HQ【赤この】ログ

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赤こののSSまとめです


「もう限界」って日


朝焼けが辛い。
高校生の頃はこの清潔な空気がわりと好きだったと思う。大人になった今、ボロボロの体にはきつすぎた。まるで刺されたみたいに痛かった。
背負ったリュックがいつもより重い。大したものは入ってないはずなのに。
控えめに言えば疲れていた。
控えめに言わなければ限界だった。
自分が担当している漫画家の作品が多くの読者に認めてもらえるのは誇らしかった。連載は順調だったしアニメ化なんて話も挙がっていた。
けれど、作者はじめ様々な大人たちが命を削っていることを読者たちはあまり知らない、というか知ったことではない、と思う。いや、大げさか。回らない頭をふるふる振って目の前の信号をぼんやり見つめた。

どれだけ宥めすかしても「描けない」「俺はもうだめだ」を繰り返す相手にあれ以上何が言えただろうか。今となってはもうわからないが、最終的には今日締切分をなんとか仕上げてもらい、机に突っ伏して動かなくなった先生から原稿をむしり取って編集部に持ち帰った。
それから黙々と雑務を片付けた。誰もいない、自分のデスク以外明かりのついてないオフィスにはすっかり慣れてしまった。
ひとりだ」
ぽつりとつぶやいた。
本当にひとりだった。
自分には宥めてくれる人も励ましてくれる人もいない。
「ひとり、だな」
もう一度つぶやいた。

信号が青に変わりだらだらと渡った。
帰ったらとにかく寝ようと思った。最後にベッドで寝たのっていつだっけ、と思い出そうとしてすぐやめた。虚しすぎる。
周りの人を見渡す。ほとんど今から一日が始まる人たちばかりだった。自分と同じく朝帰りらしき人もいたが、幸せな夜を過ごしたらしいカップルだったので心の中で舌打ちした。とにかく荒んでいる。早く寝たい。
社用のスマホは目を覚ましたらしい先生からのラインを確認したあと、上司に仕事が片付いたから今日は出社しないとメールを送って電源を落とした。

やっと自宅前に辿り着いた。部屋の様子が思い出せずドアを開けるのを躊躇ったが「とにかく寝かせろ」と体が悲鳴を上げたので、ひとつため息をつきのろのろと鍵を差し込んだ。

「おーやっと帰ってきた。おかえり」

誰もいないはずの部屋から声がして、金縛りにあったみたいに体が固まった。
「こ、のは、さん?」
「あははっ ごめんな驚かせて」
何が起こってるのかわからず俺はその場にしゃがみ込んでしまった。木葉さんは「うぉっ 大丈夫か!?」と一緒になってしゃがんだ。
「なんで?」あと一歩で泣き出しそうになるのを必死に我慢した。
「そろそろお前、限界だろうなぁと思って」
そう言って木葉さんが頭を優しく撫でてくれた。久しぶりに感じるぬくもりが体を駆け巡る。
「ひとり」「ん?」
「ひとりだと思ってたんです、さっきまで」
顔を上げると優しい顔があった。優しい吊り目はちゃんと自分に向けられていて、我慢していた涙が滲み出した。
「でも、ひとりじゃなかった」
「ひとりなわけないじゃん」
笑って俺からメガネを取り上げ短いキスをしてくれた。たまらずそのまま身を乗り出し唇を塞いだ。決して清潔ではない体だったけど、とにかくこのどうしようもなく好きな人に触れていたかった。びっくりした木葉さんがリュックを掴み、肩からずり落ちた。
すごく、軽くなった。
すみません、がっつきました」
「あっぶねぇメガネ壊れるとこだった」
「そんなのどうでもいいです」
「よくねぇだろ」
体を起こした木葉さんを抱きしめた。靴は脱いでないしリュックは落ちたままだし木葉さんは裸足できっと床が冷たいだろうけど、もうしばらくこのままでいたい。
「お疲れ赤葦」
「木葉さんこそ。この時期忙しいんでしょう?」
「あー先週ぐらいまでは死ぬかと思ったけどやっと落ち着いたよ。営業先の引き継ぎもあらかた済んだし」
腕を引っ張り合って立ち上がり、手を繋いだままリビングへと向かった。
部屋、悲惨な状態だったのでは」
「えー別に?元々お前持ち物少ないじゃん」
確かに、この仕事を始めて確信したのは自宅で過ごせる時間があまりないということで、だから自然と必要最低限のものしか置かなくなっていた。とはいっても洗濯物は溜まってるし掃除機をかけたのもいつだったか思い出せない。そんな部屋に恋人を入れてしまったのが本当に悔やまれる。
「あ、誠に勝手ながら洗濯しといた」
「えっ」
「あとゴミ捨てと掃除機かけたのと
「ちょ、待ってくださいほんとに?」
そんなまさかと部屋を見渡す。自分が想像していた悲惨な状況ではない光景が広がっており驚愕した。思わず目の前の恋人を抱きしめる。
「俺今泣きそうです
「もうすでに泣いてんじゃん」
「ひとりじゃない
「それもさっき言った」
優しく背中をさすられ抱きしめる力を強めた。
なんて人だ、本当に。
京治、」
名字ではなく名前を呼ばれたことに驚いて少し体を離すと、木葉さんの唇が自分のに優しく触れた。
「大好きだよ、京治」
俺も大好きです」
「なぁ、何回も言うよ、

お前は、ひとりじゃないからな」

ああ、魔法の言葉だ
滲んだ涙がとうとう頬につたった。