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ロンド
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オリジナル
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路傍より[オリジナル]
オリジナル。二人組の旅人の話。
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2
路傍より
森を渡るときには人の足裏に踏み固められた道が消えてしまわぬよう、自らの手で獣道を剪定するものだった。ターウェンは針のように尖った小枝を小刀でザクザクと切り落としていく。その後に続くドグルは牙で枝を加えて脇に向かって吐き出し、爪の伸びた前足はぽろぽろほぐれてまとわりつく黄土を嫌そうに蹴っていた。
枯れたような森だった。日差しが直に刺さってまぶしい昼が何日も続いている。雨季に育まれる森は、乾季に飢えて葉を散らしていたが、人のための道を阻むことはやめていなかった。樹齢何百という切り株の間を短期間に枝ばかりが伸びる低木が地面を這っている。雨が降れば低木は花を咲かせ、食べられない実をつけるのだ。
ターウェンは俗に定人(ていじん)と呼ばれる種の男である。定人とは〝定住する者〟や〝定法に従う種〟の意味とターウェンは解釈している。大陸でもっとも繁栄した種で、三つの大国といくつもの小国に分かれながら全土各地に居住する。ターウェンはおおむね寿命の半分を過ぎた三十そこそこ、鍛え上げられた大柄な体躯は同じ種でも頭ひとつ抜き出る。
ドグルは人と獣のふたつの姿に天変する獣人の一派で、狼種の男である。獣人は大昔に人と獣が交わって現れた種であるという説があり、幼少期は獣、青年期以降は人の姿を得る。大陸の端々に集落が存在するが、定人と見目が変わらないので町に住む者も多い。むろん、毛皮を好んで常に獣の姿を選ぶ、ドグルのような変わり者もいる。
「本当にこっちの道で合ってるのか?」
「定人の臭いはこちらに続いておるぞ。獣に喰われた痕跡でなければだが」
「勘弁してくれよ。少年らがビビッてるじゃあないか」
後ろにぴったりとついてくる兄弟をターウェンは振り向いた。日差し避けの頭巾をかぶった少年たちは口をつぐんでふるふると首を振る。年の頃は十と、八といったところだ。彼らの母親はまだ乳飲み子も抱えていて、上の子供たちを奉公に出さねばならぬことに酷く後ろ髪を引かれるような顔で見送っていたことをターウェンは記憶していた。兄弟はその母親とよく似た怯えを宿した顔をしている。
貧しさゆえに子供を幼いうちから奉公に出すことは、この点々と小さな村が続く地域ではあたりまえに見られる慣習だ。隣町の奉公先まで幼い子二人で行かねばならぬ道連れに、土地を渡る旅人を選ぶこともまた、なんら珍しいことでもない。
うんともすんとも喋らない兄弟の息が上がっているのを見て、ターウェンは休憩を提案した。ドグルは不満げに鼻を鳴らしたが、すぐさまターウェンを飛び越え先に走り、匂いの強い果樹を見つけて戻ってきた。
「オレが獣避けに張る。弱々しい定人の子はそこな果樹で休むがよい」
「熊が出たら呼んでくれ」
「うむ」
深い森には熊がつきものだ。魔の類(たぐい)よりよほど遭遇率が高い。ドグルは一声返事をすると森の中を駆けて行った。
ターウェンは果樹の根本に腰を下ろす。ごつごつと地面から盛り出した根はちょうどいい椅子だった。兄弟は手招かれてそろそろと並んでしゃがみ、ターウェンを窺いながら水筒の水を分け合っている。ターウェンは手出しをせずに自分の携帯食料をかじった。
携帯食料の干した潰し餅は常と同じく岩のように硬くほとんど味がしなくて、唾液で湿らせながら飲み込むまでに時間を要した。虫の羽音がわずらわしく口の中に入ってこようとする。
歩幅で二十ほど離れた距離にドグルの影がひっそりとうろついていた。果樹の樹液の匂いは定人には鼻をくすぐる程度だが、獣人の鼻にはきつすぎることをターウェンは知っている。
「あ、おみず
……
」
弟が引きつったようなため息をターウェンは聞き取って隣を見やった。兄弟の水筒はすでに空だった。村を出立してから三日目、急げば今晩には隣町に着くかもしれないが、幼い兄弟の足の遅さを思えば、早くて明日の昼頃だろう。兄がターウェンをおずおず見上げてくる。哀願が眼に込められていた。ターウェンは黙って見つめ返した。どうするべきか考えているだけだが、兄弟には依頼を頼まれただけのほとんど見知らぬ旅人の男の沈黙は、恐ろしいものに映ったらしかった。
お互いを抱きしめ合うように視線を逸らされる。ターウェンは自分の水筒の蓋を開けて自分だけで飲んだ。
今は乾季だった。村の飲み水は貴重で、しかし同行する旅人には食料を保証してもらえないと知って、母親は兄弟の四日分に足りない澄んだ水を持たせていた。食料はわずかに二日分、それも切り詰めてのことだから、親元を離れる慣れない旅に兄弟は一日目で半分を食べてしまっていた。明日には持つまい。ターウェンは兄弟の空腹にはぼんやりと同情する。限りがある自分の食料を裂いて与えてやるわけにはいかなかった。
ターウェンはのっしりと立ち上がり、果樹の周囲をぐるりと回った。当然乾季には実をつけていない。兄弟がぼうっとターウェンを眺めている。ターウェンは果樹の古い幹を叩き、小刀で一思いに突き刺した。凶悪にツンとくる臭気を放つ樹液があふれ出す。
「水筒、貸してくれ」
手を差し出せば、びくりと怯えた兄がそっと水筒を持ち上げる。ターウェンは水筒を片手で取り上げ、木をくり抜いた水筒の先端を幹に押しつけて樹液を溜めていく。兄弟でそれぞれ三口分だろうか。蓋をして投げて返してやった。
「明日までは保つ。それ以降は捨てろ。それに入れた以上は飲むな、身体に溜まる毒がある」
兄弟がこくこくと何度も頷いて掠れた声で礼を云った。機を測ったようにドグルが戻ってくる。口に血がこびりついている。小鳥を捕らえて食ったのだろうとターウェンは思った。兄弟は怯えたようにドグルと、ターウェンからも距離を置いた。
ドグルは果樹をちらと見て、嫌そうに一歩下がりつつターウェンに云った。
「近辺に獣はおらぬが、この先は枯れ茨だ」
「そうか。水辺はありそうか?」
「ことごとく枯れておったわ。それも考えなしに樹木を切り倒すからだ」
狼が吐き捨てた吠え声に兄弟がいっそう震えて身を寄せ合っている。ターウェンは肯定の代わりに肩を竦めた。水が町に着くまで補充できないのは痛手だが、ドグルが確かめたようであれば町でも手に入るかどうか。果樹の樹液は凌ぎにはなるが、決して安全ではない。
周辺が裸のように土気色に平らであった村を思い出す。次の雨季に村が耐えられるか、ターウェンはわからない。ただ、故郷でも起こりえた、豪雨が地面を押し流す凄まじい風景をおぼろげに浮かべるばかりである。
「
……
隊商が来ているといいな」
「どうせ高く買わされるだけだ。行くぞ」
尻尾を振って今度はドグルが先導する。宣告通り黄土の乾いた道に茨が這うように茂っていた。ドグルは軽々と飛び越えてゆき、ターウェンが茨の蔓を切って兄弟が通れるよう道を作る。兄弟は泣き言も云わずに険しい道のりを追いかけてきた。
茨を抜けて一夜を過ごし、明け方ふたたび出発する。ターウェンが窺い見れば、兄弟は樹液を舐めるようにして喉をうるおしていた。
兄弟の食料が尽きるころ、当面の目的地だった町に着いた。町は巨大な丸太を均等に建てた城壁に囲まれていた。一帯は乾いた黄土が剥き出しになっていて、遠方の丘まで遥かに一望でき、ぽつんと町ひとつが独立して現れたように見えた。
壁門を守る門衛はターウェンと兄弟に向かっては無愛想に詰所にしゃくった後、ドグルを見やってきっぱりと拒否する。大国の都から離れるほどに獣人が獣の姿のまま立ち入れぬ定人の町は増えていくものであり、ドグルはため息ひとつで了承する。威嚇しても定人の法で罰せられるのみだった。
「オレは寝床を探そうぞ。お前は?」
「こいつらを届けたら戻る。水と食料くらいは仕入れるが」
「うむ、一向に構わぬ。食事はして来い」
言外にひとりで食えと告げるドグルに、ターウェンは曖昧に苦笑する。
裸にひん剝かれて二度荷物をひっくり返される念入りな荷物検査を終えてから、三人で町に踏み入った。
しっかり互いの手を繋いだ兄弟はもの珍しそうに見回していたが、ターウェンに云わせればなんの変哲もない町だった。土台に黄土を積んだ木造の建物が狭そうに連なっている。よそ者を彼らは不審そうに距離を取って、そそくさと客の対応に忙しそうにしたり、裏道へ駆けて行ったりした。旅人が訪ねることはあまりないにちがいない。ターウェンは先に兄弟を大店を出している焼き物の工房まで送ることにした。
工房の親方はターウェンに少し驚いた顔をしてから、下男に命じて大声で兄弟を工房へと駆り立てた。別れの挨拶をする間もなく兄弟の背中が暖簾の奥に消えて、ターウェンがあっけに取られている間に、親方はこの地方で使われる質の悪い細工の硬貨を片手に握らせた。
「へえ、お手間をかけやした、こいつはほんの心ばっかしだが
……
」
親方が訛りのある共用語で礼を云うのをターウェンは話半分で聞きながら、上着裏の衣嚢に、親方からの報酬である、今晩の宿代にも足りない小銭をしまい込んだ。親方は何度も同じ言葉を繰り返し、半刻も長々と立ち話をしてようやくターウェンを開放した。
ターウェンは立ち去る前に兄弟がくぐって行った暖簾を一瞥する。親方の怒鳴り声が聞こえてきていた。
じきに迫る夕暮れ前に町を出るつもりだった。ターウェンは旅人に構わなさそうなあまり流行っていない露店を捕まえ、具入りの揚げ饅頭と酒壺を買い求めて門に駆けた。日没に応じて門を閉じるところだった門衛は、狼に食われてしまえ、という意味のようなことをターウェンに吐きつけたが、法によらない通行料を無心されなかっただけましだった。
町が真っ赤に染まる大地に照らされて、地面に濃い陰影をえがいている。狼の遠吠えが茨と低木ばかりの森の方面から聞こえていた。
ターウェンは町から離れて森に野営の準備を済ませていたドグルと合流した。
「僕だ。待たせた」
「どうせ水はなかったろう」
「代わりに酒を手に入れた。喉をうるおすには足らないが
……
、こいつとで晩飯にしよう」
「やれやれ。熱い飯でも食ってくれば良いモノを」
獣除けの煙を混ぜた火を焚いて休む頃には辺りは真っ暗になっていた。日の出入りとともに活動する旅人にとって、遅い夕餉は豪勢なものだ。温かさの残る揚げ饅頭は骨ごと砕いた肉のすり身と麦が詰まっていて、甘い味付けがされている。こぶしほどの饅頭をドグルは一口で呑み込んだ。ターウェンが揚げ饅頭を飲み込むのを待って、麦芽の酒をちびちびと交互に舐める。
「町は想像以上に枯れていたよ」
「うむ」
「隊商はもう何年も来ていないらしい。近隣の村が打ち捨てられてしまって、わざわざここまで商売しに来るのは物好きの旅人くらいだと」
「周辺一帯が干上がったゆえか。溜め池の備えもできておらぬ」
残り少なくなった酒を口に含み、ターウェンは頷いた。ドグルは耳をぴんと立てて寝そべったまま、差し出された壺に舌を入れて最後の一滴をじゅるりと吸った。酒のきつい臭いが弾けるように舞う。
「お前、アレらに果樹液を教えたろう」
責めるような物云いだった。
「そうだな。きちんと云ったよ。常飲すれば毒があるって」
「子供であればな。アレは語るぞ、森に飲める水が残されていると。町中を富める量があるわけでなし、またたく間に腐り落ちる種類だ」
砂漠においても見かけられる果樹は、樹木の内側に水を溜めるが、水を奪われぬよう臭気を放つ毒を混ぜる。その臭いと毒のためにたいがいの生物は避ける植物だ。樹液は我慢して飲めなくはないが、毒は蓄積して身体の末端から麻痺を引き起こす。
もとより果実が食えぬのでこれまで見向きもされなかっただろうが、子供が一言打ち明けたとき水に飢えた町民が大規模に狩ることは想像に難くない。そのような意味をドグルは指摘するが、ターウェンは肩を竦めて答えた。
「
……
ないよ、あの子らは信用されないから」
ドグルが金色の光彩を薄くして黙り込む。奉公に出された子供の将来なぞ、はした金で売買される奴隷とそう変わらないものだ。
「そんなことより、僕らの問題だ。この先の街道を使って、まともな町までの距離は馬車を走らせて一か月かかる。むろん町に乗合馬車はない。水は僕だけが飲んでせいぜい十日」
「戻れば水の買える町まで最速で七日程度か」
「すぐ引き返せば間に合うだろう」
「うむ。決まりだ。まったく、割に合わぬ仕事を請け負ったものよ」
「たしか、誰かさんの提案だったね」
不服そうに喉を鳴らすドグルの腹にターウェンは潜り込み、ゴロゴロと雷のような振動に構わず寝転んだ。脚が飛び出しても気にせずに頭をうずめると、ドグルが呆れたように息をついて、ターウェンが寝やすいように包んだ。狼の体温はターウェンよりもずっと高く、地面は硬く乾いている。酒も手伝って見張り交代の時間までは充分に眠れる。獣除けの煙がぱちぱちと立ちのぼっている。
旅はまだ続く。安寧にはほど遠く。楽な生き方のない地で、少しばかりのささやかな眠りについた。
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