九条空
2025-06-09 00:00:00
6675文字
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狐巫女・すだま


家に入ろうとしたら、みおに肩を掴まれて止められた。

何、と言おうとする前に、人差し指で唇に触れて来る。
澪は自分の口にも人差し指を立て、しいっとやった。
つまり静かにしろ、喋るな、ということだ。いちいち仕草がキマるなこいつは。

片手を広げ、少し待て、のジェスチャーをした澪は瞬く間に液状になり、消えていった。
そしてすぐに戻ってくる。
人間の男性ではなく、人型の女性体だが液状というフラックスの姿になり、俺に言う。

「アイアン……じゃなかった。仁のお友達が来ているみたい」
「え!? アイツ友達いたの!?」
「友情があるか微妙なところだったけど、害はなさそうな気がしたわ。水道管に潜んで待機してるから、安心しておはなししなさいな。絶対に守ってあげるから♡」
「頼もしすぎるな」

とてつもなくしごできだ。
こういうのをスパダリというのかもしれない。
ときめきを感じないでもないが、これは同じ職場の超優秀な人材を見た時と同じような感覚だ。
かっけ~。あこがれちゃうぜ~。幸也もライデンに対してこんな感じなんかな。

玄関の扉を開け、俺がただいまと言うより先に、訪問者の声が聞こえる。

「じゃから、読むなら新聞でなくはろ~わ~くじゃろ! おぬしずっとヒモやっとって恥ずかしゅうないのか!? もちっとわしが矯正してやろうかのう!?」

のじゃロリだ。見なくてもわかる。
のじゃ口調で喋る幼い女の子が家にいる。うわあ。

リビングに行くと、仁は完全に思い描いた通りの姿でそこにいた。
つまり、眼鏡をかけ、新聞紙を広げ、周りをぐるぐる回りながら説教をしている狐耳の少女を完全に無視している。

鼓膜を硬化して音をカットしているのだろう。
使うところを初めてちゃんと見るのが、俺以外の騒音を遮断するときとは。謎の嫉妬しちゃうぞ。

「なんでここにいるんだ、すだま」
……いのり~!? そりゃこっちのセリフじゃ!」

声をかければ、狐耳の少女は俺を見た。そして俺の名前を呼ぶ。
そうだ、知り合いだ。
俺はのじゃロリ狐耳巫女と幼なじみだ。うわあ。性癖変になっちゃう。

彼女はすだまという名前だ。
俺の地元で巫女をやっているため、巫女服を着ている。
すだまは狐のしっぽをふさふさと振りながら俺に飛びついてきた。
腕力がないなりに支えてやると、すだまは俺の胸元に頭をぐりぐりと押し付けた。
金の毛をぽんぽん撫でてやる。

「おお~ん、会いとう思っとったぞ~! ずうっと道に迷っとってお前に会えなんだ~!」
「なんだ、俺を探してたのか?」
「そうじゃ! 都会の広さを舐めておった! 大学がわかっておるのだから行けばわかると思うたのに~!」
「キャンバスも複数あるし、大学内の建物も多いしなあ。悪かったな、知ってたら探してやったんだが」
「祈はほんにええこじゃのう~。よしよし」

幼子にやるように俺の頭を撫でると、すだまはハッとした。

……ちと待て、つまりこの男を養っておるおなごというのは祈のことか!?」
「そうだな」
「どこがいいんじゃこんな男! 目を覚ませ!」
「ぎゃはは! 仁がボロクソ言われてるのおもしれえ」
「だめだめなのがかわいいと思うところまでいってしもうたのか!? 手遅れじゃ! こんなに男を見る目がなかったとは! 幼い頃にもっと教えておくんじゃった、お~いおいおい」
「ぎゃはははは」

笑いが止まらん。
笑いすぎて涙が出てきた。
すだまもおいおい言いながら泣いている。

「あ~笑った笑った。で、すだまは仁のなんだ?」
「浮気を疑っとるのか!? 疑わなきゃならん時点で嫁を不安にさせとる、減点!」
「駄目だ、このままだと俺が笑い死ぬ」

まだまだこの勘違いを続けて笑いたいが、話が進まん。
腹筋が痛くなってきた。俺はひいひい言いながら、すだまの誤解を訂正してやる。

「仁と俺は恋仲じゃねえよ」
「体だけの関係じゃとお~!?」
「ぎゃはははは!」

やべえ、本当に笑い死んでしまうかもしれねえ。
息も絶え絶えになりながら、俺は何とか再びすだまへと説明した。

「あれだ、シェアハウスだ。最近の文化だよ、知ってるか? 複数人で同じ家に住むことで家賃浮かせるんだよ。今はいねえけど他にも人住んでっから」
「おお、聞いたことがある! なるほどそうであったか、早合点してしもうた。すまなんだ」

すだまはすっかり納得し、俺だけではなく仁へも謝った。仁は聞いていない。

「しかし異性とも住むのか? 婚姻前の若い男女が一つ屋根の下で無事に過ごせるのかのう」
「不穏な感じ出すのやめてくれよ、なんもねえから」

すだまから俺への疑問はひとまずなくなったらしい。
次は俺が疑問を解消する番だ。

「どっから聞くかな……まずなんで俺に会いに来たんだ? なんかのついでか?」
「いいや、祈が心配で様子を見に来たんじゃ。健治にも頼まれたしのう」

健治は俺の父だ。
すだまは自分の腰に両手をあてると、頬をぷくっと膨らませた。

「こ~んなに長い時間帰ってこんとは! 親不孝じゃぞ!」
「あ~悪かった悪かった。忙しいんだよいろいろ」

俺は大学に入学して以来、地元には一度も帰っていない。
そんなことをする時間があるのなら薬の研究をしていた。

「人生は短いんじゃ! 親の死に目に会えずに後悔した者を何度見てきたことか!」
「親の死に目を見ねえために頑張ってんだよ。親父の病気治すためにべんきょ~してんの」
「祈~! おぬしは本当にいいこじゃのう~! よしよし」

すだまはまた俺の頭を撫でた。
俺のことをいつまでもガキだと思っている。
おそらくずっとこうなのだろう。なにしろすだまは俺の父へもこんな感じだからだ。

「だが無理をしておぬしが体を壊しては元も子も……いや体は壊さんか。しかし心は壊れるものじゃ。焦ってもどうにもならぬことはある。少しは家に顔を見せい」
「わかったよ、そのうちな」
「くらっ! そのうちではない! すぐじゃすぐ!」
「今はタイミングが悪すぎるんだよ」
「なんじゃあ? 試験でもあるのか?」
「そうそう」

適当に頷くと、すだまはため息をついた。
付き合いも長い。俺が適当なことを言っているとすぐにわかったのだろう。

「まったく。そんなことを言うて、その試験が終わっても次の試験があるからと帰って来んつもりじゃな」
「ぎ、ぎくーっ」
「帰るまでここに居座るからのっ!」
「えー? 俺はいいけどルームメイトがなあ。仁、家が狭くなったら出てくっつってたし」
「ほう、殊勝なところはあるのじゃな」

いや、狭くなったら家主の俺が困るから出ていく、というのではなく、狭くなったら仁の生活が不便になるから出ていく、という意味だ。
せっかくすだまから仁への印象が向上したのだ、なにも言わないでおく。

「そんなに長く神社を離れて、行事とか町内会とか大丈夫なのか?」
「町内会はもはや名誉会長じゃからのう。わしがいなくとも回るようにちゃ~んと教えてある。神社の方もそうじゃ。神無月と一緒じゃよ、問題はないのう」

しごできだ。
感心する。すだまは抜けたところもあるが、基本はしっかり者なのだ。

「栄養はちゃんと摂っとるのか? 昔から細っこかったが、拍車がかかっとるように見える。まったく、近所のスーパーはどこじゃ? おぬしの好きな肉じゃがをつくってやろう」
「わ~い。久々にすだまの飯が食える~」
「ほんに素直でかわいいやつじゃの~。よしよし」

両手をあげてよろこぶと、すだまはすっかり上機嫌になった。
何もお世辞ではなく、すだまの料理は絶品だ。
様々な問題を一旦放置してでも食べる価値がある。

「案内してやるよ。荷物も持つし」
「気遣いのできるよいこじゃの。しかし力はわしの方が強かろう。道だけ教えてくれればよい、よい。帰って来たばかりで疲れておろう? 少し横になっておれ」

こういうのもスパダリって言うんだろうか。
いや、これは……実家の母ちゃん……なのか? 婆ちゃん?
正月に一番高額のお年玉をくれる最高の婆ちゃんか?

「すだま、俺の家に調理器具はねえぞ。買うならフライパンからだ」
「おぬし~!? 料理は仕込んでやったじゃろ!?」
「できるからってやるとは限らねえだろ」
「まったくいつまでも世話の焼ける子じゃのう! かわゆいかわゆい!」

こだまは俺の頭を撫でた。
だめだめなのがかわいいところまで来ちまっている。手遅れだ。

一緒に住んで家事やってくれるなら最高だ。ちょっと前なら喜んですだまを受け入れていただろう。
今となっては問題がたくさんある。

デルタに狙われている以上、俺と一緒にいるのはすだまが危険だし。どうしたもんかね。

すだまがスーパーに出かけたので、俺は仁の腕をつついた。
仁は鼓膜を元に戻したらしく、ため息をついた。
音はうるさくなくとも、周りでわちゃわちゃやられつづけたらそれもうるさいからな。

俺はすだまのことが好きだが、世話焼きが行き過ぎてたまにうぜ~と思うこともある。
思春期ではないので反発せず、適当に流しているだけだ。

「どこですだまと知り合ったんだ?」
「カスと殴り合ってたら割って入ってきやがった」
「どういうタイプのカス? ヴィラン?」

仁は頷いた。
またヴィランと戦ったのかよ。それで死にかけて俺に拾われたのに懲りねえな。
てかもうヴィランと戦ってるならヒーローってことでよくない? 違うの?

仁は鼻で笑った。

「喧嘩はやめろだとよ。ヴィランをガキ扱いするたァな」
「歳食ってっからなあ。戦ってたヴィランじゃなくて、仁が目えつけられたのはなんでだ?」
……逃げられた」
「ああ、相手のが逃げ足速かったのか。珍しいな、アイアンクラッドはいつも引き際弁えてて逃げるの上手いのに」
「うるせェ」
「のじゃロリがタイプだったのか?」
「なに言ってるかわからねェが、殺しておいた方が良さそうだな」
「勘で殺すのやめてくれるか?」

そしてその勘が当たっているのである。
知らない外国語でも、悪口言われたらなんとなくわかるのと同じ理論か。

「あ、そういえば。仁ってD.E.T.O.N.A.T.E.のこと知って――

ビリリと大きな音がして、仁の持っていた新聞紙が真っ二つに破れた。

「る、どころじゃなさそうだな。何? ライデンくらい恨みが?」
「いつか殺す」
「いつもそれじゃねえか。俺と出会ったとき、お前は黒焦げだったな。爆風か?」

黙った。そういうことらしい。
だからわかりやすすぎるんだって。もう心読めるところまで行っちゃいそうだよ俺。
メンタリスト名乗れるかな。

絡んできたヴィランは全員叩きのめしてきた、とこないだ言っていたが、D.E.T.O.N.A.T.E.から絡んできたのだろうか。
何言ってるかわからねえのに?
いや、それこそ外国語でも罵倒はわかるのと同じ理論だろうな。
英語に加えて特殊な構文でしか喋らなくとも、敵意のあるなしは判断できるということか。
あるいは仁が全人類を嫌いなだけだ。

「どうするの、祈? あの子がここに住むなら、アタシずっと隠れてましょうか?」

シンクの蛇口から上半身だけ出して、澪は頬杖をついた。

「いや申し訳ねえよ。シェアハウスしてるって言ってあるし、普通に暮らせばいいだろ」
「そうするとアタシ、人の体でいないといけないじゃない?」
「フラックスでも良くね?」
「アタシって結構有名なヴィランなのよ? それに人間の顔でも指名手配されてるわ。田舎出身、どう見ても長生きで感覚ずれてそうだったけど、世間についていこうという努力を忘れていなかったから、知ってるかこれから知っちゃうわよ。防犯意識はしっかりしてそうだったもの」

澪はすだまをなかなかに高評価したらしい。
俺は特に解説しなかったが、澪はすだまが田舎出身で長生きなことを理解している。
狐耳生やして巫女服着てる幼女を見ればみんなわかるか。そういうことです。

「すだまはまともな感覚の持ち主だからな」
……そうだったかしら?」
「正義的な意味で? 善性的な。俺たちはほら、だいぶアレだろ」
「そうね。だいぶアレね」

濁したが、だいぶアレなことには変わりない。

「どうすっかな。デルタの話をするとどうなるか……結局心配だからって傍にいることは変わらねえだろうし、いっか。話さなくて」
「後から知って怒りそうよね?」
「すだまはすぐ怒るからな。だがなだめるのは一瞬だぜ。かわいいって言わせればいいだけだからな」
「あらあ! 意外と小悪魔ちゃんね~!」

そこそこアレなことを言ったが、澪はきゃぴきゃぴ喜んだ。
アレなのは俺だけではないということだ。

「すだまにフラックスのこと話していいか? 犯罪者とわかれど、攻撃したり警察に突き出そうとしたりすることはないと思う。ただ代わりにめちゃくちゃ構われるっつーか、まあそれは誰に対してもそうなんだが、ともかくうぜ~ってなるかもしれねえ。そうなったら無理矢理すだまを家に帰す」
「祈の好きなようにして構わないわよ。祈にどれだけ嫌われようが、アタシはアナタを守るって決めてるから」

俺は少し考えた。

「プロポーズ?」
「プロポーズなら嫌われちゃだめでしょう? ストーカー宣言かもしれないわね、うふふ」
「澪にストーカーされたらぜってえ逃れられねえじゃん。ライデン大変そう」
「ストーカーする前提なのやめなさいよ。アタシは追いかけられたいタイプよ?」
「え、意外~。惚れっぽいのにな」
「振り向かせてからが本番でしょ♡」
「いいね、その調子でいったれ」

俺たちはそんな雑談をしながら、すだまが帰ってくるのを待った。

「というわけでフラックスこと澪だ。かなりマブダチだぜ、めっちゃ気ィ合うから」
「悪人と意気投合しとる時点でだめだめじゃあ! わしの教育が悪かったんじゃ、許せ健治! お~いおいおい」

すだまは丸くなっておいおいと泣き始めた。
ふ、肉じゃがを作り終わってからこの話をして正解だったな。
もう肉じゃがはこの場にあるんだ、何があろうが食わせてもらうぜ。

しっぽを極限まで下げたすだまを見て、澪も眉を下げた。

「泣かせちゃったわね。見た目がこどもだと、ちょっと心が痛いんだけど?」
「すだま、俺の友達を泣かせんなよな」
「泣いとるのはわしじゃ!」

すだまは長生きしているというのに、感情が豊かだ。
すぐ怒り、すぐ泣き、すぐ笑う。
だから子供の方が感性があい、あの田舎町に子供が産まれれば必ず仲良くなった。
あの町では皆がすだまの幼なじみなのだ。そういう場所だった。

ああいう世界が理想だ。
ミュータントが隠れずとも、自然と受け入れられる社会。
しかし、すだまは善性が過ぎる。
一般的な感覚を持つ人間ならば、皆すだまを好きになるだろう。

誰もがすだまのように、うまく生きていけるわけではない。

「すだま。人の世に迎合できる異形ばかりじゃねえってわかってるだろ」
「じゃがわしは人間の方が好きじゃ。人の肩を持つと決めておる」
「俺のことは好きなのに?」
「悲しいことを言うでない。おぬしは異形ではないよ。人より得意なことが多いだけじゃ」

俺は肩をすくめた。年の功には勝てねえな。
すだまのことは皆が好きだ。俺も例外ではない。

「俺はすだまが好きだよ。人より得意なことが多いからな」
「おだてても甘くせんぞ。こればかりは祈の安全がかかっておる」
「安全って言うなら――
「澪」

デルタの話をしそうになった澪を、名を呼ぶことで制止する。

「まず澪を見極めろ。それですだまがダメだと思うのなら、俺も自分に見る目がなかったと思うことにする」
……おぬしがそこまで言うのなら。少し時間をかけるか」

相変わらず甘々だ。計画通り。

「というわけで四号だ、仁。出てくか?」

返事はなかった。鼓膜を硬化しているようだ。
初対面なのに耳を完全にふさいでもいい、と思えるほどすだまを信頼したのなら、仁は出ていかないだろう。
ちょっと手狭になるが、すだまは小柄だ。問題ないな。

……てか、すだまは仁を見極めなくてよかったのか?
仁もヴィランだってことは秘密にしておくか。面倒が2倍になる。


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