九条空
2025-05-25 00:00:00
7102文字
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炎熱ヒーロー・インフェルナ


ライデンに対し、大学生と伝えたのは真実だ。
俺は15の頃から大学生をやっている。18の今は院生だ。
前世の記憶があるし、この体の脳みそは結構優秀だった。

俺は飛び級している。正確には、高校を丸々スキップして大学に入学した。
そんで大学4年間もちょっとだけスキップして、3年で院に進んだ。
博士号を取るまでにもいくらかスキップできそうだったが、院生というポジションはなにかと便利だ。
こっからは奨学金を借りながらのんびり研究に勤しむつもりである。

小学2年生までは、俺も普通の人生を楽しむつもりだった。
身体に精神年齢がひっぱられてか、ガキの遊びも楽しかったし、友達もできた。

そんな悠長なことを言っていられなくなった事件が起きたのは、ある日突然のことだった。

交通事故だ。
運転していた母は死に、助手席に座っていた父は片足を切断。

俺は――無傷だった。
父は泣きながら、母が守ってくれたのだというが、違う。

本当は俺も死んでいた。
あるいは、死んでもおかしくないほどの重症だった。
父は錯乱していて覚えていないのだろう。
俺はいっそ死んでしまいたいくらいの激痛の中、自分の体がゆっくりと再生していくのを見た。

ひしゃげた骨が伸び、血はあっという間に乾いて、飛び出して転がった自分の目玉と目が合った。
運転席を見ると、そこは完全に潰れていた。どこまでが車の金属片で、どこまでが肉片なのかわからないほどであった。母だ。
車のパーツに挟まれた足をなんとか引き抜いた父に抱えられ、引きずられるように外に出た。
瞬間車が爆発して、母は木っ端微塵になった。

それ以来、対外的には医学の道に進み、こっそり自分の体質を研究して他者の治療に使えないか研究を続けている。

「だから爆死と焼死が一番嫌なんだよな。ちょっとトラウマ」
「エピソードが重い……

次点で嫌なのが圧死だ。
本来なら爆死・焼死と並んで嫌な死に方だったのだが、何度か瓦礫に潰されたのでちょっと慣れてしまった。

ヒロインにはなりたくないが、ヒーラーにならなりたい。

自分の体を治せるより、他人の体を治せるほうが有用だからだ。
このヒーロー社会では、自分の代わりにヴィランと戦ってもらった方が良い。
戦うのなら治療は必須だ。異能力バトルをするのなら、怪我も異次元である。であれば治療も異次元でなければ釣り合いが取れない。

今日も今日とてヒーローとヴィランによる戦闘に巻き込まれ、傷を負った俺は、回復を待つ間ライデンと雑談していた。
近くで爆発炎上した車によって若干火で炙られたので、それにまつわる昔話をしたが、ライデンは俺の話を聞いて頭を抱えてしまった。

雑談の話題をミスったらしい。
いつもライデンの話を聞いてばかりなので、たまには俺からもなんか話すかと思ったのだが、もうちょい段階を踏んでからする話だったかもしれねえ。
3年もこんな関係を続けているので、知人から友人くらいにはなったかと思ったんだけどな。軌道修正する。

「新ヒーローに炎の能力者が来てくれてよかったよ。完全にないってわけじゃないけど、あんま能力被ることないじゃん。街燃やしまくるヴィラン来たら最悪すぎた」
「あー……そうだね」

ライデンの歯切れが悪い。
マスク越しでもわかるくらい目を逸らされている。

「言いたいことあるなら言えよ」

ライデンは中指で眉間のあたりを押し上げる動作をした。
たぶん、普段はかけている眼鏡を直す癖が出たんだろう。
そういう細かい手掛かりで身元特定されそうだから気をつけて欲しい。
散々言いよどんだライデンは、最終的にはこう言った。

「その、炎はヒーローだけど、爆破の方は……
「いるのかよ! 爆死したくねェ〜!!」

俺は巻き込まれるだけの犠牲者で、特にヒーローオタクでもヴィランオタクでもない。
ヒーローについては多少調べたが、いちいちヴィランの名前だの能力だのは覚えていないのだ。
いるのかよ、爆発担当のヴィラン!

マスク越しなのでそれほど表情はわからないが、ライデンはたぶん真剣な顔をした。
少なくとも声色は真剣だった。

「今度こそ君を守ってみせるよ」
「ほどほどに期待しとくぜ」

プロポーズかい、とか茶化すことはしなかった。
できないことを言うな、と切って捨てるほど薄情でもない。
ヒーローは夢をでっかく持つべきだと思うしな。
不可能なことを言ってのけるくらいが頼もしい。



駅の構造ってのは複雑だ。
改札を出たんだからそこが1階だと思えば、2階だったり地下だったりする。

俺は駅近くにある贔屓のドーナツ屋に向かっていたが、突然壁が吹っ飛んできた。
当然ヴィランだ。吹っ飛ばされた先はガラスで、俺はまたガラスを突き破る羽目になった。

さらに災難なことに、飛び出した先は空中だった。
改札出てすぐだったんで俺はここを地上だと思い込んでいたが、意外に3階くらいだったんだなあ。

落下しながら呑気に考える。
マジで嫌だが、落下した後の傷はそれほど再生に時間がかからない。
ほぼ圧死と同じような感じだ。潰れたり折れたり破裂したり、ってなところである。
これまでヴィランに巻き込まれてきた結果、そういう怪我は何度もしてきている。てか落ちて叩きつけられるのも初めてではない。

しかし、俺がコンクリートの地面に叩きつけられるよりも前に、ヒーローが現れた。
ライデンではない。炎をまとう女性ヒーローだ。

名前はインフェルナ。
業火を意味するインフェルノのもじりで、炎を操る。
他のヒーローとは異なり、インフェルナは顔を隠すマスクをつけていない。

代わりに、首から上が燃えている。
その炎の先に顔があるのか、はたまたその炎自体が顔なのかは不明だ。
この世界はこういう外見に影響が及ぶタイプの異能力もそれなりにある。
炎をエンジンのようにして空を飛べるらしく、めちゃくちゃヒーローっぽいヒーローである。

顔はわからないが、首から下は確実に女性のものとわかる。
単純に言えばナイスバディ。多くの男性を異形頭好きに目覚めさせたと評判だ。
初の女性ヒーローということで、女性にも人気である。特に女児。

そんなインフェルナに腕を掴まれ、落下死を免れた俺だが、怪我はした。

ジュウ、と肉の焼ける音がして、俺の腕は掴まれた手の形に真っ赤になる。
インフェルナは体温が高いらしい――顔も燃えてるしな。
この手形が頬っぺたについていたら、紅葉のようなザ・ビンタ痕になっていたのだろう。
半ば現実逃避でそう思う。これ、ケロイドになるだろうな。

俺が直接的な母の死因であろう圧死より、焼死を嫌だと思うのは、死ねなかった時に最悪だからだ。
火傷は治すのにもっとも時間がかかる傷だ。
体の組成が熱によって変質してしまうので、火傷を負ったその部分ごと作り替える必要がある。
切り裂かれた部分同士をくっつければ良い刺傷や切傷よりも、はるかにコストがかかるのだ。萎える。

体が潰れたのを治すよりも、なんなら失った部位を再生するよりも、火傷はさらに時間がかかるということだ。
俺に度胸があれば火傷の部分を切り落として再生するのだが、コスパのためにそこまでのことはできない。痛いし。グロいし。
ヴィランから刺されるのはしょうがないと思えるが、自分で自分を刺したら怖いだろうが。えぐりとるとなると尚更。怖~。

「き……

目の前のヒーローが何かを言いかけたが、もっとよく聞こうと耳を澄ます必要はなかった。

「キャーッ!!!」

続いたのは言葉ではなく、絹を裂くような悲鳴だった。
叫ぶなら大火傷を負った俺の方だと思うのだが。
インフェルナは頭部の炎をごうごうと燃やしながら、早口に言った。

「ご、ごごごごごごめんなさい温度調節を間違えてっ! 嫁入り前の娘さんになんてことを!」
「おお……そんな気にすんなよ、事故だろ。てか前見ろ前、ヴィラン来てるから」
「ヒィーッ! 離れててね、危ないから!」

炎を纏うヒーローは、情けない悲鳴をあげたあとヴィランに立ち向かって行った。

イメージと違うな。
雪狐の前例があるのでそれほど驚きはしない。

離れていろと言われても、俺の足は遅い。
逃げたところでなあ……という諦めもある。
どうせ俺が逃げ出した方向に転がってくるんだろ、ヴィランが。

インフェルナが対峙するヴィランは、アイアンクラッド。
金属を操るヴィランで、俺とライデンが初めて会ったときにライデンが戦っていたやつである。
つまり3年経っても捕まっていない強敵だ。

炎熱と金属の相性は、たぶん悪かった。

インフェルナはアイアンクラッドの操る金属をドロドロになるまで溶かすことができたが、アイアンクラッドは高熱で融けた状態の金属でも操ることができた。
金属の塊を振り回してくるだけで脅威だったアイアンクラッドは、超高温の金属を振り回してもっと危なくなった。

ある意味相性いいのかも。
アイアンクラッドがヒーローだったら、インフェルナといいチームが組めた。
いや、殺意高すぎるか?
インフェルナがヴィランだったら、アイアンクラッドと組んで取り返しのつかないことになっていた、の方が正しいのかもしれない。

それでもインフェルナはかなりいいとこまで追い詰めたと思ったんだが、やはりアイアンクラッドも長いことヴィランやってるだけある。
引き際の見極めが上手い。
アイアンクラッドはインフェルナの追撃を躱し切り、逃げていった。

ヒーローの戦いをまじまじと見ることってそんなにない。
なぜなら序盤か中盤で俺がヴィランにボコされるからだ。

今日は珍しい経験をした。
アイアンクラッドの猛攻から俺を守りきったあたり、インフェルナはライデンより優秀なのかもしれない。
さすがにそれは早計か?
ライデンvsアイアンクラッドはあの日以来近くで見てねえし、今やったらライデンもちゃんと俺のこと守りきれんのかね。

しかしインフェルナの戦いにも問題は多々あった。

駅周辺めっちゃくちゃ。
そりゃアイアンクラッドは高温の金属振り回してたし、インフェルナは燃えるパンチやキックを繰り出してたから、大火事になっていないのが不思議なくらいだ。

さすがにインフェルナの能力か?
体から離れた炎でも操れて、消火できるのかもしれない。
俺以外にも市民に攻撃がいかないよう守っていたし、その際に明らかな死角でも対応していた。熱による生物探知とかもできんのかも。
いいねえ、多彩なヒーローだ。

戦う相手を失ったインフェルナがこちらに歩いてきたので、拍手で迎える。

「おつかれ〜。強かったなインフェルナ」

褒められるとライデンはもじもじし、雪狐はハキハキ礼を言ったが、インフェルノはどうだろう。
顔に該当する炎を眺めていると、炎の勢いがどんどん弱くなっていった。
強火だったのがとろ火くらいになり、ついには炎が消える。

そして人間の女の顔がでてきた。
うわ、これ大丈夫か? 異形頭好き勢が知ったら解釈違いで死にそう。

てかヒーローなんだから簡単に素顔晒さないでくれるか?
文句を言おうとすれば、女の頬を涙が伝った。ぎょっとする。

「わ、私、女の子の人生をめちゃくちゃにしてしまった……
「な、なにも泣くこたないだろ……

それからその言い方は非常に語弊がある。
そこまでじゃねえよ、腕に手形ついたくらいで。

インフェルナは俺の腕をうっかり焼いたことを、恐ろしく悔いているらしい。
まあ、悪気なく人を傷つけたら動揺もする。
事故で人轢いちゃったとか、ぶつかって転ばせちゃったとか、そんな感じの罪悪感だろう。
ヒーローなんかやってる正義感からか、そういうのを人一倍悩むタイプらしい。

ここで俺の特異体質について話してやってもいいが、このヒーローとは初対面だ。
まだそこまでの関係じゃないよな、2回目から考えよう。
ぐずぐず泣く女を適当に慰める。

「ほら、お前がめっちゃ有名なヒーローになって、この手形が人に自慢できるくらいすっげえサインになるように頑張ったらいいんでないか」
「ぐ、ぐす……っ。なんてやさしいんですか、おじょうさん……

涙で化粧が崩れ、顔面がすごいことになっている。
マスカラだかアイラインだかわからないが、滲んだそれで目の周りがパンダのように真っ黒だ。
俺はポケットからハンカチを取り出し、インフェルナに手渡した。

「どしたん、俺でよかったら話聞こか?」

相変わらず俺の慰めは適当だったが、彼女の涙腺はもっと崩壊した。
こんなんで泣くくらい弱っていたのだろう。悪い男にひっかからないか心配だ。
今の俺は女なのでセーフかな。慰めてやるか。

そう思い話を聞いていたらまるで話は終わらず、警察が来ても一向に話が終わらないので、インフェルナは俺を抱えてファミレスに来た。
ちなみに頭は燃えておらず、公衆トイレでヒーローコスチュームを着替えていたので、ここにいるのは化粧の崩れた成人女性だ。

多少顔を洗ったのか、目元のパンダ具合はマシになっていた。
ボストン眼鏡の似合う真面目そうな女性だ。
眼鏡は普通の服に着替えてからつけていたので、燃えても平気な特別製という訳ではなさそう。

インフェルナは赤沢あかさわひなと名乗った。
30歳の元事務職で、退職して今は無職。
雪狐セッコ――幸也と違って若く見えるな。化粧ぐずぐずだけど、童顔なのはわかる。

ヒーローなんだからあんま普通に身分明かさないでほしいが、また泣かれたら困るので文句は言わない。

「昔からそうなんです。ドジでのろま、力ばっかり強くてお淑やかとはかけ離れて……

彼女の話は飛び飛びで、就職活動の苦労を話したかと思えば、小学生時代の黒歴史を話し出したりする。
話を遮らずに聞いてやり、適当な相槌を打つ。
俺は適当なおじさんなので、適当に話を聞くのが得意だ。
飲み会でのおじさんの話なんて覚えてる必要ねえんだから。

「私、本来の姿はヒーローやってる時の方なんですよ。つまり頭は燃えてるのが普通なんです」
「今は普通じゃねえってこと?」
「無理してます、普通の人間のフリするために。めちゃめちゃテンションを下げると人間の頭になるんです」
……そりゃ大変だな」

人の顔になってから、彼女の表情がずっと浮かないのはそういう理由だったのか。
俺が泣かせたからってだけでなくてよかった。

しかし聞く限りそれは大変すぎる。
テンション上げたら頭が燃え、そうならないように気をつけ続けているのなら、人生楽しくねえだろ。

インフェルナは死んだ目で薄く笑った。

「家にいる時は頭燃やしまくってますよ」
「眼鏡はどうすんの?」
「燃えてる時は目悪くないんです。視界以外で見ているというか。うまく説明できないんですけど、耳じゃないもので聞いて、口じゃないもので喋っているというか……
「ほへえ〜」
「自分を偽って生きるのは疲れる」

とてつもなく疲れた顔をして、ヒーロー・インフェルナは呟いた。

「ある日突然、なにもかもどうでもよくなっちゃって……いっそのことすべてめちゃくちゃにしてやろうと思ったんですけど……
「おおう」

ヴィラン誕生秘話を聞いていたのか俺は?

「いざやろうとしたら怖くなっちゃって、意気地無しですね。帰ろうとしたらヴィランが暴れ始めたんで、やった! これなら大手を振ってボコっていいぞ! と思って……

サンドバッグになってくれてありがとう、見知らぬヴィランよ。
そのおかげで凶悪なヴィランが生まれずに済んだらしい。
インフェルナがヴィランになっていたら、俺は既に何回か焼死してんだろうな。

「そしたらなし崩し的にヒーローになっちゃってて……最初暴れかけた手前、やらないと申し訳ない気持ちになり……
「成り行きでヒーローになることあんだなあ」
「私なんかそんな器じゃないんですよ! 今失業保険で生活してるんです! 自分も助けられてないのに他人が助けられるかってんだ!」
「自覚あるだけ偉いよ。もっと自分を大切にできるようになっていこうな」
「う、うう……天使ィ~!」

この荒ぶり様を見ると、ちゃんとしたカウンセラーが必要そうだな。
しかし超人は一般的な存在ではないから超人と呼ばれるのだ。
特殊な能力を持った人間をカウンセリングできる心理療法士はなかなかいねえだろう。

「あんま一人で思い悩むなよ? 俺でよかったら話聞くけど、もっと頼れる人を増やしな」
「う、うええん……! そんな人いたらここまでなってない……!」
「極まってんな」

火災報知器が鳴り、スプリンクラーが作動した。
ファミレスの中にいた人々は突然びしょぬれになって、悲鳴を上げるなり悪態をつくなりしている。
原因であろう彼女は机に突っ伏した。泣いてるのかもしれない。

スプリンクラーからの水で濡れた前髪を耳にかけて、インフェルナに提案する。

「火傷しないパートナーと組んだらいいんでない?」
「そんな人が都合よくいるわけ……

いるんだなこれが。


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