lolo
2025-05-04 02:09:20
15744文字
Public お話
 

斜光

燈出のち荼毘出。ふたりが昔出会ってたら、のif話。

午睡から覚めて、けれど何をする気も起きずただ窓の外を眺めていた。
ここは一昨日見つけた廃屋で、風も雨も隙間から入りこんではくるものの、海の近くに建っていたことが出久の気に入った。
日が暮れていく。
ぼやけて滲んだ薄紫と橙の空を閉じ込めて、ゼリーにしたらそれはおいしそうだな、なんて思っている間に夜になった。
紙屑のような無数の星々のなかに、黄桃に似たまるい月が浮かんでいる。
出久は立ち上がり外に出た。
今日は昼過ぎまで雨だった。
雨が過ぎ去ったあとの海はしんとして、ずっと遠くのほうがほのかにしろく煙っている。
浜辺に下りた出久は素足になり、湿った砂のうえをさくさくと歩いた。
急ぐでもなく端のほうまで歩いていったとき、ふと砂のなかからなにか大きなものが突き出しているのに気づいた。
興味をそそられ近づいてみる。
ところどころ茶色く変色し藻のようなものがこびりついているけれど、その全体はなめらかな象牙色をしていた。形もまさに象の牙のように弓なりに反っていて長い。
自身の腕より太さのありそうな物体をさまざまな角度から観察し、出久はうーんと考えこんだ。
「何してんだ」
背後から気だるげな声がした。
ふりかえれば黒髪につぎはぎの肌をした男が、胡乱な目つきで出久を見ている。
「荼毘さん、おかえりなさい。散歩してたらここになにか埋まってて、気になったから見てた。なんだろうこれ」
「さあ。興味ねえな」
「僕は骨っぽいと思ったんだけど」
そっけない返答はいつものことなので、出久は気にせず話をつづける。
荼毘は出久の言葉に眉をひそめた。
「骨は無いだろ。木かなんかじゃねェの」
「でもさ、鯨の骨とかならこの大きさもありえるんじゃない?それか、運悪く打ち上げられて干上がっちゃった怪物」
「阿呆なこと言ってンな」
荼毘は付き合いきれないとばかりに踵を返した。
出久は手を伸ばし、それに触れた。
砂や埃が張りついた表面はじゃりじゃりとして硬く、冷たい。けれどなでているうちに、かつて息づいていた生物の体温を感じ取れるような気がした。
海鳥が頭上を横切った。
郷愁を誘う色をした月光が、バターのように「骨」のうえで溶ける。
出久はきゅっと手を握りこんだ。
「出久」
焦れたように荼毘が呼ぶ。
出久は砂に足をとられながら駆けもどった。

「荼毘」にはじめて会った日、目にした光景を思いだす。
焼けただれた掌から高く空に躍り上がった蒼い炎。
それを自在に操り戦う彼はあまりに美しく、出久は一目でこころを奪われた。
やっと見つけた。
やっと出会えた。
それは天啓じみた確信だった。
瀬古杜岳での火災を報じる記事に「轟燈矢」の名を見つけてからずっと、出久はほんのわずかな可能性に縋り、彼を探しつづけていた。
だって遺体が見つかったわけではないのなら、死んだと決まったわけではないのなら。
諦められるはずなどなかった。
もう燈矢に会えないなんて、出久にはどうしても信じられなかったのだ。
荼毘と出会った日、稲妻のように閃いた直感にしたがい出久は彼と燈矢とを結びつけたものの、目下のところ荼毘と燈矢が同一人物だという確実な証拠は無い。
荼毘の全身は酷い火傷痕で覆われ、出久の記憶にある燈矢の容姿とはあまりにかけ離れていた。
しかしその火傷が瀬古杜岳での火災で負ったものだとしたら。
とはいえ彼が本当に「轟燈矢」だとすれば、いくつか大きな疑問が残る。
これほどの重傷を負いながら自らの家を離れ、名まで変えたのはなぜか。
「誰より強いヒーローになる」と言っていた燈矢が、どうして闇深い世界に身を置いているのか。
別人として生きざるを得ないほどの深い事情があるのなら、出久がいくら問いただしたところで荼毘の口から真実を聞くことはできないだろう。
だからこんなものは身勝手な、祈りに似せた妄執だ。
そうだとしても荼毘に出会ってしまった出久には、もはや他の道など選べなかった。
「敵連合」という名は今や世間に知れわたり、ヒーローたちからはその動向を注視されている。
出久も含めた連合の面々はしばらく水面下での活動を余儀なくされ、現在は各地に散らばり潜伏している。

燈矢はちゃんと約束を果たしてくれた。
永遠に忘れ得ぬ蒼い炎を出久に見せてくれたのだ。
だから今度は出久が約束を守る番。
今度こそ、きっと離れたりしない。
彼が選んだ道の先に待ち受けるのがたとえ悲劇であろうと。出久はずっと、ずっと遠くまで彼と行くのだ。
「今回の隠れ家はどれくらい保つかな」
「何だ、気に入ったのか?」
「うん。海が近くて、静かでいいなって。それにこの海にどでかい怪物がいたとしても、僕には荼毘さんがいるから安心」
ふと指先が触れる。
荼毘が出久に視線をよこす。
瞳の深い蒼のなかに、出久はこの世ならぬ業火を見る。
この火は消えない。誰にも消せない。
出久は綻ぶように笑った。
「荼毘さんの炎は、誰よりも強いから」
その言葉に荼毘は短く笑う。
乱雑に、けれどどこか慈しむように、荼毘は出久の髪をなでた。




end.