九条空
2025-05-28 00:00:00
7106文字
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液状ヴィラン・フラックス


俺が通っているのは、ここいらで最も偏差値の高い大学だ。
というか日本でも屈指と言っていい。ほぼ最高峰の学び舎である。

ラットロードに絡まれた後、食堂で夜飯を食っていると、知り合いが声をかけてきた。
せっかくだから一緒に飯を食うことにして、俺は幸也にこう言った。

「お前俺と同じ大学だったんかよ。意外に頭いいな」
「俺より歳下なのに院生やってる祈さんに言われると、素直に受け取りづらいですね」

褒めを素直に受け取る幸也だが、今日は珍しく謙遜した。
俺がすごいのは当然だ。人生2回目だし。

それにしても、幸也とは学部が違うので同じ大学だとは気づかなかった。
初手の自己紹介で経済学部とは聞いていたが、この辺大学いっぱいあるし、どこの経済学部なのかまでは聞いてなかったのだ。

幸也は一般教養の講義を受けるため、医学部の方のキャンパスに来たついでに食堂へ来たらしい。
一般教養なら経済学部のキャンバスでも受けられるが、どうしてもその教授のその授業が良いというのが医学部の方にあったらしい。勤勉だな。

「講義の関係でこれから火曜の夜はここに来るんで、祈さんさえよかったらこのくらいの時間にまたご飯食べませんか」
「構わんぜ」
「やった……! 憧れのキャンパスライフだ……!」

噛みしめている。
同期と年齢が違う上に未成年であることから、俺もそれほど学内の友人は多くないが、そこまでなるほど孤独ではない。
遊ぶ友達いなくて勉強ばかりしていた、と言っていたが、あれって現在進行形だったのかよ。

俺は休んだ日のレジュメは借りられるし、先輩は過去問を見せてくれるし、何度か代返もしてやった。
年齢的に酒が飲めないので飲み会には参加しないが、食堂で一緒に飯を食うやつらなら何人かいる。
かなり一般的な大学生として生活しているだろう。飛び級とかは一旦考えないものとする。

幸也は普通の大学生活を送れていないらしい。
経済学部がどんなだか知らないが、たぶん学部の違いとかそんなんで説明できるようなアレではないのだろう。
コミュ障というのがどんな生き物なんだか俺にはわからんが、苦労があるんだろうな。

「どうやったら友達作れますかね?」
「自分を良く見せようとするな、自然体で行け」
「かっけえ……!」

幸也は目を輝かせて俺の話を聞いた。
ライデンの次は俺に憧れるつもりなんだろうか。
俺の中身はおっさんなので、なんかそれっぽいことを適当に言っているだけだ。
おじさんはすぐ適当なこと言うからな。話は三割で聞くべきだ。

幸也と話していると、後ろから肩をポンと叩かれた。

「祈ちゃん、一緒にいるのは彼氏?」
「バカ、彼氏だったらお前には絶対見られねェとこで会うわ」
「あはは! ひど!」

声をかけてきたのは、学内の知り合いだ。
俺と同じ年に入学した子だが、俺が爆速で院まで駆け抜けていったので、今は同じ講義を取ることもない。
しかし食堂で出会えばこうして軽く話すくらいの関係ではある。

さっきまでの笑顔はなりを潜め、無表情になった幸也は、俺の知人に対し軽く会釈した。
その姿は非常に様になっており、大学生というよりはエリートサラリーマンを思わせるほどであった。

――く、クールだ……

本性を知っていて尚そう思わせる雰囲気があった。
俺をからかっていた女友達も、幸也を見て顔を赤く染めている。
彼氏かどうか聞いたのは、手を出していいのかの確認か。

見た感じ、孤高の似合う男過ぎる……
こりゃ友達ができねえわけだ。皆遠巻きに眺めるだろうな。
あんまりオーラがあって近寄れねえわこれ。

今の幸也を見てコミュ障と思う者はいないだろう。
彼は自分がそうしたくて一人でいるのだ、と考えるに違いない。
それが俺といっしょにいると、幸也って意外と人と喋るんだ、じゃあ自分も仲良くなりたい、と声をかけられるってわけか。

一緒に座って十分くらいでこれだ。めんどくせえな。
大学の食堂は夜よりも朝や昼の方が人が多い。講義と講義の合間に飯を食うからだ。
夜は時間があるのでゆっくり外食なり自炊なりする奴が多い。
昼の食堂では幸也と会いたくねえな。こいつも経済学部の講義あるだろうから来ねえだろうけど。

幸也をちらちら見ながら去っていく知人を見送り、幸也に言う。

「俺と話してるときみてえに他の奴と話せねえの?」
「俺祈さんと話してるときどんな感じなんですか?」
「おおう……

コミュニケーションへの理解が圧倒的に足りねえ。
ある意味ずっと自然体なのか。
自分をよく見せようとするな、という俺のアドバイスは的外れだったようだ。
こいつカッコつけて無言になってんじゃなくて、思考停止してるだけだ。何言っていいかわかんねえんだ。

俺に対してこんな普通に喋れるのは、最初にテンパって喋りまくったから慣れたとかそういうことだろうか。
かといってなあ、俺以外の人間は氷漬けにされたら死ぬし、友達になりたい奴にもう一回やれとはいえねえ。

……ま、無理して友達作る必要なんかねえよ。いつの間にかよくそばにいるやつを友達って呼べばいいだけだ」
「かっけェ〜……!」

太鼓持つの上手いし、ちょっとでも喋れれば好かれると思うんだがな。
俺が取り持ってやるべきなのかな。でもなあ、ちょっと過干渉過ぎる気もするぜ。

ママみてえなことで悩んでいると、俺は突然喉を押さえた。
体の奥からゴボゴボという音がする。

「え、喉詰まりました?」

首を横に振って否定した上で、唇の前に人差し指を1本立て、騒ぐなと指示する。
俺は机の上に突っ伏して、数秒意識を失った。
起きた時には喉が焼けるような感覚と、全身を襲うだるさがあった。

「うえっ、あっぶね」
「祈さん?」
「悪ィ、死んでた」
「祈さーん!?」

これは溺死だ。

しかも俺の胃酸だか唾液だか、体液を操作されたことによるもの。
あまりにも静かで速やかな暗殺だった。
凄すぎ、俺に使う技術としてはもったいなさすぎ。何やっても普通に死ぬのに。

ラットロードの情報が正しいとすれば、このヴィランはおそらくフラックス。
液体と同化し、操作する能力を持ち、水道管の張り巡らされた現代都市において捕獲が大変に難しい、そこそこの古参だ。

どう考えても雪狐がメタれる相手である。液体なんだから凍る。
インフェルナでもいいだろう。液体なんだから蒸発する。
液状であることが厄介なら、気体か固体にしてしまえばいいのである。

「スーツ持ってる?」
「当然。1時間目が水泳の小学生的なあれです」

幸也は襟首を広げ、シャツの下にヒーロースーツを着ているのを見せてくれた。
いつでも戦えるようにしてて偉い。
やっぱもっとヒーローの数が欲しいよな。ヴィランの多さに対して足りていない。

フラックスは、逆に言うとライデンをメタれるヴィランだ。

濡れた場所でライデンは電気を使えない。市民を感電させる恐れがあるからだ。
やっぱり属性攻撃にはこういう得手不得手がある。
ヒーローがライデンしかいなかったからこそそれなりに長生きしたヴィランだったが、この新生ヒーローにかかればイチコロのはずだ。

「あらやだ、ヒーローの護衛がいたのね。もうちょっと働いたらいいんじゃない? アナタの大事な子、一度死んだわよ」

俺が飲んでいたコップの中身が蠢いて飛び出し、水を固めたような人型へと変貌した。
嘘だろ、こんな近くにいたのか。

体はやや青味のある透明感の高い液体で構成されている。
瞳は虹色のように見え、髪には川のように水の流れが存在した。

フラックスの水面は緩やかに波打ち、女性的な体のラインを液体で再現している。
腰から下はドレスのように広がって、その身体を支えていた。足は見えない。

スライム娘的な、流動的なフォルムだ。
性癖変になっちゃいそう。俺さっきまでこの娘飲んでた?

幸也がフラックスに向かって片手を突き出すと、氷がひび割れるようなピシピシという音が響く。
フラックスは「うふふ!」と笑ってその場で溶け、液体になって攻撃を躱した。
幸也に忠告する。

「着替えてからやれって。ただでさえ暗殺特化ヴィランに顔バレしたのに」
「殺された上犯人に煽られてよくそんないつも通りでいられますね、祈さん! 俺は全然冷静でいられないですけど!」

氷雪ヒーローなのにすぐ熱くなりやがる。
煽り耐性がない。この場合フラックスの煽りが上手すぎるってのはある。
日々過労死寸前までヒーロー活動してる相手に対して「もっと働いたら?」は、やるなあと感心してしまう。

食堂にヴィランが現れたことにようやく気づいた学生たちがざわめき、逃げ出し始める。
俺もいつも通り避難活動しよかなと立ち上がった。
幸也が着替えて戻ってくる間くらいなら一人でなんとかなるだろう。何回死ぬかな。

「今日こそ決着をつけさせてくれよ、フラックス! 俺は君のこと抱きしめたいくらい大好きなんだから、逃げていかないでくれ!」

軽口を叩きながら食堂に飛び込んできたのは、ライデンであった。
おいもうここで超常バトルやる気かよ。治安が。俺の安全地帯が。

「あらやだ、ライデンってばアタシのこと好きだったの? やぶさかじゃないわね」

フラックスは再び人型に戻り、たおやかに手を頬へ当てた。
ドレスを着た女性体とあいまって、プリンセスのような風体である。
嘘だろ、こっからラブコメ始まるの?

隣を見れば、幸也の顔面はガチガチに凍り付いていた。
もちろん比喩だったが、今にもそれが言葉通りになってもおかしくない気がする。
幸也は緊張や興奮でコントロールを失うタイプの能力者だ。
目の前に憧れのヒーローがいる状況、これは大変危うい。

「幸也。寒ィ」
「すいません……! つい……!」

既に冷気がもれている。
小声で謝った後、深呼吸した幸也は、能力を調整できたらしい。
俺の服に降りかけていた霜は消え、吐息が白くなくなる。

「行ったれ、ヒーロー同士協力したらいいだろ」
「ライデンさんの前でドジ晒したくない……!」
「晒す前提かよ」
「絶対やる……! 雛さんいないし……!」

呼んだところで、雛の到着が間に合うか微妙だ。
インフェルノは飛ぶことができるので移動速度は速いが、それはそうと今日は職業案内所に行くと言っていたので呼びにくい。
ヒーロー活動にはやく給料つけてやってくれ、国。

ライデンがピンチになったら幸也のケツを叩いて助けに行かせよう。

仮にも初代ヒーローだ、苦手なヴィラン相手でもなんとかやるだろう。
取り逃がすかもしれないが、むしろ早めに逃がして大学に被害が出ないようにしてほしいくらいだ。
温度が下がる度、幸也にしっかりしろと言い続けていると、ライデンはヴィランを叩きのめしたところだった。

幸也を宥めるのに必死で全然見てなかったんだけど。ごめんライデン。
苦手属性を克服したってことは新技とか出たのかな。後で聞こう。

「祈、無事!?」

後で聞こうもなにも、今聞けそうだ。
気絶したことで液体から人間に戻ったフラックスを無視し、ライデンは俺の方にやってきた。

てかちょっと待て、倒れてんのデカめの男なんだけど?
フラックスって男だったんか。
俺さっきまでこの人飲んでた? 性癖変になっちゃいそう。

「無事だよ。食堂も被害ねえな、やるじゃんライデン」

無事というにはついさっき溺死したのが問題だが、幸也からのつっこみはなかった。
それどころじゃねえって感じだ。憧れのヒーローがさっきよりも近くにいるもんな。

「ずっと手こずって来たのによくフラックス倒せたな。なんか新技使ったんか?」
「電気のコントロールをより精密にしたって感じかな。フラックスにだけ攻撃が当たるよう、電撃が広がって誰かが感電しないようにうまく調整できた。もっと前からこのくらい精密にできたけど、一度でも間違えれば取り返しのつかないことになるから、なかなか踏み切れなくてね。でも今を逃せばまたフラックスに逃げられちゃうから、そうなったときの被害を考えるとうじうじしてられない。うまくいってよかったよ」

相変わらずよく喋る。

「技名とかはないってことか?」
「なんだろ。パンチ・改?」

この世界にヒーローやヴィランが登場してからまだ日が浅い。
技名を叫びながらぶん殴る文化はまだなかった。そっちのほうが楽しいからやった方が良いと思う。

「普通に殴ったってことな」
「普通ではないよ、電気帯びてるし。水に電気を流すと、水素と酸素に分解されるから気体になる。フラックスは液体にしか同化できないから、本体を叩くにはそれで十分だ。水流のどこにフラックスがいるかに関しては、神経細胞ニューロン樹状突起じゅじょうとっきから細胞体を経て、軸索じくさくを通り、次の樹状突起へと流れる特有の電気信号インパルスを見つけた。これを戦闘の中でやるの大変なんだからね」
「お疲れ」

話が長すぎてあんまり聞いてなかったが、大変だったということはわかったので労わっておいた。
ライデンの話をのんびり聞けるのは、そのとき大抵俺がボッコボコになっていて再生途中だからってのもある。
痛みを誤魔化すために聞くにはちょうどいい話なのだ。元気な今聞くと若干暇する。

ライデンは話上手いほうだと思ってたけど、俺の錯覚だったかもしれねえ。
しんどい時に聞くから判断能力落ちてたのかもな。
やっぱおっさんの話は3割くらいで聞くべきだ。ライデンの年齢知らねえけど。

「そっちの彼を紹介してくれないの? 仲良く会話してたよね」
「あー、こいつは……

俺の隣で棒立ちになっている幸也について聞かれるが、なんと説明したものか。
ヒーローであることを言っていいのかどうかわからない。
許可を取ろうにも、幸也は目の前にいる憧れのヒーローに釘付けだ。
まともな判断ができるとは思えない。俺の話も聞こえなさそう。

一旦俺の判断で処理しとこう。
幸也を親指で指し示し、俺はライデンにこう言った。

「友達」

俺の言葉を受けて、幸也は先ほどのように軽く一礼した。
ライデンをガン見しているが、話は聞いていたらしい。
これ様になりすぎなんだよな。羨ましいわ。どんな会社でも面接通りそう。

「あ、へえ~。どうも、俺はライデン。うちの子がお世話になってます」
「誰がうちの子だ」
「もう最近君のこと産んだんじゃないかって気がしてきた」
「極まってんな」

ライデンが錯乱している。
なに、母性? ヒーローやってるとそうなんの?

「いやあ、祈って友達いたんだね。いつ襲われても一人だから友達いないのかと思ってたよ。焼肉店で襲われたときも寿司屋で襲われたときも、水族館や遊園地で襲われたときも一人だったよね?」
「失礼だろ。お前こそ友達いねえじゃん、新人ヒーローから無視されててかわいそ」
「失礼だな。確かに話しかけてもらったことないけど、それはこう、活動時間が微妙に被らないだけだと思うんだけど!? 避けられてないよね!? ヤバめの先輩ヒーローだと思われてる、俺!? もし新人に会ったら俺の長所いっぱい言っといて!」
「いいぜ。あ〜……めっちゃ喋るオモロ男、足が速い、マフラーが長い」

新人はこの場にいるので、この場で言っておいた。
聞いているかはわからない、ライデン見るのに忙しそうだから。

「祈は口悪いけど性根のやさしい子だから、見放さないで友達やってあげてね」

ライデンはツッコミを放棄し、幸也に俺のことを頼んだ。
ホントに俺のママみてえな立ち回りをするな。
母が死んだとか話したからだろうか。父はいるからな。やるならママってことか。

なんだよ、ストレートに褒めたらまたもじもじして、幸也が幻滅しちまうかもしれないと配慮してやったのに。
むしろ多少幻滅させといたほうが良いのか。
憧れが薄れれば雪狐とライデン、インフェルナの3人でパーティ組めるだろうし。
そのうち戦隊ものみたいに5人くらいにならねえかな。アイアンクラッドを戦隊ブラックにしてえ。

「はい」

幸也は表情を凍りつかせたまま、なんとかその返事を絞り出した。
俺は付き合いが長いので頑張って返事したんだなとわかるが、客観的に見ればただ口数が少ない真面目くんである。見た目ってこんなコミュニケーションに影響あるんだ、すげ。
ライデンもすっかりそう思ったようである。

「クールな男の子だね」
「ぎゃはは」
「祈はなぜウケてるんだろう」

ライデンがチーム組める日は遠そうで、思わず笑ってしまった。
もっと別の新ヒーローが出てくるのを期待した方がいいな。

雪狐がライデンの前で活動できるようになるより、アイアンクラッドがヒーローに転職する方が早そう。
アイツ最近だいぶ所帯じみてきて、家帰るとバラエティ番組とか見てんだよな。
家族かって。休日のお父さんかって。

仁は無職だから、リストラされたお父さんだな。
うわあ。嫌だ。てか俺の父はまだ生きている。父は2人もいらん。
前世含めたら既に父2人いんだから。


カクヨムで加筆修正したものを連載中です。
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