ふみかぜ@壁打ち
2025-04-29 13:18:12
15524文字
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【超吸死に一笑 2025新刊】幸せマジロは世界を跨ぐ【ジョン中心web再録】

5/3の「超吸死に一笑 2025」新刊のジョン中心web再録本のサンプルです、よろしくお願いします!/本編前if+派生、CPなし、ほのぼの平和な短編集/web再録済みの話の他、追加した短編も7月頭を目安に公開予定のため本で欲しい方向けです
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【お使いマジロと赤い弾丸】

 ――それは、退治人ロナルドの訪れによってドラルク城が爆破される夜より、十数年ぐらい前のこと。
「ヌッヌヌッヌヌーン、ヌッヌヌッヌヌーン」
 日が傾き始めた空の下、埼玉県某所の野道を歩く一匹のアルマジロ。背中に家電量販店のレジ袋と目一杯中身が詰まったポーチを引っ提げ、ご機嫌で郊外の奥まった方向へ進んでいく。
 彼はアルマジロのジョン。この辺の観光名所の一つであるドラルク城の主――吸血鬼ドラルクの使い魔である。本日はドラルクの為に新発売のテレビゲームを入手するべく朝からバスを乗り継ぎ街へ繰り出していた。
 ゲームを無事に手に入れ、日当たりの良いベンチでドラルクお手製のお弁当を食べて、お土産に買ったブラッドオレンジジュースと林檎もポーチにぴったりと収まっている。お使いを無事にこなしてプチピクニックも楽しんだジョンは、意気揚々とドラルク城へ帰るところなのだった。
ヌッヌヌヌイ アップルパイヌーヌヌヌヌッヌヌヌッヌヌーヌ メープルシロップのホットケーキヌヌヌーヌヌリン カスタードプリン……ヌヌ?」
 おうちに帰ったら食べたいものを思いつくまま挙げながら歩いていたジョンは、いつの間にか霧深くなっていた景色に足を止めた。辺りを見回して見ると、マジロ十玉分より背の高い木々が赤い空を覆って一足早い夜の世界を作り出そうとしていた。
 何だか変だな、と思う。
 ジョンはドラルクの為なら国境を越え、大海も渡ってみせる旅のプロだ。日中のお使いだって何度もこなしてきたし、たった今まで歩いていた道は城へ真っ直ぐ繋がっていて、うっかり森に入り込んで迷子になるとは考え難い。
 だとすれば、この状況は――
……ヌッ?!」
 後ろ足を突然襲う虫刺されのような痛みに、ジョンは驚きその場で丸まった。威嚇するようにその場でスピンすると、粘菌みたいなベタベタが木々の奥へ引いていく。
 どうしよう、よく分からないまま変な虫の縄張りに入ってしまったようだ。つい最近、畏怖練から帰ってきたご主人から聞かされた、下等吸血鬼と戦った話を思い出す。ドラルクは偶然その場にいた人間の子供を利用して、見事コテンパンにしてやったと言っていたが……
「ヌッ、ヌヌ!」
 丸まった拍子に地面に置いていた荷物にさっきの粘菌が集ろうとしていたのを、スピンで追い払う。早くこの場を離れようと思うものの、霧が立ちこめた状況ではどうやって森を抜け出せばいいのか分からない。
「ヌー……ヌ?」
 ところが、ジョンが必死に考えながら荷物の周りを右往左往している内に、波が引くように粘菌は遠ざかっていった。
「ヌヌヌヌヌヌヌ……ヌァ?!」
 諦めたのかな、とジョンが安心しかけた瞬間、ギャアアという泣き声が周囲の木々を震わせる。そのざわめきはどんどん大きくなり――耳を塞ぎたくなるような大きさになった時、すぐ近くに生えていた十数本の樹木が破裂するように弾けた。
「ヌーーー!」
 弾けた木はドロリと溶けるように変形し、アメーバ状の大きな個体を形成する。付近の木々は下等吸血鬼が擬態していた姿で、ジョンを攻撃しようとしていた粘菌と繋がっていたのだ。
 正体を現わした下等吸血鬼は地面と一体化し、蟻地獄の巣みたいな口を形成して土ごと獲物を吸い込もうとする。
 丸まっていたことで地面との摩擦が弱くなっていたジョンは、バランスを崩して粘菌の方へと転がってしまった。慌てて身体を広げて地にしがみ付き、少しでも吸血鬼の大口から遠ざかろうとするも、掃除機のように勢いのある吸い込みは徐々に彼を吸血孔へ引きずり落とそうとする。
「ヌー……!!」
 すぐ背後まで迫った奈落に、ジョンが涙を浮かべて悲痛な叫びを上げた時だった。
『キャアアア――!』
 鋭い、爆発のような衝撃音。直後、粘菌そのものから断末魔のような声が何重にも鳴り響く。引きずり込もうとする力は消えて、気づけばジョンは雑木林の手前に寝そべっていた。
「ヌヌ……?」
 何がどうなったのだろう。恐る恐る身体を起こしたジョンの目の前に、風にたなびく赤い布が現れた。
――もしもし、俺じゃ。あ? 何がオレオレ詐欺じゃ切るぞ」
 と、頭上から誰かの、独特の訛りがある男の声が聞こえてくる。沈みかけた夕日を映す銀色の髪に、林檎のように赤くて目を引く衣装。右手に拳銃、左手にケータイを持った、人間らしき男がいつの間にか近くに立っていた。
 少年とも青年ともつかない彼が、さっきの吸血鬼をやっつけてくれたのだろうか。もしかして、吸血鬼退治人?
「ヌー……?」
 こちらに背を向けたまま誰かと通話をしている人間を、ジョンは逃げることもなくまじまじと眺めていた。使い魔歴に対して退治人と直接会った経験が乏しい彼の中では、恐怖や警戒心より助けてくれた嬉しさや物珍しさからの好奇心が勝ってしまうのである。
……ああ、おみゃーの言った通りチスイモリモドキの生き残りだな。個体としては小さいが、本物の林に紛れるような悪知恵が備わっているようじゃ。……そうじゃな、ぱっと見た感じ他に怪しいもんはなさそうだが、適当に見回ってから帰るわ。あ? 礼は良いから、後でメシ奢れよ公務員。じゃーにゃ」
 終始ぶっきらぼうな声で話していた青年は電話を切ると、ケータイを懐に仕舞う。と、そこで様子を窺っていたジョンを見て、青い目を瞬かせた。振り向いたことでしっかりと見えるようになった退治人の顔立ちは映画俳優のように整っていて、真っ直ぐな背中から予想していたよりも幼くて若い印象を受ける。
「何じゃ、まだそこにいたのか。大丈夫かマジロ君、ケガでもしたか……?」
 電話相手と打って変わった、気遣わしげな優しい声。しゃがんで目線を合わせようとする人間に対し、ジョンは後ろ足で立ち上がって気さくに右前足を挙げた。
「ヌンヌ、ヌイヌーヌ! ヌヌヌヌヌヌヌ、ヌヌヌヌー」
「んん? すまん、マジロ語はさっぱりなんじゃが……えーと、大丈夫、ありがとうって言ってくれたんかな」
「ヌン!」
 ジョンが力強く頷くと、青年はホッとした様子で微笑む。
「良かった、大荷物を運んでるところ災難じゃったなぁ。そうだマジロ君、おうちは何処に? こっから近いのか?」
「ヌー」
 質問に対して、ジョンは素直にドラルク城が建っている方角を指差した。輪郭が朧気に見えるような距離まで近づいた城へ着くには、アルマジロの足で歩いて二〇分といったところ。
「ふむ……迷う心配はなさそうだが、奴らの同類が残ってたら厄介じゃな。……よし!」
 手元に口を当てて思案している様子だった青年は、軽く膝を叩き歯を見せて笑った。
「ここで会ったのも何かの縁じゃ、マジロ君が良ければ俺が家まで送らせてくれんか」
「ヌヌッ?」
「吸血鬼退治人〝レッド・バレット〟の無償ボディーガードだ、特別じゃぞ?」
「ヌヌー……
「なぁに、多少寄り道しても帰れる時間は大して変わらん。だったら人助け……いやアルマジロ助けした方が徳も積めるってもんじゃろう」
 女の子たちが喜びそうな土産話も持って帰れるしな、なんて小さな独り言は聞き逃したまま、ジョンは流石に迷った。青年はとても優しそうだが、やはり吸血鬼退治人。出発前に戸締まりをしてきたといっても、ドラルク城のすぐ近くまで連れて行くのは良くない気がする。
 ……しかし、今さっき下等吸血鬼に襲われて少し心細くなっているのも確か。それに日没まで残り僅か、ご主人が起きる前に城へ帰って棺桶の前で「おはよう」と「ただいま」を言いたい。
「ヌヌヌ……
「うん?」
 なら、目の前にいる人間の力を借りるべきかも。大丈夫、ジョンはドラルクの使い魔なのだ、いざとなったら愛嬌とあざとさで戦意を喪失させてお帰り頂ければ良いだけの話。
 心の中で一つ気合いを入れて、ジョンはとびきりの可愛さを意識してぺこりと頭を下げた。
「ヌヌヌヌ、ヌヌヌイヌヌ!」
――おう、じゃあ行こうかマジロ君!」

「残りの銃弾は一つじゃった。外せば最後、俺は奴の鉤爪の餌食になるに違いない」
「ヌッ、ヌヌー……
――そこで逆転の一手じゃ。俺の手から放たれた眩いビームが変種チスイオオムカデの感覚を狂わせ、すかさず零距離で撃ち込んだ弾丸が見事命中。奴の息の根を止めたという訳じゃ」
「ヌー!」
「って、実際はギルドで配られたハンディライトを使っただけで」
「ヌーヌ、ヌーヌ! ヌ?」
「あー、いや……何でもない」
 伊奈架町の外れにある小路をてくてく歩く道中。ジョンの隣を歩く赤い服の青年は「マジロ君は聞き上手じゃなぁ」と照れ笑いを浮かべた。
「そう熱心に相槌を打ってくれると、こっちも語り甲斐があるもんじゃ。家族に聞かせるみたいに話をつい盛ってしまう」
「ヌヌヌ?」
「ん、ああ、歳の離れた弟妹がな……いやそれより、次は何の話にしようか」
 あれとこれとそれ、どれにするかにゃあ、と青年は左手で指折りながら楽しそうに話題を探す。ジョンもわくわくしながら次の話を待った。
……よし。次の話は俺が退治人を始めて三年目ぐらいの出来事なんじゃがな。何と、ギルドに電話で助けを求めた依頼主は吸血鬼のレディだったんじゃ」
「ヌヌー?!」
 レッド・バレットと名乗った青年が語る吸血鬼退治の体験談は、ジョンにとって新鮮で面白いものだった。特に興味を惹かれたのは、敵として戦う相手の他に、社会の中で生活する吸血鬼が時折話の中に登場すること。ご主人も動画配信を通じて名も知らない人間たちと交流することはあるが、正体を隠すことなく街を歩き、堂々と生活をしている吸血鬼がいるというのは不思議な感じだ。
 ――もしも。今は平和で穏やかな日々を過ごしているドラルクとジョンが、新天地を目指して城を出て行くとしたら。その先には、想像も付かないくらいに面白い出来事が待っていたりするのだろうか。例えば、この道を引き返した先にある賑やかな場所へ一歩を踏み出したら。
「おわっ、どうしたんじゃマジロ君! 今の話に泣き要素あったか?」
 真っ先に石に躓いて死ぬ主を想像してしまい、ジョンは静かに涙ぐんだ。やっぱり、今はまだお城で一人と一匹楽しく遊ぶのが一番だ。

「ヌヌ!」
「おっと、この辺で大丈夫か?」
「ヌン」
 時刻は十八時の少し前。青年が三番目の話を終えたところで、ジョンたちはドラルク城のすぐ近くに到着した。城の扉まで数分もかからないところまで来れば、もう下等吸血鬼に怯える必要もないだろう。
「ヌヌヌヌー!」
「はは、どういたしまして。無事に辿り着いて何よりじゃ」
 元気にお礼を言うジョンに、青年は嬉しそうに笑った。と、彼は一度視線を周囲へ巡らせた後、しゃがんでジョンと目線を近付ける。
……なぁ、マジロ君」
「ヌ?」
 神妙な声で呼びかけられて、ジョンは首を傾げた。そんな真剣な顔をして、どうしたのだろう。
「今回は俺みたいな真っ当な退治人だから良かったが、よく知らん相手をお家まで連れて来ない方が良いぞ?」
「ヌッ」
「おみゃあの主……家族? それがどんなもんか知らんが……強盗だの恐喝だの誘拐だの、悪いことを考える奴は世の中には一杯いる。人間も吸血鬼も、そこら辺は余り変わらん」
 ボディーガードをお願いする前、心配していたこと。どうやら青年はジョンが思っていた以上に、こちらの気安さを憂慮していたらしい。……本当に優しい人間なのだ、彼は。
「なんて、〝真祖にして無敵〟の吸血鬼の使い魔相手にゃ余計なお世話じゃったか、」
――その通りだ、誠意ある人の子よ』
「っ……?!」
 突如降ってきた声と共に、強い風が吹き抜ける。ジョンを背に庇うように身構えた青年の前に無数の蝙蝠が集い、一つの大きな人影を形成した。
「ヌヌヌヌヌヌヌ、ヌヌーヌヌ……?」
 聞き覚えのある声は、ジョンにとっても彼の主にとっても恐ろしいものではない、寧ろ真逆の存在である。しかし、今までにないくらい威厳に満ちた雰囲気にジョンもまた戸惑いでその場に立ち尽くした。
『若き退治人よ、マルスケが世話になったことは感謝しよう。だが、我が家族の安寧の為……今ここで目にしたものは忘れて貰えるだろうか』
 頼むようでいて、殆ど命令に近いような言葉。懐から拳銃を取り出しかけていた青年は正面の高等吸血鬼を見て、背後のジョンを見て、
……気持ちは分からんでもないぞ、吸血鬼。俺にも守るべき家族があるからにゃあ」
 溜め息を吐いて銃から手を放し、空になった両手を挙げた。
「交換条件という訳じゃないが、マジロ君に会うまでの記憶はしっかり残してくれにゃあか? こっちも生活が懸かってるんじゃ」
『安心したまえ、君の誠意を裏切ることはしまい。……何処ぞの黄色と違うのでね』
「黄……?」
『ンンッ、気にするな。……よし、では始めよう。私の目を見なさい』
 ――世間から〝白銀の狼〟と呼ばれ畏れられている高等吸血鬼が、退治人レッド・バレットを見下ろす。
「さよならじゃ、マジロ君。元気でな」
「ヌッヌヌヌッヌヌン……!」
 背中越しに告げられた、お別れの言葉が遠ざかる。思わず彼の呼び名を叫んだジョン自身の声も、段々、段々と夜の闇に紛れて消えていって――

――全く、御父様は相変わらずだな」
「ヌ……
「人間の方はどうでもいいが、ジョンの記憶まで消さなくても……過保護というか何というか」
……ヌヌ、ヌヌヌヌヌヌ?」
「おや、目が覚めたかい。おはようジョン、いい夜だね」
 気づけば、ジョンは城の中にいた。一番安心できるドラルクの腕の中で、いつの間にか眠っていたらしい。
「ヌヌヌー……ヌッ?! ヌン、ヌヌヌイ!」
 おはようと返した後、ハッとして周囲を見回す。お使いはどうなったのだろうか、城に最寄りのバス停を降りた辺りから目が覚めるまでの記憶がさっぱり思い出せない。
「大丈夫、ジョンは立派にお使いを果たしたとも! ほら」
 優しく微笑みながらジョンを抱え直したドラルクが部屋に置かれた薄型テレビを指差す。既にセッティングされたゲーム機に繋がれた画面には、ジョンが購入したソフトの放置デモムービーが流れていた。
「バス停のベンチで眠っていたところを御父様が見つけて送ってくれたのだよ。林檎にブラッドオレンジジュースにボドゲと沢山お土産を買ってきてくれたから、ジョンも少し疲れてしまったのだろうね」
「ヌヌー……
 どうやら、ジョンは張り切りすぎてしまったようだ。城に帰るまでが遠足もといお使いなのに、これは中々に恥ずかしい。
「ヌヌンヌヌイ」
「謝ることはないさ。こうして無事に戻ってきてくれたことが、私は何よりも嬉しい。ジョンは最高の使い魔だよ!」
「ヌー! ヌヌヌヌヌヌ、ヌイヌヌ!」
「ふふ、ありがとう。私もジョンが大好きさ!」
 ドラルクの言葉に胸一杯になったジョンは、彼の首元のヒラヒラに顔を擦り付けて愛を伝える。頭から尾まで甲羅を優しく撫でるご主人の手から感じる幸せを今は全身で享受して、反省とかは後にしよう。だって今夜はドラルクと一緒に新しいゲームを一からスタートする、特別な日なのだから。
「さて、ゲームの前にディナーの仕上げをするか。ジョン、林檎はアップルパイにするかい?」
「ヌーイ! ……ヌー、ヌヌヌヌヌヌ」
「うん?」
……ヌヌン。ヌッヌヌヌイ、ヌヌヌイヌン!」
「ふっふふ、今夜はジョンが気になっていた新レシピを試すぞ。存分に期待してくれたまえ!」
「ヌー!」
 ――次は、一緒にお出かけしない?
 口から出かけた言葉を、ジョンはそっと飲み込んだ。
 どうしてそんなことを言おうとしたのか、ジョンは不思議でならなかった。今日のお出かけは楽しかったけれど、外はドラルクにとって命の危険に溢れている。それに、城の中は安全で不満など何ひとつないのに。
 ――その答えが示されるまで。お祭り騒ぎのような日々の輝きを一人と一匹が、もう一人と共に知るまでは、あと少し。