巨大な窓から射し込む、太陽の強い輝き。それに照らされたキャンパスには、未だ何も描かれていない。並んだ鮮やかな絵の具から、素材の香りが漂ってくる。ここはモモカワ アサヒ……芸術家『モモ』であるボクのアトリエ。
木の椅子に座れば、「おはよ」と声が聞こえた。視線を横へ向ければ、茶髪の男。逆十字を宿らせた紫水晶の瞳を細め、頬杖をついて軽く首を傾けた。
「アサヒ、今日は何を描くんだ?」
彼は笑う。他者を気遣い、ボクへの愛おしさを隠さない。優しく慈悲深い、聖人のように無邪気な色彩。
ボクは何も答えず、無言のまま筆を持った。意識をキャンパスに集中させ、未だに話す彼の声を無視する。絵の具をパレットに乗せ、思うがままに白を鮮やかに彩った。
「そろそろ秋も終わる頃だよな」
筆を振る。
筆を振る。
「昨日はちゃんと飯食ったか?」
筆を振る。
筆を振る。
「身体を冷やしたらダメだぞ」
振ろうとした筆が、手からするりと落ちた。響く雑音は頭痛を引き起こし、集中力をブツリと途切れさせる。黙らせたくて男を睨めば、困ったように眉を下げた。その申し訳無さそうな顔すら、不愉快で不愉快で仕方ない。
男に名は無い。正確に言うと、名を付けていない。此れはボクの友人を自称する絵画、額縁から出てこれない非実在の作品。ボクの処女作であり、永遠の苦痛を象徴する模造品。サクタ ヒロという行方不明の男の贋作。
つまりは、そう。
ただの幻覚だ。
「そんな顔しないでくれよ、アサヒ」
嫌味を吐こうとして、幻覚相手に言葉を紡ぐのを堪える。この男は所詮、精神の異常が引き起こした錯覚だ。ボクの心の弱さが創り出した、彼に似た幻。真面目に相手するのは馬鹿げている。
ある意味恐怖すら感じる呪物だが、誰かに売ろうにもボクの無意識がそれを拒絶する。此れは此処に在るべきだと怒鳴り、誰かに見せることすら止めてしまう程に隔離してしまう。
今日も体内を言い知れぬ色で汚染されながら、必死になって筆を動かす。ボクに語りかける幻聴を無視して、それでも確かな影響を受けて作品を生み出していく。いつか来る、此れを手放す日を待ち望みながら。
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