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Hizuki
2025-05-25 22:38:57
5958文字
Public
あんスタ[零薫他]
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夜中の共犯者
【あんスタ】零薫。夜中に『周りに怒られない程度の悪さ』をしようとする薫の話。アドニス視点のおまけあり。悪いことを一緒に。
1
2
「
…
おや、帰っておったんじゃな」
聞き慣れた声が聞こえてきたのは、手洗いとうがいを済ませて共有ルームのテーブルの上にビニール袋を置いたのと同時だった。日付が変わってそう経っていない時間帯を考慮してか、少し控えめな声量だったものの、静かな空間では十分に聞こえた。自分一人だけだからと照明を抑えた薄暗い部屋の中に、声と話し方がその人物を知らせる。
「うん、さっき帰ってきたとこ。ただいま」
声が聞こえた方に顔を向けると、共有ルームの入り口に笑みを浮かべた零くんが立っていた。零くんからするとまだ早い時間ではあるだろうけれど、もう寝るだけといった格好で。
「おかえり。大変じゃったのう。遅くまでお疲れさまじゃよ」
「ありがとう。零くんも遅かったんでしょ?お疲れさま」
朝から詰まっていた今日のスケジュールは急な時間変更やらトラブルやらに見舞われて、帰り着いてみればこの時間だった。共有されていたスケジュール通りなら、俺ほどではないものの零くんも今日は少し帰りが遅かったはずだ。出迎えと労いの言葉に応じて同じ言葉を返せば、零くんは小さく頷いてそのままこちらに歩いてきた。肩にかけていた荷物を椅子の背に引っかける。
「
…
さ~てと、やりますか」
「ん、こんな時間から一体何をするんじゃ?」
俺の独り言のような宣言に零くんが首を傾げる。隣に零くんがいたとしても、俺がこれからしようとしていることに変わりはない。これは、今日の帰りが遅くなることが分かったところで、こうしようと決めていたことだったから。
「
…
ふふ、聞いちゃう?」
「我輩が聞いてもいいことならば」
どうやら興味があるらしい。思わせぶりに言ってはみたけれど、誰に聞かれたとしても困るようなことでもない。そのまま言っても面白くないから、用意を見せることにする。まずはキッチンの方に向かって、冷凍庫を開けた。誰が食べてもいい共有の冷凍食品と、所有者を明確にした個人のものとが所狭しと詰められている。『はかぜ』と書かれた付箋を貼ったビニール袋から、その中に入っているものを一つ取り出して冷凍庫を閉める。そして、そのまま冷蔵庫の側面に貼られていたマグネット式のポケットからはさみと油性ペンを、キッチンの引き出しからスプーンを一本拝借してテーブルに戻って椅子に座る。最後にテーブルの上の袋から中身を出して、持ってきたものを全て並べて見せた。
「カップアイス
…
とチョコスプレー?」
「そう」
移動中に寄ったスーパーで買った、容量の大きなチョコスプレー。それらを見た零くんは不思議そうに俺を見る。
「
…
周りに怒られない程度の悪さをしようと思って」
普通に食べてもアイスはおいしい。でも、それにトッピングを追加すればより楽しく、おいしくなる。カップアイスのふたを外して、中のフィルムをはがす。
「これをね
…
、こう!」
チョコスプレーの封を切って開けて、アイスの上にかけていく。かけるのは少しではない。容器の端までみっちりと隙間なく広げていく。もうかけるというより敷き詰めると言った方が正しいかもしれない。あっという間にアイスの表面はカラフルな色のチョコスプレーで埋め尽くされた。
「おお
…
!これは随分悪いことをしよる
…
しかもこんな時間に
…
!」
テーブルの上のささやかな悪事を見て、零くんは目を輝かせた。いただきます、と手を合わせて、スプーンに一口分を掬って自分の口へ。一体いつの間に置かれるようになったのか、熱伝導のアイス用スプーンがあったおかげで、思っていたよりもすんなりと掬うことができた。
「でしょ~?もう一個アイスあるから、零くんも悪いことする?」
「ふむ
…
とはいえ丸ごともらってしまうのは申し訳ないし
…
。そうじゃの、一口だけもらえるかえ?」
「もちろん!」
控えめな希望を聞いてアイスのカップとスプーンを零くんの方に寄せるも、それに手を伸ばす素振りは見えない。零くんに視線を向ければ、にっこりと笑って人差し指を口元に添えて続ける。
「せっかくじゃし、薫くんに食べさせてほしいんじゃけど」
きゅるん、という効果音が付きそうな、可愛くおねだりをするようなポーズ。世間に知られている『夜闇の魔王』という二つ名から遠くかけ離れている、そんなポーズでも違和感がないのは本当にどうしてだろう。
「もう、仕方ないなぁ。はい、あ~ん」
こういう姿を見せてくれるのは俺の前でだけだという自負もあるから、そのおねだりに応える。チョコスプレーが落ちても大丈夫なようにカップで受けながら、アイスを掬ったスプーンを零くんの口に運ぶ。
「うむ
…
よいのう
…
。この時間だから、というのもあるのじゃろうな
…
」
お手頃な値段で手に入る普通のアイスで、零くんがしみじみとしている。その状況が少しおかしくて、つい小さく噴き出してしまった。満足そうで何よりではあるのだけれど。そんな零くんを横目に俺もアイスを口に運んだ。
「して、薫くんや」
「ん?」
一口、そしてもう一口。表面にあったチョコスプレーがアイスと共に姿を消していく中、ふと零くんに名前を呼ばれてスプーンを動かす手を止めた。口にくわえたまま、零くんの方を見る。
「
…
これで我輩も共犯じゃのう?」
顔を耳元に寄せて囁かれた、わざとらしい低い声。
『悪事』を『共有』したから『共犯』だ、と彼は言った。
元の位置に戻った彼は楽しそうに笑みを浮かべている。
「
…
あはは、共犯!そうだね、確かに共犯だ」
悪事の規模と声のギャップに思わず笑い声を上げてしまう。身も蓋もない言い方をするなら、『朔間零の無駄遣い』と言ってもいい。少なくとも、こんなささやかな悪事の共有で発せられていい声音ではないことは確かだ。もっと大きな悪事、例えば、迷いながら立てた殺人計画の最後の一手を躊躇ったところに手を添えて、相手に向けた銃のトリガーを一緒に引いて計画を完遂した、みたいな時に聞く声だろう。震えてしゃがみ込んだところにかけられる声、罪の意識を植え付けるような、自分も巻き込んだのだからもう後には退けない、と確認させるような声だった。
「
…
じゃあ、もうちょっと悪いこと、しよ?」
一度スプーンをカップのふたの上に置いて、椅子を少し零くんの方にずらす。顔を寄せて誘ってみせれば、さっきまでの余裕そうな表情は一瞬で崩れた。綺麗な紅い目を大きく見開いて、俺の様子を窺っている。テーブルの上に置いたままのチョコスプレーの袋を手に取って、封をしたチャックをもう一度開ける。
「か、薫くん
…
それは
…
」
「ふふ、それ~!」
何をしようとしているのか先に伝わったらしい。最初にかけた分は食べ進めていくうちに当然姿を消してしまった。傾けた袋の中で角度に合わせて、中身がぱらぱらと軽い音を立てる。
「い、いいのかえ
…
?そんなことをしても許されるのかえ
…
!?」
「いいのいいの!今日は俺がルールで~す!」
アイス本来の色がカップの中に戻ったところを、もう一度カラフルに塗り替えていく。あっという間にさっきと同じ状態に戻った。零くんは両手を口元に添えて、ひどく驚いた様子で俺とカップに交互に視線を送っている。
「
…
ってことで、俺も零くんに食べさせてほしいな?」
さっきと同じお願いをすれば、零くんは嬉しそうにカップとスプーンに手に取った。チョコスプレーがいっぱいかかっているところを掬って、それを俺の方に差し出してくれる。落ちてきそうになった横の髪を軽く押さえて、アイスを口に収めた。ひんやりとした感覚と甘い味が舌の上でじわりと広がっていく。
「ん~、おいし!ありがと、零くん」
「
…
薫くん、我輩ももう一口欲しい」
頷いた零くんが続けた望みに、自分の表情が緩んだのが分かる。
「もう一口じゃなくて、半分こしよ?」
「
…
うむ」
やっぱりおいしいものは誰かと一緒に食べた方がよりおいしく感じられる。隣に零くんがいて、夜中の時間という背徳的なトッピングも乗れば、もっと跳ね上がっていく。色がなくなったらまた足してを繰り返して、2人で分けたカップの中身はあっという間に空になった。
「は~満足!」
「我輩もいい経験をさせてもらったわい。ありがとう、薫くん」
「それは何よりで」
ごちそうさまでした、と揃って手を合わせた。大したことじゃないし大袈裟だなぁと思わなくもないけれど、零くんがそう感じてくれたのなら俺も嬉しい。
「さ~て、片付けてお風呂入って寝ようかな」
「ああ、片付けは我輩がしておくぞい。疲れておるじゃろうし、ゆっくり休むんじゃよ」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えて。ありがと」
今日は素直に零くんの言葉に甘えさせてもらうことにする。片付けやすいようにゴミを簡単にまとめて、まだ中身が残っているチョコスプレーの袋の裏側にペンで名前を書いた。大容量のものだから、今日みたいなかけ方をしたとしてもまだ何度かは食べられるはず。その時までは冷蔵庫にそっと寝かせておく。立ち上がって椅子の背にかけていた荷物を持った。
「また『悪いこと』をする時は我輩も呼んでおくれ」
「
…
ふふ、りょ~かい。おやすみ、零くん」
「おやすみ、薫くん」
…
どうやら『悪いこと』は相当零くんのお気に召したらしい。いっそのこと、今度はディッシャーで掬うタイプの大きなアイスを買ってきてもいいかもしれない。だったらもう少しトッピングの種類を増やすのもアリかな、なんてまだいつになるか分からない次のことを考えながら部屋を後にした。
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