ヒーローにはなれない。
自分の身を犠牲にしてまで見知らぬ誰かを助けよう、なんてすばらしい理想を掲げられない。
それは死んで転生してからもそうだ。
馴染みのカフェで論文片手にレポートを書いていれば、カフェのガラスが粉々に砕けた。
窓際に座っていた人々は驚き悲鳴をあげる。
俺は奥のソファ席に座っていたから無事だった
――とは暢気にしていられない。
ガラスが割れたことで外の音がよく聞こえる。
ビリビリという雷のような音と、建物が崩れるかのような轟音、地響き。
俺が転生したこの世界には、スーパーヒーローがいる。
ということはすなわち、スーパーヴィランもいるということだ。
筆記用具を投げ捨て、驚いて転んだ近くの店員を助け起こす。
「みんな、逃げろ!」
何度も叫び、人々を誘導する。
幸い、カフェの中に老人や子供はおらず、皆走れるほどの健康体であった。
店内に誰も残っていないことを確認してから、自分も外に出る。
そのタイミングが最悪だったらしい
――俺は腹部に大きな衝撃を受け、壁に叩きつけられた。
衝撃でコンクリートの壁は崩れ、俺の背骨は折れたかもしれない。
「なんてことを!」
気持ちを代弁してくれたのはスーパーヒーロー、ライデンだ。
最近ニュースで話題になっている、日本初のヒーロー
――だったかな。
ここはヒーローが戦う世界線だが、そうなったのは最近のことらしい。
少し前まで超常現象は架空の存在で、超人たちは皆息をひそめて生活していた。
その静寂を破ったのがヴィラン・デルタ。
デルタはどんな能力を持っているかすら不明だ。
しかし間違いなく統率力がある。
これまでスーパーパワーを持った人間たちは、いくら目立ちたいと考えても、公安に隠蔽されきってしまう程度の影響力しか持たなかった。
そんな特殊能力持ちの犯罪者をスーパーヴィランにまで昇華させ、デルタはなんらかの目的のために暗躍している。
デルタ配下のヴィランが次々に現れては暴れ回り、日本の治安は悪化の一途を辿っているところだ。
そこに歯止めをかけたのがライデンだ。
雷電の名の通り、電気を操る力を持った彼は、ヒーロースーツを身にまとい、身分を秘匿したままヴィランと戦っている。
たなびくマフラーがトレードマークだ。
このくらいの情報は、今や日本人なら誰でも知っているほどである。
毎日ニュースでやってるからな。
俺の腹部を強かに打ったのは、鉄骨でできた外骨格を持つヴィランであった。
腕に無数の鉄骨や金属片をまとい、操っていることから、金属なり磁力なりを操るスーパーパワーを持っているのだろう。だいぶ強キャラっぽい。
こんなに痛いのは生まれて初めてだ。
ヒーローとスーパーヴィランの戦いに巻き込まれるのも、やっぱり運動神経が悪いからだろうか。
走るのが遅いのは確実に影響していると思う
――現実逃避していると、水っぽい咳が出た。
緊急事態のため、咳をするとき手で口を押えるマナーを無視して申し訳なく思う。
まず腕が上がらなかった。きっと折れている。口から垂れた血液を拭うこともできない。
「哀れなライデン、市民を死なせたな!」
「責任転嫁するなよ、お前のせいだろ!」
向こうでは、俺は死んだという方向で話が進んでいた。
誤解だが好都合だ。死体蹴りが趣味でなければ、これ以上の追撃がないことを喜べる。
死体に見えるほど自分の状態が悪いことにはがっくしくるが。
それから相手はヴィランなのだから、死体蹴りが趣味であってもなんら不思議ではないことも、俺の気分を落ち込ませた。
それからどうなったのかはわからない。
少し気絶していたらしい。あるいはちょっとの時間、黄泉の国を旅していた。
気づけばヴィランはおらず、俺の体をライデンが支えていた。
「よかった、生きてた! すぐに病院へ連れていくよ!」
ライデンが俺を抱えようとしたので、慌てて手で制する。
返事をしようとして、声より先に血が飛び出た。気管に詰まっていたらしい。
ゲホゲホ咳き込んでから、なんとか言葉を絞り出す。
「お
……俺は大丈夫」
「すごく控えめに言うけど
……今の君が大丈夫なんだったら、この世に怪我人は存在しない!」
「あー、ええと、他に怪我人はいないのか?」
「君よりひどいのはいないよ」
「そっか、よかった」
「よかっただって?」
「助けてくれてありがとう、ライデン」
俺がそう言うと、ライデンはマスク越しにもわかるほど驚いた。
お礼を言われ慣れていないのだろうか。そんなわけないと思うが。新人ヒーローだからか?
雷電のごときスピードが売りと聞いているので、人からお礼を言われる前にその場を立ち去っていたのだろうか。忍者みてえ。ヒーロースーツのデザインもそれっぽいし。
疑問に思いながらも、近づいてくるサイレンの音を聞く。
「救急車に乗るから大丈夫だ。ほら、ちょうど来たみたいだし」
「あれはパトカー」
「
……まあ、だいたい同じだろ?」
「君より3歳児の方が車の区別つきそう」
ライデンのジョークに思わず笑ってしまう。
たぶんそんな場合ではないのだが、そんな場合ではないからこそ面白かった。
本当なら救急車にも乗りたくなかったが、歩けなかったので仕方がなく担架で運ばれた。
ライデンは最後まで心配そうに俺を見ていたが、警察が駆け寄ってきたことでその場を去った。
覆面ヒーローをやっている以上、事情聴取に応じる訳にはいかないのだろう。
俺も拒否してえな。無理だろうな。
さて、俺の
特技は回復力だ。
だから致命傷を受けても悠長にしていた。
既に傷はゆっくりと治り始めているが、俺はこの力を世間に隠している。
化け物と呼ばれるくらいならマシな方で、
実験体として切り刻まれたりなんかしたらたまらないからだ。医療機関を含む、公的機関にはあまり関わりたくない。
超能力者、ミュータント、妖怪
――呼び方は様々であれど、そういった異能力者が認められ始めたのも、やっぱり最近のことらしい。
たぶんまだあんまり人権とかがないんだよな。法整備が存在しない。
アメリカの方はもっと進んでいるらしいが、保守的な日本ではまだまだだ。
だから俺のように能力を隠して、一般人のふりをしている人は大勢いるのだろう。
怪我を理由に事情聴取は後回しになり、内心ガッツポーズをした。
精密検査を終える頃には、破裂していた内臓はすっかり元に戻りだ。
予想以上に軽傷であることに医者は首を傾げっぱなしだったが、俺がスーパーパワーを持っているなどとは思ってもいないようでなによりである。
医者は俺が壁にたたきつけられてぐちゃぐちゃになった瞬間を見ていないのだ。
血まみれだったけど意外に平気だったんだな、くらいで流された。
入院することになったが、折を見て病院から抜け出した。
もっと長く治療を受ければ、流石に異常であることがバレてしまう。あと警察も来る、めんどっちい。
俺の傷は深部から修復されていく。
内臓や血管、筋肉を優先とし、次に骨、最後に皮膚が治る。
最終的にはかすり傷ひとつない状態になってしまうので、入院などもってのほかだ。
このくらいの傷なら完治には三日程度かかるが、常人だったら三ヶ月はくだらないだろう
……そもそも初手で死んでたかもな。
足を引きずりながらも歩けるようになった段階で、窓からこっそり抜け出した。
運動神経がないため、着地に失敗し両足を折った。おーまいがー。
力を持ったからには、人のためになることをしろという論説があるが、少なくとも俺がやるべきことはヒーロー活動ではない。
ヒーロー着地なんて土台無理だからだ。
それでも、裏方としてできることはいろいろあるだろう。
ヴィランにボコボコにされたが、あれをポジティブに捉えれば、俺が犠牲になったことで他の誰も傷つかずに済んだのだ。
将来はそういう仕事に就いてもいいかもな。
ヴィランの犠牲屋さん
――どっから金出るんだそれは。
少女が持つ将来の夢にしては希望がなさすぎる。
転生してきた俺の名前は
片桐祈
。
元々は擦れたおっさんだったが、今や学生生活を謳歌する15歳の少女である。
回復能力を持つ可憐な少女になってしまったが、この能力は自分にしか適応できないので、ヒロインポジションはノーセンキューだ。
TSしようが、心まで女になるつもりはない。
鏡を見るたびにうわっ妙にかわいいなとビビリ続けている点から言っても、こっから正統派ヒロインになるルートはありえない。
両足を折った俺は、匍匐前進で近くの公園に逃げ込んだ。
折れ曲がった両足をまっすぐに伸ばして、木陰で小一時間ほど座る。
完治とはいかずとも、そろそろ歩けるくらいにはなっただろうか。内臓破裂と違って骨折は治りが早い。
やれやれ、ちょうど親元を離れたところでよかった。
寮母はカンカンだろうが、俺の無断外泊は初めてではない。
まさか死にかけて入院、そこから脱走しているとは思っていないだろう。
寮の部屋が一階なのも都合がいい。
こっそり出入りするのに、両足を折らなくて済む。
そんなことがあった次の日。
――次の日、だ。
24時間も経たないうちに、俺は再びトラブルに巻き込まれていた。
「また君!?」
「それって非難か?」
「いや、そういうわけじゃないけど!」
瓦礫に挟まって動けなくなったため、坊さんよろしく瞑想して時間を潰していると、瓦礫が持ち上げられてライデンが顔をのぞかせた。
開口一番がそれだったので、責められているのかと思った。
なぜこんなことになっているかといえば、当然ヴィランだ。
スーパーパワーでのバトルのある世界では、簡単に建物くらい崩壊するのだ。
電気のパワーとかは特別使わず、ライデンは俺の周りの瓦礫をせっせとどかした。
普通に怪力でもあるらしい。ヒーローらしくてなによりだ。
まあ、ここで電気使われたら俺感電するしな。
最後の瓦礫を放って、ライデンは気まずそうに言った。
「
……その、災難だったね、連日巻き込まれて」
「同じこと言ってやるよ。連日お疲れ様ヒーロー」
「ああ、うん
……」
瓦礫を背もたれにして耳を澄ませるが、今日はパトカーも救急車も出遅れているらしい。
これだけ周辺に瓦礫が転がっていれば、車はなかなか通れないか。
ヴィランとの戦いは熾烈を極めたらしい。
昨日見たあのヴィランが相手かはわからないが、今日の被害はカフェのガラス程度では済まず、ビルが一棟崩壊した。
そして俺は大変運悪く、そのビルの中にいたというわけだ。
まさか2日連続で超常バトルの割を食うことになるとは思ってもいなかった。
俺って才能あるのかな、ヴィランの犠牲者屋さんの。
他の一般市民は救助済みらしい、とは瓦礫をどかす作業中のライデンから聞いた。
なぜ俺が最後になったかと言えば、俺が終始無言だったからだ。
大体みんな「助けて!」とか「おーい!」とか叫ぶらしい。そうでないなら死んでいる。
なるほど盲点だった。瞑想してる場合じゃなかったな。
よく見つけてくれたものだ。なんなら、俺の傷が完治するまで見つけてくれなくても良かった。
しかし瓦礫に挟まれた状態では潰され続けて完治しなかっただろうし、やはりこれで良かったんだろう。
もじもじするライデンを見て、怪訝な顔をする。
俺なんか変なこと言ったか?
「昨日もそうだったが、礼を言われると微妙な顔すんのはなんなんだ? ヒーロー名乗ってるくせに褒められ慣れてないシャイボーイか」
「くっ
……結構図星だ
……!」
図星なんかい。
ヒーローなんぞやるのなら、目立ちたがり屋なのかと思っていた。
「お礼を言われたくてヒーローを始めたけど、いざ言われるとどうしていいかわかんなくってさ。ってごめん、君に話すことじゃないよね! それも今! どう考えてもすぐ病院に連れていかなきゃいけないのに、なにやってんだろ俺」
「俺が世界で一番カッコいいと思ってる言葉を教えてやるよ、ライデン」
ライデンの言葉を遮って、俺は言う。
「どういたしまして、だ。この言葉は、ありがとうと言われた後にしか言えない。それも、自分がありがとうと言われるようなことをしたって自信がなけりゃ、堂々とこう言ってやることはできねえだろう。だからこそ、ヒーローにはぴったりだと思わねえか」
それを聞いたライデンは肩を落とし、俯いた。
覆面ヒーロー故に年齢不詳、性別は男だろうってくらいしかわからないが、こういう姿を見ていると随分若いのではないかと思わされる。
「俺にはそう言う資格がないと思う。君は足を
……それに昨日だって
……そうだ、あんまり普通そうにしてるから忘れてたけど、血とか吐いてたよね!? 大丈夫なの!?」
「あ~? 血なんか吐いてねえよ、見間違いだ見間違い。マスクなんかつけてるから視界悪いんだろお前」
「いやこのマスクすごいから、眼鏡なしでもめっちゃ見えるから!」
ライデンは普段眼鏡をかけているらしい。
大丈夫か、そういう個人情報の積み重ねでいつか特定されるぞお前。
疑問なんだが、ヒーロースーツってヒーロー本人が作ってんのかな。裏に技術提供者として協力者がいんのかな。
眼鏡機能付きの覆面ってなかなか凄いと思うけど、しかし需要は目の悪い銀行強盗くらいにしかないのか。
「足の怪我も見間違いだ、ほらもう歩けるし」
「そんなわけ
……。
……あるんだ
……」
ひょいと立ち上がってみせれば、ライデンは唖然とした。
鉄骨に挟まれて俺の足はぺちゃんこだったので、このリアクションは正しい。
ライデンがずっと気まずそうだったのはこのせいだ。
これから両足切断、車椅子か義足生活が待っている女に対し、どういう言葉をかければいいかわからなかったのだろう。
「身分を隠して戦うヒーローなら、他人の秘密も守れるよな?」
適当に誤魔化そうかとも思ったが、ライデンに助けてもらうのは2度目だ。
ということはつまり、3度目もある。2度あることは3度あるからだ。
どこかでバレるのなら、ライデンの罪悪感を減らしてやれる今暴露してもいいだろう。
ライデンはまじまじと俺の足を見て、呟くように言った。
「そうか、君も
……!」
じっと見つめれば、肉むき出しの俺の足に、徐々に皮膚が張られていくのがわかるはずだ。
気味が悪いとは言われなかった。異能力を持っている時点で、ライデンと俺は同類とも言えるわけだしな。
平気そうな顔をしてみせているが、俺の両足はまだまだ完治していないので激痛が走り続けている。
皮膚治るときが一番痛いまであるんだこれが。
しかしここで痛いだのなんだの呻けば、この優しそうなヒーローは余計に心を痛めるだろう。
仕方ねえ、ちょっくら我慢してやるか。ポーカーフェイスは得意な方だ。
転生してる分、人生の酸いも甘いも経験してきている。あと女になったからか前世より痛みに強い気がする、気の所為かもしんねえけど。
「世の中、ヒーローとヴィランだけじゃない。こういう一般人もいるんだ。俺の静かな生活を守ってくれるか、ヒーロー?」
「わかった。この秘密は墓まで持っていくと誓うよ」
「ありがとう」
礼を言った俺が眉をあげてライデンを見ると、彼はハッとしてこう言った。
「どういたしまして!」
俺達は顔を見合わせて笑った。こういうのも悪くない。
俺はヒーローにはなれない。
だがヒーローのことは尊敬している。俺にできないことをやっているからだ。
俺は俺にできることをやるしかない。
持ってる手札で戦う。それが人生ってもんだ。
カクヨムで加筆修正したものを連載中です。
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