地で彼女を見上げる。数段上で立ち止まった瑞季は、辛気臭い蛍光灯を背景に、「つらくはなかったよ」と笑った。
「私は筋トレが好きだから、夢中になってたらこうなってただけ」
「
……
それでも、すごいよ。私なんて、何も出来ない」
何かに夢中になったことも、何かに打ち込んだこともない。俯いて、由貴は自嘲するように言葉を吐き出した。
「努力して何かを成し遂げたこともないし、
……
私に強みなんて、何もない」
優月に「自分の強みを活かせるように考えてみて」と言われたことを思い返して、唇を引き結ぶ。どれだけ考えてみても、由貴には自分の強みなどひとつも思いつかなかった。
こんなこと言われたって瑞季も困るだろう。どうやって取り繕おうか考えていれば、彼女が「筋トレをしようよ」と真剣な声を発した。意表を突かれて顔を上げる。真剣な眼差しが由貴を見つめて、彼女がもう一度同じ言葉を口に出す。
「筋トレをしよう。
……
由貴さん、実は私ね、昔はすごく後ろ向きな子供だったんだ」
瑞季が階段を降りて視線を合わせる。太陽のように強い光を宿したその双眸が自分を見据えて、憂鬱を吹き飛ばすほど眩しい笑みを浮かべた。
「でも、筋トレと出会って変わることができた。鍛えて体が強くなると、一緒に心も強くなるんだよ」
「
……
でも、私、何かをやり遂げたことなんて一度もないし」
目を伏せて首を横に振る。筋トレなんて心身への負荷が高そうなことを続けられるとは思えない。由貴の不安を見透かしたように、瑞季は真っすぐな眼差しで「大丈夫」と断言した。
「毎日頑張らなくてもいいの。自分に合ったトレーニングを考えることも、筋トレの醍醐味なんだよ。体が弱くて考え方も暗かった私が、こうしてアイドルになれたくらいだもん。由貴さんもこれから変わっていけるよ!」
絵空事みたいに明るい言葉が鼓膜を揺らす。瑞季は手を差し出して、曇りない笑みを向けた。
「だから、私と一緒に頑張ろう?」
無理だなんて微塵も考えていないその声に、雲間から日が差し込むように心が軽くなる。つい顔を上げて、瑞季を見た。希望に満ちた眼差しと視線が交わって、網膜の底に星が降る。
その笑みは圧倒的で、眩しくて、鮮烈に焼き付いて、離れない。
薄暗い非常階段に立っているはずなのに、キラキラと視界に光が舞う。天と地がひっくり返ったような衝撃と、鼓動が熱を帯びるような感動。由貴は知らず、こぶしを握った。
「一緒に頑張ろう」なんて言われたのは初めてだった。「これから変わっていける」なんて言葉をもらったのも初めてだ。口をへの字に曲げて、眉根を寄せる。
そんなに簡単なことじゃない。私は貴方と違って時間がないの。
――
言い訳はいくらでも浮かんで、躊躇う理由は数えきれないほどある。それでも、由貴はその言葉を飲み込んだ。
瑞季の笑顔が眩しい。
そのことが悔しくて、自分が惨めになる。けれど、どうしてもその輝きから目が逸らせない。
私もこの子みたいになりたい。隣に並んで、同じ高さの景色が見たい。誰かを照らすほど圧倒的で眩しいアイドルになりたい。何もない私じゃなくて、顔だけの私じゃなくて、誰か背を押せるほど、
――
誰かの手を引けるほどに、確かな中身を伴った私になりたい。
差し出された手を取って、一歩を踏み出す。残りの階段を一気に駆け上がって、由貴は光の溢れる出口を抜けた。
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