飯にそれほどこだわりがないため、俺はほとんど大学の食堂で飯を食っている。
なにしろ大学食堂は若者向けだ。安い、はやい、それなりにうまいを兼ね備えている。
たまの贅沢に焼肉を食いに行くことはあれど、そんなん毎日やったら破産する。
弁当を作れるならまた違うんだろうが、そんな時間があるのならば研究を進めたい。
食堂のメニューをローテーションしているが、何周もしていると流石に飽きを感じて来る。
たまには購買で買うかと、菓子パンを買って大学の中庭にあるベンチへと腰かけた。
パンの包装を開けようとしたところで日陰になり、なんとなく顔を上げる。
すると目の前に男が立っていた。ぎょっとする。何の音もしなかった。
白衣を着ているので、実験途中の学生か教授だろうか。
それにしてはちょっと
――変だ。異質というか異様というか、あまりにも尋常でない。
おそらく先天的な色素異常、よく聞く名前で言えばアルビノだろう。
ざんばらの白髪に、ぎょろぎょろ視線の動く瞳孔はピンクがかっている。
年の頃は40とかその辺だろうか。
こんくらいの学生も教授も全然いるけど、どっちでもなさそうな感じもある。
ともかく不健康そう。
白すぎる皮膚からは血管が透けて見え、背中は曲がり猫背だ。
飯食ってんのか心配になるほど骨ばった痩せぎすで、目は落ちくぼんでいる。
目線は合わないが、ベンチに座る俺の真ん前に立っているのだ。
隣のベンチは空いているので、席を譲れとかいう話でもないだろう。
何の用か俺が尋ねる前に、男が先に口を開いた。
「
欲望は秩序を焼き、
すべてを麻痺させ消し去る」
「
……なんて?」
英語なら話せるから聞き取れたが、だからって意味がわからなかった。厨二病?
有名な本の一節でも引用しているのかと思って思い出そうとするが、知らん。
文系じゃねえんだ、シェイクスピアのめっちゃ有名なやつとかじゃねえとわかんねえよ。
「
運命がひとりを測る。さあ、真実を見せろ」
「よくわからんが、すごい壮大なこと言われてるな」
「
観察を通して価値を測る。存在の真実は本性が語る」
「これあれか? 哲学者の辻斬り? ソクラテスリスペクトの問答法みてえなこと?」
「
対峙を通じて存在を定義せよ。
試されることを許されし者よ」
「ここ頭いい大学だからな、問答がしてえなら場所の選択は間違っちゃいねえ。でも哲学科あるのこのキャンバスじゃねえんだわ。留学生か、新しく赴任してきた教授? 講義するなら俺じゃなくて文系の学生にやってくんねえか。道に迷ってんなら地図描いてやろうか?」
「
考えることを知らぬ者にも、
審判は必要だろう?」
「にしたって、できれば日本語の方がいいぜ、ここ日本だから。哲学科の連中もドイツ語とかのが得意なんじゃねえの
……あれか? 英語圏ではもう問答やりまくったから新天地へ来た強者か? 大学関係者じゃなくて一般通行哲学者?」
「
本質は気高さを語るか? すべての試練がそれを暴く」
話が通じてるようで通じてねえわ。
いややっぱ通じてるようにも思えなかったわ。俺の期待が見せた幻想だった。
向こうがぺらぺらと英語を喋り続けるので、俺もぺらぺらと日本語を喋り続けてやったが、会話ってのは相撲ではない。
ぶつかり稽古をやってもなんにもならねんだわ。
しかし、こいつのことがなんとなくわかった。
言いてえことはよくわからんが、こいつの話す法則ならば理解した。
発言がやけにDから始まると思ったんだ。
このアルビノの男はずっと、デトネイトの頭文字になるように喋り続けている。
――爆風ヴィラン・
D.E.T.O.N.A.T.E.
爆発を意味する単語、そのアルファベットにピリオドを打って、なんらかの頭文字にしているが、なんの省略なのかは不明。
その名こそ轟いているが、誰も顔を知らない。
なぜなら、D.E.T.O.N.A.T.E.に出会ったものは皆例外なく爆破されているからだ。
会えば生きてはいられない、それほどの凶悪犯。
爆弾魔として多くの施設を爆破し、多くの命を奪ってきた。
比較的最近現れたにも関わらず、すでにヴィランの中でも屈指の悪名を響かせている。
俺もライデンに言われるまで知らなかったが、すぐにニュースで連日名前を聞くようになった。
頼むから本人じゃありませんように、と祈りながら、俺は口を開いた。
「
デトネイト。
侵入者でも名乗るのが礼儀ってもんだ」
俺の言葉を聞いて、アルビノの男は目を見開いた。
四白眼が強調され、ピンクの目がよりぎょろぎょろして見える。
「
これは予想外だ。
どうやら並の敵ではないらしい」
うわっ、割と言葉の意味が理解できる。会話できてしまった。
男は胸元に手を当て、紳士的に一礼した。
白衣がひらめき、煤のような汚れがついているのが見える。
「
デトネイト。
捨てられた名前は、すべてを物語る」
……いややっぱあんまり何言ってるかわかんねえかも。
しかしこれが自己紹介であることは理解した。
この時点でこいつが爆風ヴィラン・D.E.T.O.N.A.T.E.であることは確定する。最悪だ。
そして俺のことを
敵って言ってる。やだーっ!
だから爆死と焼死はしたくないって言ってるだろうがーっ!!
目の前にいるのは凶悪なヴィランだ。
俺は慎重に口を開いた。まずは彼の目的を知りたい。
「
デトネイト。
目的を言え。
答えは暴かれる味がする」
即興だとキツいな。
俺もこいつと同じくらい厨二病みてえなことを言っているぞ。
目的を言え、までで言いたいこと終わっちゃったから、そのあとに適当な言葉をくっつけるしかなくなってしまった。
そしてNをNowにして適当に流してしまいがちだ。
……なぜ俺は今日知った独自構文に対して美を追求しているんだろう。
役に立たない技術を磨こうとするな。
目をまんまるにしたまま、
D.E.T.O.N.A.T.E.は言葉を続けた。
「
見事な思考力だ。
凡人には到底できない芸当だな」
「ありがとな。で、マジで何の用なんだよ。俺爆死はしたくねえんだけど」
いい加減デトネイト構文に付き合ってやるのが疲れたので、 普通の喋りに戻す。
俺が返答を待っていると、D.E.T.O.N.A.T.E.は怪訝な顔をした。
……あ、英語じゃねえと伝わらねえってことか?
「Seriously, what the hell do you want? I don’t wanna die in a goddamn explosion.」
俺は爆死したくねえけど用事は何、と英語で聞いたが、やっぱりD.E.T.O.N.A.T.E.は怪訝な顔をした。
沈黙が流れる。なんだこれ。
さっきまで一応会話できてたんじゃなかったのか、やっぱりあれも俺の勘違いか。
……あ!? まさか頭文字がD.E.T.O.N.A.T.E.になる構文で話さねえと意味が伝わらないのか!?
そんなことあるわけないだろ。なっとるやろがい。
独自言語を使う狂人かよ。単語自体は英語であるだけまだましか?
くそっ、変なところに俺の頭脳を使わせるな。文系じゃねえのに。
こめかみを押さえながら、俺は頭を捻った。
「
絆だの感情だの語る気だったか?」
この構文で喋れる人間を探してるだけのぼっちだったらいいのに、という俺の期待はすぐに砕かれた。
「
指令は排除。
しかしお前は語る謎」
一拍遅れて俺の質問に答えてくれたな。
D.E.T.O.N.A.T.E.が何しに来たって、俺を殺しに来たのである。やだーっ!
指令というのが言葉通りの意味ならば、指示役がいるらしいな。
それか己の神に従って、みたいな天啓を受けるタイプの異常者なのか。
ともかく俺を爆殺しにきたが、意外にも話が通じるので迷ってるってことでいいのか。
「
喋る謎をぶっ壊すなんて考えるなよ。
踏み込めばいい。
共に夜を越えよう。
お前の考えも全部、受け入れてやるよ」
翻訳すると、殺さないでください。友達になりましょう。って感じだ。
俺にできるのはもはや命乞いくらいしかない。
その姿を見たものを必ず爆殺して来た凶悪ヴィランに対し、攻撃手段もない俺がなにかできるわけがないのだ。
できるのは対話だけ。これで何とかするしかない。
D.E.T.O.N.A.T.E.は困惑した様子で、頭を抱えた。
「
情報が多すぎる。
一時的に処理不能だ。
判断の時間が欲しい」
「
真実は外にない。
今が本物の対話だ」
混乱しているのなら今畳みかけるしかねえ。
再びNをNowにして適当に流してしまったが、文章の美しさより勢いと熱さだ。
冷静になられたらやっぱ俺を殺さなきゃってなっちゃうだろうが。
俺だって必死だ。爆死はしたくねえんだよ! トラウマだって言ってるだろうが!
文字通り死に物狂いだ。
D.E.T.O.N.A.T.E.の手を勝手に取って、無理矢理目線を合わせる。
体に触れたからって、即座に爆破されることはなかった。
彼の目の奥にはやはり困惑があった。揺らいでいる。
「
お前は敵だった。
なのに心が揺れる。
これは一時の感情か?
敵は愛情で対等に変わるのか?」
突然ハッとして、D.E.T.O.N.A.T.E.は俺の手を振り払った。
自分の胸元を掴んで握りしめている。心臓でもいてえのか?
「
信頼を望んでも、
私はそこに入ることを許されていない」
「
逃げんなよ。
謎の答え、俺と一緒に探そうぜ」
話が通じているような気がする。
しかしD.E.T.O.N.A.T.E.は苦しげな顔のまま、首を横に振った。
「
義務に縛られてきた。
だが今、
お前は“敵”でなく、響き合う存在だ」
義務。望まない爆破を強要されてきたということか?
爆風ヴィラン・D.E.T.O.N.A.T.E.は愉快犯でも思想犯でもなく、依頼を受けて
――いや、脅されて?
クソッ、変な構文で喋るからわかりにくい。
敵ではないと言ったのだ、もう俺を殺すつもりはないのだろうか。
突然、ザザッ、とくぐもったノイズ音がする。D.E.T.O.N.A.T.E.からだ。
「
逆らうなんて、おバカさん。
ステキな最期が待ってるよ」
――デトネイト構文でそう言ったのは、俺でもD.E.T.O.N.A.T.E.でもなかった。
加工されているのか、ロボットのような声だ。
ラジオでも持っているのか、通信機器か。
D.E.T.O.N.A.T.E.は険しい顔で俺を突き飛ばした。
「
Danger――」
聞き取れたのはそこまでだった。
俺が目にしたのは、D.E.T.O.N.A.T.E.がひび割れていくところだ。
彼の顔に複数の光る線が引かれ、体が膨れ上がっていき
――
D.E.T.O.N.A.T.E.は自爆した。
カクヨムで加筆修正したものを連載中です。
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