【NO NAME/NO HERO】

シナリオネタバレなし

すみわか自陣if
画家のアサヒと■■のヒロ
ちょびっとソウカンも




「弟子候補?」


 怪訝な顔で、ボクは客人の顔を見た。机を挟んだ対面で紅茶を飲む蒼髪の男は、カミカゼ ソウゲツ。彼の隣で居心地悪そうに向日葵色の目を泳がせるのは、ソウゲツの恋人であるタイショウ カンジ。この二人はボクとヒロの幼馴染であり、何かと付き合いがある友人である。

 定期的に開いている茶会、または生存確認を行う集会。ボクのアトリエから離れた二人の家で開催されるそこで、ソウゲツは茶封筒を机に置き人を紹介すると言い出した。関西訛りで同意するカンジを見て、恐らく言い出したのはそちらなのだろうと察する。


「数人用意したから、日替わりで招くと良い。全員しっかり美術大学での成績は優秀、オマエの世話係としても使える筈だ」

「必要ないね」

「でもなモモ、最近ホンマに顔色悪いで」

「生活はできてるし、作品も描けてる。なら問題ある?」

「モモ……


 心配と哀愁を混ぜた、そんな表情でボクを見るカンジ。彼にそんな顔をさせるなと言わんばかりに視線を鋭くさせるソウゲツを、クッキーを摘み上げながら無視する。

 好意を無下にする罪悪感はあるが、自分に弟子を取れる余裕はない。何よりあのアトリエに、あの幻覚に誰かが気付くのは避けたいのだ。あの絵画のことは目の前の二人にも話していない。そもそも誰にも見せてすらいないのだ。


「今のアサヒを見たら、ヒロは哀しむぞ」


 ガチャンッッ!


 ソウゲツの発言直後、自分の両手が机を叩いたことを認識するのにやや間が空いた。食器が揺れる余韻が、室内に虚しく響く。俯いていた顔をゆっくり上げれば、二人がそれぞれ対象的な顔で座っていた。酷く痛ましい顔のカンジと、未だに冷静な真顔のソウゲツ。

 ああ、こんな時にヒロがいれば。


……今日は帰る」


 手荷物をまとめ、コートに袖を通す。本格的に冷えてきた時期の外を、これ無しで歩くのは身体に悪い。まだ何か言いたげにするカンジを、ソウゲツが制するのが視界の端に写った。だからと言って、ボクは行動を変えない。


「紅茶とお菓子、ご馳走様」


 最後にそう告げて、ボクは部屋を後にした。刹那に求めた過去の幸福は、心を内側から腐らせていく。今は失われた、もう手に入らないかもしれない遺物。歯を食いしばり、あの幻覚に縋りそうになるのを抑えた。


「ッ、モモ!」


 部屋を飛び出してきたカンジが、ボクのコートを片手で掴む。強く握り締められ動けなくなり、ジロリと彼へ視線を向けた。彼のもう片手には、茶封筒が存在する。それをボクの胸へと押し付け、彼はまっすぐボクの目を見て話し始めた。


「頼む、これは持って帰ってくれ。捨ててもかまわんから、見るだけでもいいから」


 震える手が、彼の善意と勇気を伝えてくる。遅れて現れた蒼色が、珍しく懇願の色を乗せた目でボクを見つめた。長い沈黙の後、ボクはそれを受け取る。根比べに負けたボクを、向日葵色は安堵したように見やった。

 カンジの瞳が、ソウゲツの言葉が、どうしようもなくヒロを思い出させる。それはボクを忘却から遠ざける幸福と同時に、永遠のように長い苦しみを語るようだった。