かなざわ
2025-04-29 17:32:41
6458文字
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ガラス細工と聖人君子

よだつか会話文。恋人関係になってる二人のわちゃわちゃ。司視点と夜鷹視点を追加しました。会話内容は全部同じなので、1ページ目だけでも内容は把握出来ます。それぞれ何を考えてたかの違いを見てみたい方はお楽しみください。


明浦路司による説得

「純さんに聞いてほしいことがあります」
「いいよ」
 真剣な話なので床に正座しようとしたら止められた。今いるのは純さんの部屋で、床には値の張る代物だろうラグが敷いてあるから床でも足が痛くなることはないんだけどな。
 とは言え、是が非でも正座をしたいわけでもなかった俺はソファに座ったまま。純さんは俺の前に立って腕を組んでいる。
 組んだ腕に乗っている指がとん、とん、と上下していた。ああ、俺が話があるって言ったから、タバコ我慢してくれてるんだ。
 分かりにくいけど、もんのすごく伝わりにくいけど、優しい人なんだよな。言葉をオブラートに包むってことをほぼ知らないだけで。
「貴方が思うほど性格良くないんですよ、俺」
「へえ」
「男四人兄弟で育ったんで。取っ組み合いで掴み合い殴り合いの喧嘩とかしてましたし」
「そうなんだ」
 少しだけ驚いた、みたいな声。
 そういえば兄弟がいるってことは言ったけど、全員男って話はしてなかったっけ。
「男ばっかりだったんで本当は口悪いですし」
「今度聞かせて」
 嘘でしょ、なんでここでそういう返球してくる?
 俺が、夜鷹純に、罵倒を浴びせる……??
 いや無理。天地が引っくり返ろうとそれは無理です。いのりさんのこととか、スケートの話でディベートするならともかく、この人に対して汚い言葉を吐きかけるくらいなら舌を噛む方がマシだ。
「お断りします。罵詈雑言のレパートリー、引くほどあるんで」
「そう」
「コーチやってるといつも明るくて元気ですね、なんて言われてますけど、忘れられなくて引きずっててうじうじするようなところ、見せてないだけですし」
「うん」
「このガタイの男が小さくなって悩んでるの、気持ち悪いじゃないですか」
「そう?」
 そうか、純さんて鴗鳥先生と付き合いが長いから、大きい男への耐性があるのか。
 鴗鳥先生は謙虚、紳士、人格者の三拍子揃った上に不屈の男っていうハイスペックマンだもんな。そういう人が人間関係の中心だと、そりゃ世の中への認識がズレるよな。
「世間一般的にはそういう認識だと思います。図体でかいからこそ、人と接するのには気を遣わないといけないんです。壊してからじゃ遅いので」
「ふうん」
 なんだろう、聞いてくれてはいるんだけど。全然響いてなさそう。暖簾に腕押しってこういうこと言うんだろうな、感がすごくある。
 絶対しないけどちょっと強い言葉使ってみたら引っ掛かるだろうか。
「興味なさげですけど、俺に殴られたら貴方吹っ飛びますからね?」
「それは痛そうだ」
 あっダメだこれ。欠片も響いてない。
 というか、俺が無理だ。純さん殴るとか、想像しただけで心折れそう。
「やりませんよ? 絶対やらないですけど、体格差ありますし、鍛えてる分だけ相応の筋力があるって話です」
「そうかもね」
「なので」
「ねえ。威嚇は、それだけ?」
 威嚇って。
「それだけって……っ! ぐうっ、え……?」
 え、嘘だろ。
 今、何された……
 一瞬で何もかも起きた気がしたけど、記憶を遡ればすぐに分かった。純さんに襟を掴まれて、投げられたんだ。
「へえ。受け身とるの、うまいね」
 感心した、みたいな声が降ってくる。
 柔よく剛を制す、だ。俺と純さんの体格差なんてないも同然の身のこなしだった。
 投げるというより、転がされるに近かった。受け身をとったのもあるけど、そもそもが痛め付けるために投げたわけじゃないんだろう。どこにも痛みはない。
 初動から投げまでが鮮やかすぎないか? え、まさかの柔道経験者? そんなの聞いたことないけど。
「諸事情で投げられ続けたことがあるので……
 福岡で美蜂先生に。あの時は毎日投げられてたから、段々受け身とるのが上手くなってったんだよな……
「その辺りの話は今度ゆっくり聞こうかな。それで、他には?」
 え。福岡での日々を聞かれるってこと?
 結果的に理想のトレーナーと会えたから俺としては満足なんだけど、瞳さんにも洸平くんにもなんか盛大に疲れたって顔されながら説教されたから、あんまり人に聞かせない方がいい話なんじゃないかなって思ってるんだけど。
「他にって……
「特に必要性もなかったからインタビューなんかでも言ったことないけど。護身術は一通り叩き込まれてるんだよ。現役時代は妙な奴もいたからね」
「そうでしょうね……
 ああ、現役時代の夜鷹純相手に熱狂的すぎるファンがいたっていうのは知ってる。
 そっか、身を守る必要があったくらいだったのか。
「確かに君に全力で暴れられたら、押さえ込むのは難儀しそうだけど。今なら経験値的に僕が勝つんじゃないかな」
「そ、ですか」
 ええと、待ってほしい。さりげなく動こうとしたけど、全然動かない。
 確かに上から押さえ込んでる方が体勢として有利なのは分かる。けど、ここまで動かなくなるのはおかしい。
 これ、押さえ込み方が本気すぎない……
「僕をガラス細工か何かだと思ってるなら、その認識捨てて。今すぐ」
「四回転跳べる人をガラス細工だと思えるわけないでしょう」
 そういえば、現役の頃の純さんはその見た目から繊細そうだとかよく言われてたんだっけ。
 俺はテレビで最初見たのは演技をしているところだったから、そんな風に思ったことなかったけど。曲に合わせた優美さは持ち合わせていても、見ている方の身の内まで燃やしてしまいそうな滑り方をする人をガラス細工だなんて思えるわけがない。
「うん。僕も君のことを聖人君子だと思ってるわけじゃない」
……
 そんなの。
 どんな俺でもいいよ、って言われてるみたいじゃないか。
「抵抗されても暴れられても何とか出来るよ。けど、どうせなら同意がいいんだけど」
 ここまで来て、俺は純さんに口説かれてるんだってやっと気づけた。
 色恋沙汰の経験値なんてほぼゼロな初心者だから、なんて。そう考えて、でもそんな言い訳みたいな言葉を言いたくなかった。
「あの、イヤとかじゃ、なくて。現実感がなくて、夢の中みたいで浮わついてて、混乱しているというか」
「うん」
「そういう、うん、って返事も聞いててたまらなくなるというか」
 俺を見下ろしてくる純さんは、なんだか愉しそうに見えた。
 あ。腕の力、緩んだ。ホントに押さえつけてたんだなこの人。
 上体を倒した純さんが顔を近づけてくる。うわ、待って近い近いって。
 顔をというより、目の中を覗き込まれる。純さんの黄金色の目は、いつだって射貫くみたいにまっすぐだ。
「好き?」
「好きです……
 魅入られる、ってこういうことなのかな。
 押さえ込まれる力はもうないけど、力が抜けて動けない。
 ふわふわとした心地のまま、好き、と言っていた。
「じゃあ同意だよね?」
……はい」
 くそう、満足そうにしやがって。
 仕方ないんだ、古今東西惚れた方が負けなんて言葉があるくらいなんだから。
 でもその理論でいうなら、純さんも大概俺のこと好きなわけだし。ならこの勝負、痛み分けってことになるんじゃないか?
 なんて考えていられたのも、口を開けた純さんに噛みつくみたいなキスをされるまでだった。

(説得失敗ハッピーエンド!)