九條もぐ
2025-06-07 21:26:39
13634文字
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その想いは、春の如く

愛を知らずに育った剣♀と鬼と呼ばれ恐れられている伊が政略結婚することに。
しかし、その政略結婚には秘密があり…

1話以降は書き上げたら随時更新いたします。九條の都合で更新が遅れると思いますが、ご了承ください。温かい目で見守ってください
※時代背景…大正時代(一応)
※剣の性別…女性
※捏造あり、口調迷子あり


第二話

 チュンチュンと鳥の囀りが聞こえ、障子越しから太陽の日差しが降り注ぐ。
「う、うーんよく寝た
 タケルがこの宮本家に来て初めて迎えた朝。タケルは襖を開けて辺側に出る。太陽の日差しを浴びながらうーんと背伸びをする。
これほど心地良い朝を迎えるとは」
 タケルはまた部屋に戻り、布団を畳みカヤから借りた着物を着る。長い髪を三つ編みにしてから部屋を出て、洗面場へと向かう。洗面台で顔を洗い一息つく。
(顔を洗っても文句は云われない食事だって残飯ではない)
 実は昨夜、初めて温かい食事を出され我慢していたものが涙となり溢れてしまった。そんなタケルを見ても誰も嫌な顔をせず、優しく接してくれた。特に伊織はタケルが泣き止むまでずっと背中を擦ってくれたのだ。
(鬼と呼ばれているのにあれほど、優しく接してくるとはな)
 すると洗面台に用がある人物が洗面場にやってきた。
「おはよう、タケル」
「い、イオリお、おは、よう」
 伊織は未だに緊張で強張るタケルに優しく微笑みながら挨拶をする。伊織はそんなタケルの頭を優しく撫でる。
「昨夜はよく眠れたか?」
「っあ、ああ
「そうか」
(どうして、心臓がこんなにも、うるさく)
 タケルは伊織に頭を撫でられるだけで、心臓がドキドキと高鳴る。伊織の優しい笑みを見ると、何故だか幼い頃に会ったあの男の子の面影が重なる。だが、伊織があの男の子という確証がないのでタケルは戸惑うばかりだった。伊織は黙り込むタケルの顔を覗き込む。
「タケル?」
「えっ、あっな、なんでも、ない
 タケルは顔を赤くしたまま目を逸らしてしまう。すると遠くから伊織とタケルを呼ぶ声が聞こえた。どうやら朝食の用意ができたらしく、カヤが呼んでるのだ。
「居間に行こうどうやら朝餉ができたようだ」
「う、うん
 すると伊織の手がタケルの小さな手を掴み、ゆっくりと歩み出した。その自然すぎる仕草にタケルは更に戸惑い、伊織の隣でずっと顔を赤くしていたのだった。

 *****

「っ〜〜〜〜〜!!!!」
(もうっもうっ!!なんなんだ、あれは!!)
 朝食を終え、足早に部屋に戻ってきたタケルは畳まれた布団に顔を埋めながら悶絶していた。今朝方の事が頭の中でぐるぐると巡るせいか、心臓は未だに落ち着かずずっとドクッドクッと鳴るばかり。
………
(イオリ私よりも背が高いのだな。それに)
 タケルは伊織の横顔を思い出す。癖の強い長い髪を後ろで結い、長い前髪のすき間から見える深い夜空のような瞳、スッと通った鼻筋。あまりにも整いすぎた容姿に思わず
ホント、綺麗な顔をしているな」
 とこぼした時だった。
それは、褒めてくれてるのか?」
………へっ?」
 ガバっと顔を上げると少し頬を赤く染めた伊織がいつの間にか部屋にいたのだ。タケルは恥ずかしさのあまり身体すべての熱が顔に全集中し、茹でダコのように真っ赤になってしまう。
「ひゃああああっ!?い、いいいいいい今のは
「すまん、聞いてしまった」
「うわぁあああああああっ!!忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ、今すぐに忘れてくれぇええ!!」
 タケルは恥ずかしさのあまりに大発狂しながら、部屋の隅に縮こまってしまった。伊織は部屋の隅で縮こまるタケルの元に歩み寄り、背中を優しく擦ってやる。
「聞いてしまったのは悪かったよけど、嬉しいよ」
えっ」
「そう云ってくれたのは、お前が初めてだよ」
「っ
 タケルは伊織の顔を見る、まだほんのりと頬を赤くしているがタケルを優しく見つめている。
(なぜイオリに見つめられるだけで、これほどドキドキするのだろ)
「あっ、あのっ
「なんだ?」
「っ、よっ、用があって来たのだろ?」
 タケルはこれ以上伊織に見つめられると頭がおかしくなると思い、話題を変えた。伊織も当初の目的を思い出し「そうだったな」と云いながら、タケルの前に胡座をかいだ。
「タケル、今から町へ向かわないか?」
「えっ、急に
「お前の服を買ってやりたいし何より、この浅草を案内したいんだ」
いい、のか?私がきみの隣を歩いても」
「ああ」
「なら、支度ができたら門の前で待っていてくれ」
 伊織はそう告げ、そっと部屋から出た。タケルは胸に手を当てながら収まりそうもない鼓動を抑えようとした。
(鬼と呼ばれ、恐れられているのにあの父上すら、恐れていたのに私には)
 まだ生家にいた頃、父が伊織について話しているのを思い出す。宮本家に逆らい悪事を働いた貴族が、一夜で消えたという話。その貴族に制裁を下したのが、当主の武蔵ではなくあの伊織だと
(本当に、同一人物なのだろうか?)
 タケルが考え込んでいると、外から「タケルさ〜ん」とタケルを呼ぶカヤの声がした。
「ど、どうしたカヤ?」
「あの兄上が
「あっ
 どうやらかなり長い時間考え込んでいたらしく、中々姿を現さないタケルを心配した伊織に頼まれて呼びに来たようだ。半泣きになりながら支度をするタケルを宥めながらカヤも手伝ってくれたのであった

 *****

本当にすまない」
「そう落ち込むな、突然誘った俺も悪いし」
 外にはいつものように和装で身支度を済ませた伊織が立っていた。だが、今回は外出用の和装で長い髪は変わらず後ろに結われている。タケルはカヤから借りた着物にカヤによって長い髪を纏められ、ほんのりと化粧も施されている。
「あまり暇はないから、行くとするか」
「う、うん
 伊織はそっとタケルに手を差し出す。タケルは緊張しながらも伊織の手を取る。伊織は優しく手を引いてタケルの歩幅に合わせながらゆっくりと歩き出す。タケルはきょろきょろと周りと見ていた。
「俺とお前二人だけだ、姉さんが付いてこようとしたがカヤに怒られて家にいる」
「っ、そっ、そうか
 伊織からそう云われまた頬を赤くする。だが、タケルは昨日の事があり少し不安だった。
(いくらカヤの着物を借り、化粧してるとはいえあんな姿を晒してしまってる。イオリに迷惑が)
 昨日のタケルはボロボロな着物に長い髪を三つ編みにした姿。そんな姿であの浅草の町を歩いたばかりだったので、タケルの足が止まってしまう。
タケル?」
 伊織はタケルを見ると、不安で顔を強張らせたタケルが映り込む。
「昨日の私はかなり杜撰なものだった、町の者にも見られてしまってるだから
 タケルは俯きながらそう呟く。握っていたその小さな手から震えているのが解る。伊織はタケルをそっと抱き寄せた。
「っ、イオ
「大丈夫何かあれば、俺が守るから」
「っ
「だから怖がらなくていい」
うんっ」
 伊織の言の葉に安心したのか、タケルの顔色がだいぶ良くなった。それを見て安堵した伊織は、再びタケルを引いて浅草の町まで歩き始めた。

 ◇

 浅草の町に入ると、やはり人々は伊織とタケルに視線を向けていた。
「あれは伊織様、だよな?」
「しかも連れてるのって昨日の
「あんなに綺麗な子だったとは
「にしてもあんなみすぼらしい格好していた嬢ちゃんが、なんであの方と?」
 やはりタケルの事を覚えており、心のない野次を飛ばしていた。しかし、これを聞いて一番不快に思っていたのはなんと伊織だった。
陰口なら俺たちに聞こえないように云ってくれないか?彼女が怯えているだろ」
 伊織の今日一番の低い声が浅草の町に響き渡る。誰もが伊織の声に顔色を悪くし、その様子にタケルは戸惑っていた。すると伊織はタケルの肩を掴みそのまま抱き寄せてきたのだ。
「へっ!?」
「それに彼女は俺の大切な妻だ。蔑む言の葉は謹んでもらいたい」
「っ〜〜〜〜〜!!」
(は恥ずかしい〜〜〜〜!!穴があったら入りたいってこの事を云うのか!!)
 タケルは今にも火を吹く勢いで顔が真っ赤になる。浅草の人々も伊織の言の葉と言動で口をポカーンと開きながら見ていた。伊織は静かになったのを確認し、そのまま何食わぬ顔でまたタケルの手を引いて歩き始めたのだった。
「き、きききききみっ!!恥ずかしくないのか!?」
「何がだ?」
 タケルは何食わぬ顔で歩く伊織に小声で反論するも、伊織は首を傾げるだけ。
「あんな大勢の前で、あのような事を
「事実を云ったまでだが?」
「っ〜〜〜〜〜〜!!」
 タケルは空いてる片手で口元を隠しながら悶絶するしかなかった。この男はどうも素であのような事を云ったらしく悪気など全くないからだ。
(私は心臓が破裂しそうなぐらいドキドキしてるし!!それに物凄く恥ずかしかったのにっ!!)
「??」
 タケルは目的地に着くまでずっと顔を真っ赤にしながら歩く羽目になってしまったのであった

 屋敷を出て数分後、一悶着はあったが宮本家御用達の服屋に到着したようだ。
「これはこれは伊織様お待ちしておりました。そちらの方が
「ああ、昨日うちに来た俺の妻だ」
「は、はじめ、まして
「お待ちしておりました、さぁ中にお入りくださいませ」
 店の中に入ると和服もそうだが、洋服もあり華やかな場所だった。タケルは思わず幼い子供のように目を輝かせた。
「わぁあ凄いこれが、西洋の服
「俺には女物の服は解らないのだが彼女に似合うものを見繕ってもらいたい。今は、カヤのを着せてるんだ」
「事情はカヤ様から聞いております今は痩せ細っているようですが今後のことを見越して選ばせて頂きます」
「忝ない」
 店の者は今もなお目を輝かせるタケルを見て、着物を見繕う。
「タケル様」
「っ、は、はい」
「こちらはどうでしょうか?」
 持ってきたのは、大正の世では珍しく淡水色と淡い色味で控えめではあるが花の柄が散りばめた着物だ。タケルも嬉しそうな表情を浮かべながら「綺麗、可愛い」と口にしていた。タケルは伊織に見てもらいたいと思い、着物を身体に当てながら「イオリ!!」と名を呼ぶ。
………。」
「ふふふどう、かな?」
 ふんわりと可愛らしい笑みを浮かべたタケルが伊織に問いかける。あまりにも儚くも美しく感じた伊織は、思わず顔を赤くしてしまった。
「っ、あ、ああ似合っているよ」
「ほんとう?あはは、これ気に入った!!」
「それにするか?」
「うんっ!!」
(いい顔をするものだ)
 長年の迫害のせいで表に出すことができなかった本来の性格が出てきたように感じた。恐らくタケルの本来の性格は好奇心旺盛で天真爛漫。これだけ目をキラキラと輝かせながら店にある服を見てはしゃいでいるし、何より先ほどの表情と仕草だ。着物を抱えながらくるりと回り喜ぶ姿幼さが滲み出ているが、とても愛くるしかったのだ。
(辛かっただろうに。誰からも愛されず、誰からも必要ともされずにこの十数年を生きてきたのだろう)
 何があってもあの笑顔を守り抜く伊織はタケルの笑顔を見て強く誓うのであった。

 ◇

 着物を買い終え、再び浅草の町を歩く伊織とタケル。タケルの手には先ほど買った着物が入った風呂敷がある。タケルずっと嬉しそうな表情をしていた。
「よほど気に入ったのだな」
「うん、こんな綺麗な着物を贈られたのは生まれて初めてだ。だから嬉しくて」
「そうかあっ、タケル」
「ん?」
 伊織はタケルを呼び止め、そのまま目の前にある団子屋を指さした。
「目の前に団子屋があるから休暇がてら食べていかないか?」
「っ、食べる!!」
 またタケルは目をキラキラと輝かせながら伊織の提案を承諾した。そのまま団子屋で団子を食べながら休暇することにした。

「もぐもぐう〜〜ん、お団子美味しい〜
「昨日も思ったのだが生家ではどんな生活を送っていたんだ?カヤも気にしていたし
 伊織は隣で団子を頬張るタケルに生家での生活を聞いてみた。昨日も食事の時に泣き出したりと色々とあったから気になっていたのだ。タケルは少し暗い表情を浮かべながらぽつりぽつりと話し出した。
見ての通り、私はあの家では邪険に扱われていた。双子ましてや片方は女という理由で、父も母も私を愛してはくれなかったよ。使用人達からも邪魔者扱いさ」
……
「だから、宮本の屋敷に来て初めて人として接してくれて嬉しかった」
 その笑みはとても切なげだった。先ほどまでの屈託なく笑う姿ではなく悲しみを帯びた笑みに、伊織は胸を痛めた。
「タケルすまない、思い出したくないことを思い出させて」
「気にしておらぬよ、ただその
「??」
話し方も、言動も、女らしくない私は変だろうか?」
 今にも泣き出してしまいそうな声で己のことを聞いてくるタケル。どうやらタケルは自分の言動を気にしているようだ。伊織はタケルの頭に手を置いて、優しく撫でてやる。
「変に取り繕うより、ありのままでいてくれる方が気楽だしありがたい」
「えっ
「今のままでいい、その方がタケルをよく知ることができるからな」
「イオリあ、ありがとう
 タケルは少し照れくさそうに髪の毛の毛先を指に絡める。伊織は残りの団子をタケルに差し出す。
「えっ」
「俺は一本で充分だから、残りはお前が食べてくれ」
うむ、ありがとうイオリ!!」
 タケルはまた嬉しそうに団子を手に取り、パクっと頬張る。伊織は口の端にあんこが付いてしまう勢いで頬張るタケルに苦笑いを浮かべながら、懐から手拭いを取りタケルの口元を拭いてやる。
「こら、団子は逃げたりしないからゆっくり食べなさい。口の端にあんこが付いてるぞ?」
「えっあっご、ごめん
 明らかに妹をあやすかのような口調だが、タケルはまた顔を赤くした。
(だ駄目だ私、イオリのこと好き、かも)
 タケルはこの胸の鼓動が何なのかを遂に理解してしまったようだ。しかし、伊織とタケルは名目的には政略結婚だ。伊織に感情があるのかと聞かれたら解らないと答えるしかない。
(なお、イオリきみは私を、どう想っている?私はきみに、愛されたいよ)
 愛を知らずに育ったタケルは、初めて外の誰かに恋をした。それが吉と出るのか、凶と出るのかはまだ知る由もない。