sidori
2025-05-12 00:00:00
18077文字
Public
 

人妻定食五月号『学パロ』

モブ視点で高銀の坂田に失恋するNTRマガジン五月号。


しどりの『青春ザクザク食感の地元じゃ負け知らず丼 ~2人で1つの相手は僕じゃなかったね風味~』



僕の学校には、有名な不良がいる。
一年生の二学期の終わり、という酷く中途半端な時期に転校してきた彼の名前は高杉晋助。
顔半分を隠す程伸びた前髪。その隙間から覗く、左目を覆う眼帯。残った右目が挨拶をと言われて登った壇上からクラスの皆を睥睨する緑色の視線は鋭くて、いかにも傲岸不遜という態度からも凶悪な雰囲気が漂っていた。
先に説明しておくと、この辺りには所謂不良高校という奴が多い。駅近くの繁華街の辺りなんかはかなり危険だ。うっかり路地裏なんかに入り込むと強面のヤンキーがぞろりとたむろしているところに鉢合わせてしまったり、取り囲まれてカツアゲされた、なんて話も時々聞く。別の高校のグループ同士が乱闘になって、警察沙汰になった事もあるらしい。
そんな中、僕の通う高校はどちらかと言えば進学校と呼ばれる部類に当たる。T大とかK大とか、毎年最高峰の大学に受かる生徒がぽいぽい出る訳じゃないけど、二年次から成績と希望進路別に振り分けられるクラスのうち、一番成績のいいクラスから一人二人は進学し、それ以外も有名な大学にそこそこに受かる。一方で、最初から高卒での就職希望者を集めたクラスもあって、全体でみると進学率は物凄く高いって訳でもない。そんな感じ。偏差値で語るなら、ものすごくよくもないけど、決して悪くはない。まあ、要するにそれは普通、って事なんだろうけれど、言葉を選ばずに言えば、周辺の学校が低いので相対的に高く見えているという訳。
それが災いして、他校の不良からはお勉強学校、だなんて揶揄される事もある。ヤンキーにとっては、真面目イコール気弱だなんていう法則でもあるんだろうか。カモにでも見えるのか、過去この辺りで起きたカツアゲ事件の被害者は断トツでウチの高校の生徒が多かった──って言うのは、実際にデータがある訳じゃなくて、この辺では有名な噂話だ。だけど信憑性はかなり高いんじゃないかと思う。
高杉くんがどれくらい凄いのかっていうと、彼が転校して来て暫くすると、時々聞こえて来ていたそういう話が急にほとんどなくなった事だ。ウチの学校の制服を見て馬鹿にしたようにニヤニヤと笑い、あるいは、威圧するように睨みつけて来ていた他校の不良達が繁華街の表側には余り姿を見せなくなって、代わりに、高杉くんがあちこちでそういう不良達と喧嘩をして回っている、っていう噂が出回った。そして高杉くんが勝っているから、株が上がったと言えばいいのかどうなのか。ヤンキー達の間に、この学校に対しての一種の不可侵的な感覚が生まれたんじゃないかって。
だからと言って、尊敬の念を抱いているとかいう訳じゃない。噂が事実なら、たった一人で他校の不良グループを何人も相手取って戦って、それで勝つっていうのは確かに凄い事なんだろうけど。
一部の生徒は、そんな彼を恐がりながらも憧れを持ったようだ。多分容姿の良さも十分関係している。そう。鋭い眼光が真っ先に怖いという印象を抱かせる彼は、実は非常に整った顔立ちをしているのである。シャープな輪郭とすっと通った鼻梁と、涼し気な目元。正直、モデルとかアイドルとか、そういう風に紹介されても疑わないと思う。特に女子の間では、密かにファンクラブみたいなものまで出来たっていう。
それでも僕自身は出来ればなるべく関わりたくない人だなって思っていた。
だって、転校初日の彼は本当に怖かった。そっけなく名前を名乗った後だ。彼は突然目を見開いたかと思うと、一人の男子生徒に向かって掴みかかっていったのだ。間にある机や椅子を、座っている人間なんてお構いなしになぎ倒し、それはもう物凄い剣幕だった。教室はもう阿鼻叫喚。悲鳴の渦の中、男子生徒の胸倉を掴み上げて怒鳴っていた彼の言葉は半分くらい聞き取れず、意味もよく分からなかったけど……
怖すぎる。
そこまでの騒ぎは確かにその一回だけで、それ以来校内では他に騒ぎを起こしたっていう話は聞かないけど、いつ矛先が自分に向いたらと思うとさ。危ない物には近づかない方が良いに決まっている。

二年になり、彼とは別のクラスになった時には心底ほっとした。
僕は文系の進学クラス。彼は──意外、と言っては失礼なのだろうけれど、不良然とした雰囲気とは裏腹に成績は良いようで、理系の進学Aクラス……つまり学年で一番成績のいい生徒の集まるクラスだった。教室が四つも離れているし、文系と理系では合同授業もないから、滅多に遭遇する事はない。
ただ、少し気がかりな事はあった。
転校して来た日に彼が因縁をつけた相手の生徒の方とは、今年も同じクラスになったからだ。
その相手というのは、坂田銀時という、名前はちょっと珍しいけど、それ以外は至って普通の大人しい男子だった。天然パーマなのか、一歩間違えればぼさぼさと言うしかない黒髪はいつも前髪が目深に垂れていて、黒い縁の眼鏡をかけている事も合わさって目の表情は殆ど伺えない。無口で、休み時間は本を読んでいるか、机に顔を伏せて寝ているところしか見た事がない。誰かと会話をしているところもあまり見ないし、僕自身も言葉を交わした回数は一年を通して二、三度あるかないかと言ったところだった。それも全部プリントの受け渡しとか、業務連絡的な事で。
だから余計に、高杉くんの突然の暴挙の理由が分からずに怖かった。これが、坂田くんの方も不良っぽい人なら──いや、それでもいきなり掴みかかる行動原理はちょっと理解しがたいけど──不良同士ならもしかしたらそう言う事もあるのかもしれないなって、ギリギリ思えたかもしれないけど。
繰り返しになるけど、騒ぎになったのは最初の一回だけだ。だけどその後もずっと、高杉くんが坂田くんの方を殺しそうな目付きで睨んでいたのを僕は見ている。
いじめられている、っていうのとは違うんだと思う。むしろ坂田くんは高杉くんの視線をまるで気にしていないようで、逆に不思議なくらいだった。もしも僕が坂田くんの立場だったら、学校に来るのも嫌になっていただろう。メンタルの強さに尊敬を覚えるより、申し訳ないけど、いっそ不気味さすら感じる。
と言う訳で、巻き込まれかねないっていう意味でも、不可解すぎる存在という意味でも、僕にとっては坂田くんもまたあまり関わりたいとは思えない人物だった。
……その筈だったんだけど。


ドンッ、と何かを叩きつけるような大きな音がして、僕は反射的にその方向を振り向いた。
特に係と言う訳ではなかったけれど、たまたま廊下で会った先生に、次の授業で使う用具を準備室から取って来ておいて欲しいと頼まれたのだ。この学校は普段授業を受けている教室のある棟と、科目ごとの準備室や音楽室や美術室、化学実験室などの特殊な用途で使われる部屋を集めた棟に分かれている。科目準備室はほとんど倉庫のようなもので、その棟の中でも一番利便性の悪いところに配置されている為に行って戻って来るだけでもなかなか時間を食う。その途中。
人気のない階段の踊り場で、誰かが誰かに掴みかかっているのが見えた。日当たりが悪い所為で薄暗く、それが誰かは判別が出来ない。ただ、緊迫した空気だけは十分に伝わってきた。胸倉をつかみ上げられ壁際に追い詰められた方に向かって、もう片方の人影が腕を振り上げる。
思わず声を上げてしまった。
「うわ、ちょっ……!!」
途端に、腕を振り上げていた人影がぐるん、と僕を振り返る。僕は正直ものすごくビビった。暴力の矛先が自分に向かう予感に、だけど逃げ出しそうと思っても足が竦んで動けなくなっていた。代わりに抱えていた大きな箱を、体を庇う盾かのようにぎゅっと抱き締める。
ところが、振り返った人物が僕に襲い掛かって来る事はなかった。チッ、と鋭い舌打ちの音が聞こえたかと思うと、その人影は掴んでいたもう一方の人物の体から手を離し、階段をするりと昇って行ってしまう。僕はほっと息をついた。
と、解放された人影が踊り場から降りて来ながら僕に声を掛けてきた。
「悪い、助かったわ」
坂田くんだった。

僕はびっくりして、一瞬言葉を失った。
ああ、いや、違う。坂田くんから手を離して踊り場から上に去って行った人影──それが輪郭と、くらがりに凝らした目にうっすらと判別出来た色彩から高杉くんだと分かった時から、坂田くんが廊下側の光の当たる方へ踏み出して来る前に、もう一方の人影が坂田くんだって事は分かっていた。
僕が驚いたのは、窓から差し込む光の中に現れた坂田くんの目が、赤く輝いたように見えたからだ。
「あ、そうか……
返事をしない僕に坂田くんは不思議そうに首を傾げた後、何かを思い出したような顔をすると、今度は困ったように笑った。
「ワリ、気持ち悪いよな」
そう言って視線を伏せる。黒い睫毛の影が、きらりと瞬いた一瞬の光が去ってもやはり赤く見える瞳に落ちる。
僕は慌てて首を横に振った。まだ何を言っていいのか分からなかったが、それだけは違った。僕が息を呑んだのは、その一瞬の赤色がとても綺麗だと思ったからだ。
「あの、えっと、そ、そんな事思うわけない……よ。凄く、その、綺麗だね」
「え」
坂田くんは伏せた視線を上げて僕を真正面から見た。僕はその時はじめて、坂田くんがいつもしている眼鏡もしていない事に気が付いた。どうしたんだろうと思ったら、それは彼の右手に握られていた。多分、高杉くんに掴み上げられた時に落ちてしまったんだろう。という事はもしかして、眼鏡は瞳の色を隠す為にかけていた──?
僕の思考を読んだかのように、坂田くんは頷いた。
「ああ、うん。これ度は入ってねーの。あとカラコン……も、今落ちちまって」
僕もなるほど、と頷き返した。
……誰にも言わないでくれる?」
「別に、その、誰も気にしないと思うけど……
おずおずと訊ねられた言葉に僕はそう答えるけど、坂田くんはゆっくりとした仕草でその伊達メガネをかけなおしながら緩く首を振った。
「そういう訳にもいかねーんだ。お前みたいな奴の方が珍しいよ」
そう言って寂しそうな笑みを浮かべる。
僕はなんだか、すごく切ない気持ちになった。
確かに、赤い瞳はとても珍しい。この国では黒や濃い茶色の瞳の人間の方が圧倒的に多く、というか殆どで、違う色を持つ人間は大体外国の人──つまり余所者である。残念な事に(学校と言う閉鎖空間では特に、だが)九十九パーセントの中の一パーセントは迫害を受けやすい。
坂田くんはきっと、これまでに沢山の敵意と、悪意には満たずとも疎外感を感じるには十分な、そんな視線にさらされて来たんだろう。もしかしたら高杉くんが異様なまでに坂田くんに攻撃的な態度を向けるのもその所為なんだろうか。何故彼が坂田くんの目の事に気付いたのかはわからないけど、そうだとしたらなんてひどい事だろうと思う。
とは言っても、僕一人の、ここだけの言葉で彼の過去が覆る訳もないし、実際に彼がコンタクトと眼鏡を外して、高杉くんでも他の誰かにだとしても、実際に敵意を向けられた時に護ってあげられるような力なんていうのも僕にはない。
それでも、少しでも励ましてあげられたらいいと思って僕は、もう一度同じ事を口にした。
「分かった……誰にも言わないよ。でも、僕は、僕は本当に、綺麗だと思うよ」
坂田くんはまた驚いたように赤い瞳を瞬いて、それからふわりと微笑んだ。


僕と坂田くんは急速に仲良くなって行った。
あれだけ近寄りたくないと思っていたのに僕自身不思議だったけれど、高杉くんの事がなくても物静かで近寄りがたい雰囲気だと一方的に思っていた坂田くんは、話してみるととても気さくで面白い人だった。一緒にいると話題が尽きない。時間があっという間に過ぎていく。
はじめこそ坂田くんを敵視している高杉くんにいつ目をつけられるんじゃないかとびくびくしていたけど、意外な事に高杉くんは、坂田くんが僕と一緒にいる時には近寄ってくるような素振りすら見せなかった。やはり転校初日の事件で、転校してきて早々に三日も停学処分を受けた事が効いているのだろうか。わからないけど、特に攻撃される訳じゃないと分かれば怖いとはもうあまり思わなくなっていた。

今までは知らなかったけど、僕達は学校からの帰り路も同じ方向だった。
近付いて来たテスト期間。放課後図書室で一緒に勉強した僕達は、空が少しオレンジ色に染まり始めた頃、駅に向かって歩いていた。
「最近ほんとに、怖い人達見かけなくなったよね」
繁華街の通りで、左右に広がる賑わいに目を向けながら僕は何気なく言った。少し前までは、この通りは他校の──特に僕達の学校とは駅から丁度反対にある男子校のいかにも不良然とした生徒達の縄張りになっていて、我が物顔で通りを闊歩する彼らにうっかり目を付けられないよう、僕達はどこか緊張しながら登下校していた。それが最近ではすっかり彼らの姿自体を見かけない。代わりに、カフェやゲームセンターには僕達の高校の制服や、近くにもう一つある私立高校の制服を着た生徒が以前よりずっと目立つようになっていた。
坂田くんは曖昧に頷いた。僕ははっとする。
そうだった。最近この辺りが平和になった理由は、恐らく高杉くんなのだ。大人しそうな坂田くんもきっと、今までの不良達の事は怖かっただろうと思ってつい同じ目線で話してしまったが、その高杉くんに直接絡まれていた坂田くんにとってはむしろ、直接の脅威は高杉くんの方だったに違いない。高杉くんのお陰で、ともとれるような言葉は適切じゃなかった。
僕は慌てて別の話題を探す。キョロキョロと視線を彷徨わせると、有名なコーヒーチェーン店の看板が目に入った。店の前には丁度この前、坂田くんと話していた新作フラペチーノの提供開始を報せるのぼりが大きく掲げられていた。
「あ、坂田くん、あれ」
寄っていかない?
と誘うと、坂田くんはまた困ったような顔をする。
「あー、俺今日あんまり金ねェや」
「奢るよ」
言ってから自分でも驚くくらいに、僕の口からはするりと引き留める言葉が出た。
「え、でも」
「いいからいいから。たまには寄り道して帰ろうよ」
……じゃあ、うん。ありがたく奢られよっかな」
坂田くんははにかんだように笑った。坂田くんの方が僕より少し背が高いけど、何故か少し上目遣いみたいにして。
それはいつもの、弾けたような明るさで笑う顔とは違っていて、僕の胸はドキ、と高鳴った。

そうなんだ。
最近、僕の胸はなんだか変だ。
いや、胸だけじゃない。行動も、時々、まるで僕じゃない誰かが僕の体を勝手に動かしているような気分になる。
僕はあんまり、人付き合いが上手い方じゃない。なんとかそれらしくやっては来たけど、今まではもっと仲良くなりたいと思っても僕から積極的に行動を起こす事はなかったし、誰かを──それも、ちょっと強引かもしれないと思う程強く引き留めてまで誘うなんてした事がなかった。
こんな事は初めてだ。
坂田くんの事を考えると胸が苦しくて、もっと一緒に居たいって思う。色のついたコンタクトレンズと眼鏡の向こうにあっても、明るい場所でよく見れば宝石みたいにキラキラと光る赤が滲む瞳に見つめられると動悸が激しくなって、坂田くんが笑うと、ああ、もっと。もっとその笑顔を見ていたいって、そう思う。
こんな気持ち、今までは知らなかった。きっとこれがそうなんだろう。
僕は多分、恋をしていた。
坂田くんの事が好きだ。

僕は毎日浮かれていた。
テストが終わると席替えがあって、運よく坂田くんと隣同士の席になった。登校すれば坂田くんが居て、僕以外とはあまり言葉を交わさない彼とそれこそ一日中一緒に過ごせる。放課後は一緒に図書室に行ったり、帰り道では時々、カフェやファーストフードの店に寄る。楽しくて仕方なかった。このまま三年生になっても一緒のクラスになれたらいいなと思ったし、実際、二年生になる時に文系の進学クラスを希望した時点でその可能性はかなり高かった。もしかしたらそのまま、同じ大学に行く事も出来るかもしれない。期待で胸が一杯だった。


だけど、僕達の平穏な、楽しい毎日をよそに、僕達を取り巻く環境は実は悪化して行っていた。
その事に僕が気が付いたのは、暗い……どこか大きな倉庫のような空間で目を覚ました時だ。
「っ……?!」
慌てて周りを見回す。身動きが取れなくて焦った。僕は制服越しにごつごつと感じる太い柱のようなものを背に手を縛られて座らされていて、横に坂田くんも居た。僕と同じように縛られている。
「良かった、目ェ覚めたか」
俯いていた坂田くんは、僕を見てほっとしたように口の端を上げた。
「な、なに、これ」
僕の舌は混乱と恐怖で上手く回らなかった。
どうしてこんな事に。
何があったんだっけ。
最後に覚えているのは、坂田くんと歩いていたら急に不良達に取り囲まれた事だけ──
……悪ィな」
勿論僕の人生は、こんな事態とは無縁だった。とにかく焦って、必死で理由を考えるけど全然わからない。本当に急にだった筈だった。漫画でよく見るような、不良達にぶつかってしまったとか、うっかり彼らの持ち物を傷付けてしまったとか、そういう事は無かった筈だ。それなのにわらわらと湧いて来た不良達ははじめから怒りを纏って僕達を取り囲んだ。
と言う事は、僕達は彼らに捕まったのだろう。
段々と現状に対する理解が及ぶにつれ、後頭部がズキズキと痛み始めた。殴られたのか。
だけど、どうして?なんで?
これからどんな目に遭うのか怖くて、それ以上の事は考えられない。
一体どうすれば。
身を竦ませる僕に、坂田くんはぽつりと謝罪の言葉を口にした。
「え……?」
僕は意味が分からなくて、泣きそうになっている目を向ける。
……多分、俺の所為だと思う。巻き込んで、悪い」
何が?
意味が分からないまま、僕は首を振った。違う。君が悪い訳がない。
その時、暗がりの向こうで大分遠くに見えるドアが開いた。吹き込んで来る風の感じがその向こうが外だと教えていたが、太陽の眩しさは感じない。既に夜になっているようだった。
二人の男が入って来る。と、思えば続けて更に何人もの男達がドヤドヤと増えた。全員が、僕達を取り囲んだ不良達と同じ男子校の制服を着ていた。同じ奴らか、その仲間だという事は確かだった。とても同じ高校生だとは思えないくらいに人相が悪い。くちゃくちゃと音を立ててガムを噛んでいる男、煙草をくわえている男。何人かの手には鉄パイプが握られている。漫画でしか見た事がない光景。
その中の一人が近付いて来ると、吸っていた煙草を地面に吐き捨て、その火を爪先で雑に消しながら言った。
「お前らには、高杉呼び出す餌になってもらうぜ。恨むなら高杉の野郎を恨みな」
僕は呆然とした。
つまり、と、のろのろとしか回転しない思考を必死に回して答えを見つける。
どうやら僕達は、高杉くんを恨んでいる連中に捕まったらしかった。彼らが高杉くんを恨んでいる理由は、多分難しい事じゃない。聞いていた噂が真実なら、高杉くんは他校の不良と何度も喧嘩を繰り返して、その全てに勝利していた。その結果縄張りを奪われ、そうだ。それで奪われた方に怒りがない訳がなかったのだ。
だけど、僕達がその餌っていうのはどういう訳なんだろう。いや、漫画でよく見る展開だから意味はわかる。でも、そういう場合、普通は大事にしている人だとか物だとかを盾にするものなのではないだろうか。高杉くんに僕達を助けに来る理由はない。僕は高杉くんとは同じ学校に通っているという以外何のかかわりもないし、正直、向こうが僕の存在を認識しているかどうかも謎だ。坂田くんに至っては高杉くんに完全に嫌われているようだった。来るはずない。
もし高杉くんが来なければ、僕達はどうなるのだろう。
とんだとばっちりだと一層泣きたくなった。
「俺達には関係ねェだろ」
坂田くんもそう言った。
声もだせない程怯える僕と違って、不良に言い返せる坂田くんはすごい。
すごいけど、相手を怒らせないかひやひやした。

ところが、不良は逆ににやにやと笑った。
僕は怖くて身を竦ませてしまう。不良が肩に担いでいる鉄パイプが恐ろしい。
「しらばっくれても無駄だぜ」
坂田くんは顔をしかめた。
「何の話だ」
「お前があの"白夜叉"だって事はとっくに割れてんだっつーの。たまたまウチにお前らと同じ中学出身の奴がいてな。まァ、最初はわかんなかったらしいけどよ。高杉が居るんならお前もいるだろって言うから、随分探したんだぜ?まさかこんなに見た目が変わってるとは思わなかったから時間かかっちまった」

「坂田くん?」
「ああ、そっちの真面目くんは本当にとばっちりだなあ、カワイソウに。なんも知らねえんだろ。なあ?」
僕は本当に訳がわからなくて、にやにや笑う不良と、何かを噛み締めている坂田くんの顔を交互に見る事しか出来なかった。何がどうなっているのか。何も知らない。何も分からない。
「さ、坂田くん、どういう
「知らねえってのはある意味幸せだよなあ。説明してやろうか、真面目クン。ソイツはなあ、中学ン時はそりゃあヤベェワルだったんだぜ?中学生ながらに県南地域の不良共全部倒して頂点に君臨してた二人組の片割れだ。狂犬っつってな。負けなし、容赦もなし。ソイツらが高校行ったら県北のこっちまで危ねェんじゃねえかって、先パイらはそりゃビビってたモンだ。ま、でもこの様子じゃ、実際ヤバかったのは高杉の方だけらしいけどな。けど、随分仲良かったってのは本当なんだろ?どこ行くにも一緒でよ。デキてんじゃねえかって噂まであったらしいじゃねえか。ホモ野郎かよ」
……何の話か、分からねえな。俺達は関係ない」
「おいおい、とぼけても無駄だっつーの。オイ」
「なっ……
男が合図すると、他の奴が持ってきた大きなバケツを坂田くんの頭の上でひっくり返した。バシャッと盛大な水流が坂田くんを包み込み、隣の僕にも容赦なく飛沫が飛んできて、僕は思わず目を閉じる。びしょぬれになった制服が肌に張り付いて気持ち悪かった。コンクリートの床に、僕達を中心にして水たまりが広がって行く。
「ほらな。化けの皮が剥がれるってやつだ。そんな色の奴他に居る訳ねーだろ」
男の声で僕は目を開けた。そして見開く。
チッ」
見た事が無い程怖い顔をして、信じられない程荒っぽく舌打ちする坂田くん。その髪は、一瞬で真っ白に染まっていた。黒い雫がその毛先から、ぽた、ぽた、と滴っている。
「ま、怪我したくなきゃ大人しくしてな。高杉シメたら一緒に帰してやるよ」
僕は本当に、ただ、開けた口を閉じられないまま、何度かぱくぱくと馬鹿みたいに動かした。
まるで、知らない世界の、違う言語で話をされているみたいだと思った。理解出来ない。
「だから、高杉(アイツ)が来るわけねーっつってんだろ。俺達はもう関係ねえんだよ」
獣が唸るような声で坂田くんが凄んでも、
「そう思ってんのはお前だけかもな」
と、不良が嘲るように言っても。



──どうして無事に帰って来られたんだろう。
僕はお風呂でもまだ呆然としていた。
チャポン、とお湯の滴る音が、目に焼き付いた白い……いや、銀色かもしれない。坂田くんの、濡れた髪から黒い墨のような水滴が流れ落ちていった光景を思い出させる。
汚れた制服で、いつもよりもずっと遅い時間に帰宅した僕を家族は物凄く心配した。僕はなんでもないって言うしかなかった。それでもものすごく世話を焼かれて、早く温まって来なさいってお風呂に追いやられて、もう結構時間が経っている。そろそろ上がらないと今度は別の心配をされるだろう。
そうは思うけど、今日、体験した出来事が、まるで映画の中にでも入り込んでしまったかのような、現実感がなくて、それなのにその雰囲気を確かに肌で直接感じてしまった衝撃が、今更体を震わせて、立ち上がる事が出来ない。

結末から言えば、高杉くんは来た。
坂田くんはずっと否定していたけど、本当に来た。
他校の不良の中にたった一人で、言われた通り武器になるようなものは何も持たずに、無抵抗で。
「なんで……
坂田くんの悲しそうな声が耳に残っている。その瞬間の僕は、とにかく完全に恐怖して、混乱していて、その意味を色んな意味できちんと認識出来ていなかったけど。
無抵抗の高杉くんを、不良達は殴った。呻き声一つ上げない高杉くんの代わりに、僕の隣で坂田くんが悲鳴のような声で叫んだ。
「高杉ッ!!」
坂田くんの手を縛ったロープが軋むような音を上げていたと思う。
目を覆いたくなるような暴力が続いた。僕はずっと、頭の芯を誰かに握られているような緊張と、心臓に氷でも詰められたんじゃないかってくらいの寒気に震えていた。あんな事が現実にあるのかと信じられなかった。
黙って立っている高杉くんの頬を不良の拳が殴り飛ばす。よろけたその体を別の脚が蹴る。それでも高杉くんは立っていて、どこか嘲るような笑みすら浮かべていた。
坂田くんはずっと叫んでいた。
なんで、どうして、来なくて良かったのに。
ぼたぼたと血が垂れて落ちた。
「もう良いだろ……!!高杉!!もう止めろよ!!俺の為に怪我なんてすんな!!ほっといていいからッ、俺なんかに……かまうなよ……!!」
酷い音がした。鈍く、重たい打撃音。人体からあんな音がするのかと、僕は全然その場に相応しくない事を考えていたと思う。
高杉くんは笑った。
「勘違い、すンな……銀時。てめェの為なんかじゃねェ。俺は、俺がしてェ事しかしてねえよ」
「高杉!!」
「は、酷ェツラしやがる……。てめェこそ、ほっとけよ。俺を捨てたのはてめェだろ。もう要らねェんだろ。なら、情けなんざかけるんじゃねェよ。俺には……こんな世界、なんの未練もありゃしねェんだ」
不良達はどんどんヒートアップしていた。
どんなに暴力を振るっても、高杉くんはいたくもかゆくもないという顔をして、自分に暴力を向ける相手じゃなく坂田くんの事しか見ていない。無視されて、坂田くんとしか話さない高杉くんの姿はただでさえ苛立っている彼らの怒りを焚きつけるには十分を通り越していた。
普通じゃない。僕は二人の事も怖かった。
「銀時、俺はな」
不良達が振り抜いた拳が、高杉くんがいつもしている眼帯を吹き飛ばした。現れたのは瞑った左目。今まで深く考えた事はなかったけど、高杉くんの左目は完全に失明しているらしかった。
「俺は、てめェさえいれば、後悔する事なんざ何もねェ」

「ふざけんなてめェ!!!」
にっ、と切れた唇の端を上げて笑った高杉くんに、キレたのは不良達だった。
多分、彼らにも本当は別に、流石に殺す気なんていうのはなかったと思う。いくらなんでもそこまでは。
だけどとうとう、高杉くんの頭の上に鉄パイプを振り上げた奴がいた。生身の人間に対してそれは、あまりに凶器でありすぎた。
僕は反射的にぎゅっと目を瞑った。それまで目を閉じる事すら出来なくて、ただ見ている事しかできなかったのに、多分、防衛本能というものの一種だったんだと思う。こわい。こわい。こわい。
その瞬間、隣で坂田くんが吼えた。
ダン、と地面を踏みしめる音がして、今度は不良達が狼狽えたように叫んだ。
僕が恐る恐る目を開けると、僕の隣には誰もいなくなっていて、切れたロープが落ちていた。
後は、大乱闘だった。
飛び出していった坂田くんが高杉くんに向かって鉄パイプを振り下ろそうとしていた不良の一人を思い切り蹴り飛ばすと、高杉くんはそれまでの無抵抗が嘘だったかのように暴れ始めた。
突き出した拳が一人の腹にめりこみ、横のもう一人の胸倉をつかみながら後ろに回した蹴りで二人が吹っ飛ぶ。あっという間に高杉くんのすぐ近くを取り囲んでいた不良達は地面に倒れていた。不良達は坂田くんの参戦に一瞬混乱していたが、すぐにあっちでもこっちでも雄叫びが上がり、多勢に無勢をものともせず次から次に不良を投げ飛ばして行く高杉くんと坂田くんに向かって突進していく。
僕に襲い掛かって来た不良は僕の所まで辿り着く前に、僕が悲鳴を上げて蹲っている間に、飛んで来た坂田くんが鮮やかに蹴り飛ばしていた。その後ろを追って来た奴を高杉くんが引きずり倒して足で踏みつけ、持っていた鉄パイプを奪い取る。それをぽいと坂田くんに渡すと、自分は別の不良からもう一本鉄パイプを奪い取り、二人がまるで剣みたいにそれを握ると、なんていうか、本当に二人は無敵みたいに見えた。
僕はただ彼らの背中を見ている事しか出来なかった。
二人は楽しそうだった。

「本当に、ごめん」
本当に二人だけで不良達を倒してしまうと、坂田くんは倉庫の隅に落ちていた僕のカバンを拾って来てくれて、僕の見慣れた、困ったような顔をしてそう言った。
その時もまだ僕は起こった事を飲み込めていなかったので、黙って受け取った。
……普通になりたかったんだ」
坂田くんはそう言った。送っていく、と言われた帰り道。
坂田くんは、複雑な生い立ちをしているらしかった。生まれつきの白い髪と赤い目という異質な容姿を疎まれ、家では虐待を受け、学校ではいじめられて。坂田くんはずっと耐えていたらしいけど、ある日、とうとう命の危険まで感じて、いじめっ子の一人を殴り返した事から周囲の坂田くんへの評価は変わっていく。不良のレッテルを貼られるのはあっという間だったらしい。
だけど、そういう風に見られているなら、その方がむしろ楽ではあったと坂田くんは笑った。最初から戦う気で来る相手なら、殴り返しても心は痛まないという坂田くんは優しい人なんだろう。
ただ、と坂田くんは言った。
……俺の所為で高杉までそう言われてんのが、申し訳なくてさ」
高杉くんは、坂田くんが大人しくいじめを受けていた時から、それを庇ってくれていたたった一人の人らしい。俯く坂田くんを庇っていじめっ子たちに立ち向かい、その結果、坂田くんが不良と呼ばれるようになる頃にはとっくに誰からも不良だと思われていた。
「別にてめェの為じゃねェって、何度言わせんだ」
僕と坂田くんの後ろをついて来る高杉くんは不機嫌そうにそう言ったけど。
ああ、彼もまた優しい人なのだと僕は分かった。
「コイツの左目もさ、俺の所為なんだ。親が包丁で切りかかって来た事あって、……そん時」
だから、と坂田くんは普通になりたかったと言った。
多分それは坂田くん自身が、というよりは、本当ならいいお家に生まれた一人息子として何の不自由もない人生を送れた筈だったという高杉くんの為だったんだろう。その為に高杉くんに言わずに高校からは全然別の学校を選んで入学し、髪を染めて、目を隠して、目立たない人間として生きようと思った、と。
「まさか追いかけて来るとは思わなくて……。でもその所為で、お前には本当に怖い思いさせちまって、本当にごめんな。もうこんな事ないと思うからさ、安心していいよ。……ありがとな」

(……そっか)
思い出して、僕はやっと、理解した。
あれは別れの言葉だったのだ。




僕の恋は、伝える事もなく終わった。
坂田くんはそれ以降髪を染めるのを止め、高杉くんといつも一緒にいる。高杉くんが坂田くんに怒っていたのは、坂田くんがその姿を偽って生きようとしているのが許せなかったかららしい。眼鏡もカラーのコンタクトレンズも外して、ありのままの姿を隠さなくなった坂田くんは、確かに以前よりずっと生き生きとしてみえる。日差しが当たると白銀の髪がふわふわと光の中に踊って本当に綺麗だ。
僕はそれを遠くから眺めている。赤い瞳が僕を向く事はもうないけれど。
最近の噂は、もっぱら県中の不良をひれ伏させ、頂点に立った二人の鬼の事で持ち切りだ。時々、この辺では見慣れない制服をきた不良風の人達が二人を訊ねてくる事はあるけど、むしろ普通の生徒にとっての治安は前までよりもずっといい。
夕暮れの図書室で、ぱたん、と志望大学の赤本と参考書を閉じて、僕は席を立つ。
昇降口を出て校門へ向かう途中ふと振り向くと、屋上に楽しそうに並んでいる二つの人影があった。