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柩木
2025-04-29 20:52:56
4423文字
Public
崩壊:スターレイル
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丹穹|あの時抱きしめられなかった分まで
ver3.2を踏まえて再度解釈したハグの拒否について。
1
2
歳月のタイタン
――
オロニクスの試練を終えて戻って来た穹はすぐさま眠ってしまった。そんな彼を抱えてプライベートルトロに戻った丹恒は、部屋の中で一番陽の光が差し込む場所に彼を寝かせることに決めて、足早にバルコニーのカウチへ向かう。
寝苦しくないよう穹の上着を脱がせてからカウチに横たえ、目覚めた瞬間、陽光に目が眩まないように顔が日陰に隠れる位置へと調整する。最後に脱がせた上着を毛布代わりにかけた。オクヘイマは夜中でも陽光が差し込む暖かな場所ではあるが、可能な限り穹の体が冷えないようにしたかったのだ。いっそ暑さに耐えかねて起きてくれたなら、それに越したことはない。
一段落付いたところで丹恒は改めて穹の寝顔を眺める。通常、ここまですれば目覚めるものだろうが、穹は起きる気配すらない。列車のソファで寝てしまった時と何ら変わりない安らかな寝顔だ。胸は規則的に上下することで呼吸している事がわかるし、乱れた前髪を直せばくすぐったいのか一瞬眉が歪んでまた安らかな寝顔に戻る。その微細な動きにホッとした。
直前にタイタンの試練を受けたとは思えない程、穏やかな時間がルトロには流れている。しかし、丹恒はこれを素直に享受出来ないでいた。
――
これを見て、穹が既に死んでいるなどと誰が思うだろう。
穹に未来はない。奪われたのだと、オロニクスは語ったらしい。ミュリオンから試練で起きたことを聞いて皆が驚愕する中で、丹恒は一つの確信を得てしまった。
オンパロスに不時着した時、やはり穹は死んでしまっていたのだと。
頭の片隅にあって、ずっと見ないフリを続けていた記憶がある。状況を客観視する必要があるとする理性の裏で、目の前に穹は存在しているのに死んだなんて嘘を言うなと感情が暴れだしそうになっていた。一度気を逸らすなどして落ち着いた方がいいと分かっているのだが、習慣化している読書ですら今は文字が頭からすり抜けてしまうだろう。
それに、今は穹の傍から離れ難くもある。彼は眠っているだけで、自分が傍にいる必要はないのだとしても、起きた時にはすぐ傍にいてやれるようにしたい。
迷った末に寝る穹のすぐ横
――
カウチのすぐ横にイスを持ってきて腰をおろした。そして何をするでもなく眠る穹を眺める。これ以上は穹の目覚めを待つしかない。たとえその時がいつ来るのか分からなくても。
待つと決めた丹恒は今後のことについて考えることにした。穹が目覚めた時にしなければいけないこと
――
オンパロス到着直後のことについて話さなければならない。あれが現実であるという確証が持てなかった為に言わない選択をしたのだが、今はもう状況が違う。
起きた時に伝えられていない事を話せるよう、待ちながら丹恒は記憶を反芻することにした。
――
大きな衝撃を受けたのち、異常を知らせるアラームを鳴り響かせながら奇跡的に不時着した車両。丹恒は意識を保ったままだったが、隣に座る穹へ声をかけても返事はなかった。横目で確認した穹は力なく座席に身体を預けており、その姿は嫌な想像をさせるのに十分過ぎた。
不時着時の衝撃で受けたダメージのせいで体を動かそうとすると鈍い痛みを伴って軋んだが、そんな体を無理矢理動かして己のシートベルト等の安全装置を外す。座席を伝って転がるように穹の真正面に立てば、彼の額から流れる鮮血が嫌でも視線を奪った。額だけではない。見れば体のそこかしこに大きな傷がある。それらはじわりと赤い染みを広げて行くところだった。
その時点でまだ意識があった穹は、視線だけを丹恒に向けると歪に口角を持ち上げて瞼を閉じた。以降、ピクリとも動かなくなる。どれだけ名を呼ぼうとも返事はなく、止めどなく流れる血が体を汚していくばかりだ。
濃い死の気配が穹を連れ去ろうとしているのだと認識した瞬間。全身から体温がなくなり、呼吸が浅くなる。指先が痺れるような感覚でうまく動かせない。背筋が嫌に冷たい。どうしたら引き止められる。考えろ。考えろ。
列車とは連絡が取れない。そしてここは未知の星。助けを呼ぼうにも、空から眺めた周辺の地表は見渡す限り荒野が広がるばかりで、人が住んでいる気配がなかった。それに誰かいたとしても協力してくれるとは限らない。
――
俺しか、いない。
直ぐ様穹の体を抱えて列車の外へと連れ出した。抱き上げた瞬間、力なく項垂れる体から流れ出た赤が丹恒の白い上着も染めていく。侵食していく赤の勢いに自分への苛立ちが募っていった。
――
仮に犠牲が必要だとしても、お前を最初の一人にしないと決めたのに。
広くスペースを取れるところに穹を寝かせた。依然として体から流れていく血が石畳にどんどん広がっていく。悪夢と言って差し支えない光景をなんとか覆そうと、蓄積してきた知識を全て使って応急処置を施す。しかし、どれだけ手を尽くしても手応えがない。彼が着ている白いシャツを。青灰色の石畳を。丹恒の手を。触れたもの全てを無常にも赤く染めて、穹が遠のいていく。
やっとの思いで血を止めても、気付いた時には息をしていなかった。
「
……
っ、穹! 行くな! 頼むから、行かないでくれ
……
!」
あまりにも無力。不甲斐なくて、情けなくて、穹の名を呼ぶ声が次第に震えてきた。そうしている内に鈍い痛みを後頭部に感じ、記憶が途切れる。
――
思い出せる範疇の出来事をなぞって、丹恒の意識が今に戻って来る。
「
……
はぁ」
あれ程自分を無力に感じたことはない。
そう何度も思い出したくはない記憶だ。あれが実際起こった出来事なのだと分かれば尚更。ずっと考えないようにしてきたのに、まるで録画していた動画を再生するかのようにあまりにも鮮明に思い出せる。
この出来事は意図して隠したのではない。オロニクスの試練で経験したことをミュリオンから聞くまで、丹恒が直面した穹の死は気絶していた時に見た夢だと解釈していたのだ。常日頃から見る悪夢と似たもの。己の顔を覗き込んでいる穹と目があった瞬間からが現実なのだと、そう思っていた。なんせ瀕死だった筈の穹は何事もなかったかのように立っていたし、彼の体や丹恒の腕を染め上げていた赤も、まるで初めから何もなかったかのように消えていた。
ただ、夢と現実の間にあった経験は、ずっと丹恒の中で消えることなく燻り続けていた。穹に抱擁を求められた時にどうしても応じられなかったのは、時と場所をわきまえたからだけではない。全身を使って穹に触れた時、少しでも違和感を感じるようなことがあったらと思うと怖かった。もしその体に体温がなければ。呼吸を感じ取れなかったら。心臓が脈打っていなかったら。もう穹は生きていないのだと、直視するしかなくなってしまうから。目の前で生きている穹が、世の理から大きく外れてしまっている存在などとは思いたくなかった。
「
……
んん」
考え込んでいた丹恒の思考を止めたのは穹のうめき声だった。声がした瞬間、ほぼ反射的に彼の傍に駆け寄っていた。
叶うことなら早く起きて欲しい。
「俺の、
……
ゴミ。
……
レアな
――
」
眉尻を下げ、困ったように呟かれた寝言の内容は至って彼らしい。どんな夢を見ているのか容易に想像がつく。どこかの星を駆け回ってめぼしいゴミ箱を漁る夢でも見ているのだろう。
至って普段通りの穹を見ていると、当事者でない自分ばかりが焦っているような気がして少し頭が冷えてきた。完全に落ち着くにはもう少し時間が欲しいが、まだここに穹がいるならなんとかなる。多少無理矢理にでもそう思い込む事とする。
「
……
お前を救う方法は必ずある筈だ」
音にして。言い聞かせて。そう信じたかったのはきっと自分の方だ。確証もないまま無責任に聞こえるかもしれない台詞を呟き、穹の頬に触れる。丹恒よりも体温が高い彼の肌は触れるとより温かく感じた。
それまで何をしても起きなかったのだが、不意に穹の瞼が震え、少し眉間にシワを寄せたかと思うとゆっくり瞼が持ち上がった。隠されていた彼の瞳が顕になった瞬間、闇が広がる宇宙の中で一際瞬く星のように見えて息を呑む。じっと見つめられると逸らせないのだ。
ここにいる。そう主張する力強さを持つ一等星。穹の眼差しはそれと似ている。
今は寝起き故か若干ぼんやりとしているが、虚空を見つめていた視線が緩やかに動き、丹恒の視線と交わった。ふっと柔らかく細められたその眼差しが、記憶の中にある意識を失う寸前の血塗れた姿と重なる。
いや、違う。穹は生きている。その証拠に穹の頬に触れている手は温かい。
「やっと目が覚めたか」
穹がその未来を無事取り戻せたなら、あの時応じられなかった分まで、強く抱きしめてやらなければと思うのだ。
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