保科
2025-05-28 01:28:41
2255文字
Public スタレ
 

キャスと星

ver3.2進行中 頼む勘弁してくれ もう明日は来ないでくれ

「あれ?キャスだ」
「あ……星さん」
生命の花園の片隅で、座り込む人影が目に入った。住民たちからぼんやりと遠巻きにされるその姿に、星は特に気にせず声を掛ける。
「何見てるの?アリ?」
すとん。隣に座り込んだ星に、ぱちりと瞬いたキャストリスが半歩ずれる。
「いえ、アリではなく、この花を見ていました」
「花かあ。
こっちはお腹に溜まらないよね」
「ち……違います、食べようと思ってみていたわけでは……え、アリはお腹に溜まるのですか……?」
困惑した様子で見上げるキャストリスに、星は曖昧に笑って誤魔化した。そう、まだアリを食べたことがないと知られれば、軟弱な異邦人として小馬鹿にされるかも知れないからだ――という戯言は置いておいて。
「ここの花畑、綺麗だよね。キャスも花、好きなの?」
適当に話題を振れば、ぱちぱちと瞬いたキャストリスが小さく頷く。
「はい。とても可愛らしくて、綺麗で……。何より、職人の皆様の努力の賜物で咲き誇る花々の美しさは、尊敬に対する業です……私には、触れることも出来ませんから」
ぽつりと呟かれた最後の言葉だけ、少し暗めに響いたように、星は感じた。キャストリスは普段から抑揚なくしゃべる人ではあるが、ここ最近の付き合いで、星にもなんとなく彼女の感情の揺らぎが分かってきた。
だから。
ふうん、と星は気のない相槌を打ちつつ、ポケットを探った。
……そんなことないと思うよ。
キャス、紙とかは持てるよね」
「それは……そう、ですね。この服しかり、もとから命無き者に死をもたらすことはありませんので」
おずおずと頷くのに、じゃあほら、と星は手を差し出した。グローブを嵌めた手には何もなく、意図を飲み込めないキャストリスが困惑する。
「え、っと」
「はいよーく見て」
「は、はいっ」
じ、と注がれる視線を感じながら、星は注意深く仕込みを動かして――「いちにの、さん!」
ぱ、とその手が振られた瞬間。星の手には一輪の花が握られていた。成功。
…………え!?」キャストリスが呆然と瞬く。「い……今のはどこから……、まさか、ザグレウスの権能……!?」思ったのと違う反応が返ってきて少し慌てた。
「あ、違う。権能とかじゃなくて……えーと……魔法だよ魔法」「マホウ……?」ピノコニー仕込みのね、という後半は省略する。半壊の列車の中を漁って、辛うじて無事だった私物の一部だった。積み込んでいた物資は殆ど塵となったのに、こういうものだけ何故か無事だったのだからままならないものだ。
なんてことはない、ピノコニーのロビーで売られていた、奇術セットの一つだった。ルトロに戻った際、丹恒とミュリオンに披露しようと仕込んでいたけれど、つい勢いで見せてしまった……とは少し言いがたい。
説明に迷ったことをごまかすように、ずい、と星は花を差し出す。困惑気味に眺めるキャストリスは、その意図をつかみきれていないようだった。
「ほら」
「えっ、ええと……
そわそわと顔と手元を見比べる視線が、数えて5度往復した辺りで。きりがなさそうだ、と星は彼女の手を取った。反射的な躊躇う素振りは気にしない。布越しでも、少し冷たい手だった。
「あ、――
「ほら。これなら大丈夫でしょ」
その掌に押し付けて、震える指を折り曲げてやる。そうして握らせた花が散ることは、当然ない。単なる造花だ。少し注視すれば、花びらの端で布の繊維がほつれているのが分かる。当然、手に持ったキャストリスは尚更だ――これが子供だましの奇術のたぐいであることも気づいているだろう。
けれど、キャストリスは何も言わない。ただ、ずっと握った手元に向けられている視線に、星は段々といたたまれなくなってきた。流石に戯れがすぎたろうか。モーディスならそろそろ踵を返す頃合いだ。
「えーと、その……ほら、食べられないけど、こういうのなら、キャスでも作れるじゃん……
星が呟く間も、キャストリスはずっと手元を見ていた。
俯き、陰った顔は、何を考えているのかがまるで読み取れない――余程さっきまでの暗い顔が分かりやすかった。もしかして、1000信用ポイントのゴミを押し付けられた、と思われているのだろうか――「星さん」
名前を呼ばれ、我に返る。気づけば、キャストリスの視線は真っ直ぐ、星へと向けられていた。
「すみません、驚きのあまり、お礼が遅れてしまいました。
有難うございます。とても……とても嬉しいです」
「そんな、大袈裟だね」
ふわりと微笑む彼女の表情は珍しいもので、星は少し呆気にとられた。
「いいえ、大袈裟ではありません。
私のことを、励ましてくださったのですね」
……どうかな。私が急にキャスに花を見せたかっただけかもしれないよ」
つい視線をそらせば、そんな星の態度がおかしかったのか、くす、と笑う声が聞こえた。本当に珍しい。
「そうかもしれません。そうだとしても――有難うございます。
大切に、いたします」
そう口にするキャストリスが、両の手で握る造花を眺める姿に、先程までの暗い影はまるでない。
星は軽く伸びをしながら、ふ、と息を吐く。知らず口元に浮かぶ笑みを、キャストリスだけが眺めている。
「星さん」
「ん?」
「よければ、なのですが。
また、マホウというものを、見せてくれませんか?」
「あー……うん……機会があればね?」
……コインマジックは、果たして習得していたっけか。必死に頭を巡らせる星の前、キャストリスは穏やかに微笑んでいる。