僕らは決して友にはなれない

賽殺し伝子さんパロの猫箱。伝子さん死亡ルート。
CPと呼べるほどの恋愛要素はないがある意味で綾滝。
綾部のバックグラウンドは本編でも他の猫箱でも共通です。

無関係な三木ヱ門が相変わらず貰い事故で可哀想な事になってる。
時代考証はぶん投げた。うろ覚えで書いたとこ多いので史実とズレたり誤認したりがあるかも。なんちゃって史実ネタが入ってるとこは参考文献無しなので気になる人は自分で調べてね。

僕らは決して友にはなれない


「そう! 私は遠い室町の世、それはそれは美しい忍者として生きていたのだ!」
 僕の友人、滝夜叉丸は事あるごとにこんな事を言って皆を困らせる。
 ……いや、訂正。 友人なんかじゃない。
 クラスメイト、いや知り合い? ううん、なんと言ったら良いのだろう。そう、腐れ縁とかいうヤツか。多分きっとそんな感じ。
 別に仲が良いわけでもないし、馴れ合うつもりもない。
 でもなんとなく、そうなんとなく知ってて、それでなんとなくつるんでる。
 けど肝心な所はきっとお互い何も知らない。そんななんとも言えない奇妙な関係性だ。
「またか滝夜叉丸。あのなぁ、前世なんてあるわけないだろ?」
 同じクラスの三木ヱ門がバカバカしいとばかりに肩をすくめる。
「第一もし仮に万が一お前の言う通り本当に室町の時代にお前が忍者だったとしても、僕の方がお前なんかより間違いなく優秀でカッコいいね!」
「はああぁぁ?! 何を言う!? 私の方が強くてカッコよくて美しいに決まってるだろうが! なんと言ってもかつての私は忍術学園の中で教科の成績はナンバーワン、実技の成績も……
「だあぁぁぁあっ! それはもう聞き飽きたっ! だいたいその自分のこと『私』とかいうのもいい加減やめろバカ夜叉丸! 今ドキそんな呼び方するヤツ居ないっての!」
「何を言う! それは私に対するひがみか!?」
 なにをと言わんばかりに歯を剥き出しにののしり合う二人を、僕は肩を竦めて眺める。この二人の喧嘩はいつもの事だ。いちいち止めていたらキリがない。
「おやまあ、ま〜た始まった。じゃ、僕はこれで」
 それだけ告げてさっさときびすを返そうとした僕に気付いた滝夜叉丸が、「んなっ!?」と間抜けな声をあげる。
「くおら、喜八郎! 勝手にどこかに行くな!! お前はいつもそうだ! 前世の頃からずっとずっとずーーーーっと!! 少しは友に歩み寄ろうとは思わんのか!」
「思いませ~ん」
 僕が即答すると、滝夜叉丸はぐぬぬと一瞬固まる。しかしすぐに気を取り直したように大袈裟な高笑いをしてみせた。
「ハーッハッハッハッ、さては私の美しさに劣等感でも抱いたか! だが安心するといい、私はふところが広いからな! 前世の頃だって……
 長々と誰にも理解できない自慢話をする滝夜叉丸に、僕は小さく呟いた。
――――だって、別に友達じゃないでしょ。僕たち」
 そう。僕と滝夜叉丸は、断じて友達なんかじゃない。
 別に仲が良いわけでもないし、馴れ合うつもりもない。
 でもなんとなく、そうなんとなく知ってて、それでなんとなくつるんでる。けど肝心な所はきっとお互い何も知らない。

 ――そう、お互い何も知らないんだ。
 何もかも知ってるつもりでこうして自慢話をしてみせる滝夜叉丸は、本当は何も知らない。

 ――僕にも前世の記憶があるなんて、忍者だった頃の記憶があるなんて、きっと考えてすら居ないんだ。



 僕は前世、忍者だった。
 多分、滝夜叉丸が言う室町の時代を生きていたのは間違い無いと思う。いつだったか落とし穴を掘っている時、本願寺が室町殿むろまちどの何某なにがしかの大名を討伐すべく檄文げきぶんを出した事を誰かに聞いて、「おやまあ」と呟いた覚えがあるから。
 他人になんか興味がない僕が、おおよそ縁遠い将軍の出来事を覚えていたなんて殆ど奇跡に近いと思う。
 ただ、滝夜叉丸の言う室町の時代の話を、僕は殆ど覚えていない。
 こよみ閏月うるうづきのある無しで揉めに揉めて、同じ国の中で正月が二回来たりしたみたいなしょーもない出来事は覚えているが、あれが室町の頃の話なのか、それとももっと後の話なのかもよくわからない。
 そもそも滝夜叉丸が声をかけて来なかったら、僕は滝夜叉丸の顔すらまともに思い出せなかったほどだ。
 きっと僕は薄情者なんだろう。
 ……僕は、滝夜叉丸の言う忍術学園のことなんて覚えてない。
 僕が覚えているのは、ただひたすらに穴を掘り、罠を仕掛けた記憶。
 仕掛け罠と共に、いくさまみれの世を生き抜いた記憶。
 ある人と、少しだけ思い出話をした記憶。
 そして――滝夜叉丸と同じ部屋で過ごしたほんのわずかな記憶と、滝夜叉丸の死を看取った、その時の記憶だけだ。
 滝夜叉丸の発言が正しいならば、多分その『同じ部屋』が忍術学園とやらの宿舎が何かだったのだろう。
 僕が覚えてるのは、セピア色を灯したような夜の部屋で、衝立ついたてを挟んで滝夜叉丸の会話した記憶くらいだ。
 そのおぼろげな記憶の中で、滝夜叉丸はいつだって、今にも泣きそうな、何かに耐える顔をしていたと思う。こらえきれない嗚咽おえつを聞いたこともあったハズだ。
 けれど、記憶の中の僕は決してそれを慰めることはない。ただ「おやまあ」と呟き、知らんぷりするだけなのだ。
 お前はその程度かと、突き放すような態度でそう言うたび、滝夜叉丸は必死に虚勢を張って「どうした綾部喜八郎! 私の話が聞きたくなったのか!?」と自信満々な言葉を返す。僕はそれを見て見ぬフリしながら、「こんなところに汚れが」などと言ってすっとぼけるのだ。
 幾たびか、そんな似たような記憶があるのだから、きっとよくあることだったのだろう。
 だけど記憶の中の僕は絶対に滝夜叉丸に声をかけなかったし、何も知らないフリをした。……ただそれだけだ。
 前世の僕と滝夜叉丸がどういう関係だったかなんて知らない。
 知らなくて良い、きっと。
 あの頃の僕は、ただ仕掛け罠を作りたかった。あちこちに落とし穴を掘って、蛸壺壕たこつぼごうを掘って、自分のやりたい事をただひたすらに貫きたかった。心のどこかで天下を――今の言葉で言うなら畿内きない中を僕の罠で埋め尽くしてやりたいとでも思っていたのかもしれない。真意はもはや覚えてない。
 だから、何かを決めてそれを成しげようと思って耐えている滝夜叉丸は、僕にとって同志でありライバルだったのかもしれない。
 僕は何があっても誰かの手を取りたくなかったし、多分それは滝夜叉丸も同じだったんじゃないかと思う。
 だから夜、彼が誰にも知られず苦しんで泣いていても、僕は決して彼に手を差し伸べたりはしなかった。
 今の僕には、…………滝夜叉丸とまともに会話をした記憶がひとつも無い。
 ――僕と滝夜叉丸の会話の思い出は、たったそれだけなのだ。
 ずっと知らんぷりを決め込んで、見ようともしなかったものを今更になって思い出せるわけがない。
 過去に起きたことはかろうじて思い出せても、その時何を思ったかぼんやりと思い出せても、これでは滝夜叉丸と思い出話にきょうじることは出来っこない。人間は声から忘れていくのだなどと言うが、僕の場合もまさしくその通りで、もう前世の彼の声すら覚えてないのだ。
 そもそも今の自慢話ばかりの滝夜叉丸は、僕の記憶の中の弱い彼とあまりに違いすぎて気色が悪い。これで同一人物でお前の友達だなどと言われても、帰れクソ野郎としか思えない。

 ――もうひとつ、滝夜叉丸を看取った日の記憶。
 こちらの記憶も曖昧で、彼が何故死んだのか、いつ死んだのかはよく覚えてない。
 僕はフリーの忍者として色んなところを転々としていたから、その時滝夜叉丸と味方だったのか敵だったのかすらわからない。
 ただ、滝夜叉丸は味方を庇って死んだとかそんな感じの最期だったはずだ。それほどまでにうろ覚えなのに、こちらの記憶は何度も何度も思い返した記憶がある。
 月明かりすら消えそうな夜の闇の中で、そんな、どうして、と呆然と涙するタカ丸さん(この人は上級生の先輩だ。滝夜叉丸に絡まれたのがキッカケで今は時々僕らとも話すようになった)と、馬鹿野郎と泣きながら地面を叩く三木ヱ門、そして幾人かの悲しみに暮れる人の後ろで、記憶の中の僕は、近寄ることもせず彼の――滝夜叉丸の死に顔を見る。
 そして、明らかに絶命している彼の、満ち足りた様な美しい表情を見て、口元をわずかにほころばせるのだ。
――おやまあ、本懐をげるとは」
 そこから先は覚えてない。僕はたったそれだけで満足して、そのあとのことは些細ささいなこととして忘れてしまったんだ。
 だから僕が知ってる滝夜叉丸は、殆ど死に顔だけだ。
 僕は戦乱の時代をその後長いこと生き抜いたけど、あの日見た滝夜叉丸の死に顔のあの笑みを、忘れることは決してなかった。
 美しい大切な思い出としていつだって思い出して生きてきた。
 信じられるだろうか、僕が前世で死ぬ間際、思い浮かべていたのは滝夜叉丸の顔だった。
 自分もあの様に本懐をげることができるのだと、大成功と、そう笑って。

 ――――本当に気色悪い。
 何が本懐だ。死に美学でも感じているつもりか。

 かつての自分の思考は、今の僕にはさっぱり理解不能だった。
 命はとても大切なもので、死は忌むべきもの。
 それは令和の常識だ。
 今の時代に、凄惨せいさんな死体の死に顔を「美しい」と感じて生きている奴がいるなら、それは立派な異常者だ。前世を思い出すまで、物心ついたばかりの時につちかってきた僕の常識ジョーシキがそう言っている。
 だから僕は、生まれ変わってからずっと、仕掛け罠を作ったことがない。
 前世であれだけ掘った落とし穴も、一度も掘らずに生きてきた。
 そうやって過去の自分を捨て去って、もっとまともな人間になろうとしてきた。
 だけど、いつだって前世の記憶が邪魔をする。
 肝心な事はおぼろげで虫食い穴ばかりなのに、それでも僕はどうしてもこの令和の常識に違和感を覚えてしまうのだ。
 もう、『綾部喜八郎』の生きた世界は、どこにも存在しないというのに。

 ちょうど僕らが生まれる少し前、アニメだかドラマだかで室町時代を扱う作品が増えたとかで、今は空前の室町ブームとやらが起きているらしい。それに触発された若い親たちが、自らの子供にやたら古めかしい名前をつけるのが流行り出し、そのおかげか僕の周りの人達の殆どは、滝夜叉丸が言うには前世と同じ名前らしい。
 そういう事情もあってか、僕が時折室町時代の本を読み漁っていても誰も気に留めたりはしない。ただ読書が好きだと思われているだけだ。
 それまで戦国や明治に隠れがちでスポットを浴びなかった地味な時代だったが故に、大衆の興味をひいた今は研究がぐっと進み、本を読むにも事欠かない。歴史研究家たちはさぞかし泣いて喜んでいる事だろう。
 だから、僕が記憶の中の虫食い穴をじっと見つめる為に本のページめくっていることを知る人間は、誰もいない。
 僕は前世の記憶がある事を誰にも絶対知られたくないし、特に滝夜叉丸にだけは絶対教えるつもりはなかった。
 教えたって、どうせ何も覚えてないのだ。
 きっと僕は滝夜叉丸の知る『綾部喜八郎』じゃないし、僕だって滝夜叉丸のことを全然知らない。
 だからこれでいい。
 なんとなく知ってる気になって、それでつるんでて、その癖互いに肝心なことは何も知らず、知ろうともせず、知らんぷり。
 僕らはただそれだけの関係だ。きっと友達なんかじゃない。
 滝夜叉丸なんかを友達扱いするくらいなら、まだ三木ヱ門の方が「友達」出来ていると思う。今も、僕の「友達じゃないでしょ」発言を聞いてしまって気まずそうにこちらと滝夜叉丸を伺っている三木ヱ門は、きっと何の秘密も抱えずに素のままで振る舞ってくれてるはずだから。
「じゃ、僕は帰りま~す」
「なッ! コラ待てアホ八郎!」
 さっさと帰ろうとする僕に大袈裟に怒って見せる滝夜叉丸に、僕は「待ちませ~ん」とだけ棒読みで返し、さっさと帰路に着く。
 滝夜叉丸はあれでいて結構さとい。きっと僕の変わらない表情からも、変わらない棒読みの言葉からも、僕の気持ちを見抜いてしまう。だからこの秘密が漏れる前に、僕はさっさと距離を取る。
 今世の僕は、絶対に秘密を漏らさない。そう決めたのだから。

 ――十四歳。中学二年生になっても、僕らの関係はあまり変わらなかった。
 タカ丸先輩が地元の高校へ進学し、話す機会が少し減ったけれど、元々同学年でも無し、そもそもそれほど頻繁ひんぱんに会うわけでもない。
 それでもたまの休みにちょくちょく僕らの様子を見に来てくれたりしてるんだから、あの人も相当なお人好しだと思う。
 強いて言うなら別の中学に通っていた浜守一郎が、滝夜叉丸に前世の話を聞かされて大笑いして、それ以後たまに話をするようになった程度だ。
 だから、今日も僕らの関係は変わらない。
 僕も滝夜叉丸も、肝心なことは何も言わずに、何も知らない三木ヱ門を振り回す。ただそれだけ。――――それだけのはずだった。
 その日、また始まった滝夜叉丸の自慢話に三木ヱ門がウンザリしていた時、僕らは自分の真後ろで何かがドサリと落ちる音を聴いた。
 怪訝なことだと振り返り見れば、おやまあ、なんということか。
 まだ成人しているかしていないかという年頃の、整った顔立ちの男が何やら切羽詰まった表情でこちらを――いや、滝夜叉丸を見ているではないか。どうやら驚きすぎて足元に転がった手荷物を取り落としたらしい。
 ――流石にこの様子を見て気付かぬほど僕は愚鈍ぐどんじゃない。
 きっと彼も、同類だ。
 ――室町の、あるいはその後の時代の記憶を覚えてる、同胞。
「君は、忍術学園の……!」
――確か、山田先生の……
 青年と滝夜叉丸が同時に言葉を発した。
 僕は困惑して青年を見つめる三木ヱ門を横目に、滝夜叉丸の様子を見る。
 そして、滝夜叉丸の表情が微かに強張ったのを見た。
 それは、きっと間違いなくかつての僕が見たことのある表情だった。
 薄暗い部屋で、誰にも知られず痛みを耐える、あの表情。
 きっと彼が、誰にも見せたくない表情。
 僕はキュッと唇を引き締め、そして三木ヱ門が彼の表情に気付く前に声を上げた。
「おやまあ、滝夜叉丸に同類が居ましたか。巻き込まれてはかなわない、逃げなくては~」
「えっ? お、おいちょっと待て!?」
 困惑する三木ヱ門の手を引いて、僕は無理矢理に歩き出す。尚も踏み止まろうとする三木ヱ門に、僕は何事もないかのように耳打ちする。
「滝夜叉丸が二人に増えるということは、自慢話も二倍。それでもいいなら残ったら良いと思うけど……
「ウッ……それは確かに嫌だ……
「コラァそこ! 内緒話は聞こえないようにやれ!! 私のありがたい話を嫌とはどういう了見だ!」
「うわー、怒った! 逃げるが勝ち~っ!」
 いつものノリで怒る滝夜叉丸を横目に、僕は棒読みでふざけながら三木ヱ門を強引に連れ出す。
 きっと滝夜叉丸は気付かないだろう。
 若くして命を落とした彼と違って、僕には何十年ものしのびとしての経験がある。こちらをただの中学生だと思っている滝夜叉丸を、してや本当に何も知らない三木ヱ門を騙して自然に振る舞うなど、お手のものだ。
……お久しぶりですね。貴方も覚えているんですね、利吉さん」
 忍者としての研ぎ澄まされた感覚が、滝夜叉丸の声を拾う。
 ……利吉。山田利吉。
 覚えのない名前だ。
 だけど利吉と呼ばれた青年と話している滝夜叉丸は、間違いなく僕の知っている滝夜叉丸だった。
 穴ボコだらけの記憶が、初めてひらけて見えた気がした。