九条空
2025-06-01 00:00:00
7497文字
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爆風ヴィラン・D.E.T.O.N.A.T.E.後編


確実に爆死したと思ったが、俺の意識は続いていた。

事態は目まぐるしく変化した。
和解が可能かと思われたD.E.T.O.N.A.T.E.デトネイトは突如自爆したが、爆発しきる前、彼は水に包まれた

人一人を包み込む水球の中で、爆発は起きた。
水の中で鈍くくぐもった爆発音がうなり、泡が弾けるように飛沫が舞った。

衝撃波は水球を突き破ることができず、内部で濁流となり、バラバラになったD.E.T.O.N.A.T.E.の体の破片をかきまぜた。
やがて水球は溶け、あたりに水が流れていく。
D.E.T.O.N.A.T.E.の肉片も一緒に流されていく――拾い集めなければ。

D.E.T.O.N.A.T.E.に突き飛ばされ尻もちをついていたが、おもむろに立ち上がる。
死ぬような傷は何度も経験してきたが、爆死はまだだ。慣れていない。怖かった。だからトラウマなんだって。死んだ母を思い出す。

D.E.T.O.N.A.T.E.の肉片が母に見える。似ても似つかないガリガリの男だったのに。
肉片になってしまえば皆同じだ。あのとき見た肉片も母じゃなかったのだろうか。そうだったらいいのに。

しばらく呆然としてしまった。しっかりしろ、俺。
喉元までせりあがってくる胃液を飲み込んで、一歩踏み出す。

後ろから肩を叩かれ、心臓が飛び上がる。
振り向けば、眼鏡をかけた長身の男が気さくそうに手を振ってきた。

「危なかったわね〜。アタシがいなかったら木っ端微塵よ?」
……あ!? 澪!?」

知らない男の顔から、知っている声がした。
水が出てきた時点でもしやと思っていたが、D.E.T.O.N.A.T.E.の爆発から俺を守ってくれたのは澪だったようだ。

「ハァイ、お元気? ごめんなさいね、実はちょっと尾行してたの。アタシが依頼を受けたように、祈を殺しにくるヴィランがいると思って」

眼鏡を外しながらウインクしたその姿は様になっていた。

「ヒーローっぽ〜い」
「うふふ。早速褒められちゃったわね♡」

スライム娘のような液状ではない、普通の人間だ。
なんならモデルでもやってそうな、長身の男に見える。
まつ毛長。下まつげまでバッチバチだ。

「それが素顔なんだっけ?」

ライデンがフラックスを撃破した際、液状から人間に戻っているのは目撃したが、うつ伏せだったので背の高い男であることしか認識していなかった。
澪は頬に手を当て、たおやかに微笑んだ。
仕草が女性的なのは、男性になっていても変わらないようである。

「祈だから特別に見せてるのよ〜? あんまり好きじゃないのよね、この姿」
「全然、美形の範疇だと思うけど」
「ありがと。美的センスは人それぞれよね」

え、俺がB専ってこと?
無自覚だったが、美的感覚狂ってんのか? 実は幸也もあんまイケメンじゃない?
てことは俺もあんまり美少女じゃない? あれぇ?
澪は肩をすくめた。

「フラックスの方が芸術的でしょ?」
「あ〜。比較対象がそれだとな。唯一無二だし、人間には越えられねえわ」
「うふふ! これだから好きよ、祈」

性別あやふや、倫理観もあやふやな俺と澪だが、美的センスも割と近いらしい。
人間よりもな、人外の方がな。うん、いいよな。

「しっかし、流石に自爆するとは思ってなかったからビビったわ」

D.E.T.O.N.A.T.E.との交渉は失敗に終わった。
命乞い、結構うまく言っていると思ったんだけどな。

しかし爆発する寸前のあの感じ、爆発したのは彼の意思ではないような雰囲気があった。
澪は眉を下げ「かわいそうに」と俺に同情した。

「D.E.T.O.N.A.T.E.に絡まれるなんてサイアクね。友達になりたくないヴィラン第1位よ」
「大分イカレてたしなあ」

あんな喋り方だ、基本的に言葉は通じないだろう。
ここは日本だし、英語ができるやつは限られている。
聞き取れたとしても、表現がかなり詩的だった。
頭文字で会話するのはしんどすぎるし、そもそもそうしなきゃいけないと気づける奴がどれだけいるのか。

「能力もサイアクなのよ。いつも自爆するんだから」
「いつも?」

てっきりあれで死んだと思ったのだが、あれをいつもやっているということは生きているということか。不死身?

「祈とは違う性質ね。パズルのピースみたいに、特定の部品として体を分解できるんだと思うの。切れ込みの入ってるところからならバラバラになれる。伝わるかしら?」
……じゃあアイツ、バラバラに吹き飛びはしたけど、後でもっかいくっついて出てくるってこと?」
「そう。キモいわよね」
「バラバラになるとき、痛みあんのかな」
「どうかしらね。アタシはアイツの真顔以外見たことないわよ」

D.E.T.O.N.A.T.E.の驚き顔を早速見れた俺はラッキーってことでいいんか。

「爆発と分解は性質の違う能力だから、アタシはアイツの能力を分解が本命だと思ってるの。体の中にただの爆弾を仕込んで爆破、自分ごとバラバラになってる、バラバラになれるだけの人間」

たしかに、俺はあの時D.E.T.O.N.A.T.E.の体表に走る線を見た。
内側からなにかが光り、体の隙間からその光がもれているような感じだった。
体内の爆弾が爆発したというのなら、そうなのだろう。

「爆発を操れるから爆弾魔になったんじゃなくて、爆発に耐えられるから爆弾魔になったのなら、大分キモいわ。爆破されるのが好きな変態、露出狂と同じジャンル」
……なっほどねえ」

もしD.E.T.O.N.A.T.E.の上役が、ヴィランたちをまとめるデルタなのだとしたら――クッソ胸糞悪い予感がするぞ。

人間を動く時限爆弾にしてやがる。

まだ憶測にすぎない。
彼が望んでやっているのかもしれない。
だがあの爆発がD.E.T.O.N.A.T.E.の意思でないとすれば、爆破スイッチを持っているのはD.E.T.O.N.A.T.E.ではなくデルタの方だ。
ならば責任もあちらにあるのではないか。
運び屋やってる時点で同罪か。だが、後半見せたあの葛藤は本物だった。

俺の手を振り払って胸元を握りしめたのは体の中に爆弾があることを思い出したからで、最後に俺を突き飛ばしたのは俺を殺したくなかったからのはずだ。

救いようのない極悪人というわけではなさそうだ、というのが俺の見解である。
D.E.T.O.N.A.T.E.への印象が最悪らしい澪に、わざわざ言うまでもないか。少なくとも今は。
俺もまだD.E.T.O.N.A.T.E.を測りかねている。

澪が被害を最小に留めたとはいえ、あれだけの大爆発が起きたのだ。

音や振動もそれなりにあった。
しかし被害といえばちょっぴり広場がびしょびしょになったくらい、というのが澪の優秀さを物語る。
D.E.T.O.N.A.T.E.は逃がしてしまったようだが、そもそも澪は彼を嫌っていそうだったので、わざわざ引き止めなかったのだろう。

ヴィランがいればヒーローもやってくる。

ライデンは足が速く、雪狐は地面を凍らせ滑って移動し、インフェルナは空を飛ぶ。
フラックスならば水道管を流れてくるのだろう。
だから往々にして、警察や消防より先んじて現場に到着する。

俺はこの男の顔を見ても澪、つまりフラックスとは認識できなかったが、ライデンは違ったようだ。
一度捕まったのなら顔写真くらい撮られてるか。
そもそも捕縛の際、フラックスを人型に戻したのはライデンだしな。

電撃のようなスピードで駆け抜けてきたライデンは、怪我人がいないと見るや俺の方に来た。

「祈から離れろ、フラックス」

剣呑だった。
これもしかしてヴィランに捕まる一般市民の図?
ごめん、シェアハウスしてる友人との歓談だわ。
ルームメイトがヴィランというのが問題か。

澪は手に持っていた眼鏡のツル、その先端を軽くくわえて眉を下げた。

「嫉妬しちゃうわ。ライデンったら、アタシより祈の方が好きなのね」
「悪いけど今日はあんまりお話ししてる時間がないよ、ないのは時間っていうより俺の心の余裕かな。誰かと話したいなら弁護士を呼ぶかい? 取り調べで役に立つよ。ヒーローである以上冷静で公正を目指してるけど、友人のピンチに心揺らがないならヒーローじゃない」
「うふふ、素敵な友情ね。でも祈はライデンよりアタシの方が好きみたい」

俺に振るなよ。

「俺の気持ちを勝手に決めつけるな。あ〜……いや、まあ難しい話だけど……

澪には既に命を救われている。
ライデンにも何度も助けてもらっているが、今回のは俺が絶対死にたくない爆死だった。
ちょっと恩をデカく感じてもおかしくないよな?

「ちょっと祈!? ぽっと出のヴィランに、付き合いの長いヒーローが友情で負けることある!? いっそのこと洗脳されてるとか言ってほしいんだけど!?」
「敵の幹部に洗脳される展開はエロ同人すぎる」
「あらァ。アタシだったら男女両方やれるし、惚れっぽい上に人生経験豊富♡ って設定があるからそっちの知識も完備してるってことにして竿役やれるわよ。同人に出てくる都合のいいポジションね。液体操作で擬似的な触手もいけるわ。体液操作で普通は出ない体液を出させてあげられるわよ」
「詳しいな」

エロ同人への造形が深く、能力の応用性が凄まじい。
軽く目を伏せ、真剣な顔で澪は続ける。

「マセたこと言っときながら実はウブっていう妄想を膨らませて、フラックスの誘い受けでもいいわね。ライデン×フラックス、オンリー名は漏電ラバーズとかどう?」
「自分への客観視と同人文化への理解がすごい」
「夢は漫画家って時代もあったものよ〜。同人誌しか出したことないけどね」
「読むだけじゃなくて絵も描けんの? 多彩だな」
「くっ……! 確かに俺は絵を描けないけど……!」

どこで対抗しようとしてんだ、ライデン。
エロ同人についての話でちんぷんかんぷんな雰囲気を出していたんだ、無理をするな。

「だァいじょうぶだよライデン、フラックスはこれからヒーローやるんだってさ」
「まさか祈、脱獄犯の言うことそのまま信じたって言わないよね」
「いっぱいおはなししたらわかってくれたわよ♡」

変に含みを持たせないでくれ。
事実なのにヤバそうに聞こえるだろうが。

「理性的に話しましょ♡ アタシだって祈を殺したこと、悪いと思ってるのよ」
……祈、フラックスに殺されたの?」

多弁なライデンが一瞬でも黙ると、異常を察せられる。
あ〜あ、バラすなよ。ライデンは気づいてなかったのに。

「まあまあ、それは置いといて」
「置いとけないから戻してきて」
「溺死させて暗殺したわ。何人ものミュータントを仕留めてきたんだから、こんなかわい子ちゃんくらい余裕よ」

――! お前ライデンに惚れたんじゃなかったんか!?
これはどういうアプローチ!? 人を煽る力どこで使ってんだ!

「だから償いのために、D.E.T.O.N.A.T.E.デトネイトから守ってあげたのよ」

……そういうことだったのか?
わざわざ尾行までしてきた理由がそれとは。
初対面のときにも言ったと思うが、律儀だ。
ああ、それで思い出した。

「言ってなかったか? 俺を殺したのは別に気にしなくていいぜ、許す許す」
「この子は……!」
「あらまあ」

俺の家まで謝りに来た澪に対して、そういや俺は気にしとらんぞと言うのを忘れていたらしい。
急にライデンに惚れたとか言い出すから、そっちの話を聞くのに忙しかったのだ。
平気そうにしてるから気づかなかったが罪悪感とかがあったのか。ヴィランにしては真面目だ。

「それで気が済むならビンタしてやってもいいぞ」
「うふふ、どこを叩いてくれるの?」
「そういう話に持っていくなよ、今は!」

やっぱ真面目じゃねえわこいつ!
やめろ、変な空気になるだろ!

「ライデン、この子デルタに狙われてるのよ。理由は知らないけど、誰かが守ってあげなくちゃ」
「それなら――
「アナタにはできないわ。皆のヒーローだもの」

ライデンの話をさえぎって、澪は続けた。

「目的はデルタを倒して皆を助けることなんでしょう? それを達成できたのなら、デルタに狙われている祈を助けることにもなるわ。つまりアナタはいつも通り活動すればいいの。ライデンがデルタを倒すまでは、アタシが祈のこと守ってあげるわ」
「え、別にいいよ」
「こ〜ら」

澪はドアをノックするように、俺の頭をこつんと突いた。

「目的を果たすまでは、ライデンも恋愛に余裕割けないでしょうしね♡」
「なっほどな、理解した。ライデンがデルタ倒すまで暇だからってことね、いいよ」
「そういうことにしておいてあげる」

話はまとまった。
ライデンもしばらく頭を抱えていたが、ついには納得したようである。

「くっ……! 仕方ない、ちょっとでも変なことしたら懲らしめに行くからね、フラックス! それから俺より祈と仲良くならないでよ!?」
「ぎゃはは! ガキの嫉妬かよ!」
「ガキは誰だよ!」

癇癪起こしたみたいに地団太を踏んでんだから、ガキなのはライデンだろう。

では解散、とは行かなかった。
ぐだぐだしていたので、次のヒーローがやってきてしまった。
炎熱ヒーロー・インフェルナだ。

空を飛んでやってきて、少し離れたところに着地する。
俺たちの顔を順に見ていき、ぽつりと呟いた。

「祈さんに近づく幸也くん以外の男……殺すか……

インフェルナの頭部は、青く燃えていた。
普段は赤い炎だ。青いってことは、いつもより高温なのだろう。
ガスバーナーやガスコンロの火は青い。
たしか2000℃まではいかねえくらいの――あれ、もしかしてこれヤバいか?

澪が俺の耳元に口を寄せ、小さく呟く。

「すごいわね、祈。インフェルナはアナタにぞっこんじゃない」
「すごいだろ。すごいだけだ」

めんどいと言い換えてもいい。
俺の家にもう1人男がいると言ったら、日本は焦土と化すかもしれねえ。

「インフェルナ、落ち着けよ。ライデンも巻き込んじゃうぞ」
……?」
……おい、ライデンも消そうとしてんのか!?」

祈さんに近づく幸也くん以外の男、の中にライデンも入っていたらしい。
ヒーローとかヴィランとか関係ねえんだ。

いけねえ、そういえばインフェルナは一度ヴィランになりかけているのだ。
雪狐とチームアップしてから精神状況がだいぶ安定していたので油断していた。
いつ闇落ちしてもおかしくない。
俺は爆弾処理班の気持ちで、ゆっくり雛を宥めた。

「雛、落ち着いてよく聞けよ。俺はデルタに命を狙われている」
「は? 殺しますか?」
「できるならやってくれ。ライデンはそのデルタを倒そうとしてるし、こっちは俺がデルタに殺されないようにしてくれる護衛。こいつらが俺の近くにいるのが気に入らねえならデルタを倒してくれ。そしたら俺の命は安全になって、男なんざ必要なくなる」
「完璧に理解しました。任せてください。私、祈さんのためならなんでもできますから」

早まったかもしれない。焚きつけ過ぎたか?
なんか大変なことになりますか、これ?
近くで澪がため息ついたのが聞こえた。やっぱやらかしたか?
手遅れかもしれないがフォローしておく。

「ほ、ほどほどにな? 無理するなよ? お前が傷ついたら悲しむのは俺だぜ?」
「女神に勝利と安寧を捧げてみせます」
「もうだいぶ取り返しのつかないところまできてるかもしんねえわ。極まってんな」

このままでは、雛は宗教を始めてしまうかもしれない。創始者的な意味で。
そんでその時祀られているのはおそらく俺だ。なんとか止めなければ。

一方ライデンは、インフェルナに消されそうになったにもかかわらず、別のことを気にかけていた。

「祈が俺の知らないところでいっぱい友達作ってる……
「お前はいつまで俺のママ気分なんだよ。そりゃそうだろ。あとあれだからな? 俺はお前に初めて会ったとき、こっちに出てきたばっかだから友達いなかっただけで、地元には友達いるからな?」

生まれは田舎なのだ。
日本最高峰の大学に通うため、都会に出てきた。
友達をつくる余裕がなかったのは、治療薬を完成させるようと躍起になっているからだ。
俺には時間がねえんだ。遊んでる暇なんかねえ。
焼肉くらいは食いに行くけど。人間飯食わねえと死ぬからな。

インフェルナは頭の炎を揺らがせた。

「地元も焼いてきた方が良いってことですか?」
「インフェルナ、お前働きすぎだよ。帰って寝ろ。寝かしつけてやろうか?」

地元の友達の性別も聞いてないのに……そもそも男だとダメなのはなんでだよ。
そんで幸也がオッケーなのもなんなんだよ。

俺の恋愛対象は女だから近づく女の方がたぶんダメだよ。言わねえけど。
そもそもインフェルナが俺に向けているクソデカ感情が、恋愛にまつわるものなのかもわからない。

インフェルナは頭を火柱にした。
結構高く上がり、俺は思わず見上げてしまった。
わ~、三階くらいに届きそう。

「そんな……! 祈さんがいたら逆に寝れなくなっちゃうので……! ああ、それでも家に来てくれるなら……いやだめだ……今家の汚さが限界を超えている……帰ります……片付けなきゃ……

徐々に火力が下がっていき、いつものインフェルナの顔に戻って来た。まだ青いが。

「お前はいつも頑張りすぎだからな。自分を大切にしろよ」
「うう……! 救世主メシア……!」

恋愛よりもっとヤバめなベクトルに向かっていっている気がする。

インフェルナは頭の炎の色をようやく青から赤に戻し、ライデンと澪に一礼して飛んで帰って行った。
それを見送って、ふう、とため息をつく。

「D.E.T.O.N.A.T.E.が目の前で爆発したときよりヒヤヒヤしたぜ」
「D.E.T.O.N.A.T.E.が目の前で爆発したの!?」

あ、ライデンは知らなかったのか。余計なこと言ったな。



カクヨムで加筆修正したものを連載中です。
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