氷雪ヒーロー・
雪狐と、炎熱ヒーロー・インフェルナのチームアップは好調のようだ。
お互いそれなりにドジっ子のようだが、お互いのドジをフォローしあってなんとかやっているようである。
彼らのせいで人死が出たという話は聞かない。それがなによりだ。
「というわけで被害も抑えられ、ヴィランの捕縛率も上がり、祈さんには感謝の念が耐えないのですが
……」
氷雪ヒーロー・雪狐こと氷室幸也は神妙な面持ちでそう言い、言葉を濁したため、俺は続きを促した。
「ですが?」
「それ本当に大丈夫なんですか!? 医者に行かなくて!?」
炎熱ヒーロー・インフェルナこと赤沢雛は、幸也から発言を引き継いでそう叫び、元気よく頭の炎を燃やした。
俺の皮膚は現在紫色だ。
奇抜なメイクではなく、毒のヴィランによる攻撃の余波を受けたからである。
「平気平気」
俺を氷漬けにしたやつと火傷負わせたやつが何心配してんだよ、と冗談っぽく言ってやろうかと思ったが、そんなこと言ったら両者共に本気で落ち込みそうだったのでやめる。
冗談じゃない冗談は言うべきではない。
実際、毒が平気かどうかはあんまりわからない。毒なんて食らったことないからだ。
賞味期限切れの食い物くらいしか摂取したことねえよ。
そんな人を不安にさせるようなことも内心に留めておくべきである。
言ったところでどうにかなるわけでもない。
「お医者さんに行けない理由があるんですか!? 保険証やお金がないとか!? 私出しますよ!? 国籍がないとかですか、医者を脅して連れてくればいいんですか!」
「あ、そういや雛には言ってなかったな。俺は再生能力のある異能力者だから、このままで平気だ。お前の手形も消えてきたぜ」
「そうなんですか!?」
「そうだったんですか!?」
「なんで幸也も驚いてんの?」
「いや俺も聞いてないですけど!?」
そういや幸也にも言っていなかったらしい。
あれ初対面だったもんな。
初対面からいきなりスーパーパワーを暴露するのはマナー的にどうなんだって話。
スーパーパワー持った人間は全然一般的ではないので、マナーもなにも共通理念が存在しねえけど。
「普通全身氷漬けになったら人間死んでんだろ」
「確かに
……」
「確かにじゃねえわ」
「実は人なら凍らせても死なない能力だったのかと思って
……」
「危ねえ! 俺以外にやってねえだろうな!」
「やってないですよ、必要もないし。コールドスリープとかできるのかなって期待したんですけどね」
「まあ夢は大事だな。スーパーパワーってのは解明されてねえし、信じればいつかはできるかもしんねえ、諦めんな」
「コールドスリープの必要ないんでそんなに頑張る気しないです」
「なんなんだてめえ」
俺と幸也のやり取りを聞いて、雛は頭をぼうぼう燃やしている。
頭が炎の人間による感情表現には詳しくないが、これはおそらく爆笑だ。
笑えるくらいには元気になったようでなによりである。
そんな日の帰り道のことである。
ちなみに毒はちゃんと治った。俺ってすごいね。
「うわっ」
道を歩いているとヴィランが落ちていた。
黒い塊だったので何かと思えば、炭になりかけている人間だった。
焼死がトラウマなので見ているだけで気分が悪い。生きていそうなので声をかける。
「なんそれ、インフェルナにやられたんか? 前は善戦してたのに。今日は調子悪かったんかよ、アイアンクラッド」
「
……うるせェ」
「わ〜喋った」
外骨格は失っているが、中身の男には見覚えがあった。
左眉を裂くように縦に走った傷痕が、彼にさらなる威圧感を与えていた。
金属ヴィラン・アイアンクラッド。
ライデンと初めて出会った時に戦っていたのもこいつだし、インフェルナに初めて出会った時に戦っていたのもこいつだ。古参ヴィランである。
引き際を見極めるのが上手く、生存に長ける男だと思っていたが、これは評価を改めなければならないかもしれない。
「今にも死にそうな感じ? 救急車呼んだら助かりそうな感じ?」
「はっ。俺を載せて動く救急車両はねェだろうな」
「救急車の耐荷重なんざ知らねえしお前の体重はもっと知らねえよ。今にも死ぬってことで良さげ? どしたん、遺言聞こうか?」
「思ってたよりムカつくガキだな」
「自分のこと散々殺そうとしてきたヴィランに対してと思えば有情だろ」
アイアンクラッドは体格のいいマッチョではあるが、救急車に乗せられないほどの巨漢ではない。
すると骨とかが金属になっててめっちゃ重いとかなんかな。なんなら体表も? 金属を操れるだけでなく己も金属ってことか。
だから丈夫で長生きしてんだな。やはり強い能力だ。
焦げたアイアンクラッドは、ヤケクソ気味に笑った。
「トドメでも刺したらどうだ?」
「憎む相手にやるには悪手だろ、お前そのままの方がしんどそうだもん。俺は別にお前のこと恨んでねえからやってやってもいいけど」
「聖人様かよ」
「ぎゃはは! 死にかけだから俺がキラキラして見えんのか!? 惚れんなよ!」
「うざすぎる
……」
アイアンクラッドは俺の評価を下げたようだが、こちらは逆だ。
案外おもしれえ男だった。まず会話が成立するというだけで随分マトモな方のヴィランである。
ライデンと戦ってる時もお喋りしてたもんな。
ライデンはお喋りなヒーローだが、ヴィランとはあんまりうまく会話できていない様子だ。
ヴィランは大抵変になっているので、お互い一方通行の発言になっていることが多い。
ヴィランになりかけたインフェルナみたいな感じだ。
多大なストレスがかかり、もうどうにでもなれって感じで暴れてるやつとかばっか。
ミュータントへの社会保障とかがあればもっと違うと思うが、まだまだ難しいらしい。
「なんでヴィランやってんのか聞いていい?」
「ライデンを殺してェ」
意外にも素直に教えてくれた。冥土の土産というやつだろうか。
逆? 冥土の土産って俺がアイアンクラッドにあげなきゃいけないのか?
それにしても想定外の理由だ。
「え、そうなんだ。お前昔からいるから、ライデンが出てくる前から暴れてんのかと思ってたけど、ライデンのが先なんか」
「順番なんざ意味がねェよ」
「なんで殺してえの?」
それに関してはだんまりだった。今度ライデンの方に聞いてみるか。
「ライデン殺したい割に、こないだインフェルノと戦ってたよな」
「向こうから来たら対処するだけだ」
「ははあ。殺す気はなかったと。ちなみに俺は? お前に巻き込まれて何度か死にかけてるけど?」
「俺を殺してェならやればいい」
「殺される覚悟があるから人を殺していいという理論は成立しないぜ。お前が傷つけた人に、人殺しの覚悟を決めさせようとするな。それがどんだけしんどいことか、お前はわかってそうだけど?」
今までぽんぽん返事が返って来ていたのに、急に黙った。
絶対図星だと黙るタイプだ。言いたくない時も黙る。
なんてわかりやすいんだ、心理戦に向かなさすぎる素直な男である。
かつて大事な人を殺された復讐をするためにヴィランになった、ってな感じなのか?
そんで殺人犯はライデン? ライデンの過失なのか、誤解があるのか。
俺が踏み込んでいい話じゃねえんかな。
当事者同士でなんとかしてもろて、ってぶん投げるべきか。
とにかく、俺が目下アイアンクラッドに聞かなきゃならねえことはこれだ。
「ウチくる?」
「
……はァ? なんでそうなる」
呆気にとられた顔を見たのは初めてだ。
戦っているアイアンクラッドは、いつも厳めしい顔をしている。
暴れるヴィランってのは楽しそうにしているのも多いし、もうどうにもならないと泣きながら暴れるのも、自分は正しいと思い込んで何でもない顔をしているのも多いが、そのどれとも彼は違う。
いずれ罰は受けるとでも思ってそうな顔だ。
なんかシリアスな事情あんだろうな、ってのはお察しである。
あれだ、ダークヒーローの素質があるんじゃねえかとこっそり思っていたのだ。
「動けねえ感じ? しゃあねえなあ、戻ってくるまで通報されんなよ」
アイアンクラッドが罪人だろうが、日本に死刑という制度が存在しようが、俺に裁量権はない。
思想のために戦うなんてこと俺は絶対にしないが、もし戦うのならヒーロー相手でもヴィラン相手でもなく、
人間相手になるだろう。
一歩間違えば、異能力者たちは本当に人権を失いそうなのだ。
人間には存在しない能力を持った者たちを、
人間ではないと定義して対処すべきだ、という世論はそれなりにある。
街に入り込んだ熊とか、自然災害とか、そういうジャンルとして対処しようってのはわからんでもないが、ヴィランに人権がなくなれば世界がどうなっていくか想像に難くない。
逮捕とか裁判とか全部ぶっ飛ばして殺すとか、そういう話になってくる。
そのうちヒーローにも人権が無くなり、俺達みたいなこっそり生きてる能力者たちは一生表に出られないだろう。
俺の望む世界ではねえな、間違いなく。
助けられそうならヴィランでも助けるべきだ。
どんなクズでも治療を受ける権利が存在する。それが人権ってもんである。
救急車で動かせない男を、いたいけな少女に過ぎないこの俺が動かせるわけがない。
俺は一度家に帰り、目的のものを持ってアイアンクラッドのところに戻ってきた。
アイアンクラッドはまだ生きていて、焦げたままそこにいた。
――ま、長々人権意識について考えたが、俺はこれから倫理観やばめのことをしようとしている。
注射器を片手に、俺は朗々と勧誘する。
「バイトォ〜。治験バイトいかがっすかァ〜。報酬はお前の命、リスクもお前の命。このまま死ぬかもしれねえならやる価値あるだろ」
「なんだそりゃ
……」
話を真面目に聞いてもらうために、お茶らけた雰囲気をひっこめた。
アイアンクラッドの目を見て、誠実に説明する。
「俺は医学生で治癒能力のミュータントだ。これは研究途中の特殊な治療薬、原材料に俺の体細胞等が使用されている。動物実験は成功してるけど人間に使ったことはねえ。いろいろちょうどいいんだわ、お前だったら俺の薬で死んでも罪悪感ねえし」
己の特殊能力を開示するのは、会って2度目以降、というのが俺ルールだ。
アイアンクラッドと会話するのはこれが初めてだが、会うのは初めてではない。だから良し。
それに
実験体になってもらうのなら、俺には説明の義務がある。
手元の注射器を揺らし、アイアンクラッドの焦げた顔を覗き込む。
「やる?」
「
……勝手にしろ」
「あらやだ、俺の命はお前に預けたぜってこと? プロポーズかよ、ぎゃはは!」
「死にかけのヴィランにコント仕掛けるな。さっさとやれよイカレ女」
ノリのいいやつは好きだ。
俺はアイアンクラッドの腕を取り、注射器を打ち込んだ。
経過観察。
スマホを取り出して、カメラモードを起動する。
アイアンクラッドは大きく顔をしかめた。左眉をまたぐ縦傷が歪む。
「撮んな」
「ハリウッド映画とか見ねえの? 研究者ってのはすぐビデオで記録撮るんだよ。実験者一号、体調どうですか」
「死にてェから殺してェになってきた」
「元気になってきたと。いいじゃん、成功してそう」
アイアンクラッドはしばらく、自分の手のひらを握ったり開いたり、肘を曲げたり伸ばしたり、近くの標識を折ったり伸ばしたりした。
金属操れるからって、さりげなく器物損害すんのやめてくんない?
ヴィラン仕草が染みつきすぎだろ。
ついに立ち上がったアイアンクラッドを見て、俺は撮影を止めた。
充分元気になったようだ。あとは副作用とかが出ないか確認したい。
「んで、ウチくる?」
「はァ? だからなんでそうなるんだ」
「行くとこあんの?」
俺にはアイアンクラッドの経過をもっと長期的に観察できるメリットがある。
アイアンクラッドにも潜伏場所ができるというメリットがあるはずだ。悪い取引ではない。
ヴィランを匿うのは犯罪寄りの行為だが、勝手に作った薬を勝手に人間に投与してる時点で大分やらかしている。
超常の力に関する法律はないので、いろいろと抜け穴はありそうなんだけど。
それこそヴィランに人権が無くなったら、俺がやったのは動物実験と同じくらいのことになるな、ぎゃはは。最悪。
「黒焦げだったが、よく見たらお前の傷はインフェルナの攻撃によるもんじゃなかった。インフェルナ以外に炎熱に近い異能力を使用するヒーローの話は未だ聞かん。ヒーローじゃねえなら
ヴィランだ。ヴィランにもあるだろ、派閥だのなんだの。負けたんなら居場所ねえんじゃねえの」
アイアンクラッドはだんまりだ。図星ということでよろしいか。
「んで、どうすんの」
「
……どうなっても知らねェぞ」
「送り狼に変身するぜって宣言か? いい度胸だな」
「早く歩けイカレ女」
俺んち来るってことでいいらしい。
まったく素直じゃないんだから。ヴィランだから仕方ねえか。
しかしイカレ女と呼ばれるのは納得がいかない。イカレはいいが女が嫌だ。
「片桐祈だ。かあちゃんって呼んでもいいぜ」
「どこ取ってんだアホ」
なんならライデンより真面目につっこんでくれるな、この男。
ライデンは途中でボケにボケを重ねてくるタイプの男なので、それはそれでおもろいが話の収拾がつかなくなることがあるのだ。
「お前のことはアイちゃんって呼んでも」
「いいわけねェだろ」
「アンちゃん」
「
鍛谷」
嫌すぎて名乗りやがったこいつ。
「
……お前もかあちゃんだったか」
「
仁」
嫌すぎて下の名前まで名乗りやがったこいつ。
個人情報の取り扱いがなってねえ。
全然じっちゃんとかになっちまう名前だけどいいのか。良くねえんだろうな。
一応俺の見た目はカワイイ女のはずなのに、絡まれて嬉しくないとは、硬派な男である。
「俺は最近寮出たからな。男連れ込み放題だ」
「
……既にいんなら行かねェぞ」
「お前が第一号だって」
「二号が来るなら出てく」
「そんなに俺と2人っきりでいたいってことか。仁ってば♡」
一瞬本気の殺意が仁の目に宿ったのが見えたので、ここいらで黙ることにする。
アイアンクラッドと同じく、俺も引き際はわかるタイプだ。
カクヨムで加筆修正したものを連載中です。
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