ねぶくろ
2025-05-25 17:48:10
3481文字
Public 一次創作
 

ジャンクフード/ノンホール・ピアス

『ジャンクフード』
10月29日にTwitter(現X)に投稿したSSです。

『ノンホール・ピアス』
12月23日にTwitter(現X)に投稿したSSです。



ノンホール・ピアス


 あの子から貰ったノンホールピアスをどこかに落とした。
 北風の吹き抜ける駅のホームで呆然と立ち尽くす。わたしは、髪の毛を掻き上げた姿勢のまま馬鹿みたいに固まって、耳元に出来た空白を指先でなぞった。
 特急の滑り込んできた三番線に立ち尽くしたまま、耳たぶに手で触れる。そこにあったはずのアクセサリーは忽然と消え失せていて、わたしはその場で呆然としていた。後ろに並んだ人たちが訝しみ、わたしを邪険にしながら電車に乗り込む。その景色を遠くに眺めながら、涙が滲んで目元を擦った。
 あの子は、友達の少ない子だった。口数も少なくて、いつもひとりで窓の外の空を見ていた。同じ高さを見上げても、あの子が何を熱心に眺めているのかはわからなかった。尋ねてみればよかったのかもしれないけれど、どこかひんやりとした空気を纏ったあの子に質問をするのは、その世界を奪ってしまうみたいで怖かった。
 あの子はいつもひとりで、『みんな』から遠巻きにされていた。だから何となくひとりが好きなのかと思っていたけれど、誘えばどこにでもついてきてくれた。ショッピングモールでも、遊園地でも、カフェでも、わたしの家にでも。
 わたしは、あの子と友達になれたことが誇らしくて、――クラスメイトの誰も知らないあの子について知っていることを、何かの勲章のように思っていた。きっとあの子はわたしの邪な気持ちに気づいたのだろう。
 だから、ブロックされたに違いない。

     *     *     *

「ピアスあけたいな」
 わたしがそんなことを言ったのは、その時見ていたドラマの影響だった。スマートフォンをいじりながらそんなことを呟いたわたしの顔をちらりと見て、あの子は「ふぅん」と興味もなさそうに相槌を打った。
 やめなよという制止でも、良いじゃんという肯定でも、私もという共感でも、そうなんだという相槌でもなく、ただ「ふぅん」と。――わたしはそれが少し悔しくて、けれど同時に「らしいな」と安堵した。
 放課後のファストフード店でテーブルをはさんだあの子を見つめる。窓の向こうの夕暮れが映ったその双眸に、ピアスの映る余地はない。あの子らしい無関心に、わたしはピアスの商品ページを見せて、「これとか可愛い」と当てつけのようにあの子の視界を奪った。あの子はそれを一瞥してから、わたしを見つめた。透明な眼差しを受けて、その瞳の中にわたしだけが映っていることに安堵する。
 あの子がノンホールピアスをくれたのは、それから数日後のことだった。
 ファストフードばかりでは太るからと、その日はコンビニで買った肉まんを頬張って、店の前の車止めにもたれかかっていた。
「え、どうしたのこれ?」
 出し抜けに渡された包みに驚いて、「貰っていいの?」とその顔を見れば、あの子はただ単純に頷いた。
「穴はいつか塞がるけど、あいたら塞ぐまで空っぽでしょ」
 だからあけない方がいいよ、と忠告するような言葉に、わたしを案じてくれているんだと悦に浸った。他の人には触れさせないような、あの子の言葉のひやりとした肌触りが嬉しくて、わたしは貰ったばかりのノンホールピアスを目の高さに掲げた。
 青いイミテーションの宝石が、店内から零れた蛍光灯の光を受けて煌めく。あの日わたしが見せたものと少し似ているのは、きっとそれを参考に選んだからだろう。
……ありがとう、これも可愛い」
 お礼を言って、すぐにそれをつけた。耳元に揺れる青い宝石は偽物だけれど、この世の何より美しくわたしを飾った。

     *     *     *

 お出かけをしようと約束をした。あの子ともっとずっと一緒にいたかったから。
 あの子は律儀にメッセージを送ってくれた。
『いつにする?』
 画面に並んだ六文字をお守りみたいに抱きしめて、わたしは自室のベッドに寝転がった。ずっと、ずっと、そうしていた。何時間も、何日も。
 わたしは、あの子の連絡に返事をしなかった。そうすればずっと、――ずっと、ずっと永遠に、繋がっていられると思っていたから。
 連絡を待ち続けてくれると、思っていたから。
 現実はそうではなくて、あの子はあっさりわたしをおいて一人の世界に戻っていった。
 他の人にそうするみたいに、あの子はひやりとした壁を作って、わたしをそこから締め出した。呆気ないほど簡単に、わたしとあの子のつながりは絶たれてしまった。
 駅のホームに佇んで、なくしてしまったノンホールピアスの片方を手探りで外す。触れた耳たぶに、穴はなかった。わたしの中に、あの子に塞いでもらえるものなど、何もなかった。