燐々
2025-05-13 00:10:50
4610文字
Public 供養
 

イトリンさん没箱
着地点不明につき没になった物の墓。
ページ毎に一応違う作品になるはずだった物の成れの果てです。


 チートピアで食事をしていると、窓の向こうにライトさんが見えた。でも、声をかける暇もなく歩いていく彼の腕の中にはたくさんの手紙が抱えられていた。
「ファンレターかな……
「ん? どした?」
 私の独り言に向かいの席でハンバーガーを食べていたシーザーがきょとんと首を傾げる。私の視線を追って窓の外を見た彼女の目にもライトさんの後ろ姿が映ったのか「ああ、ライトか」とだけ呟いて、彼女はまたハンバーガーを齧る。もぐもぐと咀嚼をしている我らが大将なら、あの大量の手紙が何なのか知っているかもしれない。そう思うと余計に気になってしまったから、ジュースを両手で持ちながら出来るだけなんでもないフリを装って口を開いた。
「ライトさんが貰ってる手紙ってチャンピオンへのファンレター?」
「それもあるにはあるけど、ほとんどラブレターだぜ」
……そ、そっか」
 少女漫画のような恋に憧れるシーザーなら照れたりすると思った「ラブレター」の言葉をケロッとした顔で言われてしまって凄く動揺する。それに、やっぱり彼はとても女の子に好かれるんだなと自分の目で確認してしまったせいで多少落ち込む。あんなに大量の手紙があるなら、私が一通増やしたところで気にもされないかもしれない。
 俯いてストローを咥えながらも、中身を飲む訳でもなく難しい顔をしている私を見て向かいの席の人は指でテーブルをコンコンと叩いた。その音に顔を上げて彼女を見ると、義手の親指で彼が行ってしまった方を指していた。
「子供らからのファンレターは別として。アイツ、貰ったラブレターはぜーんぶ埋めっちまうんだよ」
「えっ……埋める?」
「おう。一枚も読まずに埋めるんだぜ? 変わってるよなぁ」
 腕を組んで頷く彼女は「変わってる」と言った程度だけど、私からすれば血の気が引いてしまう。貰っても困るからゴミ箱に捨てるとかなら仕方がないとも思えるけど……相手の想いを受け止めて、それをいちいち埋葬してるなんて。あの人らしいとも言えるけど、彼の心に対してなにか重石になっていないのか心配にもなってしまう。
「シーザー、残りあげるから食べていいよ」
「食わねぇの?」
「ちょっと、ライトさんの所に行ってくる!」
 パッと立ち上がりながらそう言えば、シーザーは一瞬惚けた顔をした後に「お、お、おう! 行ってこい!」と目をキラキラさせながら手を振ってくれた。

 彼が消えていった方にはエレベーターがある。そこにいるボンプへ「ライトさんどっちに行ったか知らない?」と聞けば布を被った手はサボテンのピースより向こうを指していた。
 急いで走って道路まで出ると、少し向こうの岩影へ消えていく探し人の背中が見える。その広い背中をこれ以上見失わないように息を切らして走れば、街からは見えない影になった場所に立っているライトさんがいた。
「あんた……そんなに急いでどうした」
「ら、らいとさんを。さがして、ました」
 運動不足には堪える距離を走ったせいで行きも絶え絶えの私を心配そうに見た彼は、両手に抱えていた手紙を地面に置くと私をひょいと持ち上げて近くの岩場に座らせた。
 少し高めの場所に座っているから普段よりも距離の近いサングラスの向こうの瞳は私を見ながらも時々足元を気にしていた。ザッと吹く風に軽いが紙達が攫われていかないかを気にしている視線に、走ったこと以外の原因で胸が苦しくなる。だから、彼の右腕へそっと手を伸ばした。革のジャケットが少し軋むような感触がして、太さのある腕に触れて詰まったような感じがしていた胸が少しずつ落ち着くと、途端に照れくささだけが残ってしまった。
「どうしたんだ?」
「それ、埋めるって聞いたよ」
……誰に聞いた」
「シーザー」
 一瞬鋭くなった目と声が彼の大将の名前を出すと柔らかくなって、サングラスに触れたあとに低く溜息を吐いていた。
「うちの大将には、頭の口が軽いと組織として心配だって話からしてやらないといけないな」
「私から聞いたから、怒らないであげてね」
「怒りはしないが、あんたから聞いたのか?」
「たくさんあって目立ってたから、ついね」
 静かに俯く視線は足元の紙を見ていて、私の手を優しく退かしたライトさんはその場に屈みこんでポーチから取り出した折りたたみ式のナイフで地面をサクサクと刺し始める。地面を掘る用の工具でもないソレで上手く掘り進める手元には何度も繰り返してきた慣れが浮かぶ。郊外の乾いた赤土が少しづつ掘り返されてちょっとした深さになるまで、サクサク、ザクザクとナイフを振り下ろす彼の姿をじっと眺めていた。
 そして、大きな手は近くに置いてあった紙の山から一枚ずつ手紙を取り出して差出人の名前を見ることもなく穴へ捨てていく。一枚、一枚……雑でも丁寧でもない動作で埋められていく手紙たちを見ながら「私があげてもこの子たちと同じになるのかな」と不安になる。
 ――焼いて捨てるよりも丁寧に……ナイフで刺されて土へ埋められてしまうんだろうか。
 ぐるぐると回る頭のせいで眉間に皺を寄せていると、全部の紙を穴へ捨てたライトさんは土を被せる前に私を見上げた。
「怒ってるのか?」
「怒ってないよ」
……酷い男だと思うか?」
「ちょっとだけね」
…………そうかい」
 安心したように色の向こうの目を緩める彼は酷い人だ。向けられた想いを丁寧に埋葬して受け入れてくれるのに、その腕の中へ受け止めてくれない。
 ――こんな風に丁寧に埋められるくらいなら焼いて捨てられた方がまだマシ。
 何でもない物だった。と切り捨てた方が彼自身も楽だと分かっているはずなのに……一つ一つを無碍に出来ない優しい人が「想い」の上へ赤い土を被せていくのを黙って見守った。