俺は今日もヴィランにぶっ飛ばされ、とあるショーウィンドウを体で突き破り、ダイナミック入店した。
悲鳴は上がらず、人々が既に避難していることに安堵する。
みんな逃げるのがはやくてなによりだ。
俺は足が遅いので、大抵最後尾になっている。
避難し終わり、一般人がいないというならそれはそれで都合がいい。
死にかけの自分を見られても、病院に担ぎ込まれないからだ。
体を起こして傷の具合を見ていると、慌ててライデンが走り込んできた。
ヴィランとの戦闘はすぐに終わったらしい。
順当に腕を上げているようでなによりだ。
「お。初代ヒーロー、ライデンさんじゃないっすか」
ライデンと出会ってから約3年。
俺は18歳になり、学校生活にも慣れ、ヴィランにボコられるのにも慣れつつあった。
「それだけ喋れるってことは結構元気なんだね!?」
「見た通りだ」
「見た通りだったとしたら死にかけなんだよ! それかひっどい拷問受けた後! 中国史に残る残酷処刑! マフィアに逆らった見せしめ! 捕まったスパイ! デスゲームで負けた人!」
デスゲームで負けた人は
デスしてるんじゃねえか?
ショーウィンドウを突き破ったことで、俺の体はガラスに引き裂かれてズタズタだった。
ライデンの手を借り、全身に突き刺さったガラス片をすべて引き抜く。
ヒーローのくせにグロ耐性がないのか、ライデンは震え、吐きそうになっていたが、背中なんかは手が届かないので手伝ってもらうしかない。
見た目はハリネズミのようになって悲惨だったものの、今回の怪我は大したことがない方だ。
刺し傷は治しやすい。
「なに、心配するな。どうも最近の俺は成長期みたいでな。ちょっとずつ治すスピードが上がってきてるんだ」
「何も安心できないよ! それがわかるってことはひっきりなしに怪我をしているってことじゃないか! 俺が見てないところでも怪我してるの、祈!?」
じゃあよかった、とはならなかったようだ。
俺の思ってたリアクションとは違ったな。
やっぱヒーローなんかやるやつは俺の100倍優しく繊細らしい。
「ヒーローらしい心配どうも。毎日頭蓋骨割ってるわけじゃねえよ。安全ピン刺して血が止まるまでの時間を計測してんだ、ガキの頃からの習慣でね」
「まだガキだろうに」
「ああ? 俺は大学生だぞ」
「はいはい」
虚言癖とでも思われたのか、軽く流された。
年齢の割には体格良い方だと思ってたがな。ライデンから見れば俺はまだまだガキらしい。
まあいい、俺は学歴をステータスのようにひけらかすのは下品だと思っているからな。
「最近お前の後追いで何人かヒーロー名乗るやつが出てきたらしいな」
話題を変える。
俺の回復能力を知ってから、ライデンは俺を病院に運ぼうとするのはやめ、俺が完治するまでそばで見守るようになった。
その際に名前くらいはと名乗ってやり、俺とライデンは知人程度の立ち位置にはなっている。
こないだ警察に保護されそうになった時、ライデンが抱えて逃げてくれたこともある。
異能がバレてモルモットになりたくない俺としては非常に助かるのだった。
「そうだね。俺のお面付けたコスプレも嬉しかったけど、スーパーパワー持ちのヒーローが増えてくれるのはもっと嬉しいな。ヴィランが増えるよりよっぽどいい。ヴィランもヒーローに転職してくれないかな」
「ヒーロー同盟とかは組まんのか?」
「俺としては大歓迎だけど、向こうはどうかな。まだ誰とも接触したことないんだよね。なにしろ忙しくて、ヴィラン退治で。新ヒーローたちも忙しいみたいだ、ヴィラン退治で」
「へー。会ったら伝えといてやるよ。ライデンが組みたがってるぞって」
「
……伝えなくていいから、ヒーローに助けられる事態にならないよう努力してくれる?」
「なんだ嫉妬か? 俺以外に助けられないでってか。ぎゃはは」
「人の気も知らないでこの子は
……」
ライデンは呆れるが、俺だって好き好んで超常バトルに巻き込まれているわけではない。
全ては偶然だ。それだけの頻度、ヴィランが暴れ回っているということでもある。
一人のヒーローでは対応が追いつかないだろうと心配だったのだ。
新しいヒーローが頼れるやつか判断しておいてやろう。
ヒーロー同士シフトとか組んで、しっかり休日とか作れた方がいいに決まっている。
新ヒーローにはどうせそのうち会えるだろう。俺の運の悪さは筋金入りだ。
そうは思ったが、まさかその日のうちに会えるとは思っていなかった。
フラグ回収速すぎだろ。
ボロボロかつ血まみれの服を着替え、街を歩いていれば、俺はヒーローとヴィランの戦闘に巻き込まれた。
こないだは連日だったが、今回は同じ日に2回である。
どんどん頻度があがっている。俺の不運も心配だが、この街の治安はもっと心配である。
最後に見たのは、俺の目の前に
滑り込んできた男の背中だ。
文字通りの意味である。道を凍らせ、滑るように移動して、ヒーロースーツを着た男は俺の前に立った。
ヴィランが俺の近くにいたから、割って入ってくれたのだろう。
そこまでしか記憶がないのは、そのあと俺が氷漬けにされたからだ。
これはヴィランの能力ではない。
ちらっとしか見えなかったが、丸い耳と長いしっぽを生やしたネズミ人間のようなヴィランだった。
やたらに足が速く、耳の良い、情報屋のようなやつだったはずだ。何回か見たことがある。
「どうしよう
……ヒーロー人生終わった
……いや、それ以前に人殺し
……」
気づけば俺は流水解凍されていた。
知らねえ浴室の湯船の中で、頭からシャワーをかけられている。
まだところどころ凍っているが、意識は取り戻した。
「よかったな。殺人未遂だ」
絶望の表情で頭を抱えながらぶつぶつ言っている男に声をかけると、男はひっくり返って叫んだ。
「ぎゃ、ぎゃあーっ! 死体が喋ったぁーっ!!」
「失礼だなてめェ。生きとるわ」
「生きてるのも怖いーっ!!」
「ほんとに失礼だぞ。凍らせたのお前だろが」
ふてぶてしく文句を言ってやったが、俺の再生はまだ追いついておらず、死にかけのままだった。
寒さで震え、歯がガチガチ鳴る。
目の前の男は俺と同じくらい真っ青な顔で、俺よりもっと震えていた。なんなんだ。
「寒ィからもっとお湯かけろ」
「はいっ! ただ今っ!」
指示すれば従った。
熱すぎたので調整させ、最終的にちょうどいい温度の湯船に浸かることになった。
浴槽の中で服を着たままというのは問題だが、知らねェ男の家の風呂で入浴していることのほうがもっと問題だ。
「で、お前はなんで俺を氷像にしたわけ? そういう趣味の猟奇ヴィラン?」
「違います、すいません」
話を聞くと、俺を凍らせた理由は、なんと
うっかりとのことだった。
俺じゃなければ普通に凍死していたから、うっかり殺人だ。過失致死である。
「最近スーパーパワーに目覚めて力をコントロールできなかったのか?」
「いえ、生まれた時からこの力持ってます
……」
「おい
……」
呆れのあまり言葉を失っていると、男は慌てて言い訳を始めた。
「ライデンさんに感化されてヒーロー始めて! こんな大々的に力使ったことほとんどなかったんで慣れてなくて! 本当にすみませんでした!!」
「謝った程度で殺人を許すと思ってんのか? いいよ」
「ですよね、っていいんかい!」
俺は満足げに頷いた。理想的なノリツッコミだったからだ。
ノリのいいやつは好きだ。俺が適当だから、適当に付き合ってくれるくらいがちょうどよい。
「ツッコミのうまさに免じて大目に見てやる。もうやんなよ」
「はい
……! ありがとうございます
……!」
普通人間は二度死なないので、もう殺すなよというやり取りは発生しないはずだが、超人が存在する世の中だとそんなもんだ。
まだまだカミングアウトをする超人は少ないが、ライデンの影響もあってかぼちぼち増えてきた。
相変わらずヒーローやヴィランにまつわる法整備は追いついていないものの、少しは社会が変わってきたようだ。
ライデンの影響でヒーローというのがYoutuberくらい現実的な将来の夢になるくらいだ。
Youtuberが現実的な夢かというのは別問題だが。
今んとこヒーローは無給なので、職業とはまだ言えない。
「しっかし、せっかくいい能力なんだからもっと頑張れよ。氷とかかっけえじゃん。あれだろ、最近出てきた期待の
新人も氷雪系の能力じゃなかったか?」
「
……その新人が自分です」
「あ!?」
新進気鋭の新ヒーロー・
雪狐。
出てきたばかりだが、既にライデンの次に人気とされているヒーローだ。
氷を操り、ヴィランを凍らせる。
戦闘を終えれば即座に場を去る仕事人。
戦闘中にぺらぺらお喋りをし、テレビの取材にも割と答え、コメディっぽい雰囲気のあるライデンとは違うタイプだ。
ミステリアスな雰囲気も相まって、アイドル的人気を博している
――というのが俺が聞いていた話である。
その雪狐と首から下のコスチュームが完全に一致し、マスク部分も浴室の床に落ちている今の状況でも、目の前の男がそうだとは思えないくらいの乖離だ。
「クール系のイケメンヒーローって聞いてたが!?」
「マスクしてんだからイケメンかどうかはわかんないじゃないですか!!」
「そりゃまあ確かにそうだが、いやお前結構顔整ってる方だと思うよ?」
顔だけ見れば美形だ。
黙っていれば落ち着きのある男に見えるだろう。なんか仕事もできそうな雰囲気がある。
ヨーロッパ系の血が入っているのか、目は青く鼻筋も通っており、体格も細マッチョって感じ。
見た目だけで充分モテるポテンシャルのある男だと思われる。ちょっとイラつくな。
てか俺がっつりヒーローの素顔見ちゃってるな今。
アメコミとかだったら素顔バレってもっと後半の方にある展開じゃないか? 初対面でやっていいやつ?
雪狐はライデンと違って素直な性格なのか、俺の褒めにたじろがなかった。
「ありがとう! でもクールではマジでないと思っています!」
「その自己診断はあってると思うぜ。なんでそんな評価になったんだよ」
「氷使うヒーローだからそういうイメージが先行したみたいで
……助けた人と会話とかしなかったし
……」
「無口系だと思われたんか。プロモーション失敗してんじゃねえか。お前どう考えても天然ドジで売り出すべき人材だろ」
「クールとかカッコイイとか言われすぎてプレッシャー凄くて
……! だからうっかり出力間違えたって言うか
……! 言い訳なんですけど
……!」
俺をうっかり凍らせたのは、気合が入りすぎてしまったせいということか。
スーパーパワーというのは精神に大きな影響を受けるので、そういうこともあるだろう。
俺だって急いで治さなければと思えば思うほど早く治せるし、めんどいから適当でいいやと思えばあんまり治らない。
「こっから軌道修正しろよ。せめて爽やか系に持ってくとか」
「自分コミュ障なんで、ライデンさんみたいにうまく喋れないんですよ!」
「ライデンは喋りすぎだと思うが」
初めて会った時も戦いながらヴィランと会話していたが、ライデンの多弁は留まるところを知らない。
最近は俺の再生待ち時間で永遠に喋り続けている。
もう親より会話してるかもしれねえ。もっと親と会話しろ。はい。
「つか今俺とめっちゃ喋ってんじゃん」
「それはテンパってるからです!」
「おう、そうか。いい加減落ち着け。つか服着替えたらどうだ、風邪引くぞ」
風呂場でひっくり返っていたので、雪狐はびしょびしょになっている。
氷を扱う能力者なら体温調節くらいできるのかもしれないが、一応心配しておいた。
「自然と人を気遣えるコミュ力がうらやましい
……!」
「極まってんな」
こんな口調の荒々しい女を羨むくらいだ、相当である。
いい子ちゃんと思われるのは心外だ。俺は雪狐に要求した。
「てか俺の着替え買って来いよ。風呂から上がったら風邪引くの俺だわ」
「本当にそうですね、走って行ってきます!」
「走るのは構わんがヒーロースーツ脱げよ。あるいはマスクまでつけろ」
正体バレるぞ。
ヒーローが女物の服を購入したらクールってイメージ消えんじゃねえかな。
代わりにどんな評価がつくかはなんとなく想像できたので、そうアドバイスするのはやめておいた。
こいつマジでやりかねん雰囲気がある。
せっかくアイドルみたいな人気があるのなら、まだその幻想を崩すべきではないだろう。
パシりを終えた雪狐が服を買って帰ってくる頃には、俺の再生もほとんど終わっていた。
雪狐は外に出るためにシャツを着て眼鏡をかけていたが、めちゃくちゃ似合いやがる。
昔は眼鏡をはずすとイケメン、みたいなのが古典として流行っていたが、こうしてみるとその設定には無理があることがわかる。
イケメンは眼鏡をかけていてもイケメンだからだ。
まだ関節がギシギシ言う気がするが、立って歩ければ充分である。
雪狐の服のセンスはまあまあだ。俺が持っている服は少ないので、今後のローテには入るだろう。
帰り支度をしながら、俺は急に用件を思い出した。
「そういや、新人ヒーローと接触したらライデンと組んで活動しねえか聞こうと思ってたんだ」
「あのライデンさんと!? 無理無理無理、無理っす!」
めっちゃ拒絶するじゃん。
なんで俺がライデンと知り合いなのかすら聞かず、ひたすら拒否とは。
「ライデン嫌われてんの?」
「逆です! 尊敬しすぎて自分なんかが一緒に戦えないですよ!」
「まあ、ライデン氷漬けになったら困るしな」
「ヒン
……」
謎の鳴き声を上げてしょげやがった。
「でもお前そのうちドジで人殺しそうだし、誰かとチーム組んだ方が良いと思うけど」
ヒーローをフォローできるのはヒーローだけだ。
電気と氷雪の相性は知らないが、ライデンのヒーロー歴は長い。
俺が最近院進したってことは、ライデンは3年くらいヒーローやってる
――そんなに長くねえか?
まあ、ライデンが最初のヒーローなのだから、ヒーロー歴が最も長いのはあいつなのだ。
後輩のフォローアップくらいはできるだろう。
「自分より頼れる人がいたらそりゃもう嬉しいですが、ライデンさんの隣で戦ったら緊張で街を氷河期にしそうなんで
……」
「極まってんな」
そこまでのスーパーパワーを持っているのは素晴らしいが、コントロールできないなら厄介なだけだ。
ライデンが助けた人数は多いし、ファンもそれなりにいるとは思っていたが、ここまで好かれているとは。
同じくスーパーパワーを持っている人間だと、より憧れるもんなのかね。
気持ちはわからんでもない。俺だってライデンは偉いなと思っている。
自分がヒーローになりたいなどとは絶対に思わないが。
「わかったわかった。お前以外にも新人ヒーロー出て来てただろ。そっちと接触したらいいじゃん」
「コミュ障です!」
「元気な自己紹介どうも」
「
氷室幸也、経済学部2年です!」
「マジの自己紹介ありがとな。老けてるって言われるだろ」
「孤独だと悪口すら聞こえてこないんですよね」
「なんかごめんな」
なんなら30代かと思っていた。意外と歳近かった。
いや、大学ってのは何歳でも入れるからそうと決まったわけではないかと思い年齢を聞けば、ちゃんと20歳だった。老けてんな、美形ではあるけど。
目の前の男が若いと思うと、途端に庇護欲が湧いてきた。
俺の体はガキだが、中身はおっさんだ。
大学生なんてキャピキャピの若者、遠くから眺めて微笑ましく思っていた世代である。
いや今は俺も大学通ってんだけどな。
「ヒーローの知り合いできたら紹介してやるよ」
「頼もしすぎる
……!」
自分より小さいガキをあんま頼るな。俺は転生してるしいいけど。
カクヨムで加筆修正したものを連載中です。
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