はりぼて自家発電所
2025-06-07 00:14:16
11149文字
Public カイオエ短編
 

友達がいないと思ってた恋人に友達がいた

ファタリタのその後、オエの死に友達(?)が生きてたら嬉しい。カイオエです。イベストとオーエンカドストのネタバレを含みます。




 愛おしい人の骸を魔道具にして、ハイネは西の国に来ていた。

 賢者の魔法使いに祝福を受けてから数十年、花嫁の後を追い死にたくても死にきれなかった。憎しみに変わるはずだった感情は、月の心臓が実るのを待つ間に正しい感情へと昇華した。そして、穏やかに死を待つハイネの前に、生前の姿で現れた娘は、月の心臓を一口齧るとこちらに差し出してきた。

 生きて欲しい。

 そう言われたような気がしたが、それは夢かまぼろしだった。重い瞼を開けると、腹の虫が鳴った。
 命の終わりを養分に実る果実はもうないし、作ることも不可能だ。暴食の北の魔法使いに戻れたら、いくらでも作れただろうけれど。あれは不死の魔法使いだからこそ起こせた奇跡だ。心臓をもたない、性悪な魔法使い。その彼が誰も犠牲にしない方法で実らせたからこそ、あれは美しかった。

 そんな性悪の魔法使い、オーエンが、昔ハイネに北の国で生き残る方法を教えた。
 ハイネは死にたかったのだろうか。
 だから、あの言葉に従わなかったのだろうか。

 いいや、拒絶したのは心だ。ハイネは己の心に従ったに過ぎない。
 死ねない間、オーエンの言葉について考えていた。北の国では、弱い奴から死んでいく。ティナが死んで食事も喉を通らなくなったのなら、己は死ぬ運命だったはずだ。
 愛なんて、バカバカしい。
 オーエンの言葉は心地が良かった。
 憎しみでなければならなかった。
 復讐でなければ、分け合うなんて行為を許せなかった。

 だけど、ハイネは長い間彼女のことだけ考えているうちに、分け合う理由なんてどうでも良くなった。ただ目的を果たせればよくて、果たせないなら、そのまま石になったってよかった。

 もう、どうだっていい。
 そう思い始めたころ、死に際に現れた、ハイネの願いを叶える、賢者の魔法使いたち。その中に、オーエンがいたのは奇跡だった。
 あの日オーエンが居なければ実らなかった果実。
 あの日、オーエンに奪われなければ、ハイネは自分の気持ちも分からないまま、虚しく石になっていたのかもしれない。憐れな娘の言葉を、そのまま受け取ることもできないまま。

 あの時奪われた月の心臓。
 その代わりに得た北の矜恃。
 そして、愛しい娘の亡骸が、今ハイネを生かしている。食べることしかやることがなかったハイネの人生は、彼女の亡骸と共にあるだけで、たまに夢の中で話ができるだけで、色づいたように思えた。
 そして、歩けない彼女を背負って、色んな世界を見せてやる。どこまでも、どこまでも。
 彼女を食べてしまわなくて良かった。
 折角のドレスが汚れずに済んだのだから。







「まさかこんなところで出会えるなんて」

 ハイネに声をかけたのはラスティカだった。あの時はいなかったクロエという魔法使いと一緒にいて、勝手にハイネをオーエンの友人だと紹介した。
 面食らっているうちに、今はティナと一緒に旅をしていることを話していて、会わせてやれば二人ともまだ彼女が生きているかのように話しかけてくる。

 それから、クロエがドレスを直してくれると言いだして、ついでのように魔法舎に招待された。オーエンも会いたがっているなんて誘い文句に首を傾げながらも、なんとなく無下にも出来ずについて行く。

 オーエンと仲良くなりたいからコツを教えてくれとしつこく聞いてくる二人にうんざりした。
 魔法舎につくと、案の定、会いたいとは欠片も思ってなさそうなオーエンがいた。こいつらをどうにかしろと言ったらめちゃくちゃ嫌そうな顔をされて逃げられた。

 ラスティカとクロエだけでなく、魔法舎の魔法使いは変わっていた。見知らぬ魔法使い相手に気さくに話しかけてくる。久しぶりだと肩を叩かれた時は攻撃を受けたと思って殺気立ってしまった。それがカインだった。

 カインは良い奴だった。左目がオーエンのものだったから、てっきり恋人なんだろうと思った。
 因縁だなんだと理由をつけているけれど、北の魔法使いが己の体の一部を分け与えているなんてただ事では無い。オーエンは心臓を隠しているから、問題は特にないのだろうけど、それでもハイネは知っている。
 分け合うことは、愛だ。約束にも等しい行為。北の魔法使いなら、自覚するのも、他人に知られるのも拒絶するだろう。
 けれどそれは祝福されるべきものだ。
 賢者の魔法使いたちが、そうしてくれたように。

「俺、オーエンには友達いないと思ってたからさ、驚いたよ。あいつは否定してたけど、俺は、そう思う」

 カインの表情は複雑だった。
 ハイネにとっても、オーエンは友達なんかでは決してない。けれど、彼に恩を感じていない訳では無い。
 命とは、心臓。心臓とは、心だ。
 胸にその心臓が入っていないことは普通じゃない。オーエン自身が軽い扱うのに、周りが重く受け止めるのは、違うけれど、それでも命とは本来重いものなのだ。

 だからこそ、周囲がハイネとオーエンを友人と評するのは不思議なことでは無い。彼はハイネに己の命を与えたのだ。
 ハイネが、カインとオーエンが恋人だと思うのと同じように。

……友人とは言わない。オーエンに恨みを持ったやつに殺されたくはないからな」

 もしそうなら、光栄かもしれない。あのオーエンに祝福を受けた自覚はある。死に近い場所にいたからからもしれない。あるいは、死にたくても死ねなかった経験があるハイネは、不死の地獄を理解した。
 オーエンに今後、死にたくなるような状況が訪れないとは限らない。ハイネだって思ってなかった。恋人がいるならなおさらだ。
 オーエンが目玉を与えたなら、カインを守れるのかもしれないけれど。とはいえ目の前の魔法使いは、守られるより守りたがりそうな男だった。
 さすがにオーエンを守るなんて馬鹿な考えはしないだろうけれど。

「あの人間は気をつけた方がいいな。賢者とはいえ、オーエンがあからさまに仲を見せつけていた。真っ先に狙われて殺されてもおかしくない」
「え!? あいつ……! ……よく、言っとくよ。教えてくれてありがとう」
「あんまり怒ってやるな。あんたは大事にされてる……と思う。どうでもいい奴と思ってるやつほど、大事そうに扱う。そして裏切る。そういうやつだ」

 カインは目を見開いて、ハイネの言葉を聞いていた。

「そうか……。やっぱり、あんた達は良い友人だ」

 そうなのか、とハイネは思った。
 けれど、それならなおさら、そうだと絶対に言わない。
 孤高の存在であるオーエンは美しい魔法使いだ。憧れが無いわけじゃない。だけど、そのままでいてこそだなんて思えない。オーエンが居なかったら、ハイネには唯一の存在と共にいる時間は訪れなかっただろう。
 あの果実を分け合ったとして、いつかハイネは地獄に落ちる。綺麗な場所にいるはずの彼女の元には、どうしたって行けない。それでもいい。ハイネはそれで納得している。納得するしかないほどのことをしてきた。

 だけど、オーエンは性悪で、感情が死んでいて、何度だって死ねるけれど、ハイネのように無差別に殺しを行ってきたような雰囲気はしなかった。
 なのに、オーエンは地獄の番犬であるケルベロスを連れている。彼はどうやって地獄を知ったのだろうか。

……地獄を味わって、それでも死ねずに帰ってきた時、俺にはティナがいた。死んで骨になっていたが、それでも俺には分不相応なほどの存在だった」
「分不相応……
「そうだ。悪い魔法使いに、あんたみたいなのは分不相応だと思わないわけがない。……意味がわかるか」

 カインは、傷ついたような顔をしていた。
 そんなことないのに。そう言って涙をこぼした、己の花嫁の亡骸が、夢に出てきたことがあったのを思いだした。

「俺の心は、ティナに守られていた。それに気づけたのは、オーエンの言葉をずっと考えていたからだ」
「オーエンの言葉を……
「あいつの言葉は心を蝕む。だが、虚ろだった俺の心はあいつの言葉に生かされていた。あいつは常に自分の言葉に蝕まれながら生きている。強くもあるが、脆くもある。ティナはいないと俺の心が言ったなら、俺は今頃ここにはいない。俺には、オーエンがなぜ独りで立っていられるのか分からない」

 カインがオーエンを守る存在であればも、僅かでも願うのは、間違っているのだろうか。ハイネは開きかけた口を閉じる。これは彼に対する侮辱になるのだろうか。北の魔法使いとしての生き方は、オーエンに教わった。美しくて残酷な生き方だった。
 オーエンはハイネに同情しなかった。それは北の魔法使いとしてのハイネを傷つけなかったし、敬意ですらあった。
 それを捨てたのはハイネ自身で、オーエンはつまらないと言い捨てながらも、月の心臓を投げて寄こした。ついでのように向けられた彼の祝福も、ハイネは聴き逃しはしなかった。数十年経った今でも、覚えている程に。

 なのに、彼のようにうまくできない。
 北の魔法使いオーエンは、今のハイネにとって遠すぎる存在だった。出会い頭に嫌な顔をされた時、思い知った。大切な亡骸とともに生きるハイネのことなど、オーエンはもう、興味がないのだ。

「大丈夫だ。分かってる」

 そんなハイネに、安心しろとでも言うようにカインは力強く頷く。

「あいつを守る。隠し事は嫌いだが、それがあいつを守るために必要なことなら、俺も言わない。魔法使いであることも隠してきたんだ。それは俺を守るためのお袋の言葉だったけど……誰かを守るための方が、性に合ってる。大丈夫だ」

 大丈夫。
 カインのその言葉は、まるで魔法のようだった。

「ああ……。オーエンによろしく言っといてくれ」
「会わなくていいのか?」
「いい。友達じゃないからな」

 それは、オーエンと心の友人でいるための言葉でもあった。







 オーエンは、ドレスを纏った骸骨を背負って去っていく大きな背中をぼんやりと眺めていた。

「気になるなら、会っておけば良かったのに」
「嫌」

 きっぱりと言い放つ割に、オーエンはハイネの姿が見えなくなるまで見送っていた。

「馬鹿なやつ。喋りもしない骸骨を連れ歩いてなんになるんだか。死んでるからまだいいけど」

 誓いが途切れる前に相手を殺せばいいと言っていたのを思い出して、カインは苦笑いする。殺されたくないので、オーエンからの言葉は諦めるしかない。その分オーエンの態度は言葉よりも幾分か素直なのだけれど。

「そういえば、賢者様に聞いたぞ。北の国で、愛を確かめ合うしきたりの話」
「それがなに?」
「俺なら、相手を連れてそこから逃げるよ」

 オーエンがこちらを見た。鏡合わせの瞳が、漸くカインを映す。

「そう言ったら、あんたも同じこと言ってたって」
「もしもの話だよ。そもそもそんな相手は存在しない」
「酷いな、俺は?」
「なあに、連れ去られたいの?」
「いや、俺は連れ去りたい方かな。助けを待つのは性にあわない」
……

 長い間、助けを待っていたというオーエンが、形のいい眉を潜めた。オーエンには、昔の記憶がない。だけど、きっと心は覚えてる。正義の騎士が来てくれると信じている子供が、あの地下にまだ置き去りにされたままのこと。
 だから、聞き方によってはらしくなく聞こえる言葉を紡ぐことがある。

 オーエンが閉じ込められていたのは、1000年も昔の話。存在すらしていないカインには、どう足掻いても迎えに行ってやることができない。だから、オーエンは自分で自分を助けに行くしかない。騎士ではない。悪い魔法使いの自分。泣いて嫌がられると知っていても、むりやり攫っていかないと、小さなオーエンは、ずっとあのまま、冷たく濡れている地下にいる。
 ただ、オーエンに記憶がないのなら、都合のいい夢だって見れる。

「俺に、その役目をくれないか」
 
 青白い肌に、うっすらと朱が差した気がした。
 自分の顔が熱くなったことを誤魔化したかったのか、さっきまで死んでいたから、などと、なにも言ってないのに言い訳を始める。だけど、オーエンは死んだ後、かなり大人しい。弱々しくて、悪口を言われて喜んだりする。
 だから、その細い体を引き寄せて、抱きしめた。
 驚いて離れようとするオーエンをことさら強く抱きしめて、悪口の代わりに意地悪を言ってやる。

「生き返ったばかりなんだろう? 大人しくしろ。それとも死んでたのは嘘なのか?」

 ぎくり、とオーエンは固まって、大人しくなった。大人しくはなったが、いつもみたいに悪口を言われたがらないのは気分が良かった。オーエンは天邪鬼だけど、嘘が下手で、演技が下手だった。

「なあ、オーエン。俺が、おまえを攫いに行ってもいいか。悪い魔法使いに、奪われる前に」

 オーエンは身動ぎした。そして恐る恐る、カインの背に腕を回した。

「意味がわからない。けど、……いいよ。しょうがないから、譲ってあげる。正義の味方みたいにされたら、吐きそうだし」
「口が減らないな……

 体を離して、その減らず口を塞いだ。
 いつまで経っても触れ合いに慣れないのか、ぎこちないオーエンが愛おしい。大切なものを作ることを、北の魔法使いとしての本能が拒絶しているのだ。
 分かっているから、ゆっくりと、少しずつ慣れてもらう。急がなくていい。ずっと一緒にいるのだから、これがちょうどいい速度。

 言葉はまだ、交わさない。カインがオーエンに守られる側でいるうちは。
 自信を持って、オーエンを守れるようになったその時に、言いたい。



 愛してる。