保科
2025-05-14 19:09:08
2788文字
Public スタレ
 

オンパロス到着0.5システム時間後

ver3.2イントロ読了推奨

丹恒!!!!!!!!!!!!お前!!!!!!知ってたんか!!!!!!!!!

――地獄を見た。
喉を焦がす熱さに、丹恒は重いまぶたを持ち上げた。ぼやける視界に、割れた調度品の破片が転がっている。ごうごう、吹き抜けるようにして何かが唸っている。
「何、が……
鈍く痛む頭では、何一つ分からない。ただ、酷い焦燥感が胸を焼く。立ち上がろうとしても、もつれて上手く行かない。再び倒れ込んだ時、右足が嫌な痛みを放つ。
「っ――
覚えがある。骨をやっている時の痛みだ。幾分軽く感じるのは、傷がたいしたことないからか、それとも、痛覚が既に麻痺しかけているか。
……
丹恒は下唇をかみながら、雲吟の術で水を纏わせ、足に負担をかけないよう浮かせる。そのまま、壁伝いにのろのろと立ち上がる。浅く息を吸いながらなぞった壁の、カーペットらしき手触りに、この、壁としか思えない屹立が、列車の床であるということに気づく。
――星穹列車の車両が、地面に縦に突き刺さっている。それが何を意味するのか、考えるまでもない。
失敗したのだ。オンパロスへの侵入が。
足元は、壁が無残に裂け、装飾と岩が入り交じっているのが分かった。列車の天井は大破し、端々が壊れた設備が原因だろう火に巻かれていた。そこに、パムが誇らしげに語っていた様相は見る影もなく。吹き抜ける様に空いた穴の向こう、暗闇から、ごうごうと風が鳴っている。
有り得ない、と、目の前の現実を拒否することをまず思った。この列車がやすやすと壊れる代物でないことは、丹恒が何より知っていた。幾度の危機を乗り越えてきた開拓の化身が、よもや、こんな姿になりはてるなどと、ありえるはずがない。確かめるように目元を擦る。視界が開け、袖口が血に染まった。いつの間にか額を切っていたようだ。拭われ、やっと合い始めた焦点で、暗がりの奥、あおむけの人影を見付けた。
こんな、状況で――倒れる人?
……星」
唯一の心当たりたる名を呟く。共にこの列車に乗っていた、仲間の名だ。これほどに大きな事故であったろうに、逸れていなかったことに安堵した。一歩ずつ、転ばないよう足を踏み出して。
――進む度、違和感が襲う。寝ているだけにしては、態勢が不自然だ。何かに腹を持ち上げられているような。
ぴちゃり、足元が濡れている。これは何の液体だ。鼻をつく。鉄錆が、香る。
「お、い。星――
声が、歪に揺れる。予感は最早、確信に近かった。これほどに大きな事故であるのなら、決してありえなくはない可能性。手を伸ばし、触れた肌を伝う、その生暖かな湿り気の正体を悟って、丹恒の息が僅かに止まった。
腹が。星の腹が鉄骨に貫かれている。あふれる血が、彼女の体をしとどに濡らし、足元に血溜まりをつくっている。
―――っ」
視界が白く染まる。どうすればいい。いつからだ。まだ間に合うのか。どうしてこんな。停滞した思考でわずかに止まった動きを急かすように、ぱちり、丹恒の頬を焦がすように、火の粉が降り注ぐ。
分からないことばかりだが、一つ明らかなことがあった。このままここに居続けたら、程なく焼け死ぬ。外に、出なければ。
……待っていろ」
間に合う。――間に合わせる。鉄骨は、然程長さはない。横抱きに、慎重に持ち上げて。ずるりと抜けたがらんどうの肉の穴から、ぴしゃり、少量の血がこぼれる。
―――
違う。違う違う違う――見るな、今だけは。けれど、姫子の顔が、ヴェルトの声が、まるで走馬灯のように脳裏を過る。すまない、胸のうちからあふれる謝罪を止めることが出来ない。嗚呼――困り顔で笑う、別れ際の三月に、俺はなんと言えばいい。
ガシャン、どこかで何かが落ちる音がする。ばきり。足元で何かを踏んだ。まるで分からない。どれひとつとして気にする余裕もなく、ただ、一心に、外を目指して歩き続ける。
………
手元が酷く軽かった。必要なものが全てこぼれ落ちた体は抜け殻のようで、星核の輝きなどというものはどこにも見て取れなかった。そう、だから、その胸が上下することなく静止し、眠るように閉じた瞳が何を指すかなど、――違う。間に合わせる。間に合わせなくてはならない。
何に?
何もかも、もう手遅れでしかないのに。
「っ」
術の制御を誤った。足が無残にもつれる。痛みに堪えきれない。星を抱えたまま、丹恒は瓦礫の山を転がり落ちる。
大きな破片に強かに背を打ち付けた。衝撃に悶えつつ、頬に、乾いた夜風を感じる。
外に出たのだ。見える視界に映るものは遺跡群らしく、見たことのない意匠がいくつも目についた。普段なら好奇心を擽られる景色も、今はそれどころではない。抱き寄せていた星を床に寝そべらせる。
「星、しっかりしろ――
その激が、最早届かないものだと、冷静な自分が告げていた。だからその言葉は懇願に近かった。
「頼む、」
縋るように握った手は、ずっと冷たい。
「『俺』に、これ以上、失わせないでくれ――
口からこぼれた言葉が、誰のものかすらも見失った。だから。
――落下する岩の接近に、ついぞ気づかず、


「丹恒?」

―――っ」
跳ね起きた。どくどくと逸る心臓、酸素を貪るように息を吸う。
心中を満たす焦燥に似つかわしくない、穏やかなサロンが眼前に広がる。差し込む日差しの明るさに目眩がして、丹恒は額を抑える。
ここは、オクヘイマにおいて充てがわれたプライベートルトロだ。自分が揺られるハンモックの軋みに、深くため息をつく。
「おはよう。随分魘されてたね。悪い夢でも見た?」
「お早う。ああ、……そうだな」
目覚めの直前、名前を呼んだ人影は、正面で少し困ったようにしていた――星。血色のいい頬を指先でなぞる彼女は、いたって元気だった。その腹に傷はないことを、その体になんら支障ないことを、丹恒は既に知っている。
「悪い夢だ」
空想にしては生々しく、現実とは認め難い過去を、端的に夢と称した。心が、欺瞞だと叫ぶ――あの記憶は、どうしようもない過去の再演であり、逃れがたい現実であると。
「そっか、パムのおやつ食べて追い回されたりしたの?」
「俺はそんな事はしない。……具体性が高いな、まさかやらかしたのか?」
……ピノコニーに行く前だよ。つまりノーカンだね」
「どういう計算をしたらそうなるんだ」
呆れ声で答えつつ、徐々に高ぶった感情が落ち着くのが分かる。
そうだ――確かに過去かもしれない。現実かもしれない。だが、それがどうした。
今、この瞬間があるのであれば、それ以上の追及は無駄であると切り捨てる。
「星」
「どうしたの、丹恒先生」
……必ず、列車に戻ろう。俺とお前で」
「今更?当然」
不敵に笑うこいつの顔を見ていれば尚の事。
過去を悔いるのではなく未来を見よう。開拓者たらんとするその素質があれば、この先、いかな悲劇とて切り抜けられると、そう信じられる気がした。