usagipai
2025-06-02 16:56:02
4744文字
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フィナ、セナ


これは?なに?

神殿の上層、風が抜ける白い回廊の片隅。
星明かりに照らされる柱の影に、フィナとセナが並んで立っていた。
言葉はなく、ただ、空気の振動だけがふたりの間を行き来していた。
「最近さ」と、フィナが口を開いた。
「胸の奥が、なんか、ざわざわするんだよね」
隣に立つセナは、目だけでフィナを見る。返事はない。
「いや、別に痛いとかそういうんじゃないんだけど。なんつーか……寂しいわけじゃないし、悲しいわけでもないけど、でも“あの子”がいないと気になるっていうか。なんでかずっと、見ていたくなるんだよな」
セナは静かに目を伏せた。
フィナの言葉は、自分の中にもある“なにか”を掘り起こしていく。
胸に刺さった針のような感覚。それを触れるたびに、自分が自分でなくなる気がする。
恐ろしいけれど、嫌ではなかった。
「それ、なんなんだろうね?」
フィナがそう問いかけたとき、セナは答えを持たなかった。
ただ、ぽつりとひとことだけ、口から零れた。
……わからない」
それは彼にとって、初めての言葉だった。
計算の届かない感情。知識でも、記憶でもない揺らぎ。

ふたりの天使は顔を見合わせる。
自分たちは“恋をしないように”作られた。
でも、それでも。
「なあセナ、聞いてみようぜ。あの子にさ」
……ひーくんに?」
「うん。あの子、なんか変に真っすぐだからさ。答えてくれるかも」
ひのでは、神殿の外縁にあるテラスにいた。
夜の風に髪をなびかせ、星を見上げている。
何かを考えているようで、でも特に意味なんかないような顔で。

「ひーくんー」

フィナが声をかけると、ひのでは軽く振り返った、そして珍しい来訪者に、少しだけ目を丸くする。
「お前らが揃って来るとか、なんかあったか?」
フィナは足を止めて、まっすぐひのでを見る。
「ねえ、君はジュピター様と恋をして……どうなったの?」
あまりに唐突な問いに、ひのでは目をしばたいた。
……急になんだよ」
「俺たちは、“そういう想い”をしないように作られた。
でも……あの子と一緒にいると、したくなる。
触れたいって思うし、声を聞くと嬉しいし、
目が合うと、なんか胸が――変になる」
風が一度、静かになる。
その沈黙に、ひのではゆっくりと目を伏せた。
ジュピターから天使たちの話は、少しだけ聞いていた。
でもこんなふうに、“そう作られていた”とは知らなかった。

「恋に落ちたら……どうなっちゃうんだろうね」
フィナの声が、消え入りそうに続く。
誰に向けた問いかも分からないような、それでいて確かにひのでに向いている声だった。
ひのでは、困ったように笑った。
しばらく答えを探すように空を見た後で、ぽつりと口を開いた。

「恋をしない……でも、絶対そうとは限らないんじゃねーの?
あのジュピターがお前らの親なんだぜ?
……あいつがそんなに深く考えて“恋を完全に無くす”とか、やると思うか?」
その言い方はあまりにも自然で、現実的だった。
そしてだからこそ、救いのようでもあった。
「恋をしたなら、すればいい。
素直になればいい。それでいいんじゃねーの?」
フィナはしばらく黙って、口の中で何かを転がすようにひのでの言葉を繰り返す。
“素直になればいい”
その響きは、確かに心の奥に届いた。
それを受け取るように、隣のセナと目が合った。
ふたりは同時に、ふっと小さく笑った。
静かな、けれど確かな微笑みだった。
ひのではそれに気づいたようで、肩をすくめる。
……なんだよ、気持ち悪い」
「ありがと、ひーくん」
そう言ったフィナの声は、いつものように明るかったけれど、どこかほんの少しだけ震えていた。
その震えこそが、天使に生まれた最初の“恋”の証だった。

星はまだ、空で瞬いていた。
名前のない気持ちは、静かに、でも確かにふたりの羽を重たくしていた。
それが、誰かを想うということ。
その重みを、彼らは今、知ろうとしている。