ジャンク屋の朝は遅い。それが分かっているうちの顧客たちは十二時過ぎに店に来る。今日は長いこと店を開けていた親父が久しぶりに家に帰ってきていた。それを知っていたらしいお得意さんが早速朝イチで(つまり十二時に)親父に会いに来て、一緒にランチを食べに出て行った。本来ならランチなんて小洒落た真似をする親父ではないのだが、そのお得意さん
……というか実際は親父をヘッドハンティングしに来ているその人は、一緒にお昼でもとかなんとかいって親父を誘い出して行ってしまった。彼はそんなに何度も店に来ているわけではないが、来ると親父を誘ってどこかへ行ってしまう。一度だけ俺も一緒に連れて行ってもらったことがあるが、機密保持の厳重な話題をすることが多いからだろう、普段は俺は留守番だ。
「『仕事柄饗応はお断りしなければならない』なんて言ってたくせに、自分は食事に誘うんだなあ」
そんなことを思っていたらいつのまにかガレージの店頭に男が立っていた。初めて見る顔だ。
「ここ、テム・レイさんの店で合ってます?」
看板を見れば分かるだろと思ったが、それについては黙って「そうですよ」と答えた。
「レイさんいます?」
若い男だった。俺よりは年上かな。背が高くて金髪。その割にあまり目立つ容姿でないのは、手入れがされているか怪しい髪の毛が顔の半分以上を覆っていて、地味な色合いの服を着ているから。ジャンク屋の俺に言われたくないかもしれないが、垢抜けない男だ。
「親父は出てます。アポあります?」
ないだろうとは思ったが一応確認する。うちの店はいい顧客に恵まれていて、予約枠のほとんどが埋まっている。
「アポは取ってないけど。そっかあ、じゃあ君がアムロくんだ」
じろじろと俺を見てくる。感じ悪いな。
「そうですけど」
「待たせてもらいますね」
そう言うとその金髪の男はずかずかとガレージの中に入ってきた。ずうずうしい。
「飛び込みの仕事は請けていないんですが」
「あれが君の軽キャノン? なるほど、使い込んでる」
内窓から見えるようになってる俺のモビルスーツに適当なコメントまで言い出す始末。なんなんだこの男は。
「この前のクラバ中継見せてもらったけど、相変わらず強いね、君」
鈍いと言われている自分でも分かった。こいつ俺のことバカにしてるだろ。
「お褒めいただきどうも」
「久しぶりにクラバに出たと思ったら今までと全然動きが違ってたけど、年代物の軽キャノンに一体何やったんだい?」
べらべらと自分の話したいことだけ口にしている。こいつ学校で先生に『コミュニケーションに難あり』とか言われるタイプの人間だな。
「企業秘密です」
実際にそれは秘密だった。俺の軽キャノンはある人の手引きで特殊な補強をしている。
「で、どちらさま?」
俺がそう詰め寄ったとき、ちょうど店先に大型のセダンが止まった。中から親父が出てくる。
「今帰った。お客さんか?」
後部座席の反対側のドアからはシャリア・ブル中佐が降りてきて、車はそのまま発進していってしまった。うちのジャンク屋の店先は車道が狭くて、大型のセダンを停めていたら邪魔なことこの上ないからだろうな。
「なんだシロウズくんじゃないか」
「どうも、ご無沙汰してますレイさん」
親父の顔見知りなのかよ。だったら最初にそれを言えばいいのに。言ったとしても俺にとっては初見の客なのに変わりはないんだけど。
「シロウズくん?」
中佐も知り合いなのか。俺だけのけものか。『ガンダム』の開発実績のある技術者の親父とジャンク屋で機械いじりしかしていない俺では顔の広さに違いがあるのは仕方がないんだけど。
「シャリアさん、会えてよかった」
さっきまでの感じの悪さはどこへやら。シロウズとかいう男はまっしぐらという言葉を体現するかのようなスピードでシャリア・ブル中佐のところに駆け寄った。
「レイさん、これをうちのボスからあなたに渡すようにと頼まれまして」
シロウズはそう言いながら薄い封筒を懐から取り出し、親父に渡す。
「まさか君、そのためにわざわざここへ?」
中佐が少し抑え気味の声で話す。
「だって、あなたが約束してくれないから」
(約束も取り付けられないんじゃそれはもう振られたも同然だろ)
そう思った俺の感情が外に漏れでたのだろうか。シロウズは俺を振り返ると殺気のこもった視線を前髪の隙間から寄越した。
(ジャンク屋風情が、黙っていろ)
目の前に稲妻のような閃光が走る。
俺は呆然とした。クラバでモビルスーツ戦をやっているときにたまに起こる感覚じゃないか。
「シロウズくん、どうかしましたか?」
中佐の言葉にシロウズは我に帰ったようだ。すぐに視線を戻す。
「あと、僕も一度レイさんのガレージを見てみたかったので」
そういいながらシロウズは中佐の腰に手を添えた。
「!」
完全にわざとだ。シロウズは俺に見せつけるように中佐の腰を抱いている。中佐はそのことに気がついていないはずないけど、普通に振舞っている。どうしてされるがままなんですか中佐!
(彼はお前が近寄っていい人じゃない)
ニュータイプでない俺にも分かった。人の心を読むということを。
(
……中佐は俺にマグネットコーティングしてくれたし)
(何だと)
そんな俺たちを尻目に、中佐はするりとシロウズの腕から抜け出した。俺の方に向かって言う。少し眉を下げて、困ったような表情だ。
「アムロくん、次の赴任地に移動することになりまして、私はこのサイドを離れなくてはなりません。しばらくこのお店にも来られなくなります。結局レイさんには首を縦に振ってもらえなくて、残念です。でもアムロくん、軽キャノンのデータはよかったらこれからも送ってくださいね?」
*
ぷんすか。今のシロウズの様子を言葉で表すとしたらこれだろう。シャリアはなだめるようにシロウズを見ている。
「どうしたんですか、シロウズくんらしくないですよ」
テム・レイの店を辞して、大通りに出てから二人はタクシーを拾った。その車中である。
「あなたね
……まさか気がついてないわけではないだろう? あの男は」
「ニュータイプ、ですよね。分かっていますよ」
シロウズは言葉を詰まらせた。そこじゃない。ニュータイプなのはクラバの映像をみただけでも分かる。でも今重要なのは。
後部座席で並んで座った連れの視線を感じて、シロウズは黙った。すぐ横にシャリアがいる。嬉しい。
シロウズの気持ちを察したシャリアが内心ホッとしているのを感じる。ああもう、そうじゃなくて!
(あの男明らかにシャリアにのぼせてただろう。なのに
……もしかして
……シャリアは気がついていないのか?)
改めてシャリアの顔を見る。シャリアも自分に会えたのが嬉しいらしい。シャリアの膝に手をのせると、シャリアが自分の手をのせ返す。密室とは言え公共の交通機関。あまりいちゃいちゃするのはよくないだろう。しかしニュータイプ同士であればただ触れ合うだけでも充分なのだ。
「アムロくんはかなり優秀です。でも、結局レイさんのお許しを得られませんでした」
そんな風に言うシャリアの顔をシロウズはまじまじと見つめた。シャリアは特に読心に秀でたニュータイプなのにアムロの恋心に気がついていないというのか。
(そういえばこの男は「自分に対する好意」にはとことん鈍いのだった)
思えば5年前からそうだった。
「かなり粘ったんですけどね。まあ、テムさんともどもアナハイムに取られるのだけは阻止したので、それでよしとしますよ」
そう言って微笑むシャリアの目を見てシロウズは思った。これを至近距離で浴びたら、ニュータイプの素養の有無に関わらずひとたまりもないだろう。自分自身5年間魅了されているのだ。
5年前。シロウズは『
刻』を見た。
自分が見た刻の中、幾度となくシャリアの命を奪ったのが彼
――アムロ・レイだった。
(ここのアムロはだいぶ無害そうだが、それでも用心するにこしたことはないからな)
すぐ横に座るシャリアの体温を感じながら、シロウズはあれやこれやと考えた。
「ところで、中佐。今日のこれからの予定は?」
「さっきソドンに連絡を入れておきました。少しだけ時間が取れましたよ」
「あなたが『約束』をくれないから、こんな風に突発的なデートしかできない」
「仕方がないですよ。今は、ね」
ともあれふたりは、短い逢瀬を楽しむことになったのだった。
了
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