「今日はお店、お休みなんですね」
自宅の
住居兼店舗を出るところで声をかけられた。たまに親父のところに仕事でやってくるシャリア・ブル中佐だ。ジオン軍人だが、軍服を着ていてはここのコロニーの中は歩けないので、スーツを着ている姿しか見たことはない。今日はトレンチコートを羽織っている。
「どうも、ご用でしたらどうぞ
……あ、でも親父いま出てます」
ここだけの話だが、彼を目の前にすると少し緊張する。
「そうですか。でも、ちょうどよかったかもしれない。上がっても?」
両親はもう随分長いこと別居していて、うちは男所帯だ。想像してもらった通りに散らかっている。最近はちょっとずつものを片付けるようになった。とはいえジャンク屋稼業をやっていたら、整理整頓にも限度ってものがある。悲しいことに。
「どうぞどうぞ。あ、でもコーヒーか、水くらいしかなかったかな」
来客スペースを兼ねた事務室
――ということになっている部屋に彼を通す。いつ見ても折り目正しくスーツを着ていて、ブランドはわからないけどちゃんとしたネクタイを締めている。そんな彼が入ってくると、そこに顕現するのはまさに掃き溜めに鶴。浮いているといえば浮いているが、彼自身がそのことをちっとも気にしてないのが面白くもある。ソファーを薦めたら、彼は優雅に
――そう、優雅としか形容しようのない所作で、カバーをかけてボロくなったのをごまかしている合皮のソファーに座った。
「ちょうどよかったって
……親父に用があったんじゃないんですか?」
彼は少し眉を下げて困ったような顔をしている。そんな顔をされると、なぜだか分からないけどなんとも落ち着かない気持ちになる。
でも不快なのではない。
「いえね、いつも振られてばかりで、いい加減いやがられてるんじゃないかと。でも一度君と話してみたかったんですよ」
彼は軍で仕事をしている人だけど、あまり軍人らしくない。俺が知っている軍人は粗野で、人の話を聞かず、自分たちの都合しか考えない。彼の人となりはそれとは全然違うものだ。もしかしたら俺の知っている軍人が偏っているのかもしれないが。
「水はけっこう。コーヒーもです。知っているかもしれませんが、仕事柄饗応はお断りしなければならないのです。お気持ちは嬉しいのですが」
そういって、心底済まなそうに、柔らかく微笑む。そんな彼の笑顔はとても印象的だ。でも思ったより笑っていることは少ない。
「俺
……僕に話ですか?」
彼はここに来るときはいつも親父に用があって、でも守秘義務というのがあるから何をしにきているのかは知らない。技術者とか軍人とか公務員とか、仕事をしてる人たちというのはそういうものだ。俺だってここで親父の手伝いという立派な仕事をしているけど、勤め人の苦労は知らないし、一人前とは言い難いかな。
親父をスカウトしに来ているのは、なんとなく分かっている。身内の自分がいうのもなんだけど、親父はそれなりに功績のある技術者で、ジャンク屋をやっていても彼のようにヘッドハンティングにくる人がいるのだ。
「ええ。でもせっかくの休日だったのでしょう? 申し訳ないな」
「いえ、この仕事をしてると休日なんてあってなしがごとしですし、逆にいうと空いてる時に休みになったりもするので気にすることは
――」
「そうですか」
そうか、分かった。この人を目の前にすると、ドキドキするんだ。緊張といえば緊張だけど、一般的な意味での緊張とはちょっと違うかもしれない。
どうしてだろう?
「私の仕事のことはご存知ですか?」
もちろん知っている。シャリア・ブル中佐といえば知らぬものはいない、先の戦争のエースパイロットだ。搭乗していたのはモビルスーツではなくてモビルアーマーだけど、それも彼の特別さを醸成している要素だと思う。戦争の最中に量産されていたビグ・ザムではない。彼が乗っていたキケロガはニュータイプ専用機なのだ。
『ニュータイプなんてジオンのプロパガンダだ』という人は多いし、俺も実感としてはよく分からないんだけど。
しかし今の彼の仕事はモビルアーマー乗りではない。
「確か
……行方不明になったシャア大佐を探しているんですよね」
「ええ」
そういって彼は視線を外した。その視線ははるか遠くへと向けられている。彼はたまにこういう表情をする。こういう表情をする人を他で見たことはない。あえていうなら映画やドラマの中で見たことがある気がする。そういうのは演技をしている偽物の気持ちだ。彼は違う。彼のそれは、なんだか生々しい。ときに、目を離せないほど。
彼が視線を外していたのは瞬きするほどの間で、すぐに視線を戻すとほんの少し前まで湛えていた物憂げな表情がまるでなかったかのように、あくまで明るく話しかけてきた。
「君は、クランバトルで目覚ましい成績をおさめていたとか。引退したとはもったいないですね」
「ああ
――」
その話か。確かに今はクランバトルはしていない。そのことについてはたまに人に聞かれる。この人もそんな俗っぽいことに興味を持つのか。いや、彼は軍人なのだから、モビルスーツを使った見世物を快く思っていないのかもしれない。
「いえ、違うんですよ。私が聞きたいのは、君が搭乗していたモビルスーツのことです。仕事柄ね、気になるんですよ」
その時少し感じた違和感を、俺は無視してしまった。
それからしばらくの間、自分が乗ったことがあるモビルスーツについて彼と語らった。彼は聞き手としても素晴らしい人で、自分が今までに乗った様々なモビルスーツの、忘れかけていた瑣末な出来事まで思い出し、色々なことを話してしまった。気がつくと外が暗くなっている。
「今日はありがとう。君の休日を私に付き合わせてしまって申し訳なかった」
「いえ、本当に気にしないでください」
彼とこれで別れてしまうのは寂しかった。
寂しい。
そうか、もっと一緒にいたいのだ。でもなぜだろう。彼に対する自分の感情は自分でも分からないことだらけだ。
「次に来るときは、レイさんの予定をちゃんと確認してからにしますよ。ではご機嫌よう」
*
「それで、話を聞くだけ聞いて帰ってきたんですか?」
「ええ、実に有意義な午後でした」
普通の人には分かりにくいかもしれないけれど、自身がニュータイプだからだろうか、シャリア・ブル中佐の機嫌がいいのがエグザベ・オリベ少尉には分かった。
「赤いガンダムのね、いえ、そのときはまだ赤くなかったんですけど、RX-78-02のテストパイロットをしていたそうです、彼は。非公式でね」
開発者が開発中の機体にこっそり息子を乗せていたというのである。ジオンでそんなことをしていたら軍法会議ものだ。いや、連邦でだってそうだろう。
「めちゃくちゃな話ですね」
「そんな機体を盗んでいった大佐も相当めちゃくちゃですけどね。大佐のマヴだった私に対しても友好的なんですから、連邦の人たちは思ったよりフランクなんですねぇ」
面白そうにシャリアは言っているが
――
(そいつが友好的な理由はそういうのではないのでは? この人ニュータイプなのに、妙に鈍いときがあるんだよなあ)
エグザベはそんなことを思ったが、口には出さなかった。シャリアの話は続いている。
「まあ、普通にニュータイプでしたよ、アムロくん」
了
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「きみがほしい」
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