riririnf
2025-05-08 23:56:57
8486文字
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白雨のカノン

4/22~4/24にかけて連載したリレー小説です。
1ページ目:溶けかけ。様(@haiiro1714)執筆
2ページ目:ノア様(@1044974)執筆
3ページ目:り執筆
※お二方に掲載許可は頂いております。


 春の訪れはいつも穏やかだ。
 これには正しく語弊などないだろう。
 空を覆い尽くしていた雨雲が去り、雨宿りから顔を出した鳥たちが奏でるさえずりは、まるで眠たげな空へと贈る粋な目覚まし時計のよう。
 そんな心地のよい朝を迎えてやっと、いつの間にか陽だまりが長く、暖かくなっていたことに気づくのだから。

 フリーナは草萌える大地に腰を下ろし、空へと手を翳す。
 好天のもと、テイワット中に自生する一般的な樹木──林檎の木の枝葉には、初夏の訪れを告げる白い花弁が咲いている。そこから差し込む柔らかな陽光が、フリーナの論を肯定する。
「気は済んだか?」
 突如注がれる冷や水。
 フリーナは季節の移ろいに馳せる想いを遮る、無粋者へと視線をやった。
……『キミの手を煩わせる必要はない』……なんてね」
 いつかの彼の応えを借りて微笑むと、フリーナと同じく大地に座したヌヴィレットは、微かに眉を寄せた。
……この場合、私はなんと返すべきなのだろうか」
 薄い紫色の瞳が答えを探すように彷徨う。
「ハハっ、キミに気の利いた返答なんて求めていないから、そう気負わずともいいよ」
……これでも最近は、ウィットに富んだジョークを嗜みもしているのだが」
 憮然とした表情で彼は呟く。実際求められたら困るくせに、期待をしていないと言われると変に意地になるのも、出会った頃から変わらない。
 ……なんだか本当に、いつぞやと同じような流れだね?
 フリーナは密かに思う。確かあの日はまだ雨期で、降りしきる雫が結晶へと変わるほどに寒い日だった。
 今はもう冬は過ぎ、風に擦れる梢は青々として、初夏の香りすら滲ませる。だからこそ、フリーナは度を超えたワーカホリック水龍をピクニックに連れ出したのだ。
 暖炉の薪が爆ぜる静かな屋内で、穏やかに語らうのもよいけれど、様々な生命の息吹が絶えず聴こえる屋外で、ただのんびりと過ごすのも悪くはないだろう。……そう思ってのことだったのに。
「そもそも早く帰りたいからって、『気は済んだか』なんて急かし方はよくないよ。ウィットの欠片もないじゃないか」
 折角誘ってやったのに、といけずを吐いた野暮龍を睨みつける。
…………すまない」
 残してきた仕事が気になって、と気まずげに目を逸らす姿は、出会った頃には見られなかったものだ。
 変わらぬ部分と、変わっていく部分。水を司る彼は、その性質の通りに如何様にも変化していけるのかもしれない。
 ……僕は、どうだろう。
 フリーナは自問する。五百年間演じ続けてきた『水神』役は骨の髄まで染みついて、もうすっかり『フリーナ』という人格を形成している。水を冠した役柄でありながら、ちっとも変化に順応してくれない。
 けれどもフリーナは変わらぬ人格のまま、クロリンデやナヴィアといった友を得てもいる。これは水神の頃とは変わった部分だ。
 フリーナは変わらないのに、変わりゆく環境があって、新たに紡がれる絆があって……
「フリーナ殿?」
 思索の海に浸っていたフリーナに、ヌヴィレットが訝しげに声をかけてきた。
 その表情は少々不安げで、ああ、謝罪の直後に沈黙されたら、機嫌を損ねたのかと心配にもなるか、とフリーナは思い至った。
 別に怒っている訳ではないので、大丈夫、と返そうとした、その時。風が枝を揺らし、林檎の花びらが攫われていく。
 はらはらと白い花片が宙に舞い踊る様は、以前ヌヴィレットと共に見た、時期外れの雪の華を思い出させる。
 あの日、フリーナは歌に想いを乗せた。丁度その頃流行っていた、一人の少女の恋の歌。
 それは降りそそぐ白に誘発されて、旋律と歌詞が勝手に浮かんだからだ。直前のヌヴィレットの暴挙──本人曰くの忠告──に心を乱されていたから、それを整えたかったのかもしれない。
 そして歌いながら、己の心を理解した。自ら歌う少女の想いは、あまりにもフリーナと一致しすぎていたから。
 だからこそ、フリーナは最後まで歌いきった。どうせヌヴィレットに流行り歌なんて分からないだろうと思ったし、音律と共に吐き出した心は、儚い白花と共に消えていくだろうと、タカを括っていたからだ。
 だが──実際のところ、どうだろう。
 似通う白に誘発されて、あの日の心が鮮やかに蘇ってくる。もう季節すら変わっているのに、この想いはちっとも変わってくれないらしい。
 そっと手を前に出してみる。すると上へ向けた手のひらに、ふわりと白がひとひら乗った。……当然、水へと溶けたりしない。
 雨の雫ならヌヴィレットが消してしまえるし、雪の華なら儚く溶けゆくけれど、白い花弁はどうにもならない。ならば──……

「ラ〜ラ〜ラ〜♩♩」

 フリーナは手を握りしめて胸の前へと導き、あの日と同じ歌を紡いだ。そうして心を昇華したかった。
 そして少しの興味もあった。変わった環境、変わらぬ想い。この二つが混じわったなら、一体何が起こるのだろうか?
…………すまない」
「!?」
 正解は、謝罪だった。
 ……振られた……!?
 フリーナは咄嗟にそう思った。好奇心は猫をも殺すと言うけれど、ちょっとこれは過剰攻撃ではないだろうか。
「仕事が気になっていたというのは、嘘だ」
「へ……
 フリーナは目を瞬く。彼が嘘をつくなんて想像だにしていなかったから、理解が追いつかない。
……木漏れ日を浴び、散る花びらに包まれる君が、儚く消えてしまいそうな気がして」
 ヌヴィレットは目を伏せ、「そうと口に出すのも憚られ、咄嗟に無礼な物言いとなってしまった」と付け加えた。
……なかなかウィットに富んだ答えじゃないか」
「私はジョークを口にしたつもりはない」
 ぽかんと呟いたフリーナに、ヌヴィレットは不服そうに眉を顰めた。
「ああ、うん、悪かったよ。ちょっとびっくりしてしまって」
 ふりそそぐお日様と花弁のシャワーだなんて、穏やかな光景に他ならないと思うのだけれど。
 ……そういえば、一緒に雨を浴びれたら、なんて、軽口を叩いたりもしたっけね……
 雫の雨ではないけれど、今まさに二人は同じ白雨を浴びている。図らずも、あの日の希望は叶えられているわけだ。
 にも関わらず、ヌヴィレットの表情は冴えない。まるで花期の終わりを──花が萎れるを恐れているかのように。
 もしかすると彼の心は、いまだあの、雪の白華が舞い散る景色にあるのかもしれない。……フリーナと、同じように。
「ほら、見てごらんよ」
 フリーナは拳を解く。手のひらには白い花弁がひとひら。
「触れても、溶けないだろう?」
 雪のように水に溶け、儚く消え入りなどしないのだ。この花も、フリーナも。
…………
 ヌヴィレットは目を細め、手の中の白をじっと見つめる。しばしの沈黙の後、彼の唇が開かれた。
……確かめても、いいだろうか」
 薄い紫色の瞳が、フリーナを向いた。そこに、ゆらゆら揺れる炎が見える気がした。
 暖炉の静かなそれとも異なる、熱い激情。
……どうぞ」
 絡まる視線を肯定し、フリーナはそっと目を閉じた。
 果たして彼はどこに触れるのか、そんな淡い期待を込めて。

◇◆◇◆

 目を開けると、目の前にフリーナの可憐なかんばせがあった。
 そのまま見つめ続けると、冠の睫毛が持ち上がり、色違いの青が現れる。その瞳がヌヴィレットを捉えた瞬間、白磁の頬が林檎の如くに真っ赤に染まっていった。
「な、なんだよ……、レディの顔を眺め続けるなんて、無礼だぞ」
 ふい、とそっぽを向かれると、耳まで熟れているのが目に入り、彼女の中に巡る血潮を教えてくれる。今の彼女は萎れ知らずの常花だ。
「ああ、すまない」
 自然と口の端が持ち上がる。
「ふん……、まったくもう……
 フリーナは不満そうに唇を尖らせたまま、ちらと横目でこちらを見やる。
……ヌヴィレット、花びらがついてる」
「む……
 フリーナが指差す胸元の辺りに目をやるが、白の花弁は見つけられない。
「ああ、入り込んじゃった。一度解いた方がいいよ。ほらほら、早く!」
 ヌヴィレットとしては、花弁一枚程度、別に構いはしないのだが、“最高審判官”としては、そうもいかないのだろう。
 ヌヴィレットは言われるがままにジャボを外し、ボタンを緩めていく。そうして開かれた胸元に、するりとフリーナが入り込んだ。
「フリ、……っ!」
 柔らかな唇がヌヴィレットの鎖骨をなぞる。ちゅう、とのリップ音の後、熱く濡れた舌が肌を撫ぜた。
 そっと離れていった温もりが、なすがままになっていたヌヴィレットに、してやったり、と言わんばかりの笑みを向けてくる。
「──『これに懲りたら親しい仲であっても、異性の前では肌を晒さないようにしたまえ』よ、ヌヴィレット!」
 首元はいまだ開いたまま。初夏のどこか温かな風が肌を撫でるなか、鎖骨の熱は風に混じることなく、その存在を主張している。
「──忠告に感謝しよう」
 ヌヴィレットは身を乗り出して、べ、と出された果実のような赤色に噛み付いた。

 長い長い冬が明け、春を迎え、そして今、初夏の光が二人を包む。──二人で紡ぐ新たな季節が、始まるのだ。